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第30話 戻った記憶
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ロッソ辺境伯の隊列は見事なものだった。
防衛のために全員が参加は出来ないが、半数が隊列に加わり街道を進んでくる。
その中央には大きな6頭立ての馬車があり、レティツィア乗り込んでいた。
荷を引く荷馬車はその後ろに1台だけ。
その他は隊服を着た兵士が騎乗し列を成していた。
「奥様っ!具合はどうです?」
「快適ですわよ。チッチョ副長様。前を見ていないと危ないですわよ?」
「エヘへ。そうなんですけど。ちょっといいですか?」
チッチョが声を掛けたのはレティツィアと一緒に乗り込んでいるメイドがチッチョの奥様なのである。
本当はテオドロが同行するはずだったが、テオドロの奥様が40歳を前にして懐妊してしまったので大事をとって交代した。
「ちゃんと護衛しなさいよ!5分とおかず声掛けてんじゃないわよ!」
「えぇーっ。顔が見たかっただけなのに…」
「総隊長様はそんな事してないでしょ!」
――いや、結構してるわよ――
レティツィアはそう言いたかったが、声を掛けて来ない分チッチョより絡みが少ないと感じるのかも知れない。隊列の先頭からしんがりまでをレティツィアの顔見たさに行ったり来たりしているのだ。
明日は王都の街に入る。その日も野営で交代で食事をしていると珍しい事にヴィルフレードの姿が見えなかった。
「あ~。なんか先頭を爆走していきましたね。なんかあるんスかね」
「くっつくな―!暑苦しいの!」
チッチョは奥様であるメイドにベッタリとくっついて離れない。
見ている方が暑苦しい。
夕食も終わり、寝る準備を始めた頃に馬車の戸をトントンと叩く音がする。
メイドが小窓から覗き込んでレティツィアに伝えた。
「奥様、旦那様です。どうされます?」
「あらそう。少し出ようかしら」
「じゃぁ扉を開けますね」
内鍵を外し、扉を開けると涼しい風が頬にあたった。
「フレッド様、どうされたのです?」
「ちょっといいかな?」
なんだろうと馬車を降りると、「こっちこっち」と手招きをされ、後をついていくと木々が開けて眼下に王都の街並みが広がっていた。
夜なので全貌は見えていないが、家の灯りが沢山ついていてレティツィアは何かを思い出しそうになった。
「どうした?」
「うん…何か思いだしそうな気がしたの」
「そうか…」
ヴィルフレードはそうじゃないかと思ってわざわざここに連れ出した。
道中で1日雨に降られていなければここに到着するのは昼間だったが、残念なことに今は夜。
夕食も取らずに出かけたのは買い物をするためだった。
「何を隠してるの?」
背中に隠したものをスっとヴィルフレードはレティツィアの前に差し出した。
「うさぎのぬいぐるみ‥‥」
レティツィアはもう一度王都の街並みを振り返った。そしてまたヴィルフレードが差し出すぬいぐるみを見た。ふるふると震える手でぬいぐるみを手に取ると頭の中でパン!と音がした気がして、視界もクリアになるように記憶を妨げていた靄が消えた。
「あ…私・・・私・・・」
「思い出した?」
コクリと小さく頷くとレティツィアはウサギのぬいぐるみを抱きしめた。
「同じ物ではないんだが、証言から似たものをずっと探させていたんだ」
「ずっと?知っていたの?」
「言わなくてごめんな。でもツィアの大事な思い出だ。俺でも踏み込んじゃいけない思い出だ」
「私・・・フレッド様と結婚出来ないわ・・・だって…」
「出来るよ」
ヴィルフレードはレティツィアが辺境に来た時から調べさせていた事を先ずは詫びた。勝手に出自やらを調べられるのは誰だっていい気はしない。
「ハーベル公爵家のバークレイと結婚していた事も知っているよ。でも・・・バークレイ殿と結婚していたレティツィアはもう存在しないんだ」
「存在しない?どうして?私はここにいるのに!」
「失踪宣告が受理されたんだ。君はただのレティツィアで、俺の愛するツィアだ」
「死んでしまったことになってるの??」
「そうだね。でもツィアの思い出は消えない。亡くなった事で消えない想いがあるのはツィアが一番よく知っているだろう?」
「でも・・・忘れてた!忘れちゃいけないのに!忘れちゃいけない事なのに!」
「そうしなさいとゲルハ伯が思ったんじゃないかな。伯はツィアの幸せだけを祈っていたと思うよ。だから嫌なことは極力思い出さないようにしてくれたんだ。って…勝手な事だけどゲルハ伯爵の事は思いだしたほうがいいかなって思ったんだ。そうなると全部になるけど…何があってもこの先は俺が守る。ツィアには指一本触れさせない。だから・・・何もかもひっくるめてツィアを愛している俺とこの先を一緒に歩いてくれないか?」
ゲルハ伯爵の墓標が見渡す景色に似た夜景が広がる。
もう一度夜景を見て、ウサギのぬいぐるみを見ると「おめでとう」と聞こえた気がした。
「あ…」
「どうした?」
「さっき、おじさまの・・・ゲルハ伯爵の声が聞こえた気がして・・・」
「そうか」
「おかしいわよね…死んだことになったから聞こえたのかしら」
「聞こえたと思うならそれがツィアの真実だよ。事実じゃなくていいんだ。自分だけの真実はあって然るべきだ」
