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本編

【ただいまの門出】55.青天の霹靂

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 休日二日目は、ロバと荷馬車を借りてバスケットと飲み物、敷物を積み、午前中は山の花畑に出掛けた。森の先にある町を見下ろして食事をし、ゆったり過ごす。涼しい山の上でも、日向でじっとしてると暑くなってくる。
「何もしないと退屈だ」ラフィがすぐに飽きた。
 最初は立派な山ヤギの姿にはしゃぎ、夏の鮮やかな景色を楽しんでいたのだが。
「本でも持ってくればよかったですね。そろそろ降りるか」
「昨日仕掛けた罠を見たい」
 そう言いつつ、下り始めて暫くもしない内に、野イチゴの群生地を見つけ、摘み取りに熱中した。綺麗な景色より、体を動かすレジャーの方がラフィには楽しいようだ。空になったバスケットいっぱいにクサイチゴを詰めた。
「ジャムにするのか」
「そうだな……チーズケーキを焼いてソースにしてもいいし、肉料理でもいい。けど、沢山あるので久しぶりにパンでも焼きますか。野イチゴを発酵させて酵母にするので、パンが食べられるのは六日後です」
「パン一つに六日か」
「待っているのも楽しいだろう。条件によって、失敗することもある。上手く発酵しているかどうか、酵母の発酵が終われば、パン生地にして。オーブンに入れて膨らんでくれるか。焦がしたら、元も子もない」
 じっくりと育てるのは嫌いじゃない。思い通りにならない結果も、それはそれでいい経験だ。
 荷馬車が坂道で転がって行かないよう後ろで支えながら、ロバを引いて前を行くラフィを見る。
「ラフィが釣り糸を垂れたり獣の罠を仕掛け、掛かるのを待つことと同じです。全く掛からないこともあれば、大物が掛かることもある。失敗しても、成功しても、それを待っている過程も楽しいでしょう」
「釣りも罠も六日も掛けないが……わかるような、わからないような」
 
 森の仕掛けには、獲物が掛かっていた。ウサギ二羽に、大きなイノシシ一頭。かなり良い成果に、ラフィもご満悦だ。それらは、工場に持って行って解体してもらう。
 解体を待っている合間、汗を流しに川へ向かうと、農夫たちが先に居た。食堂で働いていた頃の常連の顔もある。
「おっ。女神と一緒か」
「水辺だから人魚だろ」
 水浴びをしていた連中が茶化してくる。
「褒めても何も出ませんよ」
「出るぞ。今ならイノシシ肉が。だから、思う存分、褒めろ」
 平たい胸を張って、突然ラフィが言い出した。
「長い黒髪が濡れると太陽で輝いて、今日のミラは妖精みたいでまた一段と魅力的だ」
「よし、ばら肉」
「やった!」
 水しぶきを上げて、喜ぶ農夫。
 なんだ、この、突然始まった茶番劇は。
 呆れる俺に対し、水に浸かって仁王立ちで腕を組むラフィは満足げだ。
 しかし、詩のような歯の浮く台詞を、現実で恥ずかしげもなくよく言えるな。本を書いた方がいいんじゃないのか。
 町の連中は、本人を褒めるのではなく、俺を褒めればラフィが喜ぶことを知っている。
 ラフィの喜ばせ方は知っていても、肉欲しさにダシに使われる俺の微妙な心情を察する奴は居ないのか。実害は無いのだから、別に構わないけれども。
「ミラは色白で肌がたまのように美しいです」
「いつもだぞ。お前はスネ肉」
「シケてんな」
「美人で気づかいが出来て、性格がいいミラに似合う男は、腕っぷしの強いラフィしか居ない」
「ロース肉」
「うっし!」
「同性でも惚れる」
「石で食ってろ。ミラは俺のだ」
「ひでぇ」
 ゲラゲラと笑い合う。
 悪乗り連中の戯れ言が俺の頭上を飛び交い、ラフィは間接的に惚気て上機嫌。いい感じにイノシシ肉が半身、捌けたところで連れ立って工場に向かい、肉を分け合った。
 残りの肉は屋敷の使用人たちに振る舞うとして。メニューは、ばら肉は骨付きで塩やハーブを混ぜたヨーグルトに漬け込んでオーブンで焼き、クサイチゴのソースを添えたステーキと、頬肉とタンはワインで煮てシチューに、ウサギ肉はジャガイモとパイにして、デザートは山で言っていたチーズケーキ。肉尽くしのなかなか豪勢な食卓だ。もも肉をリグが世話をしている番犬に分けてもいい。
 クサイチゴは保存用にジャムにして、スジ肉は後日煮よう。イノシシのレバーも切って水にさらして血抜きをし、心臓や他の内蔵も処理をして……。頭の中で計画を立る。料理のし甲斐がある収穫物だ。
 気楽に過ごした休日の二日だった。

