伯爵様の恋はウール100%

cyaru

文字の大きさ
31 / 34

第29話   飛び出す羊、空を飛ぶ

しおりを挟む
「こんにちは」
「あら、いらっしゃい。若旦那様は奥にいますよ」
「いえ、今日はこのお人形を置かせてもらおうと思って」


ヘリンの後ろにいた侍女がごそごそと製作した羊毛フェルト人形を取り出す。
仔犬、仔猫にウサギに図鑑を見て作った象。
しかし、順番に出していく途中で侍女が「あっ!」小さな悲鳴を上げた。

「どうしたの?」
「お嬢様ぁ…どうしましょう。当たって擦れちゃったんでしょうか…目とか鼻がズレちゃってます」

侍女が取り出したのは羊の人形だった。
確かに目と鼻を模した平たく潰したパーツがズレたり、取れかかっている。


「若旦那様は直すのも上手ですよ?呼んできますね」
「いえっ。お手を煩わせるわけにはっ」

ヘリンの声をよそにムウトン伯爵領の領民の女性は奥にいるというフェルメルを呼ぶと走って行ってしまった。ヘリンは慌てた。

ヘリンの髪をそっと侍女が手で直すのだがそうではない。
確かに見た目も気になるのだが、婚約破棄が成立したばかりで言ってみれば傷物令嬢。
破棄をした側が悪く言われる事は無いが、それでも経歴から「破棄」が消えるわけでは無い。

何よりフェルメルに対しての気持ちに気が付いてしまったヘリンは恥ずかしくて合わせる顔が無かった。同時にフェルメルの婚約もヘリンより先に解消になっていると聞いて「嬉しい」なんて思ってしまった自分がとても卑しく思えてしまっていた。

「ボーン子爵令嬢が??」
「そうそう!早くっ!もう今更見てくれを気にしてどうするんですっ!」

女性に急かされてやって来たフェルメルはハッと口と鼻を手で覆った。

「なぁに照れてるんです。そうそう!実は若旦那様、3日後には爵位を継ぐんですよ。ねっ?」
「いや、そんな先の話を――」

女性にそれ以上は言うなと諭すフェルメルだったが、ヘリンは恥ずかしがっている場合ではないと心からの言葉を贈った。

「伯爵様に?おめでとうございます」
「あ、いや…うん…ありがとう」

言葉が続かない。
ヘリンもその先を言いたいのだが、またネガティブな事を考えてしまう。

――伯爵様・・・ご当主になったらこんな気安くは会えないんだわ――

向かい合って言葉を発しない2人に女性は「奥の部屋で直してあげてください。ここじゃお客さんの邪魔です」と2人を追い立てた。


「すまない…散らかってるんだが・・・えぇっと椅子はどこだ?」

何故かヘリンの侍女もフェルメルの従者もそそくさと部屋を出ていく。
椅子を探すフェルメルの手伝いはしないし、侍女もお直しをする羊のみとなった袋をヘリンに持たせる。

ヘリンは立っているだけが耐えられず…

「あ、あのっ。椅子は・・・いいです。立ってるのも平気です」
「何を言ってるんだ。女性を立たせたままなんて出来ないよ」
「こっ、この子を直してくださるんですよね。えっと・・・えぇっと…」

袋の持ち手をギュッと握ったままで取り出そうとするヘリンは慌てている。
片方の持ち手を離せば入り口は大きく開くのに無理にとりだそうとして、手を引き抜いた瞬間に羊が飛んだ。

「おっと!!」

パシっとキャッチしたフェルメルは捕まえた羊の人形を見て「ぷはっ!」と笑った。

「空飛ぶ羊を捕まえたら・・・ほら、俺よりもイケメンだ」

羊の人形を指で抓んで持つと、顔に並べてヘリンに見せる。

「その子は可愛いんです。イケメンはフェルメル様です」
「いやいや…生まれてこの方イケメンと言われたことは一度もないよ」
「じゃ、私が1番目で・・・・いえっ!変な意味ではないんです!」
「あ、うん…それはそうとぉ~この羊は空も飛ぶんだが・・・この目と鼻だな」

フェルメルはヘリンと視線が合うと羊の人形に視線を逸らし、話も逸らした。

1脚しか空いていない椅子にヘリンを座らせる。
奥の部屋は「診察室」と札が掛かっていて、お客さんが手に取ったり、棚から落ちて汚れたり破損すると修理という治療をする場。

フェルメルは「爵位を継ぐと頻繁には来られなくなる」と言いながら取れかかった人形の鼻の「治療」を始めた。


「そうなんですね‥‥」
「でも、店にはこうやって来てくれると皆が喜ぶよ」
「だけど・・・フェルメル様はいないんですよね。来る時は患者さんが順番待ちになっちゃいますね」
「そうだなぁ。屋敷に持ち帰れば夜に出来る・・・いやどうかな」
「夜はちゃんと寝てください。心配です」
「結構頑丈に出来てるから大丈夫だよ。それに・・・この店もずっとじゃない」


