伯爵様の恋はウール100%

cyaru

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第22話   毒を食らわずとも懐に猛毒

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気分よく帰宅をしたスナーチェは鼻歌をフンフンと歌いながらメイドに湯殿で体を洗ってもらっていた。

スナーチェ付きになるメイドや侍女は長続きをしない。
ここ1年は早い者で3日、長く務める者で2カ月もすると「私の力不足です」とビルボ侯爵家の使用人である事すら辞めてしまうのだ。

その点、今、体を洗ってくれているメイドのマリシャスは別格だった。
マリシャスだけは唯一スナーチェ付きとなってもうすぐ1年になる。

「今日の歌劇面白かったわ。マリシャスは観た?」
「観ていませんが、観たいかと言われると・・・世間一般で流行る歌劇は観るよりもお嬢様からさわりを聞くほうがずっと面白いのでお話を聞かせて頂ければ観る必要もないかと」
「あなた、なかなか賢いじゃない。パパに言ってお給金上げてもらうわ」
「お嬢様、お嬢様のお側で務める事がこの上ない幸せなのです。お給金目当てではありませんよ?」
「判ってるって。本当に貴女は謙虚で聡い子だわ。ね?面白い話、ない?」

友人と呼べる令嬢がいないスナーチェはマリシャスの話で2人盛り上がるのも楽しみだった。

が、マリシャスは雇われ人であり毎日スナーチェの世話をするわけでは無い。
マリシャス、2組の茶会、1人でごろ寝の3パターンをローテーションするのがこの頃の生活スタイルだった。


「そう言えば侍女頭の娘さんが詩集を出したんです」
「へぇ、あの堅物の娘が?詩なんて書けたんだ・・・」
「何でも王宮の厚生課が主催した詩のコンクールで入賞の常連で、この前は遂に金賞だったそうです」
「金賞ねぇ…そんなに良かったんだ?」
「いいえ?」

マリシャスの否定の言葉にスナーチェの手がパシャリと湯船の水を跳ねる。
途端に笑顔になったスナーチェはマリシャスに続きを促した。

「平凡だそうです。心に響くものもないし単調。春雷をイメージしたそうですけど、場末の破落戸が怒鳴っているほうがまだリアリティがあると聞きます。多分…噂なんですけど…」

「どんな噂?ねぇ、聞かせてよ」

「実は詩は民間の無料講習で習ったそうなんですが、会場に行く途中にある生花店の常連が侍女頭の知り合いだそうです。その生花店の女将の従姉の向かいに住んでいる夫人の友人がコンクールの審査員をしていた方と同郷だそうで、金賞はコネなんじゃないか、どこかで便宜を図ってもらえるように贈り物をしたんじゃないかと言われています」

「まぁ!そんなのズルじゃないの!!自分の才能や力で勝ち取ったものじゃないって事でしょう?許せない!私、そういうズルをしたり、陰でコソコソとする人間が大嫌いなの」

「お嬢様は正義感がお強いですから。受賞を逃した方の近しい人の話なので信憑性は高いんですが、悔しいかな実際に賄賂・・・いえ贈り物を渡す場を見たという人も口を噤んでしまって・・・詩集まで出してしまうと言い出しにくいですよね」

「真相は闇の中って事ね。マリシャスは本当に顔が広いのね。色んなことを知ってるわ。これで爵位があれば社交界では引っ張りだこなのに。惜しいわ」

「それだけでは御座いません。実は侍女頭の娘の詩集出版について色々な出版社に圧力をかけたという噂もあります」

「なんですって!?でもこの屋敷では力はあってもあの女にそんな影響力があるとは思えないわ」

「侍女頭にはなくてもビルボ侯爵家の侍女頭ですから、勝手な解釈をする者だっています。聞くところによればまるで旦那様の寵愛を受けていて娘の父親も・・・言葉は濁しているようですけども、こんなあり得ない話を吹聴していると。何が目的なのか…私、許せなくて」

「お父様の寵愛ですって?!」

間違いなくあり得ない話だ。侍女頭はスナーチェの母が嫁ぐ際について来た侍女が女主人である母の任命で侍女頭になり、父の侯爵とは水と油。父のビルボ侯爵は蛇蝎だかつの如く侍女頭を嫌っている。


王都に戻り、2年目。最初の1年目で総スカンを食らったスナーチェだったが、次の年にはマリシャスが側付になった。茶会に呼んで出席をしてくるメンバーは低位貴族のみとなっていたが、マリシャスは「お嬢様には相応しくない」として参加に応じた令嬢の「醜聞」をスナーチェに聞かせた。

が、スナーチェは気が付いていない。
マリシャスは「誰かが噂をしている」と言っただけで侍女頭の話も侍女頭本人が吹聴しているなど一言も言っていない。

侍女頭の娘が詩集を出した事は本当だが、「盛大な嘘の中に少しの事実」を交えると人は勝手に全てが本当だと錯覚する。マリシャスがズル賢いのはスナーチェが自身で確認できる上に、相手が肯定する事は事実だと言う事。

侍女頭に「娘さんが詩集をだしたそうね」「金賞だったそうね」と聞けば肯定する。
しかし、侍女頭も、ビルボ侯爵も不貞の事実などないのだから否定をする。
醜聞になるような事を否定すると、否定が強い分聞いた者は勝手に疑いの幅を広げる。肯定する事実があればさらに疑念が強くなる悪循環。


マリシャスは湯から上がったスナーチェの水気をタオルに吸わせ、ドレッサーの前に座らせると髪を梳き始めた。化粧鏡の中でスナーチェは話しかける度にマリシャスと視線を合わせる。

「そう言えばお嬢様がお留守の間にムウトン伯爵様がいらっしゃいました」
「へっ?あのブサイクも?」
「いいえ、従者の方と伯爵様のお2人でした」
「何かしらね。お父様、また追加融資を頼んだのかしら」
「お話の内容は判りませんが・・・伯爵様がお帰りになった後、旦那様はおられました」
「ふーん。じゃぁすんなり融資が受けられたのかしら。でも借金ばかりしてどうするのかしら。子供を産んだ後に私が自由にできるお金が少なくなるのは勘弁してほしいわ」


スナーチェは知らないが、マリシャスは知っている。
フェルメルとの婚約が解消になった事を。

スナーチェは知らないが、マリシャスは知っている。
この先、スナーチェは修道院にすら行けない未来がある事を。

「髪に香油を足しましょう。取って参ります」


スナーチェは知らない。
マリシャスの背が化粧鏡に映る。
反対を向いた顔の口角が上がり、瞳には復讐の炎が燃えている事に。
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