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第28話 円満な婚約破棄にお呼びでない
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先代公爵の元を訪れていたゼスト公爵夫妻にスカッドの愚行の知らせが届いたのは夜の帳もおりた頃、場所は帰路の途中にある宿場町だった。
「ここまで疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
休憩は馬車を引く馬を交換する僅かな時間のみ。
予定より出立が遅れてしまい急いだのだが、峠を超えるにも危険と王都の街まであと少しの宿場町で足止めとなった。
半日で駆けてきた従者をゼスト公爵はねぎらった。
夕食を済ませたばかり。
無理を押して急げば深夜はボーン子爵家に行けるだろうと思ったが、深夜の訪問などこれ以上の迷惑をかけてはならないと護衛の兵士の1人に先触れを預ける。
夜が明けてからボーン子爵家に到着するように手配をした。
★~★
朝食の前に先触れを受け取っていたボーン子爵ロムニー。
間もなく到着するゼスト公爵夫妻の馬車を今か、今かと待っていた。
気持ちは穏やかな気持ちだった。
昨夜、泣いたであろう赤い目を真っ直ぐに向けたヘリンの「婚約解消をして欲しい」との言葉に頷いた。
『その顔はどうしたんだ?!』
赤く腫れた頬を隠そうともせずヘリンは部屋にやってきた。
『お父様、ゼスト公爵子息との婚約を解消してください』
『それはいい。しかしその頬は・・・まさかと思うが・・・』
『頬の事は良いんです。私からの手切れ金です。もう顔も見たくありません』
『判った。だがな。ヘリン。これはボーン子爵家当主として言わせてもらうのではなく、父として言わせてもらうよ?』
ヘリンと共に部屋にやってきたヘリンの侍女が手に濡れタオルを持っているのに気が付くと、「冷やしてやってくれ」とソファに座らせたヘリンの隣に侍女も座りなさいと促す。
「もう痛みはありません」とヘリンは言うが、冷たいタオルにヘリンも顔のこわばりが取れた。
『ヘリン。これは婚約解消ではない。破棄だ』
『そんな大事にしなくても!!』
『いや。これは父として許せない。今からでも奴をズタズタに切り裂いてやりたいくらいだ』
温和な父ロムニーが怒りを堪えているのはヘリンでも判る。
しかし婚約破棄となれば面倒も多くなる。ヘリンはもうスカッドと関わり合いになりたくなかった。
『ゼスト公爵も人の親だ。こちらの言い分は全て飲むと言ってもその時になれば我が子を庇うかも知れない。私もアゴランとヘリンの父だ。子供の為なら約束事すらどうでも良くなる。これでゼスト公爵家とは袂を分かつ事になるかも知れない。でもね、貴族と言っても私は‥貴族としての矜持より家族に対しての思いのほうが大事だと思っている。もし、貧乏に逆戻りする事になっても元々貧乏だったんだ。何も困る事は無い』
ロムニーの声にバタン!勢いよく扉が開いた。
母のシルキー、兄のアゴラン、兄嫁のカミシアが部屋に入ってきた。
アゴランは
『販路を広げるように隣国まで売り込みに行くからさ。土産も買ってくるよ』
シルキーは
『ダイエットにはもってこいよ?食生活が豊かになるのも考え物だわ』
カミシアは
『あくせくする王都より領の方が子育てしやすいと思ってたのよ』
そして全員が声を合わせた。
<< 何も心配は要らない >>
ヘリンの頬にあてられた濡れタオルは頬の痛みよりも家族の優しさに対して流れる涙を吸い取った。
ロムニーは、馬車が止まるや否や扉を開けてステップも無しに飛び出してきたゼスト公爵の行動に驚いた。
「この度は申し訳なかった!留守中とは言えとんでもないことを!!」
従者から要点は聞いていたゼスト公爵はロムニーとシルキーの前で両膝を地面につけて詫びた。
「こちらからの要望ばかりで本当に申し訳ないが、婚約は解消ではなく当家有責で破棄としてくれないか?」
