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第17話 デイトに誘われて~ガチ困る
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茶会が終わり、ボーン子爵家に戻ったヘリンは自室の椅子に腰かける。
テーブルに出したままの、あと少しで完成する等身大の仔猫を模したフェルトの人形を手のひらで弄ぶように転がして考え込んだ。
――婚約、もう解消して欲しいって言った方がいいかなぁ――
父親のロムニーは考えなくていいと言ったが、ボーン子爵家が事業をする上で「ゼスト公爵家」の家名が多少なりとも恩恵を齎しているのも事実だし、ゼスト公爵夫妻はヘリンの出自を知っても「関係ない」とずっとへリンには優しくしてくれた。
子爵家で育つ以上に今、物事を知っているのも、マナーや所作が褒められるのもゼスト公爵家を抜きには語れない。
婚約を続ける事で、ゼスト公爵家がボーン子爵家に支払う借金は減る。
期間が満了すれば問題ないが、人の気持ちはいつ変わるかも判らない。
ヘリンは婚約の期間が満了しても2年結婚が出来ない期間がある。結婚出来るのは20歳からなので期間が満了する時18歳のへリンにはまだ「時間がある」のだ。
だが、スカッドは先に20歳を迎え、ヘリンを選んだとしても待つ状態になる。
2年は短いようで長い。10歳から12歳の2年と20歳から22歳の2年は違う。
本当に好きな人がスカッドに出来た時、身を引けばゼスト公爵家は残債を一括で支払う事になる。ヘリンが出来る事はそうなりそうな時、世話になったゼスト公爵家の負担を減らすために1日でも長く婚約続ける事だった。
「どうしたらいいと思う?」
返事を返すはずのない作りかけの人形にヘリンは話しかけた。
「思うとおりにすればイイヨ」
「えっ?!」
声は人形の声ではない。侍女の声だった。
「お嬢様は何を悩んでいるんです?」
「ん~。なんだろう」
「何でも聞きますよ?私に話をしても他に漏れることはありませんから」
「あのね…婚約を解消しようと思うんだけど…したくないっていうか…」
「なるほど~解消したい・・・その気持ち!判ります。そっちはどうでもいいんですけど、どうしてしたくないんですか?」
「この関係だから人形も作れるでしょう?人形作るの楽しいの。でも…」
「ムウトン様との関係なら旦那様に相談されてみては?羊毛の出荷もありますし家同士の取引もあると思いますけど」
「そうなんだけど・・・ムウトン様はスナーチェ様の婚約者だし‥解消するとお店にも影響するかなって」
侍女も考えるが、ヘリンの言う通りでムウトン伯爵家はビルボ侯爵家と婚約で繋がっている。ヘリンがスカッドと婚約を解消しても、ムウトン伯爵家とビルボ侯爵家の関係は変わる事は無い。
だからこそ、ややこしい。
ムウトン伯爵領の領民がボーン子爵家を頼りアンテナショップを出店している。その経緯は今の関係があるからなので、婚約を解消した後もアンテナショップなどでボーン子爵家とムウトン伯爵家が繋がる事をビルボ侯爵家がどう見るか。
答えが出ないまま夜が更けていった。
★~★
ボーン子爵ロムニーに執務の手伝いを申し付けられてヘリンは気忙しい日々を過ごす。
茶会に出なくていい日は体だけでなく、気分も軽くなる。
そんなある日、ゼスト公爵夫人に呼ばれて出向いた際の帰り際にスカッドが「チケットが取れた」とヘリンをデートに誘った。
歌劇のタイトルを聞いてヘリンはマーシャを思い浮かべた。
ボーン子爵領の友人であり大親友のマーシャが最近準男爵家の子息と婚約をした。ささやかなお祝いと贈られたチケットで婚約者と観た歌劇に感想を述べる時でさえ感極まって号泣する始末。
「死ぬまでに一度は観るべき歌劇。NO.1よ!」
