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第02話 ボンビーから成金へ
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貧乏貴族だったのに成金貴族に変貌を遂げたボーン子爵家。
当然理由がある。
どの国も布と言えば「平織り」「朱子織り」「斜文織り」の3種類しかなく織り方で言えば貴族も平民も王族だってこの3つの何れがで織られた布地を使って衣類を仕立てていた。
兄のアゴランがボーン子爵家と取引のあるこれまた貧乏な男爵家からカミシアを妻に迎えた時、へリンは7歳、兄のアゴランは20歳になったばかりだった。
姉が出来たようで嬉しかったへリンはカミシアの後ろをついて回った。
『ねえ様。遊んで』
『あらあら。また作って来たの?』
嫁ぐ前も弟妹の数が多かったカミシアはへリンの相手をしてくれた。
実のところ、カミシアは算術に長けていたので肉体労働をするよりも経理をしてくれた方がみんなが助かると言われ経理を引き受けたのだが、なんせ零細商会とも言えるボーン子爵家。
あっという間に終わってしまう経理の仕事。
1日の大半を【何して過ごそう?】と考える事で暇をつぶしていた。
嫁いで4カ月目には悪阻の兆候から懐妊と産婆に言われたが、「食べ悪阻」で何かをちょこちょこと食べていないと気分が悪くなる。かと言って食べ続ければ太ってしまう。動けば「危ないから!」とアゴランも両家の親も頼むから止めてくれと懇願する。
食欲を紛らわせるのにカミシアもへリンの相手をするのが都合が良かった。
へリンの遊びはもっぱら【いととり】という遊び。
繊維業を営んでいるボーン子爵家の家の隣にある工房には綿花や羊毛、蚕から取った生糸など細い線状になったものを何本も撚って【糸】にした切れ端が落ちていて、へリンは短い切れ端を拾っては結んで繋げて輪っかにし、指先一つで「梯子」「箒」「吊り橋」など色々な形が作れる【いととり】遊びが大好きだった。
『ん~指が届かないぃぃ~』
『そこでいいの?一つ手前に指を入れてクルっとしたら梯子が出来るかもよ?』
『あ!そうだった!ここだと「エンド」になっちゃうんだった』
そんな遊びを繰り返している時、へリンがカミシアに言った。
『ねえ様、この糸って糸同士を織り機でバッタンバッタンするけど、あんなに固めずにこうやってね…』
へリンは1本の糸を何本も拾ってきて交互に重ね、互い違いに置いた中に糸を通して器用にネット状になった【布もどき】を作った。
『ハッ!!これって!!』
何かを閃いたカミシアはへリンが作ったものよりも目を詰めて少しキツ目に。しかし織り機で織るよりは柔らかく糸を組み合わせてコースター状の【布】を作った。
『これはもしかすると、もしかするかも?!』
カミシアの作った【布】をボーン子爵とロムニー、そして工房長が試行錯誤し新しい布が出来た。
布地にする糸を「織って」布にするのではなく「編んで」布にする。
織って作る布と違い、編む布は伸縮性も優れていて冬のセーターや汗の吸水性も良いシャツを生み出した。この数十年後はジーンズやカットソーも誕生するのだがそれは後世の話。
編む布には他にも利点があった。
場所を取る織り機は不要で、針ではなく棒と糸があれば、いつでもどこでも布が編める。
領民全てが労働力となるわけでは無く、年老いて若い頃のように力仕事も手伝えなくなった者や、歩行が困難で寝台に身を起こす事しか出来ない者、子供が小さくて外に働きに出る事が出来ない者に手慰みとして「編む布」を依頼した。
織る布はその後裁断などをして衣類に仕立てて行くが、編む布の最大の利点。
それは編み上がれば既にセーターやベスト、シャツになっているということ。
編んでいるので破れてしまっても補修も簡単で、隣の領地の伯爵が試しに私兵に着せてみた所、軽い上に冬は暖かいセーターや、上着がごわつかないベストは好評で噂を聞きつけた他の貴族も発注をしてくれるようになった。