 次の日からは以前のように、旦那様についてお世話をする。
 自警団へ剣の稽古をつけて帰ってきたラフィが何故か呼ばれた。
「二人に話がある」
 神妙な面持ちで告げられ、いつもとは違う雰囲気に身を引き締める。
 早くも雇用解雇か、預けた金の話か、それとも他の予期せぬトラブルか。話によっては、町を追い出されるのではないかと身構えた。
 旦那様が不意に笑った。
「そう固くなるでない。年寄りの頼みごとじゃ」
「ジジイが神妙にするからだろう。で、何だ?」
「単刀直入に言う。ミラ、ラフィの両名をコナ家の養子に迎えたい」

 唐突な申し入れに、二人で顔を見合わせる。自分で思うのもなんだが、何処の国から来たのかもわからない人間を養子だなんて。
「カトラリーと扱い方、食べ方一つ見ても、ちゃんとした教育をされた立場だった者だとわかるが、外国の、こんな田舎に住もうというのじゃ。訳があるくらい察する。じゃが、詳しくは聞かん。お前たちにも国を捨てなければならなかった事情があるのじゃろう」
「そこまでわかっていて、何故俺たちを養子に?」
「正直、冬にこの町を出て行ったとき、もう帰って来ないのではないかと思っておった。じゃが、帰ってきた。貿易船への投資の話を聞き、確信した。本気でこの町に定住する気でいるのじゃと」

 確かに、何年掛かるかわからない貿易船へ投資したのだから、この国に永住する覚悟はある。気まぐれに、ラフィが旅に出たいと言わない限りは。
「この町に定住することと、ジジイの養子になることは別の話だろう」
 ラフィの言うとおりだ。
 コナ家の養子になるということは、コナ家の広大な土地や財産をいずれ相続するということ。それがなぜ俺たちなのか。出自不明の外国人よりも、もっと安心して任せられる人間が居るのではないか。
「ゼラ・パムという投資家の計らいで、ウチの羊毛製品を輸送船に乗せて貰うことになった。元々、毛布やウチの生地が使われたジャケットを愛用しておって、興味があったという話じゃ」
「ヤガの報告か。それがどうした」
「ヤガとゼラ・パムを引き合わせたのは、小僧が言い出したものじゃろう」
 あのとき、ラフィが「殴ってやればいい」と絵画お披露目パーティーの提案をしなければ、ゼラ・パムと会わずにヤガはここへ帰ってきていただろう。
「たまたまだ」
「冬に、ミラの編んだセーターを着て商人の前に出なければ、今もグレーの毛糸は売れ残っていた」
「それも、たまたまだ」
「蚤の市で、絵画を見つけお前さんが買わなければ、その価値もわからないままだった」
「……偶然だろう」
「偶然、たまたまじゃろうな。じゃが、お前はそういう星の巡り合わせに生まれたのでは。商人の中には、そういう者がたまに居るんじゃ。商運とでも言おうか」
「ヤガさんにも、前に言われたことがあります」
「運なんて不確かなものに頼られても困る」
 ラフィの言い分は最もだ。
 運がいいといって、神頼みに頼るにはキギ・コナの財力は大きすぎる。転んだとき、運が悪かったでは済まされない。
「運だけで二人を養子にしようなんて思っとらん。偶然価値のある物に遭遇しても、それを買わなければ話にならない。運が目の前にあって、不確かな運を掴みに行く度胸がラフィにはある。己と価値観を信じ、迷わず掴み取る能力じゃ。のんびり考えていては、逃す商機もあるからの。
 それに、売れる商品の情報を得ていても、肝心の商品を手に入れる運がなければ商売にならん。そのどっちも小僧には備わっておると、ワシは見ておる」
 ラフィを傍から見ている俺でも、買い被りすぎだと否定できない。実際、旅の途中でも、蚤の市でガラクタを買い、骨董屋に持って行って売り、どっちが高く売れるか、なんて遊びをたまにやっていた。
 今回と絵画のような高額になることは無かったし、買い値よりも安くなることもあったが、ラフィがガラクタの中から見つけたものは、その日の昼食代くらいの利益を上げるときがよくあった。
 ラフィを主人と慕う俺の欲目かとも思ったが、様々な国で様々な物を見て、キャラバン隊の用心棒として多くの商人たちと交流し、商人同士がしている話や取り引きを見聞きし、物を引き寄せ価値を見極める才能が、旅して間に育っていたのかもしれない。
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