あなたの愛はいつだって真実

cyaru

文字の大きさ
1 / 32

第01話  消えた公爵夫人

しおりを挟む
年に一度開催される花の宴の日。
この日、街は無礼講になり貴族も平民も関係なく街に繰り出す。

但し、花の女神の怒りに触れてしまうので夫婦であったり婚約関係にあれば、他の相手と出掛けることは出来ない。

その日、街中にいる「お一人様」は相手がいない事を示し、この日を狙って求婚をする者も居れば相手を探す者も居る。連れがいない異性を狙えばいいし、貴族か平民かは見れば一目瞭然なのだから声もかけやすい。

賑わいのある街。
待ち合わせ場所に馬車でやって来たレティツィアは御者の手を借りて馬車を下車した。

レティツィアの夫はバークレイ。
結婚し間もなく1年を迎えるレティツィアはハーベル次期公爵夫人という身分。

待ち合わせ場所に来たというのにバークレイの姿が見えない事に御者は困惑し、ゆっくりと時間をかけてレティツィアの下車を手伝った。


「待ち合わせのお時間まではあと5分ほどですので、私はこれで」
「ありがとう」
「帰りはどうされますか?旦那様からはお聞きしていないのですが」
「そうね。わたくしも聞いていないの」

困った顔をするレティツィアだが、御者も困った。
バークレイがやって来るまでここに馬車を停めたままだと明らかに通行の邪魔になる。もう既に2、3台の馬車が早く道を開けろと待っているのだ。

「どうにかして帰るようにするわ。バークレイ様もそこはお考えがあると思うの。構わないわ。行って」

レティツィアは御者にそう告げた。レティツィアの指示通り御者は馬車に乗り込み移動させた。
御者が見た最後のレティツィアの姿であり、受けた指示だった。



待ち合わせの時間からは15分過ぎて、そろそろお一人様で待ち人を待つのも限界。
身なりから貴族と解るレティツィアに平民は声を掛けないけれど、様子を伺っている貴族の子息もいる。

数人の子息がレティツィアに声を掛けようと動き出した時、1人の男性がレティツィアに近寄って来た。

バサッ。

無造作に夫のバークレイからレティツィアに向けて差し出されたのは黄色いチューリップと最近売り出された色のついた水を少し吸わせて斑になったカーネーションの花束だった。

しかも、すこし萎れている花もあれば、花びらが落ちてしまって花柱かちゅうだけになったものもある。花屋で買ったのなら売れ残り、そうでなければ日銭を稼ぐのに貧しい子供が売り歩く花を間に合わせの為に買ったといえる。

戸惑いもあったレティツィアだったが素直に謝辞を述べた。

「ありがとうございます」
「なんだ?折角花をやるってのに嬉しくはないのか」
「申し訳ございません・・そのような訳ではないのです」


嫌なのではない。ただあまりにもストレートなので周囲がバークレイをどう見るか?を気遣っただけだ。

黄色いチューリップは「裏切り」や「望みのない愛」を示すし、斑のカーネーションは「軽蔑」であったり「貴女の愛は不要」と強い拒絶を示す意味合いがある。

花言葉は別として見栄えもするので花屋も仕入れるが、花の宴の日にわざわざこの花を買う者はいない。

それが凝縮された花束。
贈られた側が歓迎や喜びの意を示す花束ではないのは確かなのだが…。


「ま、まぁ…似合ってるんじゃないか?」

顔を背けて萎れ、悪意が満ち溢れた花束を抱くレティツィアにバークレイが小さく言葉を発した。

「そうですか。ありがとうございます。屋敷に戻ったら侍女に生けてもらいますわね」
「早速だが人を待たせてるんだ。急ごう」

待ち合わせに遅れて来て言うセリフか?とレティツィアは考えたがそれを問うのは止めた。

何処かに出掛けようと誘われたのは結婚をして初めての事。
望まれていない妻として義両親や使用人からも本当の正妻としては見てもらえない。


――私の幸せな時間はもうとっくに終わってるんだから――

バークレイがレティツィアとの婚約そして結婚を望んでいない事は婚約をした時から知っていた。出来ればレティツィアもこの婚約は回避したかった。

何故ならバークレイはレティツィアも見知っているボッラク伯爵家の令嬢フローラの恋人だったからである。


しかし家長の決定には逆らうことは出来なかったし、婚約、そして婚姻をする事が唯一バークレイの家であるハーベル家を救える手段であり、格上である公爵家からの申し入れは断る事など出来るはずもなかった。

愛されていない事も、実家からの支援金以外は必要とされていない事も。
そして存在を迷惑がられている事も承知の上で嫁ぐしかなかった。

バークレイに案内をされたのは半年ほど前にオープンして未だに予約が無ければ入店出来ない高級料理店だった。

個室のブースに案内をされてもソワソワとするバークレイ。
問えば「待たせている人」がまだ来ないのだという。


「ちょっと待っててくれ。外を見てくる」

バークレイはそう言い残しブースを出て料理店の入り口に向かい、待ち人を連れて戻って来たバークレイは目を疑った。

待っているはずのレティツィアの姿はなく、そこにあったのは無残にも切り落とされたレティツィアの髪と散らばった黄色いチューリップ、そして斑のカーネーションの花束だったからである。

「どう言う事なんだね!?」
「解りません・・・」
「解からないじゃないだろう!」

席を外したたった15分ほどの間に何が起こったのか。


レティツィアの捜索は直ぐに開始されたが、1週間、10日、2週間と何の情報も得られないまま時間だけが過ぎていく。

バークレイは必死になってレティツィアを探したが、必死になればなるほどそれまでのレティツィアの扱いが扱いだっただけに他者の目には芝居じみて映った。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

皇后マルティナの復讐が幕を開ける時[完]

風龍佳乃
恋愛
マルティナには初恋の人がいたが 王命により皇太子の元に嫁ぎ 無能と言われた夫を支えていた ある日突然 皇帝になった夫が自分の元婚約者令嬢を 第2夫人迎えたのだった マルティナは初恋の人である 第2皇子であった彼を新皇帝にするべく 動き出したのだった マルティナは時間をかけながら じっくりと王家を牛耳り 自分を蔑ろにした夫に三行半を突き付け 理想の人生を作り上げていく

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

処理中です...