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本編
【ただいまの門出】54.夏空の下で理想を語る
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夏空が鮮やかな休日。湖の畔に来ていた。
夏といっても、山のここは涼しく過ごしやすい。石ばかりの岸辺を視線で辿って行くと、網を手入れする漁師が見える。
冬の寒い時期以外は、料理のときくらいしか火を焚かない。冬に備えて薪を蓄えておくのだ。
したがって、風呂は昼間の暖かい時間帯に水浴びで済ませる。この辺りは、山に染み込んだ雪解け水が再び地上に湧き出た透明度の高いものなのだが、いきなり浸かると身が縮む思いがする程に冷たい。
抜け毛やらなにやら水底に溜まらず流れていくからという理由で川でするのが鉄則。水浴び後、川べりを歩いて湖に出てきていた。大きめの石を椅子変わりに、日光で濡れた体を乾かしつつ、ラフィの趣味の一つである釣りに付き合う。
火に掛けた鍋に湯と芋の粉を練ったマッシュボテトに、来る途中で買ったチーズとその辺に生えているハーブを少し加える。今日の昼食はこれと、マッシュボテトを作る前に淹れたハーブティー、ラフィが釣った魚の塩焼きだ。この時期、ハーブはあちこち生え放題だから、好きなだけ使える。
秋になればこれらを茎ごと刈り取り、束になったものが家々の窓辺に吊る下がっている光景をよく目にする。干して乾燥させ、冬場のお茶や料理に使うのだ。
串に刺した魚もこんがりと焼き目がいい具合になった。そろそろ食べ頃か。
「ラフィ、昼食にしよう」
上半身裸で岩の上に座り込み、釣り糸を垂れていたラフィがこっちへ来た。
魚は四匹。丁度、二匹ずつ。
皮目がパリッと、中はふっくら焼け、いい塩加減に出来た。
「シンプルが一番美味い」
「シンプルでも手間は掛かります。内臓をとって、串に刺して、火に近すぎても表面が焦げて身が固くなる、遠くてもなかなか焼けない。串打ちがあまいと身が崩れることもある」
「ミラの愛情が入っているから美味いのか」
言いたいことと違うのだが。嬉しそうにしているし、まあいいか。
「竿、引いています」
ラフィが猫みたいに魚を咥えて岩の上へ上り、竿を上げた。傍へ帰ってきて、籠に釣り上げた獲物を入れる。
「おめでとうございます。本日、二桁目のロブスターだ」
「どう見てもザリガニだろう」
「淡水ロブスター」
「小さいロブスターだな」
「今夜は、ニョッキとザリガニの身を合わせたクリームパスタか、それとも、シンプルに茹でて食べるか、どっちがいいですか」
「茹で」
「なら、もっと釣ってください」
「効率が悪い。ザリガニなら、籠を仕掛けて置くのがいい」
「それはもう、漁師では」
木のボウルに盛ったマッシュボテトをスプーンで一口運ぶ。チーズでよりクリーミー、滑らかで腹にたまるもったりした舌触りでありながら、ハーブが爽やかに香るおかげで重さはさほど感じない。
「ミラ、家はどうする。買うか? 建てるか?」
「二人だけなので、あまり大きくないもので」
「店は? ミラは料理が好きだろう」
新築で建てるとしても、金貨三五〇枚もあれば充分なものが建つ。理想を詰め込んでも金の心配はない。
そもそも、家を建てるかどうか。建てるとなると、新しい家に移り住む頃には屋敷を辞めることになる。
「建てるにしても、場所をどうするか。店を始めるなら、近所で競合しないところですか。コミュニティの狭い町では、回りへの配慮とコミュニケーションも大事になってくる」
「建物は小さくても、冬場の食糧の為に鶏と羊は飼おう。地下の食糧庫は沢山備えて置けるよう、大きくする。雪で外に出られなくても大丈夫なように、屋敷みたいに、動物小屋と倉庫を地下通路で繋げる」
「だったら、一つの建物にして、壁とドアで住居と区切って中から行き来できた方が雪下ろしが楽だ。あと、キッチンガーデンがあるといいですね」
「食糧をネズミから守る為の猫や、畑を荒らすウサギから守る犬も必要か。馬も二頭欲しい。たまには二人で遠乗りしよう」
「馬は借りればいいのでは。二人で暮らすのだから、世話が大変になる」
「それもそうか」
「店もいいですが、町から少し離れた森の中に小屋を建てて静かに暮らすのもいい」
「人目を気にせず、のんびり出来るな。だけど、いいのか?」
「食事を提供したいのなら、自分の店でなく、何処かの食事処で働いても構いません。だけど、森の中だと雪が降る冬場は完全に孤立する」
何かあったとき、人の手を借りられないのが難点だ。
この町に定住すると決めたのだ、長く住める家を、安心して暮らせる快適な環境を手に入れたい。ただでさえ大きな買い物だ、妥協はしたくない。暫くは互いの理想を語って、可能かどうか、無理が無いかと、具体的に詰めていく作業になるだろう。
魚三匹とザリガニ一一匹を、植物の蔓で編んだ籠に入れて持ち帰る。それから、森を散策するついでに、ラフィが獣用の罠を仕掛け、夕方には屋敷へ帰った。
猟師か。
