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第01話 消えた公爵夫人
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年に一度開催される花の宴の日。
この日、街は無礼講になり貴族も平民も関係なく街に繰り出す。
但し、花の女神の怒りに触れてしまうので夫婦であったり婚約関係にあれば、他の相手と出掛けることは出来ない。
その日、街中にいる「お一人様」は相手がいない事を示し、この日を狙って求婚をする者も居れば相手を探す者も居る。連れがいない異性を狙えばいいし、貴族か平民かは見れば一目瞭然なのだから声もかけやすい。
賑わいのある街。
待ち合わせ場所に馬車でやって来たレティツィアは御者の手を借りて馬車を下車した。
レティツィアの夫はバークレイ。
結婚し間もなく1年を迎えるレティツィアはハーベル次期公爵夫人という身分。
待ち合わせ場所に来たというのにバークレイの姿が見えない事に御者は困惑し、ゆっくりと時間をかけてレティツィアの下車を手伝った。
「待ち合わせのお時間まではあと5分ほどですので、私はこれで」
「ありがとう」
「帰りはどうされますか?旦那様からはお聞きしていないのですが」
「そうね。わたくしも聞いていないの」
困った顔をするレティツィアだが、御者も困った。
バークレイがやって来るまでここに馬車を停めたままだと明らかに通行の邪魔になる。もう既に2、3台の馬車が早く道を開けろと待っているのだ。
「どうにかして帰るようにするわ。バークレイ様もそこはお考えがあると思うの。構わないわ。行って」
レティツィアは御者にそう告げた。レティツィアの指示通り御者は馬車に乗り込み移動させた。
御者が見た最後のレティツィアの姿であり、受けた指示だった。
待ち合わせの時間からは15分過ぎて、そろそろお一人様で待ち人を待つのも限界。
身なりから貴族と解るレティツィアに平民は声を掛けないけれど、様子を伺っている貴族の子息もいる。
数人の子息がレティツィアに声を掛けようと動き出した時、1人の男性がレティツィアに近寄って来た。
バサッ。
無造作に夫のバークレイからレティツィアに向けて差し出されたのは黄色いチューリップと最近売り出された色のついた水を少し吸わせて斑になったカーネーションの花束だった。
しかも、すこし萎れている花もあれば、花びらが落ちてしまって花柱とやくだけになったものもある。花屋で買ったのなら売れ残り、そうでなければ日銭を稼ぐのに貧しい子供が売り歩く花を間に合わせの為に買ったといえる。
戸惑いもあったレティツィアだったが素直に謝辞を述べた。
「ありがとうございます」
「なんだ?折角花をやるってのに嬉しくはないのか」
「申し訳ございません・・そのような訳ではないのです」
嫌なのではない。ただあまりにもストレートなので周囲がバークレイをどう見るか?を気遣っただけだ。
黄色いチューリップは「裏切り」や「望みのない愛」を示すし、斑のカーネーションは「軽蔑」であったり「貴女の愛は不要」と強い拒絶を示す意味合いがある。
花言葉は別として見栄えもするので花屋も仕入れるが、花の宴の日にわざわざこの花を買う者はいない。
それが凝縮された花束。
贈られた側が歓迎や喜びの意を示す花束ではないのは確かなのだが…。
「ま、まぁ…似合ってるんじゃないか?」
顔を背けて萎れ、悪意が満ち溢れた花束を抱くレティツィアにバークレイが小さく言葉を発した。
「そうですか。ありがとうございます。屋敷に戻ったら侍女に生けてもらいますわね」
「早速だが人を待たせてるんだ。急ごう」
待ち合わせに遅れて来て言うセリフか?とレティツィアは考えたがそれを問うのは止めた。
何処かに出掛けようと誘われたのは結婚をして初めての事。
望まれていない妻として義両親や使用人からも本当の正妻としては見てもらえない。
――私の幸せな時間はもうとっくに終わってるんだから――
バークレイがレティツィアとの婚約そして結婚を望んでいない事は婚約をした時から知っていた。出来ればレティツィアもこの婚約は回避したかった。
何故ならバークレイはレティツィアも見知っているボッラク伯爵家の令嬢フローラの恋人だったからである。
しかし家長の決定には逆らうことは出来なかったし、婚約、そして婚姻をする事が唯一バークレイの家であるハーベル家を救える手段であり、格上である公爵家からの申し入れは断る事など出来るはずもなかった。
愛されていない事も、実家からの支援金以外は必要とされていない事も。
そして存在を迷惑がられている事も承知の上で嫁ぐしかなかった。
バークレイに案内をされたのは半年ほど前にオープンして未だに予約が無ければ入店出来ない高級料理店だった。
個室のブースに案内をされてもソワソワとするバークレイ。
問えば「待たせている人」がまだ来ないのだという。
「ちょっと待っててくれ。外を見てくる」
バークレイはそう言い残しブースを出て料理店の入り口に向かい、待ち人を連れて戻って来たバークレイは目を疑った。
待っているはずのレティツィアの姿はなく、そこにあったのは無残にも切り落とされたレティツィアの髪と散らばった黄色いチューリップ、そして斑のカーネーションの花束だったからである。
「どう言う事なんだね!?」
「解りません・・・」
「解からないじゃないだろう!」
席を外したたった15分ほどの間に何が起こったのか。
レティツィアの捜索は直ぐに開始されたが、1週間、10日、2週間と何の情報も得られないまま時間だけが過ぎていく。