コテコテの恋愛ものらしいが、1人で観るのは周囲に気を使ってしまいそうだし、侍女と女2人で観るのも肩身が狭そうな劇場内が容易に想像できる。
それまでならスカッドを誘ったが、スナーチェがもれなく付いてきそうだし、付いてこないにしても、行く事を知れば前回のようにネタバレをされそうな気がする。
何よりへリンの心の中でスカッドはもう優先順位が低くなっていた。
目の前でチケットを差し出すスカッドを茫然と見るヘリンにスカッドは顔を覗き込むようにしてもう一度声を掛けた。
「リン?聞こえてる?」
「あ、ごめんなさい。どうしたの?」
「だから、歌劇のチケットが取れたんだ。この所・・・茶会ばっかりだったろ?どうかなと思って」
「それって…2人で?」
「当たり前だろ?僕はリンと観たいんだ」
――何言ってるのかしら――
スカッドの後ろに花畑でも見えるんじゃないか?とまでヘリンは思ってしまった。
スカッドへの思いはもう恋ではなかったが婚約解消を言い出せていない今は婚約者。
へリンにはスカッドと「2人だけで」と言うのが面倒にも思える。
「行こうよ。なかなか取れないチケットなんだ」
「そうみたいね」
「迎えに行くからさ。えぇっと…15時開演だから13時半には迎えに行くよ。その日はいつも執務も無かった日だろう?久しぶりなんだ。楽しもうよ」
――歌劇は観たいけど…なんだかなぁ――
目の前で嬉しそうに燥ぐスカッドはヘリンの良く知るスカッド。
以前と変わらない笑顔を向けるスカッドに、気持ちは真逆に舵を取り始めたヘリン。
「ごめんなさい、その日はみんなと人形を作る約束をしてるの」
「人形?」
「えぇ、領民のみんなと作っているのよ」
「そんなもの。いつでもいいじゃないか。この歌劇に取れる時間が1秒もないっていうのかい?」
「そうじゃないけど」
「執務の手伝いならまだしも・・・たかが人形だろう?」
――その人形作りがあるから私は気持ちを保っていられるのよ!――
やり取りが面倒になったヘリン。
これ以上人形作りを貶されたくない思いもあった。
「父の手伝い」という断る理由も断ち切られ、へリンは頷くしかなかった。
テーブルに出したままの、あと少しで完成する等身大の仔猫を模したフェルトの人形を手のひらで弄ぶように転がして考え込んだ。
――婚約、もう解消して欲しいって言った方がいいかなぁ――
父親のロムニーは考えなくていいと言ったが、ボーン子爵家が事業をする上で「ゼスト公爵家」の家名が多少なりとも恩恵を齎しているのも事実だし、ゼスト公爵夫妻はヘリンの出自を知っても「関係ない」とずっとへリンには優しくしてくれた。
子爵家で育つ以上に今、物事を知っているのも、マナーや所作が褒められるのもゼスト公爵家を抜きには語れない。
婚約を続ける事で、ゼスト公爵家がボーン子爵家に支払う借金は減る。
期間が満了すれば問題ないが、人の気持ちはいつ変わるかも判らない。
ヘリンは婚約の期間が満了しても2年結婚が出来ない期間がある。結婚出来るのは20歳からなので期間が満了する時18歳のへリンにはまだ「時間がある」のだ。
だが、スカッドは先に20歳を迎え、ヘリンを選んだとしても待つ状態になる。
2年は短いようで長い。10歳から12歳の2年と20歳から22歳の2年は違う。
本当に好きな人がスカッドに出来た時、身を引けばゼスト公爵家は残債を一括で支払う事になる。ヘリンが出来る事はそうなりそうな時、世話になったゼスト公爵家の負担を減らすために1日でも長く婚約続ける事だった。
「どうしたらいいと思う?」
返事を返すはずのない作りかけの人形にヘリンは話しかけた。
「思うとおりにすればイイヨ」
「えっ?!」
声は人形の声ではない。侍女の声だった。
「お嬢様は何を悩んでいるんです?」
「ん~。なんだろう」
「何でも聞きますよ?私に話をしても他に漏れることはありませんから」
「あのね…婚約を解消しようと思うんだけど…したくないっていうか…」