茹でて食べる分には少ないザリガニは、結局、ザリガニと灰汁抜きしたホウレン草を使ったクリームソースニョッキになった。
夏といっても、山のここは涼しく過ごしやすい。石ばかりの岸辺を視線で辿って行くと、網を手入れする漁師が見える。
冬の寒い時期以外は、料理のときくらいしか火を焚かない。冬に備えて薪を蓄えておくのだ。
したがって、風呂は昼間の暖かい時間帯に水浴びで済ませる。この辺りは、山に染み込んだ雪解け水が再び地上に湧き出た透明度の高いものなのだが、いきなり浸かると身が縮む思いがする程に冷たい。
抜け毛やらなにやら水底に溜まらず流れていくからという理由で川でするのが鉄則。水浴び後、川べりを歩いて湖に出てきていた。大きめの石を椅子変わりに、日光で濡れた体を乾かしつつ、ラフィの趣味の一つである釣りに付き合う。
火に掛けた鍋に湯と芋の粉を練ったマッシュボテトに、来る途中で買ったチーズとその辺に生えているハーブを少し加える。今日の昼食はこれと、マッシュボテトを作る前に淹れたハーブティー、ラフィが釣った魚の塩焼きだ。この時期、ハーブはあちこち生え放題だから、好きなだけ使える。
秋になればこれらを茎ごと刈り取り、束になったものが家々の窓辺に吊る下がっている光景をよく目にする。干して乾燥させ、冬場のお茶や料理に使うのだ。
串に刺した魚もこんがりと焼き目がいい具合になった。そろそろ食べ頃か。
「ラフィ、昼食にしよう」
上半身裸で岩の上に座り込み、釣り糸を垂れていたラフィがこっちへ来た。
魚は四匹。丁度、二匹ずつ。
皮目がパリッと、中はふっくら焼け、いい塩加減に出来た。
「シンプルが一番美味い」
「シンプルでも手間は掛かります。内臓をとって、串に刺して、火に近すぎても表面が焦げて身が固くなる、遠くてもなかなか焼けない。串打ちがあまいと身が崩れることもある」
「ミラの愛情が入っているから美味いのか」
言いたいことと違うのだが。嬉しそうにしているし、まあいいか。
「竿、引いています」
ラフィが猫みたいに魚を咥えて岩の上へ上り、竿を上げた。傍へ帰ってきて、籠に釣り上げた獲物を入れる。
「おめでとうございます。本日、二桁目のロブスターだ」
「どう見てもザリガニだろう」
「淡水ロブスター」
「小さいロブスターだな」
「今夜は、ニョッキとザリガニの身を合わせたクリームパスタか、それとも、シンプルに茹でて食べるか、どっちがいいですか」
「茹で」
「なら、もっと釣ってください」
「効率が悪い。ザリガニなら、籠を仕掛けて置くのがいい」
「それはもう、漁師では」
木のボウルに盛ったマッシュボテトをスプーンで一口運ぶ。チーズでよりクリーミー、滑らかで腹にたまるもったりした舌触りでありながら、ハーブが爽やかに香るおかげで重さはさほど感じない。
「ミラ、家はどうする。買うか? 建てるか?」
「二人だけなので、あまり大きくないもので」
「店は? ミラは料理が好きだろう」
新築で建てるとしても、金貨三五〇枚もあれば充分なものが建つ。理想を詰め込んでも金の心配はない。
そもそも、家を建てるかどうか。建てるとなると、新しい家に移り住む頃には屋敷を辞めることになる。
「建てるにしても、場所をどうするか。店を始めるなら、近所で競合しないところですか。コミュニティの狭い町では、回りへの配慮とコミュニケーションも大事になってくる」
「建物は小さくても、冬場の食糧の為に鶏と羊は飼おう。地下の食糧庫は沢山備えて置けるよう、大きくする。雪で外に出られなくても大丈夫なように、屋敷みたいに、動物小屋と倉庫を地下通路で繋げる」
「だったら、一つの建物にして、壁とドアで住居と区切って中から行き来できた方が雪下ろしが楽だ。あと、キッチンガーデンがあるといいですね」
「食糧をネズミから守る為の猫や、畑を荒らすウサギから守る犬も必要か。馬も二頭欲しい。たまには二人で遠乗りしよう」
「馬は借りればいいのでは。二人で暮らすのだから、世話が大変になる」
「それもそうか」
「店もいいですが、町から少し離れた森の中に小屋を建てて静かに暮らすのもいい」
「人目を気にせず、のんびり出来るな。だけど、いいのか?」
「食事を提供したいのなら、自分の店でなく、何処かの食事処で働いても構いません。だけど、森の中だと雪が降る冬場は完全に孤立する」
何かあったとき、人の手を借りられないのが難点だ。
この町に定住すると決めたのだ、長く住める家を、安心して暮らせる快適な環境を手に入れたい。ただでさえ大きな買い物だ、妥協はしたくない。暫くは互いの理想を語って、可能かどうか、無理が無いかと、具体的に詰めていく作業になるだろう。
魚三匹とザリガニ一一匹を、植物の蔓で編んだ籠に入れて持ち帰る。それから、森を散策するついでに、ラフィが獣用の罠を仕掛け、夕方には屋敷へ帰った。
猟師か。
茹でて食べる分には少ないザリガニは、結局、ザリガニと灰汁抜きしたホウレン草を使ったクリームソースニョッキになった。
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