では、こちらに署名を。☆伯爵夫人はもう騙されない☆

cyaru

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第二章☆境界線(5話)

レモンは甘いか酸っぱいか

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架空、創作の話です。現実世界と混同しないようご注意ください。


◇~◇~◇

「では今日も一日をお客様の為に!」

ユズリッハ保険の王都西南支店長の大きなゲキが部屋の隅まで行きわたると「はいっ」と返事をする販売員たち。ここ1年ほど売り上げの首位を独走するインシュアの元にジェーンがやってきた。

「インシュアさん、ちょっといいかな?」

「申し訳ありません。今日は伺う約束のあるご契約者様がいますので」

「えっと…何時から?」

「14時に伺うお約束をしています。現在9時ですのであと5時間しかありません」

「フェッ??」



デスクで保険の見積書を契約内容確認シートのファイルに挟んでいるのだが、ジェーンが立ち去る様子はない。

「ジェーンさん。ここに立っているくらいならご契約者様にご機嫌伺いにでもでられたらどうです?こんな怪我じゃ給付金は出ないだろうなと思っているかも知れませんよ。小さな悩みを逃してはなりません」

「あの、途中まで一緒に行ってもいい?相談があるの」

「相談?私達は販売員です。相談はご契約者様や契約を考えてくださる方から受けるものです。いつ何時も受け答えできるよう日々商品への理解をするのが基本です」

「それが‥‥保険の事じゃないの。でも頼まれちゃって」

「自身で解決できないものを気安く引き受けたのは貴女。それを解決するのも貴女ではありませんか?」

「そうなんだけど、契約するからって言われちゃって…。ほらウチ、半年後に学院に入学するじゃない?お金が必要でかなりの大口を契約してくれそうだったから…つい…」

「ジェーンさん。入学するじゃない?と言われましてそうですかとしか言えません。事前に何の相談も報告もなかった話に同意を求めるのはおかしいと感じた事はありませんか?家族構成をわたくしが知っていたら気持ち悪くありませんか?」


インシュアは冷たいのだ。しかしこれもインシュアの処世術。
ヘタに首を突っ込むと碌なことにならない。インシュアには子供はいないが契約をしてくれている顧客からよく愚痴を聞かされることがあるのだ。
契約者様だけに無碍には出来ず、ベンジャーとの会話で培った「受け流し」を発動させてその場をやり過ごしている。







先日の事である。

「もう、聞いてよ」

「はい、お聞きいたします」

「ママ友でさぁ。ボス的な人がいるんだけど結構無茶ぶりしてくるの。でもね否定的な事を言っちゃうと除け者にされるんだよね。いや、私は良いの。私はね。除け者にされてもやっと解放されたぁってなるから良いんだけど、矛先が娘に向かうのよ。皆と遊んでても【あの子とお話しちゃダメ】みたいなことされちゃうのよ」

「そうですか」

「でね?大通りに雑貨店が出来たんだけど、そのボスママの子分Aがね、あ、ボス的な人にいつもベッタリなおべっかばかりいう人ね。断りは得てないわよ?私が勝手にそう言ってるだけなんだけど、【ワタクシ、24金はだめじゃない?】って聞かれたの。そんなん知るかって思ったんだけどそんな事言ったら大変だから、そうですねーって言ったの。だってさ、そこでそうですか?って言ったら、【私の事を何にも知らないのね】って言うのよ。知るかっての。旦那の事だって全部知ってるわけじゃないし、他人の事なんかもっと興味ないわよ」

「なるほど」

「そしたらね?その店の商品は王女殿下の監修だったのよ。で、それをボスママがね、子分Aと私が王女殿下を貶したって言うのよ。酷いと思わない?不敬罪とか言われちゃうし。雑貨店の品物可愛かったから幾つか買ったんだけど、【あら?24金はダメだったのでは?】なんて言われるし。私はダメなんて言ってなーい!あぁ~もぅ公園行くの止めようかな」

「それがよろしいかと」

その後も延々と続くボスママと愉快な仲間たちの愚痴。
解放されたのは3時間も後の事だったのだ。
愚痴を聞いたのはこのご夫人の御実家が孫に対して【敬老保険】を掛けてくれたからである。

