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第11話 ボッラク伯爵の祝い酒
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「今日も来ない?変だな?」
バークレイの気付きと同時にハーベル公爵家では異変があった。フローラがやってこないのである。
いつもなら馬車で乗り付けて来て女主人並みに堂々と屋敷の中にやって来るのにピッタリと姿を見せなくなった。
「腹を出して寝てたから風邪でも引いたかな」
気まぐれな所もあるフローラ。女友達と旅行に行っていたと請求書の束を「お土産♡」と持ってきた事もあるし、毎月ではないものの月のモノが重い時には寝台からも出て来ない時がある。
そんな時は触らぬ神に祟りなしで、話しかけることもしない方が良い。
だが、フローラが来ないと時間が余って仕方がない。
暴行めいた事もしてしまった手前、レティツィアを誘って歌劇でもと思ってもどう誘えばいいのか判らない。誘うのは従者に言付けさせたとしても、馬車の中、劇場の中、観劇が終わった後に2人きりになるのがどうにも耐えられそうにない。
する事もないので庭を散歩してみるかと歩いているとレティツィアの部屋が見える位置までやって来た。
「あ…」
バークレイの胸がトクンと跳ねた。足を止めただけでなく息も止まり時間も止まった気がした。
日当たりがあまり良くない客間。その窓際で拳1つ分しか開かない窓が開いていて、ガラスの向こうには本を読み耽るレティツィアの姿があった。
燦燦と降り注ぐ太陽光ではなく、木の葉を縫うように届いた光が幻想的な雰囲気も醸し出していた。
どのくらいの時間、見入っていたのか判らない。
バークレイが我に返ったのは庭師に何度か名を呼ばれ、それでも返事が無いので肩を叩かれた時だった。
「若旦那様、どうされました?」
「いや…なんでもないんだ」
「そうですか?あ、若奥様・・・また本を。勉強好きなんですかね」
「そうなのか?」
「そうなのかって…使用人に頼んで書庫から本を取って来てもらってるそうですよ。夜は読めないから昼間に
読み溜めなんですかね?」
「読み溜め?夜も読めばいいだろうに」
「まさか。若奥様の部屋にはランプはないそうなので読めないでしょうに」
そんなはずはないと思い、使用人に問うてみればレティツィアの部屋は滅多に使わない客間なのでランプはないし、今は夏なので使わないが冬になると各部屋にある暖炉も煙突に塞ぐための蓋をシーズンオフにしているのだが、閉じる際に斜めにはまり込んで蓋が取れなくなり使えないのだという。
使えない事はないが、使ってしまうと煙が上に抜けないので部屋の中が燻ぶったり、最悪中毒死してしまう可能性もある。
「冬に暖炉ナシって…凍死するレベルだぞ」
「そんな事言われても…だからあの部屋ではない部屋にしてくれと言ったじゃないですか」
滅多に使わない客間で良いと言ったのもバークレイ。
母親の公爵夫人は一回り狭いけれど、隣の客間にしようといったがそちらは庭を歩く小道からよく見えるのでフローラの目に出来るだけ触れさせたくないと今の部屋にしたのだった。
隣の客間なら昼間はもっと明るし、掃き出し窓からは小ぶりなデッキテラスにも出られる。部屋から庭には出られない今の部屋からすれば快適さはかなり上がる。
「部屋を移ってもらおう」
そう思ったのだが、レティツィアに移動を言い渡そうとした日、叔母夫婦が突然先触れも無しにやって来て叔母の娘夫婦もいたものだから移動に至らなかった。
が、その叔母がバークレイに新しい情報を持ってきた。
「え?アルマンド殿下が?」
「確認はしていないけれどかなり有力筋からの情報よ」
「だけど彼女はもう僕と結婚しているのに!」
叔母が齎した情報は第1王子のアルマンドがハーベル公爵家に嫁いだとされているレティツィアを妃に望んでいるというものだった。
「そうよね。レイもやっと目が覚めたんだもの。でも良かったわ。私、あの娘、大っ嫌いだったんだもの」
「何を言ってるんだ?あの娘って誰の事だよ」
「誰って、ボッラク伯爵のところの阿婆擦れよ」