噂が噂を呼んで斬新な布地は王妃殿下、王太子妃殿下の目に留まると、注文が殺到してあっという間に財産を築いたのである。
一番最初に私兵にと購入をしてくれた伯爵家が他家の貴族に売り込む前に「特許を取った方が良い」と言うので慌てて特許を申請し、今ではボーン子爵領で作られる品の売り上げの数百倍の特許インセンティブが入るようになった。
――バズるって怖い――
ボーン子爵家一同の心の声である。
想像してみて欲しい。
先月まで法で定められた最低賃金がペラッペラの封筒に入っていたのに「はい、今月の給金」とジッパーが閉じないカバンいっぱいの給金を渡されたら・・・
「ジベンブエみたいなインフレになったの?!」と思うだろう。
しかし、インフレは始まっていないとなれば、年末に教会が売り出す「歳忘れ富くじ」の一等前後賞が当たった時のように、周囲を警戒するのは間違いない。
もれなく「周りはみんな敵」に見えてしまうものだ。
家には家族の誰も記憶にない親戚が押し寄せるし、金融商会も追加融資を散々渋っていたのに菓子折りを持って支店長と共に営業マンがやって来る。
飲むだけで病気知らずの水、玄関に置いておくだけで福を呼び込む壺、壁に飾っておくだけで神の波動を感じる絵画など素敵な商品の売り込みもやって来る。
御多分に洩れずボーン子爵家にもわんさか押し寄せて来て、慌てて敷地を囲う塀のある家を買って引っ越しとなり、それまで無縁だった門番も常駐させる事になってしまった。
大金持ちになってもそれまでの貧乏性がいきなり変わるわけでは無い。
防犯のために大きな家に移り住んだのだが、兄嫁のカミシア、生まれたばかりの赤子を含めて6人が団欒をするのは「ちょっと後ろ通るよ~」と声を掛けて椅子を前に引いて貰わねばならない狭い部屋。
食事だって1汁2菜。シチューの時は1汁と1菜のみとなる。但しパンは別。
最大の贅沢が1人1部屋で、面倒な親戚対策に1人に1~3人の使用人を雇ったこと。
それだけの財が出来ると、「貸してくれない?」と頼んでくる者もいる。
それがスカッドの父、ゼスト公爵だった。
★~★
いととり→リアルで言う「あやとり」です
当然理由がある。
どの国も布と言えば「平織り」「朱子織り」「斜文織り」の3種類しかなく織り方で言えば貴族も平民も王族だってこの3つの何れがで織られた布地を使って衣類を仕立てていた。
兄のアゴランがボーン子爵家と取引のあるこれまた貧乏な男爵家からカミシアを妻に迎えた時、へリンは7歳、兄のアゴランは20歳になったばかりだった。
姉が出来たようで嬉しかったへリンはカミシアの後ろをついて回った。
『ねえ様。遊んで』
『あらあら。また作って来たの?』
嫁ぐ前も弟妹の数が多かったカミシアはへリンの相手をしてくれた。
実のところ、カミシアは算術に長けていたので肉体労働をするよりも経理をしてくれた方がみんなが助かると言われ経理を引き受けたのだが、なんせ零細商会とも言えるボーン子爵家。
あっという間に終わってしまう経理の仕事。
1日の大半を【何して過ごそう?】と考える事で暇をつぶしていた。
嫁いで4カ月目には悪阻の兆候から懐妊と産婆に言われたが、「食べ悪阻」で何かをちょこちょこと食べていないと気分が悪くなる。かと言って食べ続ければ太ってしまう。動けば「危ないから!」とアゴランも両家の親も頼むから止めてくれと懇願する。
食欲を紛らわせるのにカミシアもへリンの相手をするのが都合が良かった。
へリンの遊びはもっぱら【いととり】という遊び。
繊維業を営んでいるボーン子爵家の家の隣にある工房には綿花や羊毛、蚕から取った生糸など細い線状になったものを何本も撚って【糸】にした切れ端が落ちていて、へリンは短い切れ端を拾っては結んで繋げて輪っかにし、指先一つで「梯子」「箒」「吊り橋」など色々な形が作れる【いととり】遊びが大好きだった。
『ん~指が届かないぃぃ~』
『そこでいいの?一つ手前に指を入れてクルっとしたら梯子が出来るかもよ?』
『あ!そうだった!ここだと「エンド」になっちゃうんだった』
