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第21話 無限パァンチは壁まで届くか
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スナーチェに引っ張られて観た歌劇は胸焼けしそうなくらいの恋愛ものだった。
最初から全てに見入ったわけでは無く、どことなく「嘘臭い」と思いつつもラストのヒロインとヒーローが愛を誓い抱きしめ合う姿だけは幕が降りきるまで見てしまった。
帰宅が遅くなってしまったのは、ズビズビと鼻水なのか涙なのか。もはや境界も涙腺と共に崩壊してしまったあのスナーチェが感動で号泣したので落ち着くまで付き合ったからである。
スカッドが屋敷に戻ると、いつもは執事が出迎えるのに待っていたのは家令。
左眼のモノクルを少し指で突き上げながら家令がスカッドに声を掛けた。
「旦那様と奥様がお呼びです」
すれ違う使用人達は「お帰りなさいませ」といつもと同じ言葉はかけて来るが、態度が余所余所しい上に誰も目を合わせなかった。
「父上、母上、スカッドです。お呼びと伺いました」
「入れ」
ゼスト公爵の私室はスカッドを待っていたのか扉は開放されていて、低い声がスカッドの耳にも聞こえた。先ずは父に挨拶をと歩くスカッドにゼスト公爵は言った。
「聞かれた事だけに答えろ」
「え、あ、・・・はい」
まだ歩いている途中。引いた足を前に出せず不自然な格好でスカッドは返事をした。
「こんな時間まで何処に行っていた」
「歌劇を観に劇場へ‥‥出掛ける時に伝え――」
「聞かれたこと以外は口にしなくていい」
「はい」
「誰と観た」
「それなんですが、ヘリンと約束をしてたんですけどナチェが――アゥワッ」
スカッドの胸にソファーテーブルに置いてあった菓子籠が飛んできた。
足元にバラバラと籠の菓子が飛び散り、籠はテーブルの下に転がって底を天に回転を止めた。
「このっ!!」
「止めないか」
菓子籠を投げたのはスカッドの母、公爵夫人。何かを言いかけたがゼスト公爵が制した。
「もう一度聞く。誰と観た」
「あ、あの…ナチェ‥スナーチェ・・・です」
スカッドは非常に不味い事になっていると気が付いたが、本当に聞かれたこと以外の言葉を返すと次は首を刎ねそうな殺気を父親のゼスト公爵から感じ、ゴクリと生唾を飲んだ。
スカッドが返事を返した後、嫌な沈黙が続く。
ドキドキとスカッドの心臓は拍動と共に汗を噴き出している。
「判った。下がれ」
「え?あ、あの…」
「下がれと言っている。意味が解らないか?」
「わかります‥‥失礼します」
両親に頭を下げ、部屋から出ると母親の公爵夫人の泣き声が響いた。ハッと振り返るが家令が静かに父の部屋の扉を閉めた。
――なんだ?すごく嫌な・・・なんだこの気持ち――
スカッドも今日の出来事が良かったなどとは思えない。
スナーチェに引きずられて劇場に入ったが、ヘリンを追いかける事が絶対に出来なかったかと言えば違う。行かなかったのはスカッドの意思だが「ヘリンなら判ってくれる」と根拠のない自信があった。
――僕は、何を判って貰えると思ったんだ?――
スカッドは数歩歩いて立ち止まり自問自答した。
が、答えが出ない。いや、答えがないのだから出るはずがない。
向きを変えて父の部屋の扉まで歩いた数歩を戻った。
ノックをしようと腕をあげた時、扉の向こうで話す声が断片的に聞こえてきた。
「・・・・には婚約解消を・・・・リアーズとするのも・・・・ないだろう」
スカッドの頭の中で虫食いになった部分に単語がピタッピタとあてはまる。
―――ヘリンとの婚約解消?次期当主はスペリアーズ?――
堪らずスカッドの手がドアノブを回し、勢いよく扉を開けた。
チラリとスカッドを見てゼスト公爵は直ぐに視線を外すと書類を家令に手渡した。
公爵夫人は手前のソファに腰掛けて手で顔を覆ったまま天井を向いていた。
「父上!僕はヘリンとの婚約解消なんて認めませんっ!」
