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本編

【都市へ】14−後.連れて行けません

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 俺が旅に出ると、旦那様の補助をする使用人が居なくなるのだが、冬場で畑仕事のできない農家の三男を、期間限定で雇って解決した。
 ラフィとの関係は膠着状態で、準備の方は順調に進み、予定通り出立の日を迎える。
 向こうから何もしてこないのだから、俺から行動を起こしてやるつもりもなかった。駄々をこねて来ないだけ、楽。

 商隊は、一組が馬ソリ五台で編成され、全部で六隊に分けて出発する。辺りが明るくなった頃の早朝と昼、一日に二隊が出る。俺が配属されたのは最終の商隊。用心棒兼キギ・コナの屋敷からの関係者という立場だった。

 使用人仲間が仕事中、午前の閑散とした談話室で早い昼食を摂る。会話は一切なくても、いつもラフィと一緒だったから、一人でゆっくり食事をするのも久しぶりだ。自分で作った、よく知った自分の味。別段、味わって食べるものでもない。
 今日の分だけは、ラフィの分も作り置きしてある。後で、他の使用人たちと一緒に昼食を摂るだろう。

 食器を片付け、羊の毛皮と羊毛の生地の二重になった分厚い外套を着こんだ。庶民でも手に入れられる金額なのに、暖かく上等な外套なのだが、いかんせん色がワインレッドと派手。これでも、この町で手に入る外套の中では地味な方だ。

 耳が凍傷にならないよう、フードを被ってしっかり防寒し、荷物の最終確認。
 いつもなら二人分の身支度。今回は一人分で、早々に終わってしまった。完璧に旅支度を整えた。なのに、出立前でありながら、忘れ物をしたような心もとない気分になる。

 心残りなら、無視を決め込むラフィが元凶だとわかっていた。だからといって、連れて行けない。飼い犬ならまだしも、仕事のある大の男を無責任に連れ出す訳にはいかない。

 このまま、声を掛けずに出たほうがいい。

 町の入り口には、工場や屋敷で働く使用人、商隊に参加したメンバーの家族や関係者の他、一般の町の人間の姿がある。半年会えなくなるのだ、雪が降っているにも関わらず、別れを惜み見送りに出てくる。

 見送る人たちの中に、表情の硬いラフィの姿もあった。背丈は群衆に埋もれそうなのに、仁王立ちで一心不乱に俺だけを見てくるのは、やたらと目立つ。
 珍しい青い髪色のせいばかりではなく、物々しい雰囲気まで醸し出し、全身全霊で「不服」を表していた。そのせいで、怒れる猛獣から距離をとるかの如く、周りに空間すら出来ている。
 無闇に近寄る者がいれば、いきなり殴り掛かりそうな。

 このところまともに会話をしていないどころか、寝るときすら背中合わせで、顔すらちゃんと見せてくれなかったが……まあ、一応は、見送ってくれる気があるらしい。
 群衆の中の仏頂面は、久しぶりに見た真っ正面からのラフィの顔だった。

 やれることは全部やった。後悔はない――はず。

 不動の姿勢で恨めしそうにじっと見てくる顔に背を向け、馬ソリと共に雪の壁に囲まれた道へと歩みだす。

 最後尾というのは、前を行く商隊よりも危険性が高い。雪かきをして作った道は両側が白い壁だ。崩れないよう水を掛け凍らせて固めてあるが、いつ崩れるかわからない。生き埋めになったり、盗賊に襲われても、最後尾は前を行く商隊に比べて気づいて貰えるのが遅くなる。救出されるかどうかは、前の商隊の判断に委ねられる。
 腕の立つ用心棒や熟練者は、先頭と最後尾に分けられて配属されていた。

 そして、最後尾を任された熟練の商隊というのが、屋敷に来ていた商人たちの隊だ。彼らは長いこと旅商人をしてきた、知識も実力も経験も申し分ない。進んで最後尾を引き受けた。
 進んで引き受けた、といえば聞こえがいいが、キギ・コナに恩を売っておきたい、というのが本音だろう。

 馬が幌のついたソリを引き、その後ろについて何処まで行っても真っ白な世界を延々と歩く。景色が全く変わらない、雪に閉ざされた道、どれだけ進んだのか進んでいないのか、感覚がおかしくなる。

 空が暗くなり始めた頃、雪壁に背中が埋もれた最初の小屋に着いた。
 旦那様所有の牧草地帯には、道沿いに転々と無人の小屋がある。旅商人が休息を取ったり、天候が荒れたときの避難所、放牧をする季節なら羊飼いが休憩所として使われる。小屋といっても、円錐形に牧草が積まれたところに両開きの大きな木の扉がある、簡易的なもの。天辺に短い木の棒が横たわっているが、煙突の雨除けだ。馬も中へ入れるようになっていた。