叔母が娘夫婦と先触れも無しに突然やって来たのは意味があった。
フローラと叔母は犬猿の仲。とても仲が悪いのだが公爵夫人が「バークレイが好きって言ってるんだから」とカタを持つので叔母の方が引いた形になっていた。
「フローラに何かあったのか?」
「あったのかって…最近来てないでしょ?そりゃそうよね~」
叔母の口からはバークレイがとても信じられない言葉が飛び出した。フローラが結婚したと言うのだ。相手の身分は元々平民だが海路を開き海の向こうの国と交易をしている新興貴族の男だった。
「結局コレだったってわけ。レイは遊ばれたのよ」
コレと親指、人差し指で輪を作り「金」だと示す叔母。フローラは数日前にその男と共に船に乗り、本拠地となっている離れ小島の領地に向かったという。
「聞くところによると相当の変態だそうよ。そういう趣味もあったのよ。良かったじゃない」
「嘘だ…フローラが結婚?嘘だ…」
「嘘じゃないわよ?ボッラク伯爵がそう言ってるんだもの。娘も喜んでましたーってね」
「嘘だ―ァッ!信じない!信じないからな!」
「それはご勝手にどうぞ。ハッキリ言うけどもしそうじゃ無かったら私がわざわざ!泊りで!ここに来ると思う?」
叔母は「フローラがいる限りここには来ない」と言い切った経緯がある。
してやったりとした顔でバークレイにふふんと鼻を鳴らす。
バークレイは屋敷を飛び出し、ボッラク伯爵家に行ったのだがボッラク伯爵家の前は民衆で埋まっていた。何があるのだと近くにいた男に問えば「娘が嫁に行ったから祝い酒を振舞うのだ」と言う。
フローラには姉がいる。フローラではない娘だと思ったのだがミカン箱を積み上げたひときわ高い位置に駆けあがったボッラク伯爵は大声で民衆に向かって叫んだ。
「娘のフローラが嫁入りとなった!こんな良縁に恵まれたのも日頃から皆さんが当商会の品を買ってくれるからです!どうぞ!祝いの酒を!そして肉も用意しています!存分に食べて飲んで祝ってください!」
その場にフローラは姿が無いが、ここまで大掛かりな嘘の芝居をする必要など何もない。
――裏切ったのか…僕を!フローラッ!!――
バークレイはギリリと奥歯を噛み締めた。
バークレイの気付きと同時にハーベル公爵家では異変があった。フローラがやってこないのである。
いつもなら馬車で乗り付けて来て女主人並みに堂々と屋敷の中にやって来るのにピッタリと姿を見せなくなった。
「腹を出して寝てたから風邪でも引いたかな」
気まぐれな所もあるフローラ。女友達と旅行に行っていたと請求書の束を「お土産♡」と持ってきた事もあるし、毎月ではないものの月のモノが重い時には寝台からも出て来ない時がある。
そんな時は触らぬ神に祟りなしで、話しかけることもしない方が良い。
だが、フローラが来ないと時間が余って仕方がない。
暴行めいた事もしてしまった手前、レティツィアを誘って歌劇でもと思ってもどう誘えばいいのか判らない。誘うのは従者に言付けさせたとしても、馬車の中、劇場の中、観劇が終わった後に2人きりになるのがどうにも耐えられそうにない。
する事もないので庭を散歩してみるかと歩いているとレティツィアの部屋が見える位置までやって来た。
「あ…」
バークレイの胸がトクンと跳ねた。足を止めただけでなく息も止まり時間も止まった気がした。
日当たりがあまり良くない客間。その窓際で拳1つ分しか開かない窓が開いていて、ガラスの向こうには本を読み耽るレティツィアの姿があった。
燦燦と降り注ぐ太陽光ではなく、木の葉を縫うように届いた光が幻想的な雰囲気も醸し出していた。
どのくらいの時間、見入っていたのか判らない。
バークレイが我に返ったのは庭師に何度か名を呼ばれ、それでも返事が無いので肩を叩かれた時だった。
「若旦那様、どうされました?」
「いや…なんでもないんだ」
「そうですか?あ、若奥様・・・また本を。勉強好きなんですかね」
「そうなのか?」
「そうなのかって…使用人に頼んで書庫から本を取って来てもらってるそうですよ。夜は読めないから昼間に
読み溜めなんですかね?」
「読み溜め?夜も読めばいいだろうに」
「まさか。若奥様の部屋にはランプはないそうなので読めないでしょうに」
