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第12話 お誘い
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フローラに捨てられたと思ったバークレイは荒れに荒れた。
レティツィアの待遇を改善しなければと思うのだが、長く恋人だったフローラに捨てられたと思うと体が鉛のように重くて思うように動かない。
執務室も私室も、そして本来はレティツィアが使うはずの夫人の部屋も至る所にフローラのいた思い出があり、ふとした時にフローラが「ねぇ?」と甘えて膝の上に乗って来た甘い香りが漂う気もする。
夜は前後不覚になるまで酒を飲んでしまわないと眠れない。
認めたくなかったのだ。
フローラとは強い愛で結ばれていた。フローラが自分よりも「金」を選ぶなんて思えなかった。
その半面で贅沢が好きだったフローラの一面も知っている。
『公爵家なのにこんなのも買えないの?』
宝飾品の店で強請られた宝石はとても買ってやれる金額ではなかった。
公爵家に呼び寄せ、まるで女主人のように振舞うフローラだったが、毎日のように仕立て屋を呼びつけてはドレスを作らせる。
最初はそのまま買ってやれたが、ドレスはピンキリで良い物になると頭から一式揃えるだけで単位が億になることもあり、こっそりと公爵夫妻が注文を取り消した事もあった。
その時のフローラを宥めるのは大変だったのだ。
「愛なんかよりやっぱり金だよな」
バークレイがやっとフローラに諦めをつける事が出来たのは来月には花の宴が開かれる。そんな頃だった。
「レティツィアはどうしている?」
「若奥様は本日は御用があると・・・月に一度の外出をされておられます」
「月に1度・・・あぁ…そうか」
壁に掛けた簡易のカレンダーを見て今日が月に一度の墓参の日だとバークレイは呟いた。
「あの…若旦那様」
「どうした?」
従者は言い難そうだったが、思うところがあったのだろう。俯きかけた顔をキっと上げた。
「若奥様との関係を見直されてはどうでしょう‥‥さっ差し出がましいのは解ってるんです。でもっ!」
「判ってるよ。ありがとう」
使用人達にとってはバークレイとレティツィアの関係がこのままでいいわけがない。
未だハーベル公爵家の経営は持ち直したとは言えず、クラン侯爵家からの支援に頼っている。
フローラがいなくなり、言ってみれば愛人がいなくなった。しかもバークレイではない男を選んだのだ。ここでまた別の女を連れ込むよりも、クラン侯爵家への返済も始まる事を考えればレティツィアとの関係を改善してくれた方が良い。
愛し愛されの夫婦になれと言っているのではなく、現状をどうにかした方が様々な方面から見てベターではないか。そう言っているのだ。
バークレイもこの頃ではレティツィアに当初抱いていた感情とは違い、散歩と言いながら庭から見えるレティツィアを見て心を落ち着ける日も多くなっていた。
フローラを忘れるのに酒を飲むが、二日酔いに追い酒で痛む頭でも散歩に出るのはレティツィアを覗き見るのが目的でもあった。
今はもう節操もなく言い寄って来た女だとは思わない。
何も変わらない日常。そして月に一度の墓参も花を供えて直ぐに戻るのではなく夕暮れまでただ寄り添うように景色を見ているだけ。
今でも亡くなった婚約者を思い慕っているのかも知れないが、誰かを愛し傷ついた者同士で気も合うのではないかそんな思いもあった。
「すまない。ちょっと連絡を取って欲しい人がいるんだ」
「誰でしょう」
「確か彼女の前の婚約者はゲルハ伯爵だったな」
「はい。そうですが…」
「彼女は婚約者が遺言で残した遺産を放棄したと聞いた。その件で話が聞きたい」
バークレイが従者に呼んでくれと頼んだのはゲルハ伯爵家に勤めていた家令若しくは執事だった。もう遺産の事をどうこう言っても仕方がない。名義は書き換えられているだろうし金も寄越せと言ったところで揉めるだけ。
