あなたの愛はいつだって真実

cyaru

文字の大きさ
12 / 32

第11話  ボッラク伯爵の祝い酒

しおりを挟む
「今日も来ない?変だな?」

バークレイの気付きと同時にハーベル公爵家では異変があった。フローラがやってこないのである。

いつもなら馬車で乗り付けて来て女主人並みに堂々と屋敷の中にやって来るのにピッタリと姿を見せなくなった。

「腹を出して寝てたから風邪でも引いたかな」

気まぐれな所もあるフローラ。女友達と旅行に行っていたと請求書の束を「お土産♡」と持ってきた事もあるし、毎月ではないものの月のモノが重い時には寝台からも出て来ない時がある。

そんな時は触らぬ神に祟りなしで、話しかけることもしない方が良い。

だが、フローラが来ないと時間が余って仕方がない。
暴行めいた事もしてしまった手前、レティツィアを誘って歌劇でもと思ってもどう誘えばいいのか判らない。誘うのは従者に言付けさせたとしても、馬車の中、劇場の中、観劇が終わった後に2人きりになるのがどうにも耐えられそうにない。


する事もないので庭を散歩してみるかと歩いているとレティツィアの部屋が見える位置までやって来た。

「あ…」

バークレイの胸がトクンと跳ねた。足を止めただけでなく息も止まり時間も止まった気がした。

日当たりがあまり良くない客間。その窓際で拳1つ分しか開かない窓が開いていて、ガラスの向こうには本を読み耽るレティツィアの姿があった。

燦燦と降り注ぐ太陽光ではなく、木の葉を縫うように届いた光が幻想的な雰囲気も醸し出していた。

どのくらいの時間、見入っていたのか判らない。
バークレイが我に返ったのは庭師に何度か名を呼ばれ、それでも返事が無いので肩を叩かれた時だった。

「若旦那様、どうされました?」
「いや…なんでもないんだ」
「そうですか?あ、若奥様・・・また本を。勉強好きなんですかね」
「そうなのか?」
「そうなのかって…使用人に頼んで書庫から本を取って来てもらってるそうですよ。夜は読めないから昼間に
読み溜めなんですかね?」
「読み溜め?夜も読めばいいだろうに」
「まさか。若奥様の部屋にはランプはないそうなので読めないでしょうに」

そんなはずはないと思い、使用人に問うてみればレティツィアの部屋は滅多に使わない客間なのでランプはないし、今は夏なので使わないが冬になると各部屋にある暖炉も煙突に塞ぐための蓋をシーズンオフにしているのだが、閉じる際に斜めにはまり込んで蓋が取れなくなり使えないのだという。

使えない事はないが、使ってしまうと煙が上に抜けないので部屋の中が燻ぶったり、最悪中毒死してしまう可能性もある。

「冬に暖炉ナシって…凍死するレベルだぞ」
「そんな事言われても…だからあの部屋ではない部屋にしてくれと言ったじゃないですか」

滅多に使わない客間で良いと言ったのもバークレイ。
母親の公爵夫人は一回り狭いけれど、隣の客間にしようといったがそちらは庭を歩く小道からよく見えるのでフローラの目に出来るだけ触れさせたくないと今の部屋にしたのだった。

隣の客間なら昼間はもっと明るし、掃き出し窓からは小ぶりなデッキテラスにも出られる。部屋から庭には出られない今の部屋からすれば快適さはかなり上がる。

「部屋を移ってもらおう」

そう思ったのだが、レティツィアに移動を言い渡そうとした日、叔母夫婦が突然先触れも無しにやって来て叔母の娘夫婦もいたものだから移動に至らなかった。

が、その叔母がバークレイに新しい情報を持ってきた。

「え?アルマンド殿下が?」
「確認はしていないけれどかなり有力筋からの情報よ」
「だけど彼女はもう僕と結婚しているのに!」

叔母が齎した情報は第1王子のアルマンドがハーベル公爵家にレティツィアを妃に望んでいるというものだった。

「そうよね。レイもやっと目が覚めたんだもの。でも良かったわ。私、あの娘、大っ嫌いだったんだもの」
「何を言ってるんだ?あの娘って誰の事だよ」
「誰って、ボッラク伯爵のところの阿婆擦れよ」

叔母が娘夫婦と先触れも無しに突然やって来たのは意味があった。
フローラと叔母は犬猿の仲。とても仲が悪いのだが公爵夫人が「バークレイが好きって言ってるんだから」とカタを持つので叔母の方が引いた形になっていた。

「フローラに何かあったのか?」
「あったのかって…最近来てないでしょ?そりゃそうよね~」

叔母の口からはバークレイがとても信じられない言葉が飛び出した。フローラが結婚したと言うのだ。相手の身分は元々平民だが海路を開き海の向こうの国と交易をしている新興貴族の男だった。

「結局コレだったってわけ。レイは遊ばれたのよ」

コレと親指、人差し指で輪を作り「金」だと示す叔母。フローラは数日前にその男と共に船に乗り、本拠地となっている離れ小島の領地に向かったという。

「聞くところによると相当の変態だそうよ。そういう趣味もあったのよ。良かったじゃない」
「嘘だ…フローラが結婚?嘘だ…」
「嘘じゃないわよ?ボッラク伯爵がそう言ってるんだもの。娘も喜んでましたーってね」
「嘘だ―ァッ!信じない!信じないからな!」
「それはご勝手にどうぞ。ハッキリ言うけどもしそうじゃ無かったら私がわざわざ!泊りで!ここに来ると思う?」

叔母は「フローラがいる限りここには来ない」と言い切った経緯がある。
してやったりとした顔でバークレイにふふんと鼻を鳴らす。

バークレイは屋敷を飛び出し、ボッラク伯爵家に行ったのだがボッラク伯爵家の前は民衆で埋まっていた。何があるのだと近くにいた男に問えば「娘が嫁に行ったから祝い酒を振舞うのだ」と言う。

フローラには姉がいる。フローラではない娘だと思ったのだがミカン箱を積み上げたひときわ高い位置に駆けあがったボッラク伯爵は大声で民衆に向かって叫んだ。

「娘のフローラが嫁入りとなった!こんな良縁に恵まれたのも日頃から皆さんが当商会の品を買ってくれるからです!どうぞ!祝いの酒を!そして肉も用意しています!存分に食べて飲んで祝ってください!」

その場にフローラは姿が無いが、ここまで大掛かりな嘘の芝居をする必要など何もない。

――裏切ったのか…僕を!フローラッ!!――

バークレイはギリリと奥歯を噛み締めた。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

皇后マルティナの復讐が幕を開ける時[完]

風龍佳乃
恋愛
マルティナには初恋の人がいたが 王命により皇太子の元に嫁ぎ 無能と言われた夫を支えていた ある日突然 皇帝になった夫が自分の元婚約者令嬢を 第2夫人迎えたのだった マルティナは初恋の人である 第2皇子であった彼を新皇帝にするべく 動き出したのだった マルティナは時間をかけながら じっくりと王家を牛耳り 自分を蔑ろにした夫に三行半を突き付け 理想の人生を作り上げていく

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

処理中です...