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VOL:5 セルジオにとっての結婚

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翌朝セルジオが起きた時、家の中はいつもと何ら変わりがなかった。
基本が不定期な休日であるリシェルがセルジオや両親より先に起きて朝食の用意をする。セルジオが起きる頃にはもうリシェルが出勤しているのは日常の光景。


昨夜のリシェルにセルジオは寝台に潜り込んだ後も2時間程寝られなかった。


――まさか、バレているんじゃないよな――


両親が褒められたような人間ではない事は息子のセルジオ自身がよく判っている。しかしその両親がいなければ自由になる金が兄から貰えない。

リシェルもそのうち両親の扱い適当にやる術を覚えるだろうからと、やり過ごしてきた。

しかし両親との付き合いは「家族なんだし」が通用しても、リシェルの性格からして、許してもらえる事と絶対に許して貰えない事には明確な線引きがある。不貞行為はバレた事はないが、リシェルが嫌悪している事は知っていた。


知っていたのだがセルジオは兄のヨハネスから貰った金で恋人と逢瀬を重ねていた。
恋人はジャネスと言い、準男爵家の娘。

ジャネスとの付き合いはもう10年近くになり、リシェルよりも古い付き合い。
ただ結婚となるとジャネスは論外。考えた事も無かった。

美人で体の相性も抜群ではあるものの金使いは荒いし、セルジオが本当の繁忙期で会えない時は他の男と夜を過ごしている事は知っている。

セルジオがジャニスにその点を強く制約しないのは、セルジオもジャニス以外の女性を時々「抓んで」いるのもあるし、何よりセルジオはリシェルと結婚しているから。ただ、ジャニスとはでそれ以上ではない。

セルジオはリシェルと離縁をする気はさらさらないし、不貞行為は王宮で文官職である以上禁忌とされている行為のため、バレた時に減給や降格で済めば御の字。ほとんどは懲戒解雇になってしまう。だからジャニスに本気になる事はないし、ジャニスも男はセルジオだけではない。

ジャニスは節操が無く、托卵をされては堪らないが、後腐れ無く性欲を発散させたいときは相手をしてくれるし、美人で煽情的な肢体のジャネスを隣に歩けばすれ違う男達が指を咥えて羨ましがる。

男としての見栄となる自己顕示欲を十二分に満足させてくれる女性がジャニス。



リシェルの事を考えると頬が火照る。
ジャニスは性的な欲求を解消するために必要なのだが、セルジオにとってのリシェルは全てを超えていてその思いは病的だった。

リシェルにとっての「男」がセルジオのみだと言うことはセルジオの独占欲を大いに刺激する。だが、どうしてもリシェルを抱くのに抵抗がある。

ジャニスや他の女で穢れた自身をリシェルに繋げる事に気持ちが葛藤してしまうし、見慣れた子種を含んだ体液は性欲の成れの果てでリシェルに注ぐ事を躊躇ってしまう。

リシェルとの間に何時かは子供を、そう考えてはいるがまだ「父親」になる自信がない。正確には父親になるつもりがない。セルジオはリシェルの事を本気で愛しており、子供にすらリシェルが愛情を向ける事が許せなかった。

セルジオにとってリシェルは全てを超えた存在。

この頃では、困り顔のリシェルを見る事にも背筋がぞくぞくするし、強い物言いでしょげたリシェルに「ごめん」と項垂れると「仕方ないわね」と全てで包んでくれるような笑顔を向けられる事に言いようのない快感を感じていた。

子がいなければ事実婚に過ぎなくても、リシェルが他に愛を向ける事はそれで断ち切れる。リシェルの人生がセルジオのモノになる。それがセルジオの結婚と言う概念だった。





そんな暢気な事を考えていたのだが、セルジオはここにきて焦りを感じた。

ジャニスといれば楽しいし、バカをやっても周りにウケる。
昂ればそこに誰がいようが関係なくジャニスは受け入れてくれる。

リシェルは真逆で落ち着きたいときや、安らぎたいときに一緒に居たい女性でありセルジオの全て。


「ジャニスに会うのは止めた方が良いな」

用意された冷め切った朝食を食べながらセルジオは独り言ちた。


年齢も25歳になると、周囲が落ち着いてくる。それまで徹夜で酒を煽った仲間も結婚しバカをしていた時が嘘のような真面目な夫、父親になった者もいて、1人抜け、2人抜けとなり仲間も減った。

その上、10代後半のような無茶なもしなくなり、最近ではジャニスと酒場で落ち合って、時間宿で性欲を発散し帰宅する。そんなローテーションになっていて慣れなのか刺激が少なくなった。


さらに、昨夜ジャニスが今まで口にしなかった事をポツリと溢した。


「そろそろアタシもさ、結婚したいんだよね。子供もさ、1人…ううん2人とか連れたりとか面白そうじゃない?」


セルジオは「俺は既婚者だから無理だな」と笑ってごまかしたが、よく考えてみれば避妊についてはジャニス任せでセルジオは何も対策を取っていないと気が付いた。

ジャニスの言葉にセルジオはゾッとしたのだ。

何回目かの情事が終わった後、寝台で並んで気怠さを感じつつ呼吸を落ち着けている時、淫靡に歪んだ口元のジャニスを見てセルジオはジャニスと会うのは止めようとさえ考えていた。

そんな時に深夜リシェルの言葉。

上着のポケットから財布を抜き出せばまだこの月が始まって12日目なのにヨハネスからもらった30万の金は残り3万しかない。

「帰りにリシェの好きなケーキでも買ってくるか。いや、食事にでも連れ出すか。何処かに宿を取るのもいいな。1日くらい休んだところで問題もないだろうし、何よりリシェの機嫌を取っておかないとな」




しかし、連日リシェルから義両親との同居や、特に母親の「嫁いびり」のような言動を聞かされリシェルの我慢も限界に近い事もセルジオは感じていた。

セルジオは子爵家子息、リシェルは男爵家令嬢だがお互い家督を継ぐわけではないので貴族院への結婚の届けは必要がない。言ってみれば今は「事実婚」の状態で、両親への鬱憤をリシェルが爆発させれば離縁になるだろう。

勿論、ごねる事は出来るが事実婚である事は変わらず、所詮他人のまま。

しかし、子が出来ると扱いが変わる。家督相続つまり兄に子が出来ない若しくは兄の子が家督を継げない場合はセルジオの子供に権利が回って来るため、子供が生まれる事で家督相続をするものと同じように貴族院に「夫婦」として届ける義務が発生する。

「ま、今日は早めに帰ってでもするかぁ」

手についたパンくずをパンパンと叩いてセルジオは立ち上がった。


いつもの日常とは違う光景にセルジオは気が付かない。

床に落ちていた鍵を踏んでいれば気が付いたかもしれない。
いつものようにセルジオは庶務課に出勤していった。
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