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第10話 遠慮するのは誰
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ボッラク伯爵家に戻ったフローラを待ち構えていたのは父親だけではなかった。
父親よりも頭1つ背が高く、まるで岩石のような顔をした男がいたのだ。父の客だろうと簡単な挨拶をして通り過ぎようとしたのだが、「座りなさい」と手招きをされた。
「娘のフローラです」
「なるほど。お話の通りとても美しいお嬢さんですね」
――は?なんなの?――
「こちらとしては、こんなに若くて綺麗な方ならお断りする理由などありませんよ」
「それは良かった。では早速日取りを決めましょう」
「あの、お父様。話に割入ってごめんなさい。何の話をしているの?」
「なんのって。お前の結婚だよ」
「けっ結婚?!」
ガっとフローラの腕を掴んだ父親はそっと耳元で囁いた。
「処女じゃなくてもいいそうだ。良かったな」
「なっ!!」
「支度金はもう使ったんだ。遊びの時間はもう終わったんだ」
父親の最後の声は聞こえたのだろう。視界の端で男がフローラを見てニヤリと笑った。男の笑みをみてフローラは背筋をゆっくり毛虫が這っているかのようなゾクリとした嫌悪感を感じた。
「我が家には海の向こうの国の珍しい品が色々とあります。見ても触れても愉しめると思いますよ」
フローラの直感が訴える。
「コイツ、ヤバい男だ!!」男の視線がフローラを這って行くが、ナメクジが這ったあとのようなヌルヌルが視覚だけなのに感じ取れる。
逃げなきゃ!と思ったのだが、父親とはもう約束が出来ているようでフローラは立ち上がり、近寄って来た男に頭を掴まれた。
――あ、頭っ!!くぅっ!痛いっ!離しなさいよ!――
声を出そうとすれば男の太い指が口の中に押し込まれ、声も出せない。
力を入れられてしまえば顎の骨が砕けそうな恐怖がフローラを襲い、その場に失禁してしまった。
「この年で粗相をするとは。まぁいいでしょう。躾をするのは得意ですから。荒くれ者も半日で大人しくなりますのでね」
「誰か、フローラを部屋に。結婚式まで一歩も出すな。いいな!」
フローラの口から男の手は抜かれたが、その指を舐める男に今度は腰が抜けた。へなへなと崩れ落ちたフローラを従者が3人掛かりで抱きかかえると自分の部屋ではなく、失態を犯した従者などを教育するための部屋に閉じ込められてしまったのだった。
★~★
ハーベル公爵家にレティツィアが帰宅をしたのはすっかり陽も暮れた頃だった。
「ありがとう。遅くまで付き合わせてしまってごめんなさい。これでご家族の皆さんに何か買って差し上げて?」
レティツィアが御者も含め同行した使用人に銀貨を1枚1枚手渡した。
銀貨1枚あれば家族で豪勢な外食が出来る。
「ありがとうございます!」使用人達は嬉しそうに銀貨をポケットにしまうと散って行く。
「はぁ…」小さく溜息を吐き出したレティツィアは顔をあげると私室に戻って行った。その様子を中2階の廊下からバークレイはじっと見ていた。
小走りになり、先程銀貨を貰った使用人が隣をペコリと頭を下げていく。バークレイは使用人の腕を掴んだ。
「いつも貰っているのか?」
「あ…」
不味い場を見られたと思った使用人はポケットに封をするよう手を当てて「はい」と答えた。
「口止め料か?」
「め、滅相も御座いません。若奥様は長い時間付き合わせたからと毎回気遣ってくださるのです」
言い得て妙。そうも思ったが、今のバークレイは「そうなのだろうな」としか思えなかった。
存在を認めてしまうと「いない」事が気になってしまう。
夕食の時にハーベル公爵家が囲う食卓に椅子は6脚。
