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FINISHed
おまたせ明人
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いなくなった信之の本当の誕生日が来年で2回目を迎える。
その時間はあっという間で、あの時の私が夢にも見ていなかった現実になった。
明人「こんにちは。受け取りに来ました。」
私はMGR2号店で忙しそうにする綺咲さんをテイクアウト用の窓から声をかける。
綺咲「さっちゃん待ってたよ!はい、これが頼まれてた焼き菓子セット5種2セットね。」
と、綺咲さんは丁寧なラッピングがされている箱を見せてあの可愛いメリーゴーランドが描かれている紙袋に入れてくれた。
綺咲「お茶飲んでく?今ならソファー席空いてるよ?」
明人「いえ。これから織華にこの焼き菓子を渡しに行くのでまた今度お邪魔します。」
綺咲「分かった!またね。」
私は昔よりも忙しそうにイキイキと働いてる綺咲さんにまた尊敬の意を強めて、織華と待ち合わせしているここからバスで3駅の所にあるMGR1号店に行く。
明人「ただいま。」
雨瑞「あ!さっちゃんおかえりー。」
私はいつも通りこの1号店の店長になった雨瑞くんに声をかけて、織華といつも予約する角のソファー席に座り、ホットのフルーツティーを新しく加わったMGRのバイトさんにお願いする。
当時、MGRにいた高校生のめいちゃんは県外で就職が決まった。
もう1人のバイトさんだった浦田さんは私がここに来れない半年の間に辞めてしまって、今は何をしてるのか分からない。
雨瑞くんは実家脱却の資金が溜まったから辞めたと言ってたけど、今はどうしてるんだろうな。
私はみんなで紅葉を見に行った日のことを思い出しながら、雨瑞くんの新しい趣味で飾られた窓ガラスに貼られている紅葉のシールを眺めていると、その向こうに人影が見えた。
私はその人影に手を振り、手招きする。
明人「綺咲さんとこ行って、織華の焼き菓子ももらってきたよ。」
私はお腹が大きくなった織華に、持っていた焼き菓子セットを渡す。
織華「ありがとー!向大がクッキーはこれじゃないと嫌だって言って私が作ったの食べてくれないんだよね。」
と、信之がいなくなった次の日に生まれた向大くんは今年で4才になる。
わがままが多い男の子らしく、織華も晴大さんも手を焼いてるらしい。
雨瑞「お待たせ。フルーツティーだよ。」
「「ありがとう。」」
私はワンポットで先に頼んでいた2人でお気に入りのフルーツティーを織華と分け合う。
雨瑞「それにしてもお腹大きくなったね。元気パワーあげる。」
そう言って雨瑞くんは織華にパワーを送った後に、私にも送ってくれた。
織華「ありがとう。私もあげる。」
と言って織華は最近はまっているという手品で雨瑞くんにラムネを1つあげた。
雨瑞「すご!どうやるの?」
織華「私専用の魔法だから教えられないよ。」
雨瑞「えー。叶にしたい。」
織華「じゃあ教えてあげる。」
私はそんなマイペースな2人の手品講座を見ながら時間を過ごしていると、あっという間に電車に乗らないといけない時間になってしまった。
私は講座途中の2人に別れを告げて電車に乗り、1時間半以上立つのはもう疲れるので席に座ってサボっていた携帯の写真を整理しく。
すると、この間行った一季さんの披露宴が出てきて1人にやけてしまう。
あれから一季さんは大阪から東京に戻ってきて、新しい奥さんと出会ったと1年前の入籍後に電話で教えてくれた。
私は一季さんが家族になりたいと思う人とまた出会えてよかったなと、呼ばれた披露宴で一季さんの親友より号泣してしまってホワイトスーツの一季さんに軽く頭を小突かれた。
そんな一季さんは東京にある全ての店舗を統括しちゃうくらいすごい人になっていて雲の上に行っちゃったように感じたけれど、たまに私と10分の暇電をしてくれるので働いてない私にはとても嬉しい時間をくれる。