言い出そうとしていた言葉を先に言われてしまいロムニーはゼスト公爵を立たせると屋敷に招き入れた。後を追って馬車の中では泣き通しだった公爵夫人が目を腫らし、真っ赤な鼻を啜り上げて付いてくる。
ゼスト公爵は「スカッドは廃嫡とし放逐する」と告げた。
ロムニーは配られた茶を勧めながら静かに言う。
「ヘリンは廃嫡は望まないでしょうが、それは私も同じです」
「どこまでも優しいんだな。だが、それでは示しがつかない」
「えぇ。私達にも落ち度もあります。廃嫡とする事で私達も嘲笑される事など当然の罰ですわ」
子息、まして後継と一旦は公表しているゼスト公爵家も暫くはこの醜聞がネタに社交界を賑わせるだろう。「しかし」とロムニーは続けた。心の中で自分がこんなに意地の悪い男だったとは新たな発見と思いつつ。
「後継者は次男の方にされる、されないはゼスト公爵家の決める事です。その点には当家は関与しませんがスカッド君を廃嫡・・・罰より必要なのは学びでしょう」
「だが!」
身を乗り出すゼスト公爵にロムニーは「まぁまぁ」と諭す。
「廃嫡とする事で責任を取るやり方も判ります。しかしここはひとつ・・・我が家も従者からの話なので申し訳ないが、従妹のビルボ侯爵令嬢はなかなかに先見の明があると自負されていると聞きます。近親婚は忌み嫌われていますが、禁忌ではありません。どうせ廃嫡とされるのならこの2人を添い遂げさせてみてはどうでしょう?上手く舵取りをし、他家の令嬢にも指導する女性ですから新興貴族となっても阿吽の呼吸で切り盛りしていけそうな気がします。陛下も支える貴族の数が多くなる事は推奨していますし」
ロムニーの言葉の真意が判らないゼスト公爵夫妻ではない。
廃嫡とすればもう手を差し伸べる事もないだろうが、ボーン子爵家としてはスカッドに与える罰よりもゼスト公爵家の今後の対応を見ているのである。
スカッドとスナーチェが家を興しても相手にする者はいないだろう。
貴族として残せば、困っていれば助けてやろうというのが親心。
しかしロムニーの提案は「手を貸すな」と言っている。
子供がボロボロになって食うものに困っても黙ってみていろと言う「怒り」なのだ。
一見、罰ではなく褒美を与えたにも見える「罰」はゼスト公爵家も貴族である限りその態度を監視される。廃嫡として数年後ろ指をさされて笑われた方が「親」としてまだマシだ。
子供が本当に苦しむ姿を見なくて良いのだから。
公爵夫妻はお互いを見ると頷き合う。
「ボーン子爵家の意向は全て飲むと約束をした。スカッドには親類が権利を持っている休眠中の領地なし伯爵家を興させる。何もない所から築いていくのもスカッドには勉強になるだろう。愚息に学びの場を与えてくれた事、父として母として感謝をする」
「当初の約束通り。ヘリンちゃ・・・いえご息女の今後に降りかかる厄災は振り払うよう尽力する事もこの場でこの命を賭してお約束致しますわ」
この場で婚約破棄の書面を整えようとしたのだが、急ぎ先代公爵の元から直接やって来たので家印がない。
「では、当家がこの書面をゼスト公爵家にお持ちしましょう」
「何から何まで申し訳ない」
「いいえ。直ぐにこうやって来て下さった事にボーン子爵家を代表し感謝します」
あとはゼスト公爵家の家印のみで完成する婚約破棄の書面。
先に走るゼスト公爵家の馬車を追うようにボーン子爵夫妻の乗った馬車もゼスト公爵家の敷地内に入った。
ヘリンが帰ってしまった後、部屋で火傷の治療を受けたスカッド。
後悔の渦に巻かれながら一夜を過ごした。
ボーン子爵がやって来たと聞いたスカッドは「面会を」と申し出たが使用人が取った策はスカッドを部屋から出さない事だった。
「おーい!手伝ってくれぇ」
細身の従者の頼みにやって来たのは屈強な兵士。
「坊ちゃまは話し合いの場にはお呼びではないと思いますよ」
「なんだ!その言い方は!」
「言い方と言われても・・・これでも精一杯の敬意を示してるんですが・・・」
「そんなのを嫌味だと言うんだ!」
「そうなんですか?嫌味と敬意って差がよく判らないなぁ。お茶会では警備の場が風上だったので聞こえにくくて」