そんなはずはないと思い、使用人に問うてみればレティツィアの部屋は滅多に使わない客間なのでランプはないし、今は夏なので使わないが冬になると各部屋にある暖炉も煙突に塞ぐための蓋をシーズンオフにしているのだが、閉じる際に斜めにはまり込んで蓋が取れなくなり使えないのだという。
使えない事はないが、使ってしまうと煙が上に抜けないので部屋の中が燻ぶったり、最悪中毒死してしまう可能性もある。
「冬に暖炉ナシって…凍死するレベルだぞ」
「そんな事言われても…だからあの部屋ではない部屋にしてくれと言ったじゃないですか」
滅多に使わない客間で良いと言ったのもバークレイ。
母親の公爵夫人は一回り狭いけれど、隣の客間にしようといったがそちらは庭を歩く小道からよく見えるのでフローラの目に出来るだけ触れさせたくないと今の部屋にしたのだった。
隣の客間なら昼間はもっと明るし、掃き出し窓からは小ぶりなデッキテラスにも出られる。部屋から庭には出られない今の部屋からすれば快適さはかなり上がる。
「部屋を移ってもらおう」
そう思ったのだが、レティツィアに移動を言い渡そうとした日、叔母夫婦が突然先触れも無しにやって来て叔母の娘夫婦もいたものだから移動に至らなかった。
が、その叔母がバークレイに新しい情報を持ってきた。
「え?アルマンド殿下が?」
「確認はしていないけれどかなり有力筋からの情報よ」
「だけど彼女はもう僕と結婚しているのに!」
叔母が齎した情報は第1王子のアルマンドがハーベル公爵家に嫁いだとされているレティツィアを妃に望んでいるというものだった。
「そうよね。レイもやっと目が覚めたんだもの。でも良かったわ。私、あの娘、大っ嫌いだったんだもの」
「何を言ってるんだ?あの娘って誰の事だよ」
「誰って、ボッラク伯爵のところの阿婆擦れよ」
叔母が娘夫婦と先触れも無しに突然やって来たのは意味があった。
フローラと叔母は犬猿の仲。とても仲が悪いのだが公爵夫人が「バークレイが好きって言ってるんだから」とカタを持つので叔母の方が引いた形になっていた。
「フローラに何かあったのか?」
「あったのかって…最近来てないでしょ?そりゃそうよね~」
叔母の口からはバークレイがとても信じられない言葉が飛び出した。フローラが結婚したと言うのだ。相手の身分は元々平民だが海路を開き海の向こうの国と交易をしている新興貴族の男だった。
「結局コレだったってわけ。レイは遊ばれたのよ」
コレと親指、人差し指で輪を作り「金」だと示す叔母。フローラは数日前にその男と共に船に乗り、本拠地となっている離れ小島の領地に向かったという。
「聞くところによると相当の変態だそうよ。そういう趣味もあったのよ。良かったじゃない」
「嘘だ…フローラが結婚?嘘だ…」
「嘘じゃないわよ?ボッラク伯爵がそう言ってるんだもの。娘も喜んでましたーってね」
「嘘だ―ァッ!信じない!信じないからな!」
「それはご勝手にどうぞ。ハッキリ言うけどもしそうじゃ無かったら私がわざわざ!泊りで!ここに来ると思う?」
叔母は「フローラがいる限りここには来ない」と言い切った経緯がある。
してやったりとした顔でバークレイにふふんと鼻を鳴らす。
バークレイは屋敷を飛び出し、ボッラク伯爵家に行ったのだがボッラク伯爵家の前は民衆で埋まっていた。何があるのだと近くにいた男に問えば「娘が嫁に行ったから祝い酒を振舞うのだ」と言う。
フローラには姉がいる。フローラではない娘だと思ったのだがミカン箱を積み上げたひときわ高い位置に駆けあがったボッラク伯爵は大声で民衆に向かって叫んだ。
「娘のフローラが嫁入りとなった!こんな良縁に恵まれたのも日頃から皆さんが当商会の品を買ってくれるからです!どうぞ!祝いの酒を!そして肉も用意しています!存分に食べて飲んで祝ってください!」
その場にフローラは姿が無いが、ここまで大掛かりな嘘の芝居をする必要など何もない。
――裏切ったのか…僕を!フローラッ!!――
バークレイはギリリと奥歯を噛み締めた。
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