 先発隊が中に不審者がいないことを確かめてから、小屋に入る。
 床は土が剥きだしで、真ん中に石を積んだだけのかまどがあった。
 馬は、地面から突き出ている木の棒に繋いで、人も馬も同じ空間で過ごさなければならないが、ここは町から近く、あらかじめ薪や牧草等の物資が運び込まれていて、不便はない。

 牧草地帯を抜けた先が旅の本番、雪の中で寒風にさらされながら野営する日もあるのだから。
 詰めれば馬一〇頭は入りそうな広さがあるが、流石に馬ソリ五台は入らない。馬ソリは外へ置き、交代で見張りをする。風を防ぐ雪の壁がありがたかった。

 次の見張りと交代し、小屋へ入る。
 竈の側にこしかけ、火に手をかざし、冷えた体を温めた。
 濡れた地面に干し草が厚く敷かれ、その上で外套に包まり、体を丸めて横になる男たちが寝息を立てる。

「飲むか?」
「頂きます」
 商隊の代表、屋敷で会った男から革袋に入った酒を何口か貰う。焼けるような熱が喉を落ちていき、一気に体温が上がった。
 この辺りの酒は、体を温める為にと強い酒が好まれる。

「人形じみた綺麗な顔をして、いけるクチか」
「顔は関係無い。出身が、飲み水が貴重な土地で、酒は水代わりに口にしていました」

 酒を返しつつ、話をした。話題は、港の都市で見たという、俺と同じ人種かもしれない女のこと。
「そういえば、そんな話をした」
 食堂でその話を聞いたと伝えれば、商人は顎をさすって、思い出す素振りを見せながら答えた。

「塩の仕入れをしたあと、外国からの珍しいものが無いか探していたときだ。見たこともないような品は、庶民には売れなくても珍いものを見たがって客が集まるからな。
 貴族の馬車から降りてくるところをたまたま見たんだ。あの馬車……確か、ダナ家だった気がする。外国の船に乗ってきたってのは、商品を仕入れているときに人から聞いた話だ」
 貴族関係者か。一般人が会いに行っても会える立場じゃない。

「本当に俺と同じ国の出身なのか、確かめることができればいいのですが」
 どうやってこの国に辿り着いたのか、どうしてこの国に来たのか、今あの国はどうなっているのか、本人から直接話を聞いてみたかったが適わないのなら、せめてその女の出身だけでも確かめかった。

「そういうことなら、ヤガさんに聞いてみたらどうだろう」
 別の商隊に参加しているヤガの名前が唐突に出てきた。
「ヤガさんなら貴族につてがある、ということですか」
 田舎を拠点とした、キギ・コナ商会。今回の旅では、キギ・コナ商会の代表者であり、旦那様の代理を勤めている。
 より良い羊毛製品をと作ってきたのなら、多少なりとも商品に価格転嫁しているはずで、質より安いものを求めがちな労働階級向きじゃない。他の町の羊毛製品よりも値の張る商品を売るため、貴族相手の商売ルートがあってもおかしくない。

「ウチは、この地域周辺に絞って商売しているけど、工場を持ってるキギさんのとこの方が、港を出入りしている貴族にアテがあるよ」
 自分のところで作った製品を、港経由で売り出すとなれば、船を持つ貴族か豪商につてがなければできない話だ。

「合流したとき、聞いてみる。情報、感謝します」
「いいってことよ。そのかわり、町の朝市でウチを贔屓にしてくれれば」
 ちゃっかりしている。
 タダで情報を貰ったのだ、どうせ買い物はしなければならないし、外国からの目新しいものも持ってきているようだし、意識して覗いてみるのも面白い。

「いつまであの町に居るのかわからないが、今度いらしたら寄らせてもらいます」
「ん? あの町の人間じゃないのかい?」
 商人が不思議そうに首をかしげた。

「人種が違います」
「関係ないって。あの町は、他から移り住んだ連中でできたんだ」
 旦那様の話では、元々あった集落が壊滅状態にまでなったのだ、外から人が来なければあそこまで発展しない。それを思えば、よそ者を受け入れる基盤があるのか。

「そうだとしても、ずっとあの町に住むのか、先のことはまだわかりません」
「どうだろうな。オレから見れば、アンタたちはあの町に馴染んでいるように見える」
「馴染んでいようがいまいが、町を出て行かない理由にはならない」
「いやぁ、これはオレのカンだが、アンタたちとは長い付き合いになる気がするんだよな」
 俺自身でも未来のことはわからないというのに、商人のカンとは何なのだろう。
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