「なるほど~解消したい・・・その気持ち!判ります。そっちはどうでもいいんですけど、どうしてしたくないんですか?」
「この関係だから人形も作れるでしょう?人形作るの楽しいの。でも…」
「ムウトン様との関係なら旦那様に相談されてみては?羊毛の出荷もありますし家同士の取引もあると思いますけど」
「そうなんだけど・・・ムウトン様はスナーチェ様の婚約者だし‥解消するとお店にも影響するかなって」
侍女も考えるが、ヘリンの言う通りでムウトン伯爵家はビルボ侯爵家と婚約で繋がっている。ヘリンがスカッドと婚約を解消しても、ムウトン伯爵家とビルボ侯爵家の関係は変わる事は無い。
だからこそ、ややこしい。
ムウトン伯爵領の領民がボーン子爵家を頼りアンテナショップを出店している。その経緯は今の関係があるからなので、婚約を解消した後もアンテナショップなどでボーン子爵家とムウトン伯爵家が繋がる事をビルボ侯爵家がどう見るか。
答えが出ないまま夜が更けていった。
★~★
ボーン子爵ロムニーに執務の手伝いを申し付けられてヘリンは気忙しい日々を過ごす。
茶会に出なくていい日は体だけでなく、気分も軽くなる。
そんなある日、ゼスト公爵夫人に呼ばれて出向いた際の帰り際にスカッドが「チケットが取れた」とヘリンをデートに誘った。
歌劇のタイトルを聞いてヘリンはマーシャを思い浮かべた。
ボーン子爵領の友人であり大親友のマーシャが最近準男爵家の子息と婚約をした。ささやかなお祝いと贈られたチケットで婚約者と観た歌劇に感想を述べる時でさえ感極まって号泣する始末。
「死ぬまでに一度は観るべき歌劇。NO.1よ!」
コテコテの恋愛ものらしいが、1人で観るのは周囲に気を使ってしまいそうだし、侍女と女2人で観るのも肩身が狭そうな劇場内が容易に想像できる。
それまでならスカッドを誘ったが、スナーチェがもれなく付いてきそうだし、付いてこないにしても、行く事を知れば前回のようにネタバレをされそうな気がする。
何よりへリンの心の中でスカッドはもう優先順位が低くなっていた。
目の前でチケットを差し出すスカッドを茫然と見るヘリンにスカッドは顔を覗き込むようにしてもう一度声を掛けた。
「リン?聞こえてる?」
「あ、ごめんなさい。どうしたの?」
「だから、歌劇のチケットが取れたんだ。この所・・・茶会ばっかりだったろ?どうかなと思って」
「それって…2人で?」
「当たり前だろ?僕はリンと観たいんだ」
――何言ってるのかしら――
スカッドの後ろに花畑でも見えるんじゃないか?とまでヘリンは思ってしまった。
スカッドへの思いはもう恋ではなかったが婚約解消を言い出せていない今は婚約者。
へリンにはスカッドと「2人だけで」と言うのが面倒にも思える。
「行こうよ。なかなか取れないチケットなんだ」
「そうみたいね」
「迎えに行くからさ。えぇっと…15時開演だから13時半には迎えに行くよ。その日はいつも執務も無かった日だろう?久しぶりなんだ。楽しもうよ」
――歌劇は観たいけど…なんだかなぁ――
目の前で嬉しそうに燥ぐスカッドはヘリンの良く知るスカッド。
以前と変わらない笑顔を向けるスカッドに、気持ちは真逆に舵を取り始めたヘリン。
「ごめんなさい、その日はみんなと人形を作る約束をしてるの」
「人形?」
「えぇ、領民のみんなと作っているのよ」
「そんなもの。いつでもいいじゃないか。この歌劇に取れる時間が1秒もないっていうのかい?」
「そうじゃないけど」
「執務の手伝いならまだしも・・・たかが人形だろう?」
――その人形作りがあるから私は気持ちを保っていられるのよ!――
やり取りが面倒になったヘリン。
これ以上人形作りを貶されたくない思いもあった。
「父の手伝い」という断る理由も断ち切られ、へリンは頷くしかなかった。
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