伯爵様の恋はウール100%

cyaru

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第24話   羊を扱う男達

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フェルメルは執事や領民で班長を務めてくれている者達と会合をしていた。

その日、午後の茶の時間を少し過ぎた頃だっただろうか。
玄関にほど近い会合をしていた会議室にも早馬なみのスピードで玄関まで駆けて来た馬の嘶きに誰もが顔を見合わせた。

今年生まれた子羊も合わせて90万頭を超えた羊の数。
その羊たちはロマネ王国だけでなく各国の牧場で飼われているため、街道や放牧地の崩落などの知らせがあると早馬が駆けこんでくる。

非常事態を知らせる者なら、会合の場に誰かが駆け込んでくるはずだったが誰も来ない。

「何だったんだ??」
「集中が切れた。休憩にしよう。おっと・・・15時を過ぎてるじゃないか。午後ティーな時間は大事なんだぞ?」

その場にいる者に「午後のお茶」が似合う者など1人もいない。
羊たちを統率する男達がドッと笑う。日に焼けた顔に白い歯が見えた。

誰もが顔を見合わせていると、フェルメルの父、ムウトン伯爵が馬車で何処かに出掛けて行った。



窓から走り去る馬車を見てフェルメル付きの執事がポツリと溢した。

「婚約破棄に出向いていたらいいんだけどな」

フェルメルは直ぐに「バカな事を言うな」と執事を少しだけ睨んだ。

「だって…思ってるでしょ?黙ってても僕にはわかります」
「何が判ると言うんだ」

運ばれてきた茶はほんのり温かい程度。フェルメルは熱いものは苦手なのだ。
そっと口に茶器を当てて一口分を含んだ時、不貞腐れ気味に口を尖らせて執事が言う。

「メルさんがボーン子爵令嬢好きな事ですよ」
「ブバッ!!」
「うっわ!汚いなぁもう!!なんで噴き出してんですか!」
「お前なぁ…」

執事の言葉に茶を思い切り噴き出してしまったフェルメルは手で口の周りを押さえ、ハンカチを取り出しながらギロリと睨みつける。

「睨んだってダメですよ。何年の付き合いだと思ってんです。バレバレですよ」
「彼女にはそんな思いは抱いていない」
「抱きっ放しでしょうに。ボーン子爵令嬢がいなかったら茶会なんか行かないでしょ?来るから無理に時間空けて行くでしょ?その夜は徹夜して執務してるじゃないですか」
「違う。あれは片付ける用件が多くて徹夜になっただけだ」
「またまた~。わざわざ特級品の羊毛取り寄せて自分で手洗いして?干して?フワッフワにして?ニヤニヤしながら紙袋に入れて~。知ってんですよ?人形の手順を書いた紙だって何枚書き直したんです?ショップ行く日はスキップだったでしょうに」

ブワっとフェルメルの顔が赤くなった。
熱さを鎮めようと残った茶を一気に口に含んだのだが、喉の途中まで来た時。

「好きなら好きと言えばいいんですよ」
「ブッハー!!ゲホッゲホッ‥ゲボッ・・ヒュー・・・おまっ・・・ヒュー・・・待て・・・ゼェゼェ」

今度は気道にも茶が入ってしまい、咽こんだフェルメルは絶え絶えになる息をなんとか鎮めた。

「そんな思いは無い。令嬢に失礼だろうが」
は良いと思うけどね」

口調が変わった執事にフェルメルは視線を合わせた。
兄弟とも言って良い関係で育った執事とフェルメル。

フェルメルと違って「普通(よりチョイ上)の見た目」の執事は2年前に結婚をした。
今も子供がいないのは「俺たちみたいな関係にしようぜ」と幼い日に約束をしたから。

成長するに従ってフェルメルは女性から敬遠をされるようになった。
原因は「濃い体毛」なのは間違いない。
思春期になったフェルメルは髪と眉以外の毛を剃った事もある。

しかし世間は非情だった。女性達が敬遠していた体毛を剃っても今度は「ブサイク」が表に出てしまって話しかけると令嬢たちは悲鳴を上げて散って行った。

中には目の前で嘔吐した令嬢もいる。
フェルメルは13歳で「女性」には受け入れてもらえない現実を知った。

両親がフェルメルのお相手探しに奔走するのもフェルメルの心をズタズタにした。
見合いを申し込んで返って来る返事はお断りばかり。

「お金があっても絶対に嫌!」と両親に無理やり顔合わせの場に連れて来られた令嬢はフェルメルの前で泣き叫んだ。

やっと婚約者が決まり、ビルボ侯爵家のスナーチェだと聞かされてフェルメルは贈り物を欠かさなかった。父からの厳命もあったけれど、自分を受け入れてくれる女性がいた事が奇跡だと思った。