両親とバークレイ、いつも空席なのは隣国に留学中の弟の席と領地で代官を務める子爵の元に嫁入りをするため領地に拠点を移した妹の席。そしてフローラの席だ。
そこにレティツィアの椅子はない。
「なんで嫁いできたのに一緒に食事をしないんだ?」
「は?」
「え?」
バークレイの問いに素っ頓狂な答えを返したのは両親だった。
「なんでレティツィアの席がないんだ?」
「なんでと言われても…」
「そうよ、貴方が要らないと言ったじゃないの」
そう言えばそんな事を聞かれた気もする。公爵家に来た日からレティツィアだけは食事を部屋に運んでいる。「どうする」と両親に問われた時、フローラが「私は嫌よ」と言ったのでフローラの意見を優先させた。
「一緒に取ればいいだろう。使用人も手間が省ける」
「それはそうだが…いいのか?」
「いいも何も。彼女は正妻だろう?遠慮するのはフローラだ。まだ家族じゃないんだから」
公爵夫妻は顔を見合わせた。まさかバークレイから至極まともな言葉が聞けるとは思ってもみなかった。
しかし、その事を従者がレティツィアに伝えに行くと予想外の答えが返って来た。
「毎回出入りの度に鍵を施錠、解錠してもらうのも気が引けるので遠慮します」だった。
バークレイはその言葉で更なる異常性に気が付いた。
基本的にレティツィアが部屋から出るのは「誰かに呼び出された時」と「墓参」だけ。出入りをするのは使用人で食事など時間が決まっているのでその時に部屋に持ち込めばいい。
おおよその時間しか決まっていない食事の度に時間に合わせ、部屋を出入りするほうが面倒だという。
「何故だ?」
「お部屋に運ぶ時は手が空いた者が運べばいいので…お部屋を出入りされるとなると手を止めないと行けなくなるんです」
その上、朝食が11時、昼食は11時半、夕食も時に16時頃になる事もあるという。財政難から使用人の数を減らしてしまったので1人あたりの負担も大きくなっている事もやっとバークレイは理解出来たのだったが、なら施錠をするのを止めればいいとまでは思いつかなかった。
父親よりも頭1つ背が高く、まるで岩石のような顔をした男がいたのだ。父の客だろうと簡単な挨拶をして通り過ぎようとしたのだが、「座りなさい」と手招きをされた。
「娘のフローラです」
「なるほど。お話の通りとても美しいお嬢さんですね」
――は?なんなの?――
「こちらとしては、こんなに若くて綺麗な方ならお断りする理由などありませんよ」
「それは良かった。では早速日取りを決めましょう」
「あの、お父様。話に割入ってごめんなさい。何の話をしているの?」
「なんのって。お前の結婚だよ」
「けっ結婚?!」
ガっとフローラの腕を掴んだ父親はそっと耳元で囁いた。
「処女じゃなくてもいいそうだ。良かったな」
「なっ!!」
「支度金はもう使ったんだ。遊びの時間はもう終わったんだ」
父親の最後の声は聞こえたのだろう。視界の端で男がフローラを見てニヤリと笑った。男の笑みをみてフローラは背筋をゆっくり毛虫が這っているかのようなゾクリとした嫌悪感を感じた。
「我が家には海の向こうの国の珍しい品が色々とあります。見ても触れても愉しめると思いますよ」
フローラの直感が訴える。
「コイツ、ヤバい男だ!!」男の視線がフローラを這って行くが、ナメクジが這ったあとのようなヌルヌルが視覚だけなのに感じ取れる。
逃げなきゃ!と思ったのだが、父親とはもう約束が出来ているようでフローラは立ち上がり、近寄って来た男に頭を掴まれた。
――あ、頭っ!!くぅっ!痛いっ!離しなさいよ!――
声を出そうとすれば男の太い指が口の中に押し込まれ、声も出せない。
力を入れられてしまえば顎の骨が砕けそうな恐怖がフローラを襲い、その場に失禁してしまった。
「この年で粗相をするとは。まぁいいでしょう。躾をするのは得意ですから。荒くれ者も半日で大人しくなりますのでね」
