8 / 23
*
呼び方
しおりを挟む*****
「ねぇ、あなたってもしかして甘党なの?」
「え?」
「だって、この間のクレープといい今日のこれといい。そうなのかなって」
「あぁ……そうだね。甘いものは結構好きかも」
「そうなんだ」
優恵が直哉とクレープを食べに行った日から、二週間が経過した。
あれから直哉からは頻繁に連絡が来るようになったものの、どう返信をするべきなのかがわからなくて既読をつけて終わりだったりスタンプだけだったり一言返して終わりだったりと、なんとも冷たい対応をしていた。
そんな中、急に直哉から
『優恵ってケーキ好き? 街中にある新しくできた店でスイーツバイキングやってるらしいんだ。行きたいんだけど一緒にどうかな? もちろん俺の奢りで』
と連絡が来ていた。
『学校の友達と行かないの?』
『友達はみんな甘いもの好きじゃないし、男同士で行く雰囲気の店じゃないから恥ずかしくて嫌だって言われて』
『じゃあ女の子誘えばいいじゃん』
『だから今誘ってる』
『……』
そんなやりとりがあり、何故か一緒に来ることになったスイーツバイキング。
そこは確かに男子高校生が二人や三人で来るには少しメルヘン感が強いお店で、童話をモチーフにしているのか端から端までが"可愛い"で溢れているお店だった。
「さすがにこんな可愛いところに一人で来る勇気はないし。かと言って学校に女子の友達とかいないし」
「そうなの? モテそうだけど」
「それが全然。ありがたいことに顔は良いって言ってもらえるけど、ひょろすぎて恋愛対象には入らないらしいよ」
「へぇ」
「残念イケメンとかもったいないとか言われてるらしい。言いたい放題言うのとかやめてほしいよね」
「まぁね」
「うちの学校では運動部で鍛えてるような結構がっしりしたタイプがモテてる」
「そうなんだ」
確かに直哉は線が細すぎるし実はそこらへんの女の子よりも軽いんじゃないかと思いたくなるほど。
それなのに直哉の目の前にあるお皿にはたくさんのケーキが乗っていて、その体型とのギャップに驚いてしまいそうだ。
「あんまり甘いもの好きそうに見えなかったからびっくりした」
「なんで? クレープも食べたじゃん」
「そうだけど……あれは流行り物だからなんとなく食べてたのかと思って」
「そんなわけないよ。俺、ずっと入院してたから病院食しか食べてなくてさ。退院してから初めてクレープ食べておいしさに感動して。それまではケーキもあんまり食べられなかったから、今甘いものの欲求が爆発してるんだと思うんだよね」
「あぁ、なるほどね……」
言われてみれば、心臓が悪かったのなら当たり前のことだろうと頷く。
長年病院での入院生活を送っていたのなら、栄養バランスは整っていただろうけれど食べたいものは食べられなかったのだろう。
食べたいものを食べたい時に親にリクエストできるのも、幸せなことだったのかと気がつく。
「だから今日ここに来れてよかった。ありがと優恵」
「うん。あなたの役に立ったならよかった」
一緒に食べ進めていると、不意に直哉が
「そういえば」
と何かを思い出したかのように口にした。
「優恵、なんで俺のこと名前で呼んでくんないの」
「え?」
「あなたとかあんたとかしか呼ばれてないから」
「あぁー……」
できれば気付かないで欲しかったところ。
しかし、直哉は不貞腐れたように優恵を見る。
「だって……どう関わればいいかわかんないから……」
「んー、まぁ、少なくとも俺は、優恵のこと友達だと思ってるよ」
「うそ」
「嘘じゃないよ。確かに俺たちの出会い方は多分特殊で、今こうやって一緒にここにいるのも普通の友達とは違う理由があってのことかもしれないけど。でも、人と人との関係に特別な名前なんていらないし。特殊な出会い方だったから友達じゃないってのも変な話じゃない?」
「……まぁ、そうかも」
「でしょ? だから俺たちは友達。少なくとも、俺はそう思ってる。だから優恵って呼んでるし、優恵にもあなたじゃなくて普通に名前で呼んでほしい。まぁ、嫌なら嫌でいいけど」
「嫌ってわけじゃ……」
なんだか言いくるめられたような気もしなくもないけれど、直哉の言っていることには一理あると感じた優恵は、
「……じゃあ、直哉くん」
そう呼ぶことに決める。
「うん。嬉しいよ」
ただ名前を呼んだだけで心底嬉しそうに微笑む直哉。
優恵はなんだか調子が狂いそうで、目の前のケーキに視線を落として無心で食べ進めた。
「直哉くん」
「ん? なに?」
「その……聞きたいことがあるんだけど」
「うん、いいよ」
「……オミが私のことを恨んでないって、どういうことなの?」
今日、優恵が直哉の誘いに乗ったのは龍臣のことを聞きたいと思ったからだった。
「前にそう言ってたでしょ」
「あぁ、そうだね。言ったと思う」
「なんでそんなことわかるの?」
「言っただろ。心臓移植を受けると、ドナーの記憶とか趣味嗜好が移ったりすることがあるって」
「それは聞いたけど……でも、それがどういうことなのか正直よくわからないし。それで恨んでないってどうしてわかるのかが知りたい」
言いたいことはわかるけど、そんなファンタジーみたいなこと、納得できるわけがない。
「そもそも、正直まだ私はオミの心臓が直哉くんに移植されたってことも疑ってる」
「もしかして、龍臣の心臓どころかそもそもの心臓移植したことすら疑われてる? 俺が病気だったのも全部本当だよ? 嘘じゃないよ?」
「それは疑ってないよ。さすがにそんな嘘ついてたら人として幻滅する。そうじゃなくて、今直哉くんの身体の中にある心臓が"オミのもの"だっていう証明はできないんでしょ?」
「まぁそうだね。ドナーの情報は俺側に開示されてないし、逆に俺の情報もドナーの親族に開示されてない。知ろうと思えば俺からアプローチをかけることはできるだろうけど、それをする気は今のところ無いし」
「つまり、直哉くんもその心臓が本当にオミのものかは知らないってことでしょ?」
「書類上はね」
「書類上って……」
「だって、実際に俺には今龍臣の記憶があるわけだし」
「……」
「んー、どうやったら信じてくれる?」
「……オミの心臓だって示すことができるもの、とか」
「それがあったらとっくに優恵に見せてるよ」
「……それもそうだよね……」
堂々巡りにしかならない話は、そこで一旦終わらせることにした。
「じゃあそれは一旦置いといて、話を戻すけど。仮に直哉くんの話が本当だと仮定して、仮だよ? 仮定してだからね?」
「わかってるって」
「それで、どうしてオミが私のことを恨んでないってわかるの?」
本題に戻り、優恵はケーキを食べる手を止めて直哉を見つめた。
対して直哉は口いっぱいにケーキを頬張り、よく咀嚼して飲み込んでからお茶を飲み、優恵に向き直った。
「俺が心臓移植を受けて、麻酔が切れて目が覚めた時、何か違ってる気はしてたけどしばらくはもちろん龍臣の記憶なんて無かったんだ」
「じゃあ、なんで」
「手術から一週間くらい経った頃かな。急に自分に覚えのない記憶が蘇ってきた」
「それって?」
「話すと長くなるんだけど……」
「いいよ。それ聞くために今日来たんだから」
「……わかった」
直哉はもう一度お茶を飲んで、ふぅ、と息を吐いてから記憶を思い出すように目を細めた。
10
あなたにおすすめの小説
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる