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閑話③★ライアル伯爵家日記(2話)

審査中

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直前となったデヴュタント。

ヨハンの癇癪は酷くなるばかりで、昨夜は無理に部屋の扉を開けたのが悪かったようだ。
飛んできた花瓶に酷く頭をぶつけた上に、体が倒れた先でドアノブに後頭部が当たってしまった。
花瓶が当たった額は後頭部に比べれば打撲程度だか、ライアル伯爵は後頭部を7針を縫うケガとなりその処置の為に日頃は落ち武者の状態に残っていた髪を真後ろだけ剃らねばならなかった。
そこだけ髪がないというのは恥ずかしいため丸坊主になってしまった。

そして処置が終わり、医者が帰ったあと寝台で執事からまた頭が痛くなる事を聞かされた。

「まだなのか?」

「はい、問い合わせはしたのですが先月も今月も審査中との事です」

「不備があったとは思えないんだが‥‥だが日がない。明日にでもまた問い合わせてくれ」

「かしこまりました」







◇~◇~◇

以前は第二王子の側近護衛だったリンデバークは新しい部署に配属をされてそろそろ半年になろうとしていた。

1年半ほど前に第一王子が立太子し、王太子となった。国王の年齢から考えて即位まではそんなに間を置かないだろう。王弟となるのは第二王子でも第三王子でもなく、一つ飛ばして第五王子だ。

中にいる3人が不出来だったわけではない。むしろ出来が良すぎるため自らが臣籍降下をしたり、公爵家、侯爵家へ婿入りをする事を選んで、残ったのが第五王子だっただけである。

それまで離宮を住まいとしていた3人の王子は妃、子供らと共に新しい住処へと移っていった。王宮に勤めている文官たちが配置移動で引っ越しをする事になっても辞令が出て引っ越し完了まで1年はかからない。しかし王子となるとそう簡単に2、3か月で終わるわけではない。

目に見える荷物を運び出すだけではなく、時間がかかるのは目に見えないものを運び出す(移す)のに時間がかかるのである。それが1年と少しの時間をかけてやっと終わったため、第二王子の側近護衛という任を解かれたのだ。

新しい配属は第三騎士団の統括である。年齢も32歳になろうとしていたリンデバーグは未婚であるため、王族警備を担当する近衛騎士団、王宮警備を担当する第一騎士団、それに次ぐ第二騎士団で兵としている事は可能だったが上に立つ者としては妻帯者でないリンデバーグが就ける一番良い位置が第三騎士団の統括だった。
一般の会社でいう会長が国王なら王太子が社長、王弟が専務取締役で、その下に大臣や騎士団の総督が常務取締役のようなものだ。騎士団の中でも近衛、第一、第二が本部長で第三以下は部長のような立場となる。


しかし第三騎士団というのはリンデバーグにとっては非常~に都合が良かった。
比較的自由に動ける上に、高位貴族と低位貴族全般が見渡せると言って過言ではない。
ただ、何もかもが見える、話せる、聞けるではない。誰にだって隠しておきたい事はあるし言いたくない事もある。領地経営や貴族法、各種法に触れていなければ清廉潔白というものでもないが、嫌疑がない者を調べる事も出来ないのである。


デヴュタントの日があとひと月に迫った日。
リンデバークは総括室で執務を行っていた。それぞれの貴族の行いが法に、特に貴族法に触れていないかをチェックしていくのだが、ここ半年やっと落ち着いた椅子に腰を下ろせるかと思えば意外とせわしい。

特にここ2か月ほどはデヴュタントを控えた子女をもつ貴族達の報告書が上がってくるのだ。

「またか‥‥本当に多いな」

「今年はここ数年で二番目に多いと思います。王太子妃殿下が懐妊された翌年の人数が一番多かったですが、今年は第二王子殿下、第三王子殿下の今は公爵、侯爵になられておりますが、それぞれ王子妃殿下の懐妊が発表された翌年の子供ですからね。貴族は色々とそこに合わせてきますから」

王族と同じ年齢であれば学院で同級生となり、第二王子殿下以下の出生順でも高位貴族となるか王弟となるかである。男児が生まれればその側で側近として任命されれば将来は安泰、女児であれば学院で見初めて貰えば王子妃となり娘も優雅に暮らせる生活で実家もすくなからず恩恵に肖れる。
出来が良かったり、容姿端麗であれば兄である王太子殿下の側近やお相手にと声がかかる可能性もある。

ほとんどの貴族が王太子殿下の出生に合わせ、次には2人の王子の出生に合わせて子を作ったのだ。数も多くなるはずである。その上、親としてはそう言う考えがあるものだから子女たちの学院での成績もその学年だけ他国などから比べれば偏差値も高いのである。


パラパラとめくった報告書とデヴュタント参加申請書を付き合わせていく。
間違いがないか左右の指で項目を同時になぞり、リンデバークはゆっくりとチェックをしていく。
騎士団と言っても馬に跨り剣を振るだけではない。様々な報告の中から危険分子をあぶりだして事前に排除するのも仕事である。武で制圧するのではなく嫌疑がかかれば調査し爵位剥奪、財産没収、投獄をする事もある。


「ん?おかしいな‥‥」

「どうされました?なにか不備がありましたか?」

「ライアル伯爵家の‥‥ヨハン?こんな子は…」

リンデバーグは首を傾げた。実家の公爵家の公爵領はランス男爵領と領界を共にしている。
四方を公爵領が囲っているわけではないが、年齢が同い年であるインシュアと仲が良かったし、親同士も爵位を気にする事無く気の置けない仲だった。
なのでランス男爵領には、兄と共によく遊びに行っていたのがランス男爵領の中には該当する子はいなかったはずだ。


「あぁ、その子はライアル伯爵家の嫡男であるベンジャー氏に嫁いだ奥方の父のいとこの子供の子だそうですよ。田舎となればなかなか学院に限らず高度な教育が受けられないので可哀想だからと奥方に泣いて頼まれたベンジャー氏が3、4歳の頃から屋敷に呼んで一緒に住みながら現在は学院に通わせているそうです。

ベンジャー氏と奥方には結婚して7年になるのにまだ子供が居ませんからね。ライアル伯爵夫妻は本当の孫のようにそのヨハンと言う子を可愛がっているそうですよ。

貴族で子供を産まない妻や嫁は不遇な扱いをされるというのに、その奥方はよほど大事にされているんでしょうね。預かった子に手があまりかからなくなったからと、奥方は毎日のように劇団や大道芸、詩人などを屋敷に呼んで楽しんでいるそうですし、湯水の如くといいますかドレスや宝飾品を買っているそうです。いやぁそんな贅沢。とても妻にはさせてやれませんが金持ちは凄いですよねぇ」


リンデバーグは益々首を傾げた。ランス男爵家の全ての親戚を知っているわけではないし、既に亡くなっている母方の従姉妹の子供やランス元男爵の従兄弟の子供が別の領地にいると言うのはインシュアから聞いた事はある。そのいとこの子供が子供をもうけていればヨハンくらいの年齢の子供の存在は特に怪しいものではない。

しかしこのヨハンの生まれた年齢を考えると悩まざるを得ない。
まさにランス男爵家が困窮を極めていた時期に生まれた子なのだ。

「マルクスが学院の高等科に入った年に生まれた?」

マルクスが学園に通う事が決まった時、入学金や授業料、その他必要経費を前払いだったため苦しいにも関わらず、ランス男爵家は本当にささやかなお祝いの席を用意したのだ。
そこにリンデバーグは公爵家揃って対外的にはお忍びであるが参加をした。

その時に確かにランス元男爵と同じくらいの年齢の男性や女性も来ていた。
彼らの子女であろう子供も来ていて、兄や自分と同じくらいの年齢だったのは覚えているが、インシュアに聞いたのだ。

「話をしないのか?」

「挨拶はしたわよ。でも…こんな小さい頃にあっただけの叔父さん、叔母さんは覚えてないしその子供も今日が初対面。話をすると言っても天気の事か…領地の作物のことくらいよ」

「一応、来てくれたお礼はしたけど何を話していいか全然わからないんだ」

【こんな小さな頃】と手で示したのは親に付きまわる幼児を示す程の高さ。
つまり、同じ年代に見えた彼らとインシュア、マルクスは初めて会った者同士という事だ。
そんな薄すぎる関係の子供を預かるだろうか?まして王都に呼び寄せたのは結婚して直ぐという事であり、溺愛している次期伯爵がお邪魔虫とも言える子供を呼ぶのを許可するだろうか。
許可はしてももう少し後にして、今は夫婦水入らずを優先させないだろうか。

3、4歳と言えば親を追って可愛い時期だ。そんな年齢の子を彼らが勉強させてあげたいからと預けるだろうか。

確かに教育は必要である。しかし腑に落ちない点が多すぎる。

――父と弟を守ってくれと言った事に関係しているんだろうか――



「おや?やはりどこか不備がありましたか?」

「このランス男爵家とは父の代から懇意にしてるんだが、腑に落ちない点がある。もう一度審査に回してみてくれないか?そうだな‥‥添付は任意になっているが学院に通っているという事だから学院にも問い合わせて成績証明書を在学分添付するようにしてくれ」

「承知しました」



リンデバーグは溜息を一つ吐くと次の書類を手にしたまま小さく笑った。

――なるほどな。兄上の言った通り本当に外堀を埋めてきやがる――

部下の言った散財である。夜会の警備中に出会った時もだが、確かにインシュアは豪奢なドレス、宝飾品を身に着けていた。装いについて会場で何度かインシュアを見た事がある兄がその点について何も言ってなかった事を考えると伯爵夫人として相応しい装いだったという事だ。

保険の販売員をしているとインシュアはリンデバーグに言った。
あの時点なら散財しているという話を頭から鵜呑みにしただろう。

だが事実は違う。保険の販売員をしているのは本当だろうがあの装いは間違いなくインシュアが自分の腕一つで稼いだ金で買ったものだと断言できる。
稼いでなければ弟に山を買えと1億も出せるはずがないのだ。

わからないのは、以前は大人しい夫人だったのにとこの頃はあまりよくない噂もある。
兎に角散財をする次期夫人だという事だ。社交もせずに家からも出ないのに屋敷に劇団まで呼んで楽しんでいる。少々羽目を外しすぎなのでは?と言う者もこの頃は多いのだ。

それを否定もせずにそのままにしているのも合点がいかない。

――大事の前の小事という事かな――

リンデバーグは気持ちを切り替えて次の書類に目を通した。
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