[終点、藤乃沢。藤乃沢。お降り際は忘れ物にご注意ください。]
バスより少し早い終点のアナウンスをするこの電車には1年に1度だけ利用している。
それはあのピカイチケーキを食べたくなってしまうから。
けど、頻繁に行ってたら太っちゃうし、怒られそうだから1年に1回、信之にあの指輪を貰った日に行く。
だから今日は手のむくみと脂肪で入らなくなった指輪をネックレスにつけて、一緒に最後のピカイチケーキを食べに行くの。
私は信之と一緒に住んでいた街にあった電車にとても似ている電車へ乗り換えて、あのカフェがある甲佐浜に向かう。
あの日、信之と最後のピカイチケーキと思ってなかったから食べさせてもらうのを忘れてたなと、まだ少し残ってる念を今日で全てなくすためにカフェの階段を登って息を整える。
ちょっと息切れする私は後で1人来ることを店員さんに伝えて角の席から1つ空けたテラス席に座り、ゆったりと夕日で煌めく海を眺める。
すると待ち合わせしてる人から電話がかかってきた。
明人「もう来てるよ。成くんいつ頃着きそう?」
私は自分の旦那さんになった成くんがいつも通り遅れてることを確信して、呆れながら聞いてみる。
成『今、高速乗ったんだけどなんか混んでるんだよね。』
明人「ど平日なのに?」
成『今日、祝日。電車に人いっぱいいたでしょ?』
私は一季さんの披露宴の写真に夢中になってて気がつかなかったけど、世間一般は休みで混み合ってたらしい。
…確かに、このカフェもいっぱいだったし、MGRも人がいっぱいいたかも。
明人「とりあえず、待ってるから。先に食べてるね。」
成『はーい。しっかり脚とお腹温めてね。』
明人「分かってる。じゃあまたあとでね。」
私は電話を切り、ずっと使ってる白いマフラーで織華と同じ大きさになったお腹にマフラーを軽く巻きつけて背もたれにかかっていたブランケットを膝にかけて体を保温する。
あれから少しもぐもぐノートを休んだ後、いつのまにかすくすくノートが手元に差し出された時は本当にお母さんになったんだなと感じた。
あっという間にお父さんになる成くんはあの日からずっと私のそばを離れなくて、全ての仕事を家でやりながら空っぽになった私にごはんと愛情をいっぱいくれた最高な旦那さん。
けど、それのせいで信之から貰った指輪はきつくなって子どもを身ごもってからは、むくんでつけられなくなってしまった。
でもその代わりに私の左手の薬指にはちょっと肉が浮く婚約指輪と当時緩く感じた結婚指輪がぴったりとはまっている。
私はその手で織華の子どもと同級生になる我が子がいるお腹を撫でながら、ピカイチケーキを一口食べる。
うん。この味。
まろやかな甘みがやっぱりピカイチだ。
私は去年ぶりに食べたピカイチケーキをゆっくりと味わいながら、ここに来て食べられる最後の時間を1人で過ごしていると満席の看板が出されているはずの階段下から1つの靴音が上がってくる音が聞こえる。
思ってたより早かったけど、成くんがいればもう寂しくて涙を堪えなくていいから大丈夫。
私は少しぬるくなったデカフェのホットティーを口に運び、今日でさよならする気持ちを胃に流す。
明人「…ばいばい。」
私はあの日言いそびれた言葉を誰にも届かないように口から漏らし、また一口飲んでソーサーの上にカップを置き、ケーキを食べ進めようとお皿に手を添えるとその手が握られた。
「お待たせ。」
私はその声とその手についてる懐かしいお守りの指輪を見て、留め具をつけ損ねた蓋が溢れる気持ちで空高く飛んで行った。
明人「…遅すぎ。なんで今なの?」
私は空けていた隣の角席に座る目尻にシワが少し出来てしまった信之を見て、このカフェで流せなかった涙が一気に流れる。
信之「ごめん。俺もずっと会いたかったけど、ダメだったんだ。」
明人「あいたいなら…、あおうよ…。」
信之「会ったら…、2人してダメになってたから…。」
そう言って信之は少し俯き、申し訳なさそうに笑顔を作る。
明人「だめになっていいよ。それでも信之といたいもん。」
信之「ううん。それじゃお互い呪いで殺されてた。」
