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第19話 流れる噂の渦中の人②-②
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貴族はゴシップに飢えている。
今回の事でゲルハ伯爵の実妹は窮地に陥るのは間違いないが、それはハーベル公爵家も一緒だった。
噂をする者達に事実は必要が無い。必要なのはほんの少しの真偽も怪しい情報に自分独自の推理を加えた真実があればいい。
1つ目の理由の融資の打ち切り、そして返済は2つ目の理由も関係していた。
【この事件にはバークレイが絡んでいるのではないか】
そんな根も葉もない噂が1週間経った今、貴族の間ではホットな話題で盛り上がりを見せていた。
こんな話が出てきた大きな要因は偶然時期が合致しただけなのにボッラク伯爵家のフローラが「離縁したい」と実家に逃げ込んだ事も信憑性を高める追い風になっていた。
半年ほど新興貴族の夫の元で生活をしていたが、度が過ぎる加虐の性癖を持つ夫からフローラは逃げ出した。離れ子島の領地から加工した魚の捨ての部分を魚肥とするコンテナの中に入り込み、港に到着してからは徒歩で王都まで逃げ戻ってきたのだ。
真実の愛で結ばれたが、意に反し別の者と結婚せねばならなくなった2人。
バークレイを忘れられず、夫から逃げてきたフローラ。そこにレティツィアが襲われて行方が知れなくなる。
【本当にバークレイは無関係なのか?】
当事者ではない者達は面白おかしく独自の見解を織り交ぜて「ここだけの話」と口から口へ伝聞していく。
その結果、バークレイにとっては非常に宜しくない事が重なり、まことしやかな推理説が囁かれていたのだ。
「くだらない!そんな世迷言など!」
「そうだ。事実を知る者には一笑に付す噂話だが、クラン侯爵はその噂を逆手に取ったという事だ」
「クラン侯爵とあろうものが噂を信じるなんて!」
父のハーベル公爵は憤るバークレイに呆れを含んだ声を返した。
「全てが噂、そう笑いとばせるなら良かったがな」
噂なのだ。噂なのだが、他者が信じてしまってもおかしくない状況が揃い過ぎていた。
レティツィアとの婚約、結婚は融資が目的で融資の金が無ければ経済的に危険水域に陥るハーベル家だが、1年弱クラン侯爵家からの融資で最低最悪だった急場は凌げた。
この先は資産家でもあるボッラク伯爵家に乗り換えればいい。
その時に邪魔になるのがレティツィアと融資の返済。
放り出してしまえば公爵家での冷遇を侯爵に訴え、それまで融資した金の一括返済を求めてくるのは必定。
しかし事件、事故に巻き込まれたとなれば不可抗力となり不義理を行った場合と違って一括返済などを求められる事はない。むしろ同情してもらえ、運が良ければハーベル公爵家に責はないと返済もしなくて良くなる。
「せめてレティツィアを大事にしていればクラン侯爵家も噂など気にしなかっただろう」
ハーベル公爵はバークレイに言い放つ。
そんな父に向かってバークレイは思った。
それは僕だけの責任なのか?と。
傍観をしていた貴方はどうなんだ、と。
良い事も悪い事も相乗効果が生まれやすい。
今のハーベル公爵家には悪い方に作用する力しか働いていなかった。
たった1週間なのに、クラン侯爵家からの融資が止まれば捜索も打ち切らねばならない。
何故かと言えば金が無いのだ。
捜索も国が行ってくれるわけではなく私費を投じねばならない部分がある。
1週間や10日で公爵家が捜索を打ち切れば、バークレイ犯人説はより貴族達の好奇心を高め、嘘の中の真実、その信憑性を引き上げるだけ。
「部屋で大人しくしていろ」
「言われなくても!」
バークレイは力任せに扉を閉じ、私室に戻った。
フローラへの気持ちに区切りをつけて、ハーベル公爵家の中にはフローラを思わせるものは殆ど残っていない。本来はバークレイの正妻が使用する部屋も内装材も剥がしてレティツィアを迎え入れる部屋に造り変えた。
フローラが他の男と結婚したと聞いたその時なら出戻ったと聞けば、加虐趣味のあるような男に嫁がせる父の元には置いておけないとすぐにでも迎えに行っただろう。
しかし、気持ちに区切りがつくと不思議だ。
あんなに愛していて、フローラ以外は考えられないと思っていた自分が滑稽に思えるのだ。
フローラと愛を育んでいた時、バークレイは何も見えていなかった。
見えていた、いや見ていたのは目の前のフローラだけでハーベル公爵家の危機すら知らなかった。
何も言わず…「いや、言えなくしたのは僕だ」
反省の気持ちもあり、理不尽にレティツィアを虐げた事実を悔いた。
――その辺の破落戸より質が悪いじゃないか――
王族、貴族の婚姻事情に「愛」などない。
お互いが心を殺して家の為に次の代に家と命を繋ぐ。
ともに長い人生を歩いていく中でお互いを知り、支え合う。
だからレティツィアとやり直そうと決めた。
だから喜ぶだろうとゲルハ伯爵の執事に会わせようと考えた。
――喜ぶ顔が見たかっただけなんだ。なのにどうして!――
してきたことの報いなのか。
悔しさとやり切れない思いがバークレイの心を切り刻んでいく。
不思議とフローラが「離縁したい」と実家に戻ったと聞いてもバークレイはなんとも思わなかった。もうフローラへの気持ちはすっかりなくなってしまい、バークレイの心はレティツィアと共に前に進む事を決めていた。
