あなたの愛はいつだって真実

cyaru

文字の大きさ
23 / 32

第22話  GOGOロッソ領

しおりを挟む
何とも無粋な話だが廊下を伝って聞こえてくる鼾の合唱にレティツィアは目を覚ました。

寝台に移動させようとしたが、リビングからは距離がありマルムズ夫妻では体力に問題がある。ヴィルフレードが運ぼうかと言ったが、テオドロとチッチョに運び込まれたような緊急事態でもなく未婚の女性にむやみやたらに触れるのも良くない。

幸いに寝かせたソファは背凭れを倒せばソファベッドにもなるので掛布を掛けてそのまま寝かせていた。

すっかり家人は寝入ってしまい、レティツィアが夜中に目を覚ました時に驚くといけないとマルムズ軍医がついていたが、30分ほど前にヴィルフレードと交代した。

元気そうに見えて80歳。徹夜は体に堪えてしまう。

テーブルを挟んだ向かいで長い足を組んでひじ掛けに頬杖をつき、ランプの灯りで本を読んでいたヴィルフレードは視線に気が付き、本からレティツィアに視線を移した。

目が覚めたレティツィアが何度か瞬きをしながらヴィルフレードを見ていた。

「気が付いたか?驚かせてすまなかった」
「あ、あぁ…そうですね…みっともない姿を。こちらこそ申し訳ございません」

起き上ろうとするレティツィアを「そのままでいい」とヴィルフレードは制した。

「あの…兵士さんにお礼を言いたいのです」
「テオドロとチッチョか。ここには来てないんだ」
「そうですか…」
「つけ入る訳ではないが、辺境に来ないか?君のことはアマニー達から聞いた。ずっとここにいることは出来ないし、王都に戻るのは今は危険。私の勝手な判断だが、そうなると君は行く場所が無い。そこでだ。テオドロとチッチョに礼を言うためという名目で暫く辺境で療養するのはどうだろう」

レティツィアはヴィルフレードから視線を天井に移し、少し考えた。

色々と思い出せない事もある。何故だがヴィルフレードが言うように今、王都に戻るのは危険な気がするのだ。かと言って老夫婦にずっと厄介になっている事も出来ない。

小娘一人が生きて行けるほど世の中は甘くない。
心の何処かで「死にたくない」と自分が叫んでいる気もする。

ヴィルフレードはレティツィアが辺境に行っても住む場所などが無い事に迷っているかと考えた。

「住む場所なら私の屋敷には部屋が余っているから使うといい。この家よりも少々・・・広くてね。アマニーに寄れば掃除も出来るようだし、屋敷内の清掃をしてくれるのなら部屋付き、食事付きで雇う形態にしてもいい。どうだろう」

――部屋も食事もついてるなら・・・お金を貯めてどうにかなるかな――

だが、心配事もある。
見た目で判断してはいけないが、ヴィルフレードにはもう妻子がいてもおかしくない年齢にしか見えない。そこに自分が招かれてしまえば不要な誤解を生むのではないかと。

「妻子?!まぁ…いれば良いんだろうが未婚の寡男だ」

なら大丈夫かな??レティツィアは男女の諍いというのは本能で遠慮したい!と強く思ったのでその心配がないことには安心できた。

「では・・・お言葉に甘えて。暫く御厄介になります」
「そうしてくれると有難い」
「あの…今更なのですが貴方様は?」
「私か?ロッソ領で当主の仕事をしているヴィルフレードだ」

思いだせることがかなり限定されているレティツィアは「ロッソ領」は遠いところだなとの思いはあったが、名前には聞き覚えがあるような、ないような。

目の前で「もう少し眠りなさい。眠れないなら手でも握って子守歌を歌おうか?」と絶対的な安心を感じる言葉を掛けてくれるヴィルフレードに記憶の中の誰かを重なった、そんな気がした。


★~★

早速に翌日は出立。

昨日あんなに大量に作った料理はマルムズ夫妻の予想は大きく外れていなかったが44人の兵士を連れてやって来たヴィルフレードを含む45人にものの30分でぺろりと平らげられてしまった。