明人「…いみわかんない。」
私は信之が握る手を強く握り返す。
信之「俺も、明人も、お互いのこと考え過ぎて、おかしなタイミングで泣いちゃってたからもう死にかけだったよ。」
そう言って信之は私の止まらない涙をもう1つの手で受け取り、目を合わせてくれた。
信之「俺だけだったらいいかなって思ってたけど、明人もそうなってたからだめなんだって思って離れたんだ。…寂しくさせてごめんね。」
信之は涙を拭いていた手を使って私の頭を優しく抱き寄せた。
信之「でも、明人は成紀さん。俺は拓治がいるからもう大丈夫。」
明人「…浦田さん?」
私は懐かしい名前に驚き、涙が止まった目で信之を見上げる。
信之「うん。俺が引っ越ししてるとこたまたま見られちゃって、そこから一緒に暮らしてる。」
明人「…ずるい。」
信之「俺からしたら成紀さんはもっとずるいよ。」
その言葉で信之と叶えたかった全部を叶えてくれた成くんとの思い出が全て蘇り、また涙が出てきてしまう。
信之「でも、これからは会えるから。オアシスさんとおやすみさんとして会おう。」
明人「なにそれ…。」
私は懐かしい単語と新しい単語が出てきて頭がこんがらがる。
信之「明人のこと、名前をちゃんと知る前はおやすみって言ってくれるいい人ってことで“おやすみさん”って呼んでた。」
明人「…なんか恥ずかしい。」
知らない過去がまた出てきて泣いてる暇がなくなった私は自分で涙を拭いて、信之の肩を抱き寄せる。
明人「もう、いなくならない?」
信之「うん。もういなくならないといけない理由はなくなったから明人のそばにちゃんといるよ。」
明人「うれしい…。」
信之「俺も嬉しい。」
私と信之はお互いを優しく抱き合い、そっと離れた。
信之「成紀さんがすぐそこの駐車場で待ってるから行こっか。」
明人「…成くん本当、嫌い。」
信之「俺は好き。」
明人「なんで。」
私は一口だけ残っていたピカイチケーキを食べて、膝に掛けていたブランケットを畳んで帰る支度をする。
信之「明人のずっとそばにいて大切にしてくれてるから。あんな人、どこで見つけたの?」
明人「…たしか、CLUB。」
信之「成紀さんは明人が働いてた仕事先の会場って言ってたけど。」
確か、結婚するときに親にそんなこと言ってたけど、作り話を信之に伝えないでよ。
本当嫌いだわ。
明人「嘘つき成くんだから。信之と私の出会い知って見え張ったんだよ。」
私はレジに行き、清算をしながら成くんの毒を吐く。
信之「でも、写真もらったよ?」
と、信之は私が入社したての時、一季さんに人気のないとこで喝を入れられてる写真を見せてきた。
明人「…盗撮。」
信之「そうだね。俺も思った。」
…けど、嘘じゃなかったんだ。
私が気づかない間に旦那さんと結婚式場を歩いてたなんて思わなかったな。
信之「明人は見つけやすいから好きだよ。」
そう言って信之は先に階段を数段降りて私に手を伸ばしてきた。
私は帰りがちょっと怖かった階段も信之に手を引いてもらい、安心して降りられた。
信之「昔も今もこれからも明人が好き。これは成紀さんに内緒ね。」
明人「分かってるよ。」
私はちゃっかりしてる信之がまだ好きで“よき”と思ってしまう。
明人「けど、聞かれたら言っちゃうかも。」
信之「…拓治の口癖じゃん。」
明人「浦田さんの受け売り。私、秘密事好きじゃないから。」
信之「言うんじゃなかった。」
と、信之は繋ぎっぱなしの手を緩めてしまう。
私はそれが嫌でしっかりと握る。
明人「私も信之が好き。あの時から気持ちが変わらないのは成くんに秘密ね。」
信之「言えないよ。旦那さんだもん。」
そう言って信之は私の手をしっかり握り返し、駐車場のそばまで来ると、足を止めた。
信之「結婚おめでとう。懐妊おめでとう。」
明人「遅いよ。でも、ありがとう。」
信之「これからはちゃんとその日にお祝いするからね。」
明人「うん。私も。」
そう約束して私と信之は繋いでいた手を離し、成くんが待つ帰りの車に乗り、自分たちの家に帰ってそれぞれの家族と一緒にごはんを食べて空っぽだったものを満たし終えた。