バークレイはレティツィアが月に一度の墓参に出掛け、ただ黙ってそこにいるだけ。
全ての遺産をレティツィアに残そうとしたゲルハ伯爵、今もゲルハ伯爵を思い慕っているであろうレティツィア。ともにまだ生きていてあっさりと縁が切れた自分とフローラ。なのに、そこまでの絆がどうして出来たのかを知りたかった。
それに初めてレティツィアを連れ出すとすればレティツィアが心を許していたであろう人がいた方が良いような気がした。
――やり直そう。全部。きっとレティツィアから知れる事があるはずだ――
元執事と連絡が取れたのは3日後。バークレイは予約が取りにくいと噂の高級料理店の予約も取り付けた。
「花の宴の日になりますが…」
「そうか‥判った」
その日は王宮に当主と次期当主は挨拶に出向かねばならなかった。
なんとか間に合うだろうとバークレイはその日に向けてやっと前を向いて動き出した。
★~★
「若奥様、若旦那様がこちらに来てほしいと・・・どうされます?」
侍女が時刻と場所を書いた紙を差し出してきた。
断る理由は何処にもなかった。
「解りました。当日は申し訳ないのですが支度を手伝ってくださいませ」
「勿論です。その日のドレスも陰干しをしておきますね」
浮足立つ侍女を見てレティツィアは手渡された紙にもう一度視線を落とした。
――いったい何なの?それにこの日って花の宴の日なのに――
フローラが屋敷に来なくなったというのは侍女たちのヒソヒソ話で小耳には挟んでいたが、呼び出されないだけ手間も減る。
――きっとこんなに幸せなのって見せつけたいんでしょうね――
憂鬱な気分はきっと読んでいる本がノンフィクションで生々しい戦記だからだろう。
レティツィアはパタンと本を閉じる。
「あ、栞挟むの忘れちゃった。ま、いいかぁ」
読み直すのも「読むぞ!」と心構えが必要な戦記。
読んだことにして、次行ってみよう!と先に読み終わった本に積み重ねた。
レティツィアの待遇を改善しなければと思うのだが、長く恋人だったフローラに捨てられたと思うと体が鉛のように重くて思うように動かない。
執務室も私室も、そして本来はレティツィアが使うはずの夫人の部屋も至る所にフローラのいた思い出があり、ふとした時にフローラが「ねぇ?」と甘えて膝の上に乗って来た甘い香りが漂う気もする。
夜は前後不覚になるまで酒を飲んでしまわないと眠れない。
認めたくなかったのだ。
フローラとは強い愛で結ばれていた。フローラが自分よりも「金」を選ぶなんて思えなかった。
その半面で贅沢が好きだったフローラの一面も知っている。
『公爵家なのにこんなのも買えないの?』
宝飾品の店で強請られた宝石はとても買ってやれる金額ではなかった。
公爵家に呼び寄せ、まるで女主人のように振舞うフローラだったが、毎日のように仕立て屋を呼びつけてはドレスを作らせる。
最初はそのまま買ってやれたが、ドレスはピンキリで良い物になると頭から一式揃えるだけで単位が億になることもあり、こっそりと公爵夫妻が注文を取り消した事もあった。
その時のフローラを宥めるのは大変だったのだ。
「愛なんかよりやっぱり金だよな」
バークレイがやっとフローラに諦めをつける事が出来たのは来月には花の宴が開かれる。そんな頃だった。
「レティツィアはどうしている?」
「若奥様は本日は御用があると・・・月に一度の外出をされておられます」
「月に1度・・・あぁ…そうか」
壁に掛けた簡易のカレンダーを見て今日が月に一度の墓参の日だとバークレイは呟いた。
「あの…若旦那様」
「どうした?」
従者は言い難そうだったが、思うところがあったのだろう。俯きかけた顔をキっと上げた。
「若奥様との関係を見直されてはどうでしょう‥‥さっ差し出がましいのは解ってるんです。でもっ!」