「足らないよー」と言う声に、ジャガイモを蒸して塩を振るだけの品も大皿で4つ追加したのは秘密だ。

ちなみに、チッチョが走り込んできた日、大量に作ってしまった料理はご近所さんに分けて美味しく食べてもらったので食品ロスはない。


目が覚めたレティツィアはアマニーの「手伝って」の声に数人の兵士と朝から大量のパンを焼く。

出立は昼過ぎ。なので夕食になる分のパンにはミルクを使うが、明日の朝以降、辺境に到着するまでのパンにミルクは使わない。傷んでしまうからである。

「はい。この薬をちゃんと毎日塗るんだよ?」
「ありがとうございます」
「疲れたら疲れたとヴィルに言えば休んでくれる。無理だけはいけないよ。このくらいと思ってはいけない。傷口が開いたらさらに足止めをされたり、全員の身動きが取れなくなるからね。大勢で動く時に一番してはいけないのは我慢だよ」

抜糸をしたばかりのレティツィアは塗り薬をマルムズ軍医から手渡された。
受け取った時は良かったのだ。必要だと思うのでそれ以上は考えなかった。

「では、お世話になりました」
「ヴィルのお世話も頼みましたよ?そこそこは教えているけれど‥大きな赤ちゃんだから」
「まぁ、そのような事を。ふふっ。でもお掃除係で雇って貰うだけですよ?」

ちょっとアマニーが勘違いをしてるなぁと思ったが、それも仕方がない。
全員が騎乗してきているので、誰かの馬に相乗りさせてもらわねばならない。

その誰かはこの場合、必然的にヴィルフレードになってしまった。

「おじさんですまないな。今日と明日は多分!多分だが臭わないと思う」
「臭う?何がです?」
「40を過ぎると、そこにいるだけでスメルハラスメントと言われてしまうんだ。先に断っとこうと思ってさ」

そんなものかな?と思いつつ、相乗りをさせてもらうと安定感抜群!
移動距離が長いので横乗りではなくレティツィアも馬の背を跨ぐ姿勢で座ったのだが、視界がパーッと開けて日常では見る事の出来ない高さから全てが見える。

「うわぁ…凄い」
「怖くないか?」
「全然!楽しいです!」

狙ったつもりは全くないが、空を飛ぶ鳥すら距離が近い気がして、空を仰ぎ見る格好で「楽しいです」とヴィルフレードに微笑んだレティツィア。

更に高い位置に顔のあるヴィルフレードにはレティツィアの顎の向こう、俗にいう胸の谷間の上部がちょっとだけ見えてしまった。その上、若い女の子の免疫などゼロ。

色んな意味でヴィルフレードがドキドキとする中、馬が動き出せばキョロキョロして「わっ!」「ハゥッ?!」見るもの全てに反応して「見てください!」と嬉しそうに話しかけてくる。

――後ろで良かった――

相乗りなので体が密着してしまう。胸に抱くようにレティツィアの背がヴィルフレードの胸にあたる。逆だったら理性が耐えられたか…いや、強固な理性の防壁は、瞬時に極上に柔い双璧に破壊されただろう。

トドメは野営で夕食が終わった後だった。

「背中に薬が塗れないんです」

ヴィルフレードは作戦成功率1%以下の奇襲を仕掛ける直前よりも緊張したのだった。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

皇后マルティナの復讐が幕を開ける時[完]

風龍佳乃
恋愛
マルティナには初恋の人がいたが 王命により皇太子の元に嫁ぎ 無能と言われた夫を支えていた ある日突然 皇帝になった夫が自分の元婚約者令嬢を 第2夫人迎えたのだった マルティナは初恋の人である 第2皇子であった彼を新皇帝にするべく 動き出したのだった マルティナは時間をかけながら じっくりと王家を牛耳り 自分を蔑ろにした夫に三行半を突き付け 理想の人生を作り上げていく

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

処理中です...