環流 虹向/エンディングノート
その時間はあっという間で、あの時の私が夢にも見ていなかった現実になった。
明人「こんにちは。受け取りに来ました。」
私はMGR2号店で忙しそうにする綺咲さんをテイクアウト用の窓から声をかける。
綺咲「さっちゃん待ってたよ!はい、これが頼まれてた焼き菓子セット5種2セットね。」
と、綺咲さんは丁寧なラッピングがされている箱を見せてあの可愛いメリーゴーランドが描かれている紙袋に入れてくれた。
綺咲「お茶飲んでく?今ならソファー席空いてるよ?」
明人「いえ。これから織華にこの焼き菓子を渡しに行くのでまた今度お邪魔します。」
綺咲「分かった!またね。」
私は昔よりも忙しそうにイキイキと働いてる綺咲さんにまた尊敬の意を強めて、織華と待ち合わせしているここからバスで3駅の所にあるMGR1号店に行く。
明人「ただいま。」
雨瑞「あ!さっちゃんおかえりー。」
私はいつも通りこの1号店の店長になった雨瑞くんに声をかけて、織華といつも予約する角のソファー席に座り、ホットのフルーツティーを新しく加わったMGRのバイトさんにお願いする。
当時、MGRにいた高校生のめいちゃんは県外で就職が決まった。
もう1人のバイトさんだった浦田さんは私がここに来れない半年の間に辞めてしまって、今は何をしてるのか分からない。
雨瑞くんは実家脱却の資金が溜まったから辞めたと言ってたけど、今はどうしてるんだろうな。
私はみんなで紅葉を見に行った日のことを思い出しながら、雨瑞くんの新しい趣味で飾られた窓ガラスに貼られている紅葉のシールを眺めていると、その向こうに人影が見えた。
私はその人影に手を振り、手招きする。
明人「綺咲さんとこ行って、織華の焼き菓子ももらってきたよ。」
私はお腹が大きくなった織華に、持っていた焼き菓子セットを渡す。
織華「ありがとー!向大がクッキーはこれじゃないと嫌だって言って私が作ったの食べてくれないんだよね。」
と、信之がいなくなった次の日に生まれた向大くんは今年で4才になる。
わがままが多い男の子らしく、織華も晴大さんも手を焼いてるらしい。
雨瑞「お待たせ。フルーツティーだよ。」
「「ありがとう。」」
私はワンポットで先に頼んでいた2人でお気に入りのフルーツティーを織華と分け合う。
雨瑞「それにしてもお腹大きくなったね。元気パワーあげる。」
そう言って雨瑞くんは織華にパワーを送った後に、私にも送ってくれた。
織華「ありがとう。私もあげる。」
と言って織華は最近はまっているという手品で雨瑞くんにラムネを1つあげた。
雨瑞「すご!どうやるの?」
織華「私専用の魔法だから教えられないよ。」
雨瑞「えー。叶にしたい。」
織華「じゃあ教えてあげる。」
私はそんなマイペースな2人の手品講座を見ながら時間を過ごしていると、あっという間に電車に乗らないといけない時間になってしまった。
私は講座途中の2人に別れを告げて電車に乗り、1時間半以上立つのはもう疲れるので席に座ってサボっていた携帯の写真を整理しく。
すると、この間行った一季さんの披露宴が出てきて1人にやけてしまう。
あれから一季さんは大阪から東京に戻ってきて、新しい奥さんと出会ったと1年前の入籍後に電話で教えてくれた。
私は一季さんが家族になりたいと思う人とまた出会えてよかったなと、呼ばれた披露宴で一季さんの親友より号泣してしまってホワイトスーツの一季さんに軽く頭を小突かれた。
そんな一季さんは東京にある全ての店舗を統括しちゃうくらいすごい人になっていて雲の上に行っちゃったように感じたけれど、たまに私と10分の暇電をしてくれるので働いてない私にはとても嬉しい時間をくれる。
[終点、藤乃沢。藤乃沢。お降り際は忘れ物にご注意ください。]
バスより少し早い終点のアナウンスをするこの電車には1年に1度だけ利用している。
それはあのピカイチケーキを食べたくなってしまうから。