バークレイは必死になってレティツィアを探したが、必死になればなるほどそれまでのレティツィアの扱いが扱いだっただけに他者の目には芝居じみて映った。
この日、街は無礼講になり貴族も平民も関係なく街に繰り出す。
但し、花の女神の怒りに触れてしまうので夫婦であったり婚約関係にあれば、他の相手と出掛けることは出来ない。
その日、街中にいる「お一人様」は相手がいない事を示し、この日を狙って求婚をする者も居れば相手を探す者も居る。連れがいない異性を狙えばいいし、貴族か平民かは見れば一目瞭然なのだから声もかけやすい。
賑わいのある街。
待ち合わせ場所に馬車でやって来たレティツィアは御者の手を借りて馬車を下車した。
レティツィアの夫はバークレイ。
結婚し間もなく1年を迎えるレティツィアはハーベル次期公爵夫人という身分。
待ち合わせ場所に来たというのにバークレイの姿が見えない事に御者は困惑し、ゆっくりと時間をかけてレティツィアの下車を手伝った。
「待ち合わせのお時間まではあと5分ほどですので、私はこれで」
「ありがとう」
「帰りはどうされますか?旦那様からはお聞きしていないのですが」
「そうね。わたくしも聞いていないの」
困った顔をするレティツィアだが、御者も困った。
バークレイがやって来るまでここに馬車を停めたままだと明らかに通行の邪魔になる。もう既に2、3台の馬車が早く道を開けろと待っているのだ。
「どうにかして帰るようにするわ。バークレイ様もそこはお考えがあると思うの。構わないわ。行って」
レティツィアは御者にそう告げた。レティツィアの指示通り御者は馬車に乗り込み移動させた。
御者が見た最後のレティツィアの姿であり、受けた指示だった。
待ち合わせの時間からは15分過ぎて、そろそろお一人様で待ち人を待つのも限界。
身なりから貴族と解るレティツィアに平民は声を掛けないけれど、様子を伺っている貴族の子息もいる。
数人の子息がレティツィアに声を掛けようと動き出した時、1人の男性がレティツィアに近寄って来た。
バサッ。
無造作に夫のバークレイからレティツィアに向けて差し出されたのは黄色いチューリップと最近売り出された色のついた水を少し吸わせて斑になったカーネーションの花束だった。
しかも、すこし萎れている花もあれば、花びらが落ちてしまって花柱とやくだけになったものもある。花屋で買ったのなら売れ残り、そうでなければ日銭を稼ぐのに貧しい子供が売り歩く花を間に合わせの為に買ったといえる。
戸惑いもあったレティツィアだったが素直に謝辞を述べた。
「ありがとうございます」
「なんだ?折角花をやるってのに嬉しくはないのか」
「申し訳ございません・・そのような訳ではないのです」
嫌なのではない。ただあまりにもストレートなので周囲がバークレイをどう見るか?を気遣っただけだ。
黄色いチューリップは「裏切り」や「望みのない愛」を示すし、斑のカーネーションは「軽蔑」であったり「貴女の愛は不要」と強い拒絶を示す意味合いがある。
花言葉は別として見栄えもするので花屋も仕入れるが、花の宴の日にわざわざこの花を買う者はいない。
それが凝縮された花束。
贈られた側が歓迎や喜びの意を示す花束ではないのは確かなのだが…。
「ま、まぁ…似合ってるんじゃないか?」
顔を背けて萎れ、悪意が満ち溢れた花束を抱くレティツィアにバークレイが小さく言葉を発した。
「そうですか。ありがとうございます。屋敷に戻ったら侍女に生けてもらいますわね」
「早速だが人を待たせてるんだ。急ごう」
待ち合わせに遅れて来て言うセリフか?とレティツィアは考えたがそれを問うのは止めた。
何処かに出掛けようと誘われたのは結婚をして初めての事。
望まれていない妻として義両親や使用人からも本当の正妻としては見てもらえない。
――私の幸せな時間はもうとっくに終わってるんだから――
バークレイがレティツィアとの婚約そして結婚を望んでいない事は婚約をした時から知っていた。出来ればレティツィアもこの婚約は回避したかった。
何故ならバークレイはレティツィアも見知っているボッラク伯爵家の令嬢フローラの恋人だったからである。
しかし家長の決定には逆らうことは出来なかったし、婚約、そして婚姻をする事が唯一バークレイの家であるハーベル家を救える手段であり、格上である公爵家からの申し入れは断る事など出来るはずもなかった。
愛されていない事も、実家からの支援金以外は必要とされていない事も。
そして存在を迷惑がられている事も承知の上で嫁ぐしかなかった。
バークレイに案内をされたのは半年ほど前にオープンして未だに予約が無ければ入店出来ない高級料理店だった。
個室のブースに案内をされてもソワソワとするバークレイ。
問えば「待たせている人」がまだ来ないのだという。
「ちょっと待っててくれ。外を見てくる」
バークレイはそう言い残しブースを出て料理店の入り口に向かい、待ち人を連れて戻って来たバークレイは目を疑った。
待っているはずのレティツィアの姿はなく、そこにあったのは無残にも切り落とされたレティツィアの髪と散らばった黄色いチューリップ、そして斑のカーネーションの花束だったからである。
「どう言う事なんだね!?」
「解りません・・・」
「解からないじゃないだろう!」
席を外したたった15分ほどの間に何が起こったのか。
レティツィアの捜索は直ぐに開始されたが、1週間、10日、2週間と何の情報も得られないまま時間だけが過ぎていく。
バークレイは必死になってレティツィアを探したが、必死になればなるほどそれまでのレティツィアの扱いが扱いだっただけに他者の目には芝居じみて映った。
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