屈強な兵士の力には抗えず、スカッドは部屋に放り込まれてしまった。
激しくスカッドが扉を叩く音をBGMに「円満な婚約破棄」が調ったのだった。
「ここまで疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
休憩は馬車を引く馬を交換する僅かな時間のみ。
予定より出立が遅れてしまい急いだのだが、峠を超えるにも危険と王都の街まであと少しの宿場町で足止めとなった。
半日で駆けてきた従者をゼスト公爵はねぎらった。
夕食を済ませたばかり。
無理を押して急げば深夜はボーン子爵家に行けるだろうと思ったが、深夜の訪問などこれ以上の迷惑をかけてはならないと護衛の兵士の1人に先触れを預ける。
夜が明けてからボーン子爵家に到着するように手配をした。
★~★
朝食の前に先触れを受け取っていたボーン子爵ロムニー。
間もなく到着するゼスト公爵夫妻の馬車を今か、今かと待っていた。
気持ちは穏やかな気持ちだった。
昨夜、泣いたであろう赤い目を真っ直ぐに向けたヘリンの「婚約解消をして欲しい」との言葉に頷いた。
『その顔はどうしたんだ?!』
赤く腫れた頬を隠そうともせずヘリンは部屋にやってきた。
『お父様、ゼスト公爵子息との婚約を解消してください』
『それはいい。しかしその頬は・・・まさかと思うが・・・』
『頬の事は良いんです。私からの手切れ金です。もう顔も見たくありません』
『判った。だがな。ヘリン。これはボーン子爵家当主として言わせてもらうのではなく、父として言わせてもらうよ?』
ヘリンと共に部屋にやってきたヘリンの侍女が手に濡れタオルを持っているのに気が付くと、「冷やしてやってくれ」とソファに座らせたヘリンの隣に侍女も座りなさいと促す。
「もう痛みはありません」とヘリンは言うが、冷たいタオルにヘリンも顔のこわばりが取れた。
『ヘリン。これは婚約解消ではない。破棄だ』
『そんな大事にしなくても!!』
『いや。これは父として許せない。今からでも奴をズタズタに切り裂いてやりたいくらいだ』
温和な父ロムニーが怒りを堪えているのはヘリンでも判る。
しかし婚約破棄となれば面倒も多くなる。ヘリンはもうスカッドと関わり合いになりたくなかった。
『ゼスト公爵も人の親だ。こちらの言い分は全て飲むと言ってもその時になれば我が子を庇うかも知れない。私もアゴランとヘリンの父だ。子供の為なら約束事すらどうでも良くなる。これでゼスト公爵家とは袂を分かつ事になるかも知れない。でもね、貴族と言っても私は‥貴族としての矜持より家族に対しての思いのほうが大事だと思っている。もし、貧乏に逆戻りする事になっても元々貧乏だったんだ。何も困る事は無い』
ロムニーの声にバタン!勢いよく扉が開いた。
母のシルキー、兄のアゴラン、兄嫁のカミシアが部屋に入ってきた。
アゴランは
『販路を広げるように隣国まで売り込みに行くからさ。土産も買ってくるよ』
シルキーは
『ダイエットにはもってこいよ?食生活が豊かになるのも考え物だわ』
カミシアは
『あくせくする王都より領の方が子育てしやすいと思ってたのよ』
そして全員が声を合わせた。
<< 何も心配は要らない >>
ヘリンの頬にあてられた濡れタオルは頬の痛みよりも家族の優しさに対して流れる涙を吸い取った。
ロムニーは、馬車が止まるや否や扉を開けてステップも無しに飛び出してきたゼスト公爵の行動に驚いた。
「この度は申し訳なかった!留守中とは言えとんでもないことを!!」
従者から要点は聞いていたゼスト公爵はロムニーとシルキーの前で両膝を地面につけて詫びた。
「こちらからの要望ばかりで本当に申し訳ないが、婚約は解消ではなく当家有責で破棄としてくれないか?」
言い出そうとしていた言葉を先に言われてしまいロムニーはゼスト公爵を立たせると屋敷に招き入れた。後を追って馬車の中では泣き通しだった公爵夫人が目を腫らし、真っ赤な鼻を啜り上げて付いてくる。
ゼスト公爵は「スカッドは廃嫡とし放逐する」と告げた。
ロムニーは配られた茶を勧めながら静かに言う。
