この空の下、君とともに光ある明日へ。

青花美来

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*****

「ねぇ、あなたってもしかして甘党なの?」

「え?」

「だって、この間のクレープといい今日のこれといい。そうなのかなって」

「あぁ……そうだね。甘いものは結構好きかも」

「そうなんだ」


優恵が直哉とクレープを食べに行った日から、二週間が経過した。

あれから直哉からは頻繁に連絡が来るようになったものの、どう返信をするべきなのかがわからなくて既読をつけて終わりだったりスタンプだけだったり一言返して終わりだったりと、なんとも冷たい対応をしていた。

そんな中、急に直哉から


『優恵ってケーキ好き? 街中にある新しくできた店でスイーツバイキングやってるらしいんだ。行きたいんだけど一緒にどうかな? もちろん俺の奢りで』


と連絡が来ていた。


『学校の友達と行かないの?』

『友達はみんな甘いもの好きじゃないし、男同士で行く雰囲気の店じゃないから恥ずかしくて嫌だって言われて』

『じゃあ女の子誘えばいいじゃん』

『だから今誘ってる』

『……』


そんなやりとりがあり、何故か一緒に来ることになったスイーツバイキング。

そこは確かに男子高校生が二人や三人で来るには少しメルヘン感が強いお店で、童話をモチーフにしているのか端から端までが"可愛い"で溢れているお店だった。


「さすがにこんな可愛いところに一人で来る勇気はないし。かと言って学校に女子の友達とかいないし」

「そうなの? モテそうだけど」

「それが全然。ありがたいことに顔は良いって言ってもらえるけど、ひょろすぎて恋愛対象には入らないらしいよ」

「へぇ」

「残念イケメンとかもったいないとか言われてるらしい。言いたい放題言うのとかやめてほしいよね」

「まぁね」

「うちの学校では運動部で鍛えてるような結構がっしりしたタイプがモテてる」

「そうなんだ」


確かに直哉は線が細すぎるし実はそこらへんの女の子よりも軽いんじゃないかと思いたくなるほど。

それなのに直哉の目の前にあるお皿にはたくさんのケーキが乗っていて、その体型とのギャップに驚いてしまいそうだ。


「あんまり甘いもの好きそうに見えなかったからびっくりした」

「なんで? クレープも食べたじゃん」

「そうだけど……あれは流行り物だからなんとなく食べてたのかと思って」

「そんなわけないよ。俺、ずっと入院してたから病院食しか食べてなくてさ。退院してから初めてクレープ食べておいしさに感動して。それまではケーキもあんまり食べられなかったから、今甘いものの欲求が爆発してるんだと思うんだよね」

「あぁ、なるほどね……」


言われてみれば、心臓が悪かったのなら当たり前のことだろうと頷く。

長年病院での入院生活を送っていたのなら、栄養バランスは整っていただろうけれど食べたいものは食べられなかったのだろう。

食べたいものを食べたい時に親にリクエストできるのも、幸せなことだったのかと気がつく。


「だから今日ここに来れてよかった。ありがと優恵」

「うん。あなたの役に立ったならよかった」


一緒に食べ進めていると、不意に直哉が


「そういえば」


と何かを思い出したかのように口にした。


「優恵、なんで俺のこと名前で呼んでくんないの」

「え?」

「あなたとかあんたとかしか呼ばれてないから」

「あぁー……」


できれば気付かないで欲しかったところ。

しかし、直哉は不貞腐れたように優恵を見る。


「だって……どう関わればいいかわかんないから……」

「んー、まぁ、少なくとも俺は、優恵のこと友達だと思ってるよ」

「うそ」

「嘘じゃないよ。確かに俺たちの出会い方は多分特殊で、今こうやって一緒にここにいるのも普通の友達とは違う理由があってのことかもしれないけど。でも、人と人との関係に特別な名前なんていらないし。特殊な出会い方だったから友達じゃないってのも変な話じゃない?」

「……まぁ、そうかも」

「でしょ? だから俺たちは友達。少なくとも、俺はそう思ってる。だから優恵って呼んでるし、優恵にもあなたじゃなくて普通に名前で呼んでほしい。まぁ、嫌なら嫌でいいけど」

「嫌ってわけじゃ……」


なんだか言いくるめられたような気もしなくもないけれど、直哉の言っていることには一理あると感じた優恵は、


「……じゃあ、直哉くん」


そう呼ぶことに決める。


「うん。嬉しいよ」


ただ名前を呼んだだけで心底嬉しそうに微笑む直哉。

優恵はなんだか調子が狂いそうで、目の前のケーキに視線を落として無心で食べ進めた。


「直哉くん」

「ん? なに?」

「その……聞きたいことがあるんだけど」

「うん、いいよ」

「……オミが私のことを恨んでないって、どういうことなの?」


今日、優恵が直哉の誘いに乗ったのは龍臣のことを聞きたいと思ったからだった。


「前にそう言ってたでしょ」

「あぁ、そうだね。言ったと思う」

「なんでそんなことわかるの?」

「言っただろ。心臓移植を受けると、ドナーの記憶とか趣味嗜好が移ったりすることがあるって」

「それは聞いたけど……でも、それがどういうことなのか正直よくわからないし。それで恨んでないってどうしてわかるのかが知りたい」


言いたいことはわかるけど、そんなファンタジーみたいなこと、納得できるわけがない。


「そもそも、正直まだ私はオミの心臓が直哉くんに移植されたってことも疑ってる」

「もしかして、龍臣の心臓どころかそもそもの心臓移植したことすら疑われてる? 俺が病気だったのも全部本当だよ? 嘘じゃないよ?」

「それは疑ってないよ。さすがにそんな嘘ついてたら人として幻滅する。そうじゃなくて、今直哉くんの身体の中にある心臓が"オミのもの"だっていう証明はできないんでしょ?」

「まぁそうだね。ドナーの情報は俺側に開示されてないし、逆に俺の情報もドナーの親族に開示されてない。知ろうと思えば俺からアプローチをかけることはできるだろうけど、それをする気は今のところ無いし」

「つまり、直哉くんもその心臓が本当にオミのものかは知らないってことでしょ?」

「書類上はね」

「書類上って……」

「だって、実際に俺には今龍臣の記憶があるわけだし」

「……」

「んー、どうやったら信じてくれる?」

「……オミの心臓だって示すことができるもの、とか」

「それがあったらとっくに優恵に見せてるよ」

「……それもそうだよね……」


堂々巡りにしかならない話は、そこで一旦終わらせることにした。


「じゃあそれは一旦置いといて、話を戻すけど。仮に直哉くんの話が本当だと仮定して、仮だよ? 仮定してだからね?」

「わかってるって」

「それで、どうしてオミが私のことを恨んでないってわかるの?」


本題に戻り、優恵はケーキを食べる手を止めて直哉を見つめた。

対して直哉は口いっぱいにケーキを頬張り、よく咀嚼して飲み込んでからお茶を飲み、優恵に向き直った。


「俺が心臓移植を受けて、麻酔が切れて目が覚めた時、何か違ってる気はしてたけどしばらくはもちろん龍臣の記憶なんて無かったんだ」

「じゃあ、なんで」

「手術から一週間くらい経った頃かな。急に自分に覚えのない記憶が蘇ってきた」

「それって?」

「話すと長くなるんだけど……」

「いいよ。それ聞くために今日来たんだから」

「……わかった」


直哉はもう一度お茶を飲んで、ふぅ、と息を吐いてから記憶を思い出すように目を細めた。
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