では、こちらに署名を。☆伯爵夫人はもう騙されない☆

cyaru

文字の大きさ
7 / 52
第一章☆喚く女(5話)

出来ない約束はしません

しおりを挟む
「ハワードさん。わたくしの話を少し聞いて頂けますか?」

支店に飛び込んで来た時とは裏腹にすっかり気落ちしてしまったハワード。
こんな時に保険を勧めるのは火に油を注ぐようなものである。
しかし、正直今のハワードの契約は満足とは言えないものであるのも確か。

「ハワードさん。保険は万が一の時の備えなんです。奥様はきっと奥様やハワードさんに何かがあっても3人の子供たちを一番に考えたんだと思います。素敵な奥様ですね」

「そうですね…はぁぁ~」

「今、解約をするのは簡単ですが先程申しましたように、前の保険は既に転換時、下取りに出されていますので解約金は全くないんです。そして解約する事で保障も無くなってしまいます。先週引き落としがあったばかりなので日割り分として本当に僅かな金額しか残らないでしょう。

新たに契約をしようとしても始期日が今日になるかどうかは入金次第となります。その上先月から23歳以上の方の契約はご本人さんに承諾を得る事と法で定められましたので契約であるハワードさんで解約は出来ても奥様の新しい契約は出来ないんです。アンナちゃん、コリンちゃん、ジョゼフ君は未成年なのでハワードさんで契約は可能ですが奥様の保障がなくなってしまいます。

これは他社さんも同じなんですが、その他に保障開始日は当日でも免責期間というものが御座います。契約をした日から契約にもよりますが一部の保障について30日、60日、90日という制限があってその期間は保険金が受け取れないんです。非常~にわかりやすく言うと掛け金だけ払ってる状態という事です。

もし、良ければなのですがハワードさんのお宅にわたくしが伺いまして奥様を交えてお話をさせて頂ければと思うのです。当社のサマンサ・ビーン販売員に御立腹でしょうし、もう保険なんて!と思われるのは承知で申し上げます。わたくしに適切な保険の提案をする機会を与えて頂けませんか?」

「適切な保険って‥‥これじゃダメなんだろう?」

「正直に申し上げます。奥様が30歳、アンナちゃんが11歳、コリンちゃんが9歳、ジョゼフ君が2歳というご家族での構成、5年後、10年後を考えた時、この保険は‥‥」

「この保険は?」

「糞くらえです(ビシーッ)」

「えぇっ?アンタのところの保険だろう?」

「はい。間違い御座いません。当社で扱っている保険です。但し!糞くらえです」

「アンタ…正気か?俺は契約者なんだぞ?」

「はい、契約者様だからです。。10秒先の事は誰にも分りませんし、ハワードさんは年齢も若いですからご帰宅をすれば奥様が4人目を授かったというかも知れません。最善は非常に難しいのです。出来ない約束はしないのがわたくしの矜持で御座います。なのでが先を予測したをさせて頂きたいのです」

「ブワッハッハ!アンタ、面白いな。流石に俺も市場で扱う商品が少々傷んでて棄てるかと思っても糞くらえとまでは言えねぇよ。よし、何時が良い?今から帰って女房に言っておく」

「ありがとうございます。日程はハワードさんに任せますが、今日はやめておいたほうが宜しいと思います」

「どうして?」

「焼けた鉄板に水を掛けてもジューっと蒸発するだけです」

「アハハ。そりゃそうだ。じゃぁ4日後。俺は終日休みなんだ。今日は午前休だが4日後なら女房も俺も家にいる。場所は判るか?ジム爺さんのパン屋の――」

「勿論、存じております。大事な契約者様ですから」

そう言いながらもインシュアの目線はチラリと契約者情報が書かれた住所の欄を見ている。
目視で確認は基本中の基本である。

「では、最後に‥‥こちらを」

そっと差し出してきたのは3つの小さな袋。2つはピンク。1つはブルー。

「ピンクはアンナちゃんとコリンちゃんに。手製の髪留めが入っております。ブルーはジョゼフ君に。万が一齧っても安心なクレヨンです。大好きなパパといられる時間を奪ってしまったお詫びになれば良いのですが」

そしてさらに‥‥同じく持ってきたファイルをテーブルに置いて少しだけ開いて紙を1枚抜き出す。

「こちらは奥様に。流行のカフェのランチ無料券です。ご利用できる店舗は裏面に記載がございますので奥様に教えてあげてくださいませ」

「えっ?いいのか?」

「構いませんよ。どうぞ」

にっこりと微笑むインシュア。半信半疑でランチ無料券を透かして見るハワード。
だが子供たちへの贈り物にはハワードも満面の笑みである。

「こんなに貰って申し訳ないんだが、保険料あまり高くなるのは勘弁してくれ」

「大丈夫です(にこり)。をさせて頂きます」

ブースを出た2人を部屋に残った者達が注目する。
壊れた扉は壁に立てかけられて非常に風通しが良い仕様になった支店のオフィス。


「うわぁ…ドアを壊しちまった。申し訳ない。弟が内装屋なんだ。修理に来させるよ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますわ」

「じゃ、4日後に。あっと、弟は早かったら昼にでも寄越すから。遅くても夕方だ」

「ご厚意に感謝いたしますわ」



◇~◇~◇

ハワードが帰るとインシュアの元にサマンサが駆け寄ってきた。
外に面した窓を覗いてハワードが帰っていく姿を確認すると、インシュアの背に抱き着いた。

「ありがとう!恩にきるわ」

「恩にきる?何がですか?」

「何って‥、いきなりなんなのって感じだったじゃない。怖かったぁ。」

「怖いのは貴女です。お客様の備えを何だと思っているのです?わたくしなら恐ろしくてあんな提案は出来ません。溜飲を下げて下さったハワードさんにこそ恩にきるべきでしょう」

「インシュアさん怖~い。‥‥で?結局どうなったの?」

「貴女には関係御座いません。ハワードさんはわたくしが担当する顧客。守秘義務がある以上サマンサさん。貴女に教える事は何一つ御座いません」


そう、サマンサは【担当販売員変更届】にサインして既に支店長の決済も終わっているのだ。ハワードはサマンサの顧客ではない。同僚だとはいえ個人の情報を簡単にやり取りしてはならないのだ。

「ま、いいわ。でも最初に転換させたのは私よ。歩合は頂くわ」

「ご心配なく。まだ2か月ですから解約も可能。歩合が乗せられる前で良かったわね」

サマンサは顎が外れたかと思うほどに口が開いたまま動けなかった。
しおりを挟む
感想 145

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。

ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」 夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。 元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。 "カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない" 「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」 白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます! ☆恋愛→ファンタジーに変更しました

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...