敬老保険とはユズリッハ保険商会が独自で販売を開始した保険で、現金などを渡すと生前贈与とみなされる可能性がある富豪たちの為に販売された保険である。
主契約者が祖父母のどちらかで、被契約者が孫になるのだ。要は学資保険の主契約者が親ではなくジィバァになった保険だが満期の頃になるとジィバァの生存が危うい。6歳未満の子供が対象のため成人までは短くて15年、長い場合は20年である。金額もそこそこになるのだ。満期直前で被契約者の孫の保険に転換する事が出来るので相続や贈与の対象から外れるのだ。

この夫人が2人の他に、この夫人の兄となる息子の所に3人、この夫人の妹となる娘の所に2人。合計7人分を契約してくれているのでインシュアも愚痴に付き合ったのだ。




「お願い。インシュアさんしかもう頼る人がいないの」

「ジェーンさん。他人を頼る前にまず身内には相談をしたのですか?相談事を解決すれば契約という事は契約ではないのですから身内に相談できると思います」

「出来るわけないじゃない」

「身内にも相談できない事を他人に相談という選択肢こそわたくしは出来ません。あぁ9時半になってしまいました。準備もせねばなりませんのでこの辺で切り上げてくださいまし」

時計を見ていそいそと出かけていくインシュア。
しかし、ジェーンのお願いは図らずもインシュアも巻き込まれてしまうのだ。





◇~◇~◇

14:00

「フェオン未亡人。こんにちは。ユズリッハ保険商会のインシュアです」

「あぁよく来てくれたわ。さぁさぁ中に入って。ツィトローネンルラーデを用意してるわ」

「まぁ、そんな高価なお菓子。勿体ないですわ」

「まぁまぁ、インシュアさんに折り入って頼みがあるの。安いものよ」


こんな時、大抵は碌なお願いではない。タダほど高いものはないのだ。
いっぱしの保険販売員に豪華なロールケーキを普通は出さない。

「実はね…先日大伯父が亡くなってたの」

「それはお悔やみ申し上げます」

「いいのよ。ただ問題が起きちゃったのよ」

「ご契約を頂いていたのでしょうか?死亡保険金だけをご請求されてたという事ですか?」


よくいるのだ。
亡くなる前に病院に救急搬送をされて処置を受けたけれど亡くなってしまわれる方の中に、【入院給付金】を請求し忘れるご契約者様がいるのだ。退院という事にはならないが日帰り入院でも対応の場合は入院給付金も対象になるし入院御見舞金の対象になる事もある。
死亡保険金の金額が大きいのでうっかり請求をし忘れるご契約者様の遺族は多いのだ。
その上、インシュアが先輩から引き継いだ契約者様の中には見直しを一切されず昔のままの場合もある。その場合、入院御見舞金と言う名称ではなく退院お祝い金という名称の商品もある。
亡くなっているので【お祝い金?】と該当しないと勝手に判断する契約者様の遺族もいるのだ。


他にも病院が書いてくれる診断書の内容に大きく左右されるが、事故死亡の場合に死亡保険金が倍になる商品もある。例えば騎乗していた場合、亡くなって落馬したのか、落馬によって亡くなったのかで保険金の扱いが変わるのである。
遺族にしてみれば10万が20万ならまぁ仕方ないかで済ませる者もいるだろうが、1億が2億となれば訴訟に発展する事もある。

しかし、フェオン未亡人はその亡くなった大伯父はインシュアの顧客ではないだろうと言った。

「保険なんて掛けてるはずがないわ。借金だらけの博打王だったと聞いているもの。早々に勘当されたと聞いていたし、亡くなった主人も会った事があったかどうかも判らないってくらい疎遠中の疎遠だったのよ」


なんだか嫌な予感がするインシュア。
ツィトローネンルラーデの上にちょこんと乗せられているレモンの酸っぱさを誤魔化そうと一口食べたが甘いのか酸っぱいのかよく判らなくなっただけだった。

※結局聞き流し発動かぃっ!
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