「ヘリンは廃嫡は望まないでしょうが、それは私も同じです」
「どこまでも優しいんだな。だが、それでは示しがつかない」
「えぇ。私達にも落ち度もあります。廃嫡とする事で私達も嘲笑される事など当然の罰ですわ」
子息、まして後継と一旦は公表しているゼスト公爵家も暫くはこの醜聞がネタに社交界を賑わせるだろう。「しかし」とロムニーは続けた。心の中で自分がこんなに意地の悪い男だったとは新たな発見と思いつつ。
「後継者は次男の方にされる、されないはゼスト公爵家の決める事です。その点には当家は関与しませんがスカッド君を廃嫡・・・罰より必要なのは学びでしょう」
「だが!」
身を乗り出すゼスト公爵にロムニーは「まぁまぁ」と諭す。
「廃嫡とする事で責任を取るやり方も判ります。しかしここはひとつ・・・我が家も従者からの話なので申し訳ないが、従妹のビルボ侯爵令嬢はなかなかに先見の明があると自負されていると聞きます。近親婚は忌み嫌われていますが、禁忌ではありません。どうせ廃嫡とされるのならこの2人を添い遂げさせてみてはどうでしょう?上手く舵取りをし、他家の令嬢にも指導する女性ですから新興貴族となっても阿吽の呼吸で切り盛りしていけそうな気がします。陛下も支える貴族の数が多くなる事は推奨していますし」
ロムニーの言葉の真意が判らないゼスト公爵夫妻ではない。
廃嫡とすればもう手を差し伸べる事もないだろうが、ボーン子爵家としてはスカッドに与える罰よりもゼスト公爵家の今後の対応を見ているのである。
スカッドとスナーチェが家を興しても相手にする者はいないだろう。
貴族として残せば、困っていれば助けてやろうというのが親心。
しかしロムニーの提案は「手を貸すな」と言っている。
子供がボロボロになって食うものに困っても黙ってみていろと言う「怒り」なのだ。
一見、罰ではなく褒美を与えたにも見える「罰」はゼスト公爵家も貴族である限りその態度を監視される。廃嫡として数年後ろ指をさされて笑われた方が「親」としてまだマシだ。
子供が本当に苦しむ姿を見なくて良いのだから。
公爵夫妻はお互いを見ると頷き合う。
「ボーン子爵家の意向は全て飲むと約束をした。スカッドには親類が権利を持っている休眠中の領地なし伯爵家を興させる。何もない所から築いていくのもスカッドには勉強になるだろう。愚息に学びの場を与えてくれた事、父として母として感謝をする」
「当初の約束通り。ヘリンちゃ・・・いえご息女の今後に降りかかる厄災は振り払うよう尽力する事もこの場でこの命を賭してお約束致しますわ」
この場で婚約破棄の書面を整えようとしたのだが、急ぎ先代公爵の元から直接やって来たので家印がない。
「では、当家がこの書面をゼスト公爵家にお持ちしましょう」
「何から何まで申し訳ない」
「いいえ。直ぐにこうやって来て下さった事にボーン子爵家を代表し感謝します」
あとはゼスト公爵家の家印のみで完成する婚約破棄の書面。
先に走るゼスト公爵家の馬車を追うようにボーン子爵夫妻の乗った馬車もゼスト公爵家の敷地内に入った。
ヘリンが帰ってしまった後、部屋で火傷の治療を受けたスカッド。
後悔の渦に巻かれながら一夜を過ごした。
ボーン子爵がやって来たと聞いたスカッドは「面会を」と申し出たが使用人が取った策はスカッドを部屋から出さない事だった。
「おーい!手伝ってくれぇ」
細身の従者の頼みにやって来たのは屈強な兵士。
「坊ちゃまは話し合いの場にはお呼びではないと思いますよ」
「なんだ!その言い方は!」
「言い方と言われても・・・これでも精一杯の敬意を示してるんですが・・・」
「そんなのを嫌味だと言うんだ!」
「そうなんですか?嫌味と敬意って差がよく判らないなぁ。お茶会では警備の場が風上だったので聞こえにくくて」
屈強な兵士の力には抗えず、スカッドは部屋に放り込まれてしまった。
激しくスカッドが扉を叩く音をBGMに「円満な婚約破棄」が調ったのだった。
応援ありがとうございます!
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