スカッドの叫びにゼスト公爵はまるで聞こえていないように反応がない。スカッドはさらにズンズンと歩いて近寄るとバンっと執務机の天板を両手で叩いた。
「解消とか結婚は僕たちの意向を尊重してくれるんでしょう!」
ギロッとスカッドを見たゼスト公爵は立ち上がると思い切り拳をスカッドの頬に叩きこんだ。反動でスカッドの体は吹き飛び、壁に背中をうちつけて止まった。
「なにをっ痛っ・・・」
殴られた頬を手のひらで覆い、痛みを口にするスカッドにゼスト公爵は冷たく言い放った。
「僕たちだと?それを決めるのはお前ではない。ボーン子爵令嬢だ。思い上がった勘違いをするな!」
スカッドは「自分とへリン」なのだとずっと思ってきた。「違うのか?」と公爵夫人の方を見た。スカッドと目が合うと憐れみを含んだ目を夫人は伏せた。
「安心なさい。家督もスペリアーズが引き受けます。お前には何も渡せないけれど、いとこ同士・・・これからも並んで腰を掛けるベンチ程度の小さな夢だけは心に残る筈よ」
「違うんだ!今日の事はリンにも謝るつもりでいる。あれはナチェが――」
「スカッド。領地で小作人の補助にと思ったが、それも必要なさそうだな。廃嫡で書類を作り変えてやろう。何処でも好きな所に行くといい。そのナチェだったか?愛称で呼び合うんだ。お前たちの脳みそなら愛だけで食っていけるだろう」
「愛って?!誤解だ。父上。僕とナ・・・スナーチェはそんな関係じゃない!リンだって知ってる!誤解なんだよ!」
「誤解を生む行動しか出来ないお前にボーン子爵令嬢の名を呼ぶ資格はない。失せろ」
「頼むよ!信じてくれよ!本当に違うんだ!それを証明するからチャンスをくれ・・・ください!僕にチャンスをください!!」
家令が手にした書類がパサッと音を立てて半分に垂れ下がった。
ゼスト公爵は「書類が決裁されるまで余生を楽しめ」とスカッドに告げた。
廃嫡の書類は提出して短くて1か月、長い時は半年ほど決済されるまで時間がかかる。
が、提出されると言う事は取り下げない限り認可されると言う事でもある。
期限は切られたが、チャンスを与えて貰った事にスカッドは立ち上がり「ありがとうございます!」と大きな声と深い礼を公爵に返すと私室に走って戻った。
最初から全てに見入ったわけでは無く、どことなく「嘘臭い」と思いつつもラストのヒロインとヒーローが愛を誓い抱きしめ合う姿だけは幕が降りきるまで見てしまった。
帰宅が遅くなってしまったのは、ズビズビと鼻水なのか涙なのか。もはや境界も涙腺と共に崩壊してしまったあのスナーチェが感動で号泣したので落ち着くまで付き合ったからである。
スカッドが屋敷に戻ると、いつもは執事が出迎えるのに待っていたのは家令。
左眼のモノクルを少し指で突き上げながら家令がスカッドに声を掛けた。
「旦那様と奥様がお呼びです」
すれ違う使用人達は「お帰りなさいませ」といつもと同じ言葉はかけて来るが、態度が余所余所しい上に誰も目を合わせなかった。
「父上、母上、スカッドです。お呼びと伺いました」
「入れ」
ゼスト公爵の私室はスカッドを待っていたのか扉は開放されていて、低い声がスカッドの耳にも聞こえた。先ずは父に挨拶をと歩くスカッドにゼスト公爵は言った。
「聞かれた事だけに答えろ」
「え、あ、・・・はい」
まだ歩いている途中。引いた足を前に出せず不自然な格好でスカッドは返事をした。
「こんな時間まで何処に行っていた」
「歌劇を観に劇場へ‥‥出掛ける時に伝え――」
「聞かれたこと以外は口にしなくていい」
「はい」
「誰と観た」
「それなんですが、ヘリンと約束をしてたんですけどナチェが――アゥワッ」
スカッドの胸にソファーテーブルに置いてあった菓子籠が飛んできた。
足元にバラバラと籠の菓子が飛び散り、籠はテーブルの下に転がって底を天に回転を止めた。
「このっ!!」
「止めないか」
菓子籠を投げたのはスカッドの母、公爵夫人。何かを言いかけたがゼスト公爵が制した。
「もう一度聞く。誰と観た」
「あ、あの…ナチェ‥スナーチェ・・・です」
スカッドは非常に不味い事になっていると気が付いたが、本当に聞かれたこと以外の言葉を返すと次は首を刎ねそうな殺気を父親のゼスト公爵から感じ、ゴクリと生唾を飲んだ。