「誰か、フローラを部屋に。結婚式まで一歩も出すな。いいな!」
フローラの口から男の手は抜かれたが、その指を舐める男に今度は腰が抜けた。へなへなと崩れ落ちたフローラを従者が3人掛かりで抱きかかえると自分の部屋ではなく、失態を犯した従者などを教育するための部屋に閉じ込められてしまったのだった。
★~★
ハーベル公爵家にレティツィアが帰宅をしたのはすっかり陽も暮れた頃だった。
「ありがとう。遅くまで付き合わせてしまってごめんなさい。これでご家族の皆さんに何か買って差し上げて?」
レティツィアが御者も含め同行した使用人に銀貨を1枚1枚手渡した。
銀貨1枚あれば家族で豪勢な外食が出来る。
「ありがとうございます!」使用人達は嬉しそうに銀貨をポケットにしまうと散って行く。
「はぁ…」小さく溜息を吐き出したレティツィアは顔をあげると私室に戻って行った。その様子を中2階の廊下からバークレイはじっと見ていた。
小走りになり、先程銀貨を貰った使用人が隣をペコリと頭を下げていく。バークレイは使用人の腕を掴んだ。
「いつも貰っているのか?」
「あ…」
不味い場を見られたと思った使用人はポケットに封をするよう手を当てて「はい」と答えた。
「口止め料か?」
「め、滅相も御座いません。若奥様は長い時間付き合わせたからと毎回気遣ってくださるのです」
言い得て妙。そうも思ったが、今のバークレイは「そうなのだろうな」としか思えなかった。
存在を認めてしまうと「いない」事が気になってしまう。
夕食の時にハーベル公爵家が囲う食卓に椅子は6脚。
両親とバークレイ、いつも空席なのは隣国に留学中の弟の席と領地で代官を務める子爵の元に嫁入りをするため領地に拠点を移した妹の席。そしてフローラの席だ。
そこにレティツィアの椅子はない。
「なんで嫁いできたのに一緒に食事をしないんだ?」
「は?」
「え?」
バークレイの問いに素っ頓狂な答えを返したのは両親だった。
「なんでレティツィアの席がないんだ?」
「なんでと言われても…」
「そうよ、貴方が要らないと言ったじゃないの」
そう言えばそんな事を聞かれた気もする。公爵家に来た日からレティツィアだけは食事を部屋に運んでいる。「どうする」と両親に問われた時、フローラが「私は嫌よ」と言ったのでフローラの意見を優先させた。
「一緒に取ればいいだろう。使用人も手間が省ける」
「それはそうだが…いいのか?」
「いいも何も。彼女は正妻だろう?遠慮するのはフローラだ。まだ家族じゃないんだから」
公爵夫妻は顔を見合わせた。まさかバークレイから至極まともな言葉が聞けるとは思ってもみなかった。
しかし、その事を従者がレティツィアに伝えに行くと予想外の答えが返って来た。
「毎回出入りの度に鍵を施錠、解錠してもらうのも気が引けるので遠慮します」だった。
バークレイはその言葉で更なる異常性に気が付いた。
基本的にレティツィアが部屋から出るのは「誰かに呼び出された時」と「墓参」だけ。出入りをするのは使用人で食事など時間が決まっているのでその時に部屋に持ち込めばいい。
おおよその時間しか決まっていない食事の度に時間に合わせ、部屋を出入りするほうが面倒だという。
「何故だ?」
「お部屋に運ぶ時は手が空いた者が運べばいいので…お部屋を出入りされるとなると手を止めないと行けなくなるんです」
その上、朝食が11時、昼食は11時半、夕食も時に16時頃になる事もあるという。財政難から使用人の数を減らしてしまったので1人あたりの負担も大きくなっている事もやっとバークレイは理解出来たのだったが、なら施錠をするのを止めればいいとまでは思いつかなかった。
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