このままではレティツィアの捜索が出来なくなる。そちらの問題の方がバークレイにとっては何とかしなければならない問題であり、心の中の全てを占めていた。
今回の事でゲルハ伯爵の実妹は窮地に陥るのは間違いないが、それはハーベル公爵家も一緒だった。
噂をする者達に事実は必要が無い。必要なのはほんの少しの真偽も怪しい情報に自分独自の推理を加えた真実があればいい。
1つ目の理由の融資の打ち切り、そして返済は2つ目の理由も関係していた。
【この事件にはバークレイが絡んでいるのではないか】
そんな根も葉もない噂が1週間経った今、貴族の間ではホットな話題で盛り上がりを見せていた。
こんな話が出てきた大きな要因は偶然時期が合致しただけなのにボッラク伯爵家のフローラが「離縁したい」と実家に逃げ込んだ事も信憑性を高める追い風になっていた。
半年ほど新興貴族の夫の元で生活をしていたが、度が過ぎる加虐の性癖を持つ夫からフローラは逃げ出した。離れ子島の領地から加工した魚の捨ての部分を魚肥とするコンテナの中に入り込み、港に到着してからは徒歩で王都まで逃げ戻ってきたのだ。
真実の愛で結ばれたが、意に反し別の者と結婚せねばならなくなった2人。
バークレイを忘れられず、夫から逃げてきたフローラ。そこにレティツィアが襲われて行方が知れなくなる。
【本当にバークレイは無関係なのか?】
当事者ではない者達は面白おかしく独自の見解を織り交ぜて「ここだけの話」と口から口へ伝聞していく。
その結果、バークレイにとっては非常に宜しくない事が重なり、まことしやかな推理説が囁かれていたのだ。
「くだらない!そんな世迷言など!」
「そうだ。事実を知る者には一笑に付す噂話だが、クラン侯爵はその噂を逆手に取ったという事だ」
「クラン侯爵とあろうものが噂を信じるなんて!」
父のハーベル公爵は憤るバークレイに呆れを含んだ声を返した。
「全てが噂、そう笑いとばせるなら良かったがな」
噂なのだ。噂なのだが、他者が信じてしまってもおかしくない状況が揃い過ぎていた。
レティツィアとの婚約、結婚は融資が目的で融資の金が無ければ経済的に危険水域に陥るハーベル家だが、1年弱クラン侯爵家からの融資で最低最悪だった急場は凌げた。
この先は資産家でもあるボッラク伯爵家に乗り換えればいい。
その時に邪魔になるのがレティツィアと融資の返済。
放り出してしまえば公爵家での冷遇を侯爵に訴え、それまで融資した金の一括返済を求めてくるのは必定。
しかし事件、事故に巻き込まれたとなれば不可抗力となり不義理を行った場合と違って一括返済などを求められる事はない。むしろ同情してもらえ、運が良ければハーベル公爵家に責はないと返済もしなくて良くなる。
「せめてレティツィアを大事にしていればクラン侯爵家も噂など気にしなかっただろう」
ハーベル公爵はバークレイに言い放つ。
そんな父に向かってバークレイは思った。
それは僕だけの責任なのか?と。
傍観をしていた貴方はどうなんだ、と。
良い事も悪い事も相乗効果が生まれやすい。
今のハーベル公爵家には悪い方に作用する力しか働いていなかった。
たった1週間なのに、クラン侯爵家からの融資が止まれば捜索も打ち切らねばならない。
何故かと言えば金が無いのだ。
捜索も国が行ってくれるわけではなく私費を投じねばならない部分がある。
1週間や10日で公爵家が捜索を打ち切れば、バークレイ犯人説はより貴族達の好奇心を高め、嘘の中の真実、その信憑性を引き上げるだけ。
「部屋で大人しくしていろ」
「言われなくても!」
バークレイは力任せに扉を閉じ、私室に戻った。
フローラへの気持ちに区切りをつけて、ハーベル公爵家の中にはフローラを思わせるものは殆ど残っていない。本来はバークレイの正妻が使用する部屋も内装材も剥がしてレティツィアを迎え入れる部屋に造り変えた。
フローラが他の男と結婚したと聞いたその時なら出戻ったと聞けば、加虐趣味のあるような男に嫁がせる父の元には置いておけないとすぐにでも迎えに行っただろう。
しかし、気持ちに区切りがつくと不思議だ。
あんなに愛していて、フローラ以外は考えられないと思っていた自分が滑稽に思えるのだ。
フローラと愛を育んでいた時、バークレイは何も見えていなかった。
見えていた、いや見ていたのは目の前のフローラだけでハーベル公爵家の危機すら知らなかった。
何も言わず…「いや、言えなくしたのは僕だ」
反省の気持ちもあり、理不尽にレティツィアを虐げた事実を悔いた。
――その辺の破落戸より質が悪いじゃないか――
王族、貴族の婚姻事情に「愛」などない。
お互いが心を殺して家の為に次の代に家と命を繋ぐ。
ともに長い人生を歩いていく中でお互いを知り、支え合う。
だからレティツィアとやり直そうと決めた。
だから喜ぶだろうとゲルハ伯爵の執事に会わせようと考えた。
――喜ぶ顔が見たかっただけなんだ。なのにどうして!――
してきたことの報いなのか。
悔しさとやり切れない思いがバークレイの心を切り刻んでいく。
不思議とフローラが「離縁したい」と実家に戻ったと聞いてもバークレイはなんとも思わなかった。もうフローラへの気持ちはすっかりなくなってしまい、バークレイの心はレティツィアと共に前に進む事を決めていた。
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