スカッドが返事を返した後、嫌な沈黙が続く。
ドキドキとスカッドの心臓は拍動と共に汗を噴き出している。
「判った。下がれ」
「え?あ、あの…」
「下がれと言っている。意味が解らないか?」
「わかります‥‥失礼します」
両親に頭を下げ、部屋から出ると母親の公爵夫人の泣き声が響いた。ハッと振り返るが家令が静かに父の部屋の扉を閉めた。
――なんだ?すごく嫌な・・・なんだこの気持ち――
スカッドも今日の出来事が良かったなどとは思えない。
スナーチェに引きずられて劇場に入ったが、ヘリンを追いかける事が絶対に出来なかったかと言えば違う。行かなかったのはスカッドの意思だが「ヘリンなら判ってくれる」と根拠のない自信があった。
――僕は、何を判って貰えると思ったんだ?――
スカッドは数歩歩いて立ち止まり自問自答した。
が、答えが出ない。いや、答えがないのだから出るはずがない。
向きを変えて父の部屋の扉まで歩いた数歩を戻った。
ノックをしようと腕をあげた時、扉の向こうで話す声が断片的に聞こえてきた。
「・・・・には婚約解消を・・・・リアーズとするのも・・・・ないだろう」
スカッドの頭の中で虫食いになった部分に単語がピタッピタとあてはまる。
―――ヘリンとの婚約解消?次期当主はスペリアーズ?――
堪らずスカッドの手がドアノブを回し、勢いよく扉を開けた。
チラリとスカッドを見てゼスト公爵は直ぐに視線を外すと書類を家令に手渡した。
公爵夫人は手前のソファに腰掛けて手で顔を覆ったまま天井を向いていた。
「父上!僕はヘリンとの婚約解消なんて認めませんっ!」
スカッドの叫びにゼスト公爵はまるで聞こえていないように反応がない。スカッドはさらにズンズンと歩いて近寄るとバンっと執務机の天板を両手で叩いた。
「解消とか結婚は僕たちの意向を尊重してくれるんでしょう!」
ギロッとスカッドを見たゼスト公爵は立ち上がると思い切り拳をスカッドの頬に叩きこんだ。反動でスカッドの体は吹き飛び、壁に背中をうちつけて止まった。
「なにをっ痛っ・・・」
殴られた頬を手のひらで覆い、痛みを口にするスカッドにゼスト公爵は冷たく言い放った。
「僕たちだと?それを決めるのはお前ではない。ボーン子爵令嬢だ。思い上がった勘違いをするな!」
スカッドは「自分とへリン」なのだとずっと思ってきた。「違うのか?」と公爵夫人の方を見た。スカッドと目が合うと憐れみを含んだ目を夫人は伏せた。
「安心なさい。家督もスペリアーズが引き受けます。お前には何も渡せないけれど、いとこ同士・・・これからも並んで腰を掛けるベンチ程度の小さな夢だけは心に残る筈よ」
「違うんだ!今日の事はリンにも謝るつもりでいる。あれはナチェが――」
「スカッド。領地で小作人の補助にと思ったが、それも必要なさそうだな。廃嫡で書類を作り変えてやろう。何処でも好きな所に行くといい。そのナチェだったか?愛称で呼び合うんだ。お前たちの脳みそなら愛だけで食っていけるだろう」
「愛って?!誤解だ。父上。僕とナ・・・スナーチェはそんな関係じゃない!リンだって知ってる!誤解なんだよ!」
「誤解を生む行動しか出来ないお前にボーン子爵令嬢の名を呼ぶ資格はない。失せろ」
「頼むよ!信じてくれよ!本当に違うんだ!それを証明するからチャンスをくれ・・・ください!僕にチャンスをください!!」
家令が手にした書類がパサッと音を立てて半分に垂れ下がった。
ゼスト公爵は「書類が決裁されるまで余生を楽しめ」とスカッドに告げた。
廃嫡の書類は提出して短くて1か月、長い時は半年ほど決済されるまで時間がかかる。
が、提出されると言う事は取り下げない限り認可されると言う事でもある。
期限は切られたが、チャンスを与えて貰った事にスカッドは立ち上がり「ありがとうございます!」と大きな声と深い礼を公爵に返すと私室に走って戻った。
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