だが、婚約の取り決めを見て絶望した。

――子供を産むためにだけに金で自分を売ったのか――

自分には人間である価値がないとまで考えた。



だから・・・・嬉しかったのだ。
ヘリンがごく当たり前にフェルメルと会話をしてくれることが。

笑いかけてくれるその笑顔が見たくて羊毛フェルトで羊を作り、自分を知って欲しいと欲望を抑えきれずに「キット」を贈ったのだ。

それ以上を望んではいけないと思ったのに・・・。

『頂けるのならこの子で』とフェルメルが作ったと知った上で羊を貰ってくれた。
その夜は心が震えて眠れなかった。

スナーチェの言葉に傷つかないわけでは無い。言葉は目に見えない刃と同じ。
しかし、隣に腰掛けるヘリンとの時間を過ごしたくて執務を放り出して茶会に行った。

会うたびに募る思いに蓋をしようとするが、蓋を跳ね除けて思いがあふれ出す。
領民達とも気さくに話をするヘリンをショップで待つ時間も、一緒に人形を作る時間もフェルメルには掛け替えのない時間だった。


「ダメで元々だろ?いいじゃないか。婚約者がいたって。親が決めた相手であの女だってメルとの結婚に未来なんか望んでない。だったら!」

「ダメだ!・・・・ダメなんだ」

「なんでだよ!あの子ならメルを――」

「ダメなんだって!」

つい声を張り上げてしまった。会合に集まった者達がフェルメルを見ていた。

「あ・・・すまない。なんでもないんだ」

会話を打ち消そうとしたフェルメルだったが、執事ではない男が声を出した。

「メェさん。いいんじゃね?俺なら好きな女は逃がさないぜ?」
「そんな相手がいるのかっ?!」

その声が羊たちを纏める笛の音となり、ガタガタと席を立って男達がフェルメルを取り囲んだ。

「違うんだって!婚約者がいるんだって!」

<< だから、なんだよ >>

男達は大富豪の伯爵子息でもあるのに、日が昇る前の真っ暗な中、羊たちと共に山に向かうフェルメルを知っているし、羊と格闘しながら毛を刈るフェルメルも知っている。

羊が逃げたと言えば真っ先に駆けだして捜索もするし、狼が出たと言えば羊を守るために寝ずの番をする事も知っている。

誰よりも働き、誰よりも真面目に羊と向き合うフェルメルに皆、幸せになって欲しいと願っているからこそ、男達はムウトン伯爵にフェルメルの事をぞんざいに扱いスナーチェについては苦言を呈してきた。

ぐいぐいと迫って来る男達。
フェルメルは悲痛な声をあげた。

「醜男の俺に好きだとか言う資格はないんだよ!!」

が、男達は甘くない。
グイっとフェルメルの胸ぐらを掴みあげると放牧で鍛え上げた二の腕でフェルメルを持ち上げた。
上背のあるフェルメルだが、つま先が床から離れてしまった。

「勝手に結論付けて、悲劇のヒーローぶるんじゃねぇよ。悲劇になるか喜劇になるか試してから言え。半人前の小童が!」

羊は可愛いが羊たちを操る男達は気性が荒い。
行動を起こさずに結果に怯えているうちは一人前にも見てもらえない。

男達に囲まれるフェルメルに執事は「不味い!」とフェルメルを掴む男の手を握った。


「そ、それが、お相手さんがちょぉぉーっと問題でして、公爵家のボンボンが婚約者なんですよ」

<< だから、どうした >>

「で、ですよねー。アハハ」

執事も男達には敵わなかった。
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