けど、頻繁に行ってたら太っちゃうし、怒られそうだから1年に1回、信之にあの指輪を貰った日に行く。
だから今日は手のむくみと脂肪で入らなくなった指輪をネックレスにつけて、一緒に最後のピカイチケーキを食べに行くの。
私は信之と一緒に住んでいた街にあった電車にとても似ている電車へ乗り換えて、あのカフェがある甲佐浜に向かう。
あの日、信之と最後のピカイチケーキと思ってなかったから食べさせてもらうのを忘れてたなと、まだ少し残ってる念を今日で全てなくすためにカフェの階段を登って息を整える。
ちょっと息切れする私は後で1人来ることを店員さんに伝えて角の席から1つ空けたテラス席に座り、ゆったりと夕日で煌めく海を眺める。
すると待ち合わせしてる人から電話がかかってきた。
明人「もう来てるよ。成くんいつ頃着きそう?」
私は自分の旦那さんになった成くんがいつも通り遅れてることを確信して、呆れながら聞いてみる。
成『今、高速乗ったんだけどなんか混んでるんだよね。』
明人「ど平日なのに?」
成『今日、祝日。電車に人いっぱいいたでしょ?』
私は一季さんの披露宴の写真に夢中になってて気がつかなかったけど、世間一般は休みで混み合ってたらしい。
…確かに、このカフェもいっぱいだったし、MGRも人がいっぱいいたかも。
明人「とりあえず、待ってるから。先に食べてるね。」
成『はーい。しっかり脚とお腹温めてね。』
明人「分かってる。じゃあまたあとでね。」
私は電話を切り、ずっと使ってる白いマフラーで織華と同じ大きさになったお腹にマフラーを軽く巻きつけて背もたれにかかっていたブランケットを膝にかけて体を保温する。
あれから少しもぐもぐノートを休んだ後、いつのまにかすくすくノートが手元に差し出された時は本当にお母さんになったんだなと感じた。
あっという間にお父さんになる成くんはあの日からずっと私のそばを離れなくて、全ての仕事を家でやりながら空っぽになった私にごはんと愛情をいっぱいくれた最高な旦那さん。
けど、それのせいで信之から貰った指輪はきつくなって子どもを身ごもってからは、むくんでつけられなくなってしまった。
でもその代わりに私の左手の薬指にはちょっと肉が浮く婚約指輪と当時緩く感じた結婚指輪がぴったりとはまっている。
私はその手で織華の子どもと同級生になる我が子がいるお腹を撫でながら、ピカイチケーキを一口食べる。
うん。この味。
まろやかな甘みがやっぱりピカイチだ。
私は去年ぶりに食べたピカイチケーキをゆっくりと味わいながら、ここに来て食べられる最後の時間を1人で過ごしていると満席の看板が出されているはずの階段下から1つの靴音が上がってくる音が聞こえる。
思ってたより早かったけど、成くんがいればもう寂しくて涙を堪えなくていいから大丈夫。
私は少しぬるくなったデカフェのホットティーを口に運び、今日でさよならする気持ちを胃に流す。
明人「…ばいばい。」
私はあの日言いそびれた言葉を誰にも届かないように口から漏らし、また一口飲んでソーサーの上にカップを置き、ケーキを食べ進めようとお皿に手を添えるとその手が握られた。
「お待たせ。」
私はその声とその手についてる懐かしいお守りの指輪を見て、留め具をつけ損ねた蓋が溢れる気持ちで空高く飛んで行った。
明人「…遅すぎ。なんで今なの?」
私は空けていた隣の角席に座る目尻にシワが少し出来てしまった信之を見て、このカフェで流せなかった涙が一気に流れる。
信之「ごめん。俺もずっと会いたかったけど、ダメだったんだ。」
明人「あいたいなら…、あおうよ…。」
信之「会ったら…、2人してダメになってたから…。」
そう言って信之は少し俯き、申し訳なさそうに笑顔を作る。
明人「だめになっていいよ。それでも信之といたいもん。」
信之「ううん。それじゃお互い呪いで殺されてた。」
明人「…いみわかんない。」
私は信之が握る手を強く握り返す。
信之「俺も、明人も、お互いのこと考え過ぎて、おかしなタイミングで泣いちゃってたからもう死にかけだったよ。」
