あなたの愛はいつだって真実

cyaru

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第20話  迎えの準備

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マルムズ子爵家での生活は穏やかだが、忙しい。

高齢の夫妻はまだまだ元気で何でもしてしまう。

「人間はね、体と頭を動かさないとダメになっちゃうんだよ」

そう言って80歳になるアマニーの夫は斧を振って薪を割る。

「そのうち体の方が先に動かなくなるが、その時はココをその分使えばいい」

そう言って指先で頭を示す。

「そうは言っても、若い世代のする事に文句を言うんじゃない。経験から来る助言を選択肢の1つとして提案する。そのくらいで良いんだよ。提案が採用されなくても、歌にもあるだろう? ”恨みっこなしでぇ~” ってさ。言い過ぎ、ごり押ししてしまうと迷惑な老害にしかならない」

――それ、年齢関係ない気がするわ――

ふと、そう思い、何故そんな事を思ってしまうんだろうと考える。
しかし、考えても解らない。

テオドロとチッチョが去った翌日には辺境部隊で且つて軍医をしていたアマニーの夫になんと背中を布を縫製するかのようにもらった。

「剣ではないな…ナイフか。袈裟懸けだね。女の子相手に酷い事をする。まぁ刃物の傷は刺されると厄介だが斬られた時は塞ぎやすい。痕は残るが命があっただけ幸運だった。少し我慢するんだよ」

皮膚が痺れるくらいの気休めな薬草を塗るとチクチク。本当にチクチクとレティツィアの背中の傷と二の腕の傷を縫合したのだった。使ったのが裁縫の糸だったので「まるで縫製」と思ってしまったのかも知れない。

その糸が「抜糸」という作業で外されたのは昨日。
無理をしなければ大丈夫だという通り、背中は見えないが二の腕はちゃんと傷口が閉じていた。

レティツィアは穏やかなこの生活で、ある程度は覚えている事があることに気が付いた。
ただ、どんなに思い出そうとしても思い出せない事がある。

父親や母親は記憶の中にある。そして父とは違う優しい大人の男性も思いだせるが名前が思い出せない。その男性との記憶は映像だけ。そこに音が無い。
6、7歳頃の記憶なのだろうがその先はプッツリと途切れて今に飛ぶ。

人間関係の記憶はその程度だが、洗濯や炊事、掃除。竈に火を入れる、そんな作業は体が覚えていた。

「焦らなくていい。大きく纏めれば記憶喪失なのだろうが強い衝撃や命の危機にさらされた時、精神を保つために記憶を遮断する、そんな機能が人間にはあるんだ」

「思いだせるんでしょうか」

「思いだせるかも知れないし、思い出せないままかも知れない。だけど焦る事はない。体がその措置が必要だとしているんだ。暑い時に汗が出るだろう?あれは熱がこもれば倒れてしまうから汗を出す事で冷却してるんだ。寒い時に体が震えるのも筋肉などを無意識に動かす事で熱を作っているんだ。体が必要だと思ってやっている事だ。きっと思い出しても大丈夫と体が判断した時に思い出せるよ」

マルムズ子爵夫妻は思い出そうとするな、時を待てばいい。そう言ってレティツィアに接してくれた。


そんなある日。

アマニーが「手伝っとくれ」と言うので先ずは畑で野菜を収穫。それを井戸の水で洗いトマトに湯をかけて皮をむく。中身は裏ごしをしてペースト状にするとコトコト煮込んでいく。
その中に野草やスパイスを入れてさらに煮込む。


マルムズ子爵家はロッソ家の王都凱旋などを終えた帰途の途中では立ち寄るからか調理場の竈は12個もあった。その12個がここに居候することになり10日目の今日はフル稼働。

「お2人なのにこんなに食べるんですか?」
「2人じゃこんなに食べられないよ。年寄りは粗食が一番」
「ではどうしてこんなに?」
「10日目だからね。さ、次は湯殿の大桶と中桶に湯を張って沸かさないとね。寝台を取り付けるのも手伝っておくれ」

子爵家なのに屋敷が大きいのは大勢の兵士を受け入れる広さが必要だから。

寝台を取り付けるとは使わない時は縦に折りたたんで「V」の逆の形にして収納。使う時は広げると寝台になる簡易折り畳み寝台を広げて、マットとシーツなどをセットしていく。

「寝台と寝台の間が狭いんですけど」
「横向きのカニ歩きが出来れば十分!日頃は良くて寝袋なんだから」
「良くて…寝袋?」

想像が出来ないが寝台で埋め尽くされたような部屋を作って行く。
それが終われば次は湯殿。

大桶は成人男性が10人ほどゆったりと湯に浸れる大きさで4個もある。3、4人用の中桶も5つ。それら全てに夫妻と共に沢を流れる水を長い筒を使って水を溜めて順番に沸かしていく。

火を起こすのも湯殿だけで9個あるのだから大変だ。

料理も湯殿も準備が整った頃にはすっかり陽も暮れていた。
「お茶でも飲んでいようかね」というアマニーの言葉に3人が茶を飲んでいると足元から突き上げてくる小さな振動を感じた。

気のせいかと思ったが、その振動は次第に大きくなって窓ガラスもカタカタ音を立て始めた。

「な、なんでしょう?!大地が揺れている?!」

驚いているのはレティツィアだけで夫妻は「ほへ~♡」と暢気に茶を飲んでいた。

「37人かな」
「私は43人だと思いますよ」
「え?え?何がです?」

ドドドドド‥‥ゴゴゴゴゴ・・・。

地鳴りのような音はドンドン近づいてきて、テーブルに置いた茶器から残ったお茶がザップンザップンと揺れている。

が…ピタリと止まった。

玄関の扉が開く音がして、こんどはドタドタと複数人の足音が近づいてくる。

バーン!!

「アマニー!マルムズ軍医!遅くなった!」

野太い声が響く部屋。
子爵夫妻はさりげなく手で耳を塞いでいる。

レティツィアは座ったまま、白目を剥き意識を飛ばした。

部屋に入って来たのは、馬に騎乗し風を受けたことで悪魔耳の形になった髪、汗と土埃に塗れた肌の色、ゴブリンという伝説の怪物の頭領だと思ったからである。
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