そんな遊びを繰り返している時、へリンがカミシアに言った。
『ねえ様、この糸って糸同士を織り機でバッタンバッタンするけど、あんなに固めずにこうやってね…』
へリンは1本の糸を何本も拾ってきて交互に重ね、互い違いに置いた中に糸を通して器用にネット状になった【布もどき】を作った。
『ハッ!!これって!!』
何かを閃いたカミシアはへリンが作ったものよりも目を詰めて少しキツ目に。しかし織り機で織るよりは柔らかく糸を組み合わせてコースター状の【布】を作った。
『これはもしかすると、もしかするかも?!』
カミシアの作った【布】をボーン子爵とロムニー、そして工房長が試行錯誤し新しい布が出来た。
布地にする糸を「織って」布にするのではなく「編んで」布にする。
織って作る布と違い、編む布は伸縮性も優れていて冬のセーターや汗の吸水性も良いシャツを生み出した。この数十年後はジーンズやカットソーも誕生するのだがそれは後世の話。
編む布には他にも利点があった。
場所を取る織り機は不要で、針ではなく棒と糸があれば、いつでもどこでも布が編める。
領民全てが労働力となるわけでは無く、年老いて若い頃のように力仕事も手伝えなくなった者や、歩行が困難で寝台に身を起こす事しか出来ない者、子供が小さくて外に働きに出る事が出来ない者に手慰みとして「編む布」を依頼した。
織る布はその後裁断などをして衣類に仕立てて行くが、編む布の最大の利点。
それは編み上がれば既にセーターやベスト、シャツになっているということ。
編んでいるので破れてしまっても補修も簡単で、隣の領地の伯爵が試しに私兵に着せてみた所、軽い上に冬は暖かいセーターや、上着がごわつかないベストは好評で噂を聞きつけた他の貴族も発注をしてくれるようになった。
噂が噂を呼んで斬新な布地は王妃殿下、王太子妃殿下の目に留まると、注文が殺到してあっという間に財産を築いたのである。
一番最初に私兵にと購入をしてくれた伯爵家が他家の貴族に売り込む前に「特許を取った方が良い」と言うので慌てて特許を申請し、今ではボーン子爵領で作られる品の売り上げの数百倍の特許インセンティブが入るようになった。
――バズるって怖い――
ボーン子爵家一同の心の声である。
想像してみて欲しい。
先月まで法で定められた最低賃金がペラッペラの封筒に入っていたのに「はい、今月の給金」とジッパーが閉じないカバンいっぱいの給金を渡されたら・・・
「ジベンブエみたいなインフレになったの?!」と思うだろう。
しかし、インフレは始まっていないとなれば、年末に教会が売り出す「歳忘れ富くじ」の一等前後賞が当たった時のように、周囲を警戒するのは間違いない。
もれなく「周りはみんな敵」に見えてしまうものだ。
家には家族の誰も記憶にない親戚が押し寄せるし、金融商会も追加融資を散々渋っていたのに菓子折りを持って支店長と共に営業マンがやって来る。
飲むだけで病気知らずの水、玄関に置いておくだけで福を呼び込む壺、壁に飾っておくだけで神の波動を感じる絵画など素敵な商品の売り込みもやって来る。
御多分に洩れずボーン子爵家にもわんさか押し寄せて来て、慌てて敷地を囲う塀のある家を買って引っ越しとなり、それまで無縁だった門番も常駐させる事になってしまった。
大金持ちになってもそれまでの貧乏性がいきなり変わるわけでは無い。
防犯のために大きな家に移り住んだのだが、兄嫁のカミシア、生まれたばかりの赤子を含めて6人が団欒をするのは「ちょっと後ろ通るよ~」と声を掛けて椅子を前に引いて貰わねばならない狭い部屋。
食事だって1汁2菜。シチューの時は1汁と1菜のみとなる。但しパンは別。
最大の贅沢が1人1部屋で、面倒な親戚対策に1人に1~3人の使用人を雇ったこと。
それだけの財が出来ると、「貸してくれない?」と頼んでくる者もいる。
それがスカッドの父、ゼスト公爵だった。
★~★
いととり→リアルで言う「あやとり」です
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