そう、フェルメルは今ではなく未来も考えているのでずっとこのブームが続くとは思っていない。今はお客さんもひっきりなしにやって来るが数年後には、この店を借りている家賃の方が売り上げを上回るだろう。

衣類とは違って、小物の流行とはそんなものなのだ。

「お店・・・閉めちゃうんですか?」
「今は売り上げがあるけど、なくなれば賃料も領民の税金で払う事になるからね」
「そうですよね…」
「そこでなんだけど…店は無くなっても・・・友達でいたいん――」

フェルメルの言葉の途中で扉が勢いよく開いて、下から順番に従者ニードル、その上に侍女ドレー、さらに領民の女性が5、6人重なって苦笑いをしている。

「何やってんだよ!あ~ドアが・・・修理出来るかな…留め具が・・・」

フェルメルが手にしていた人形をテーブルに置いて留め具の丁番から外れた扉に憐みの声を掛けた。

「お前も留め具を外せよ!!気持ちに蓋なんかするな!」

従者ニードルがフェルメルに向かって声をあげる。
すると侍女ドレーも立ち上がるとタタタと歩いて、フェルメルと向き合うようにヘリンの肩をグッと掴んでクルリ。

「お嬢様、ごめんなさい。羊わざと壊しました。こうでもしないとお嬢様は!!」
「そんなっ…せっかく作ったのに」
「ウージウジ。イージイジするお嬢様なんてらしくないです!さぁっ!!」

侍女ドレーはそう言うけれど、まだ婚約破棄したばかりのへリンには勇気が出ない。
フェルメルもニードルにドンと背を押されてヘリンとの距離が1歩近づいた。

「あー・・・えーっと‥」

天井を見上げるフェルメルだったが奇妙な声が聞こえた。

「ワタシ・フェルメルサン・ダイスキ」
「ドッ、ドレー!!何言ってるの!?」

さっきまで治療をしていたまだ治療中の羊を手にドレーが腹話術をしていた。
するとフェルメルの肩口からも奇妙な声がする。

「オレ・ヘリンサント・ケッコンシタイ」
「ぶわっ!何言ってんだよニードル!!」

ニードルは処置後のバイソンを模した人形で腹話術。

「気にしなくていい。向こうに行こう!ここはおかしな奴が多い」

グイっと手を取られてヘリンはフェルメルと部屋の外に向かう。
将棋倒しになっていた女性達が生温かい視線で道を開けて見送ってくれた。




「ごめん。ニードルって前から変な奴なんだよ」
「わたしこそドレーがごめんなさい」

またもや会話が続かない2人。
ヘリンは迷った。
女性の方からはしたないと思われるかも知れない。
しかし、今、言わなければ‥‥爵位を継いだら会う時間も少なくなる。

フェルメルは迷った。
婚約破棄をしたばかりの傷心につけ込む卑怯な男と思われるかも知れない。
しかし、今、言わなければ‥‥新しい婚約者に掻っ攫われるのは嫌だった。

<< あの! >> 声が重なった。

ヘリンがその先を言う前にとフェルメルは切り出した。

「ずっと‥‥友達からでいいから・・・会いたいんだけど」
「わっ私も‥‥会えないのは嫌だなって…えぇっと‥」


フェルメルはカチッと袖口のカフスを外し、ヘリンに差し出した。

「これ…見せれば屋敷にも入れるから・・・俺が店に来ない日に急患がいたら来ていいから」
「でも家紋も入って…大事なものですよね」
「いいんだ。これ渡すの・・・君だけだから」
「判りました。お預かりします。でも、直して欲しい子がいない時は・・・」
「会えない時は俺が急患だと思うから来てくれると有難いかな」
「ぷっ。さっき頑丈に出来てるって言ったのに」
「そうかな…そうだったかな?あれ?」

隣でクスクスと笑うヘリン。
フェルメルは気が付かなかった。

この場をショップにいた者達とお客さん、そしてムウトン伯爵に見られている事に。
ムウトン伯爵の目はウルル・・・涙が溢れていた。
しおりを挟む
感想 91

あなたにおすすめの小説

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

別れたいようなので、別れることにします

天宮有
恋愛
伯爵令嬢のアリザは、両親が優秀な魔法使いという理由でルグド王子の婚約者になる。 魔法学園の入学前、ルグド王子は自分より優秀なアリザが嫌で「力を抑えろ」と命令していた。 命令のせいでアリザの成績は悪く、ルグドはクラスメイトに「アリザと別れたい」と何度も話している。 王子が婚約者でも別れてしまった方がいいと、アリザは考えるようになっていた。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

処理中です...