そう言って信之は私の止まらない涙をもう1つの手で受け取り、目を合わせてくれた。
信之「俺だけだったらいいかなって思ってたけど、明人もそうなってたからだめなんだって思って離れたんだ。…寂しくさせてごめんね。」
信之は涙を拭いていた手を使って私の頭を優しく抱き寄せた。
信之「でも、明人は成紀さん。俺は拓治がいるからもう大丈夫。」
明人「…浦田さん?」
私は懐かしい名前に驚き、涙が止まった目で信之を見上げる。
信之「うん。俺が引っ越ししてるとこたまたま見られちゃって、そこから一緒に暮らしてる。」
明人「…ずるい。」
信之「俺からしたら成紀さんはもっとずるいよ。」
その言葉で信之と叶えたかった全部を叶えてくれた成くんとの思い出が全て蘇り、また涙が出てきてしまう。
信之「でも、これからは会えるから。オアシスさんとおやすみさんとして会おう。」
明人「なにそれ…。」
私は懐かしい単語と新しい単語が出てきて頭がこんがらがる。
信之「明人のこと、名前をちゃんと知る前はおやすみって言ってくれるいい人ってことで“おやすみさん”って呼んでた。」
明人「…なんか恥ずかしい。」
知らない過去がまた出てきて泣いてる暇がなくなった私は自分で涙を拭いて、信之の肩を抱き寄せる。
明人「もう、いなくならない?」
信之「うん。もういなくならないといけない理由はなくなったから明人のそばにちゃんといるよ。」
明人「うれしい…。」
信之「俺も嬉しい。」
私と信之はお互いを優しく抱き合い、そっと離れた。
信之「成紀さんがすぐそこの駐車場で待ってるから行こっか。」
明人「…成くん本当、嫌い。」
信之「俺は好き。」
明人「なんで。」
私は一口だけ残っていたピカイチケーキを食べて、膝に掛けていたブランケットを畳んで帰る支度をする。
信之「明人のずっとそばにいて大切にしてくれてるから。あんな人、どこで見つけたの?」
明人「…たしか、CLUB。」
信之「成紀さんは明人が働いてた仕事先の会場って言ってたけど。」
確か、結婚するときに親にそんなこと言ってたけど、作り話を信之に伝えないでよ。
本当嫌いだわ。
明人「嘘つき成くんだから。信之と私の出会い知って見え張ったんだよ。」
私はレジに行き、清算をしながら成くんの毒を吐く。
信之「でも、写真もらったよ?」
と、信之は私が入社したての時、一季さんに人気のないとこで喝を入れられてる写真を見せてきた。
明人「…盗撮。」
信之「そうだね。俺も思った。」
…けど、嘘じゃなかったんだ。
私が気づかない間に旦那さんと結婚式場を歩いてたなんて思わなかったな。
信之「明人は見つけやすいから好きだよ。」
そう言って信之は先に階段を数段降りて私に手を伸ばしてきた。
私は帰りがちょっと怖かった階段も信之に手を引いてもらい、安心して降りられた。
信之「昔も今もこれからも明人が好き。これは成紀さんに内緒ね。」
明人「分かってるよ。」
私はちゃっかりしてる信之がまだ好きで“よき”と思ってしまう。
明人「けど、聞かれたら言っちゃうかも。」
信之「…拓治の口癖じゃん。」
明人「浦田さんの受け売り。私、秘密事好きじゃないから。」
信之「言うんじゃなかった。」
と、信之は繋ぎっぱなしの手を緩めてしまう。
私はそれが嫌でしっかりと握る。
明人「私も信之が好き。あの時から気持ちが変わらないのは成くんに秘密ね。」
信之「言えないよ。旦那さんだもん。」
そう言って信之は私の手をしっかり握り返し、駐車場のそばまで来ると、足を止めた。
信之「結婚おめでとう。懐妊おめでとう。」
明人「遅いよ。でも、ありがとう。」
信之「これからはちゃんとその日にお祝いするからね。」
明人「うん。私も。」
そう約束して私と信之は繋いでいた手を離し、成くんが待つ帰りの車に乗り、自分たちの家に帰ってそれぞれの家族と一緒にごはんを食べて空っぽだったものを満たし終えた。
環流 虹向/エンディングノート
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