「判ってるよ。ありがとう」
使用人達にとってはバークレイとレティツィアの関係がこのままでいいわけがない。
未だハーベル公爵家の経営は持ち直したとは言えず、クラン侯爵家からの支援に頼っている。
フローラがいなくなり、言ってみれば愛人がいなくなった。しかもバークレイではない男を選んだのだ。ここでまた別の女を連れ込むよりも、クラン侯爵家への返済も始まる事を考えればレティツィアとの関係を改善してくれた方が良い。
愛し愛されの夫婦になれと言っているのではなく、現状をどうにかした方が様々な方面から見てベターではないか。そう言っているのだ。
バークレイもこの頃ではレティツィアに当初抱いていた感情とは違い、散歩と言いながら庭から見えるレティツィアを見て心を落ち着ける日も多くなっていた。
フローラを忘れるのに酒を飲むが、二日酔いに追い酒で痛む頭でも散歩に出るのはレティツィアを覗き見るのが目的でもあった。
今はもう節操もなく言い寄って来た女だとは思わない。
何も変わらない日常。そして月に一度の墓参も花を供えて直ぐに戻るのではなく夕暮れまでただ寄り添うように景色を見ているだけ。
今でも亡くなった婚約者を思い慕っているのかも知れないが、誰かを愛し傷ついた者同士で気も合うのではないかそんな思いもあった。
「すまない。ちょっと連絡を取って欲しい人がいるんだ」
「誰でしょう」
「確か彼女の前の婚約者はゲルハ伯爵だったな」
「はい。そうですが…」
「彼女は婚約者が遺言で残した遺産を放棄したと聞いた。その件で話が聞きたい」
バークレイが従者に呼んでくれと頼んだのはゲルハ伯爵家に勤めていた家令若しくは執事だった。もう遺産の事をどうこう言っても仕方がない。名義は書き換えられているだろうし金も寄越せと言ったところで揉めるだけ。
バークレイはレティツィアが月に一度の墓参に出掛け、ただ黙ってそこにいるだけ。
全ての遺産をレティツィアに残そうとしたゲルハ伯爵、今もゲルハ伯爵を思い慕っているであろうレティツィア。ともにまだ生きていてあっさりと縁が切れた自分とフローラ。なのに、そこまでの絆がどうして出来たのかを知りたかった。
それに初めてレティツィアを連れ出すとすればレティツィアが心を許していたであろう人がいた方が良いような気がした。
――やり直そう。全部。きっとレティツィアから知れる事があるはずだ――
元執事と連絡が取れたのは3日後。バークレイは予約が取りにくいと噂の高級料理店の予約も取り付けた。
「花の宴の日になりますが…」
「そうか‥判った」
その日は王宮に当主と次期当主は挨拶に出向かねばならなかった。
なんとか間に合うだろうとバークレイはその日に向けてやっと前を向いて動き出した。
★~★
「若奥様、若旦那様がこちらに来てほしいと・・・どうされます?」
侍女が時刻と場所を書いた紙を差し出してきた。
断る理由は何処にもなかった。
「解りました。当日は申し訳ないのですが支度を手伝ってくださいませ」
「勿論です。その日のドレスも陰干しをしておきますね」
浮足立つ侍女を見てレティツィアは手渡された紙にもう一度視線を落とした。
――いったい何なの?それにこの日って花の宴の日なのに――
フローラが屋敷に来なくなったというのは侍女たちのヒソヒソ話で小耳には挟んでいたが、呼び出されないだけ手間も減る。
――きっとこんなに幸せなのって見せつけたいんでしょうね――
憂鬱な気分はきっと読んでいる本がノンフィクションで生々しい戦記だからだろう。
レティツィアはパタンと本を閉じる。
「あ、栞挟むの忘れちゃった。ま、いいかぁ」
読み直すのも「読むぞ!」と心構えが必要な戦記。
読んだことにして、次行ってみよう!と先に読み終わった本に積み重ねた。
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