その夜、2人は初めてキスをした。
防衛のために全員が参加は出来ないが、半数が隊列に加わり街道を進んでくる。
その中央には大きな6頭立ての馬車があり、レティツィア乗り込んでいた。
荷を引く荷馬車はその後ろに1台だけ。
その他は隊服を着た兵士が騎乗し列を成していた。
「奥様っ!具合はどうです?」
「快適ですわよ。チッチョ副長様。前を見ていないと危ないですわよ?」
「エヘへ。そうなんですけど。ちょっといいですか?」
チッチョが声を掛けたのはレティツィアと一緒に乗り込んでいるメイドがチッチョの奥様なのである。
本当はテオドロが同行するはずだったが、テオドロの奥様が40歳を前にして懐妊してしまったので大事をとって交代した。
「ちゃんと護衛しなさいよ!5分とおかず声掛けてんじゃないわよ!」
「えぇーっ。顔が見たかっただけなのに…」
「総隊長様はそんな事してないでしょ!」
――いや、結構してるわよ――
レティツィアはそう言いたかったが、声を掛けて来ない分チッチョより絡みが少ないと感じるのかも知れない。隊列の先頭からしんがりまでをレティツィアの顔見たさに行ったり来たりしているのだ。
明日は王都の街に入る。その日も野営で交代で食事をしていると珍しい事にヴィルフレードの姿が見えなかった。
「あ~。なんか先頭を爆走していきましたね。なんかあるんスかね」
「くっつくな―!暑苦しいの!」
チッチョは奥様であるメイドにベッタリとくっついて離れない。
見ている方が暑苦しい。
夕食も終わり、寝る準備を始めた頃に馬車の戸をトントンと叩く音がする。
メイドが小窓から覗き込んでレティツィアに伝えた。
「奥様、旦那様です。どうされます?」
「あらそう。少し出ようかしら」
「じゃぁ扉を開けますね」
内鍵を外し、扉を開けると涼しい風が頬にあたった。
「フレッド様、どうされたのです?」
「ちょっといいかな?」
なんだろうと馬車を降りると、「こっちこっち」と手招きをされ、後をついていくと木々が開けて眼下に王都の街並みが広がっていた。
夜なので全貌は見えていないが、家の灯りが沢山ついていてレティツィアは何かを思い出しそうになった。
「どうした?」
「うん…何か思いだしそうな気がしたの」
「そうか…」
ヴィルフレードはそうじゃないかと思ってわざわざここに連れ出した。
道中で1日雨に降られていなければここに到着するのは昼間だったが、残念なことに今は夜。
夕食も取らずに出かけたのは買い物をするためだった。
「何を隠してるの?」
背中に隠したものをスっとヴィルフレードはレティツィアの前に差し出した。
「うさぎのぬいぐるみ‥‥」
レティツィアはもう一度王都の街並みを振り返った。そしてまたヴィルフレードが差し出すぬいぐるみを見た。ふるふると震える手でぬいぐるみを手に取ると頭の中でパン!と音がした気がして、視界もクリアになるように記憶を妨げていた靄が消えた。
「あ…私・・・私・・・」
「思い出した?」
コクリと小さく頷くとレティツィアはウサギのぬいぐるみを抱きしめた。
「同じ物ではないんだが、証言から似たものをずっと探させていたんだ」
「ずっと?知っていたの?」
「言わなくてごめんな。でもツィアの大事な思い出だ。俺でも踏み込んじゃいけない思い出だ」
「私・・・フレッド様と結婚出来ないわ・・・だって…」
「出来るよ」
ヴィルフレードはレティツィアが辺境に来た時から調べさせていた事を先ずは詫びた。勝手に出自やらを調べられるのは誰だっていい気はしない。
「ハーベル公爵家のバークレイと結婚していた事も知っているよ。でも・・・バークレイ殿と結婚していたレティツィアはもう存在しないんだ」
「存在しない?どうして?私はここにいるのに!」
「失踪宣告が受理されたんだ。君はただのレティツィアで、俺の愛するツィアだ」
「死んでしまったことになってるの??」
「そうだね。でもツィアの思い出は消えない。亡くなった事で消えない想いがあるのはツィアが一番よく知っているだろう?」
「でも・・・忘れてた!忘れちゃいけないのに!忘れちゃいけない事なのに!」
「そうしなさいとゲルハ伯が思ったんじゃないかな。伯はツィアの幸せだけを祈っていたと思うよ。だから嫌なことは極力思い出さないようにしてくれたんだ。って…勝手な事だけどゲルハ伯爵の事は思いだしたほうがいいかなって思ったんだ。そうなると全部になるけど…何があってもこの先は俺が守る。ツィアには指一本触れさせない。だから・・・何もかもひっくるめてツィアを愛している俺とこの先を一緒に歩いてくれないか?」
ゲルハ伯爵の墓標が見渡す景色に似た夜景が広がる。
もう一度夜景を見て、ウサギのぬいぐるみを見ると「おめでとう」と聞こえた気がした。
「あ…」
「どうした?」
「さっき、おじさまの・・・ゲルハ伯爵の声が聞こえた気がして・・・」
「そうか」
「おかしいわよね…死んだことになったから聞こえたのかしら」
「聞こえたと思うならそれがツィアの真実だよ。事実じゃなくていいんだ。自分だけの真実はあって然るべきだ」
その夜、2人は初めてキスをした。
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