この空の下、君とともに光ある明日へ。

青花美来

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四年越しの問い

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「ただいまー」

「優恵、おかえり」


エレベーターを降りて自宅に入ると、母親が顔を覗かせて


「何かあったの?」

「ううん、なんでもない」

「そう。テストが終わったからってあんまり遅くまで出歩いちゃだめよ?」


と優恵を嗜める。


「うん、ごめんなさい」

「まぁ、連絡くれてたから良しとするけど。晩ご飯は?」

「食べたい。お昼遅かったからちょっとしか食べてないんだ」

「わかったわ。じゃあ用意してるからまず手洗ってらっしゃい」

「はーい」


荷物を部屋に置きに行き、毛だらけの服にコロコロをしてから部屋着に着替えて手を洗ってからリビングに戻る。

すると父親も帰ってきて、二人で食卓を囲むことに。


「ちょっと少なめにしておいたけど、これくらいでいい?」

「うん。ありがとお母さん」

「お父さんはいつも通りね」

「あぁ。ありがとう」


用意してもらった夕食を食べながら、母親が見ているテレビに顔を向ける。


「優恵、手止まってるぞ」

「……うん」


それは数年前の医療ドラマの再放送を録画していたものらしく、偶然なのかなんなのか、ちょうど臓器移植の話をしていた。

ドラマのセリフはもちろん医療用語ばかりで難しくてよくわからない。

だけど、その緊迫した空気と高度な技術、そしてたくさんの人の手によってドナーから患者さんへと命が繋がれていっているのが見える。

今直哉くんが生きているのは、こうやってたくさんの人が必死に直哉くんを救おうとしてくれたからなのだと思った。


(……オミもこうやって、臓器を提供したんだよね……)


あくまでも今見ているものは医療ドラマであり、おそらく実際の手術とは似て非なるものがあるのだろう。

だけど、おそらく直哉が今生きていることは奇跡に近い。

それが、龍臣の心臓によって生み出された奇跡だという事実、そこで記憶が転移したという嘘みたいな事実。そしてその直哉が優恵を探しに優恵の前に姿を現したこと。

出会えて、信じて、そして今も繋がっている。

その全てが奇跡なんだ。

龍臣がドナーになる意志を持っていたのか、龍臣の両親がそうしたのかは直哉もわからないと言っていた。

龍臣からそんな話を聞いたこともない。

だけど、臓器を提供してそれを移植するということは、並大抵の覚悟ではできないことだということはわかる。

きっと、龍臣の両親は怖くてたまらなかったはずだ。

ただでさえ、突然最愛の息子を失ってしまった。それだけでも苦しくてたまらないのに、加えて臓器提供まで。

一体どんな想いで決意をしたのかと考えると、とても平常心ではいられない。

確かに優恵の記憶の中にいる龍臣は、昔から人に優しかった。頼られるのが好きで、人の助けになることが好きだった。

だからと言って、今龍臣が自分の心臓が提供されたことを知ったらどう思うのか、それは誰にもわからないのだ。


(龍臣は多分、それでも怒りはしない。むしろ自分の心臓が人の命を救ったと知ったら、誇らしげな顔をする気がする)


それも優恵の想像にすぎないものの、優恵はそう信じたかった。

そうじゃないと、龍臣と同じように優しい直哉が、酷く気にしてしまいそうだから。


「……ねぇ、お父さん、お母さん」

「んー?」

「どうした?」


これを聞いたら、どうなってしまうのだろう。

そんな思いはあった。

だけど、もうこれ以上何も知らないふりなんてできないとも思った。


「……オミの臓器が移植されたって話、知ってた……?」


テレビに視線を向けながら震える声でそう呟くと、母親は一瞬にして身体を硬直させた。そしてロボットのようにゆっくり、ぎこちなく優恵の方を振り向く。

目の前では父親が食べていた煮物をぽろりとお皿に落とした。

その表情には驚愕という文字が浮かび上がっているかのようで、優恵はそれらを見て


「……知ってたんだね」


と苦笑いをしながらテレビに視線を戻す。


「優恵、それ、一体どこで……」


直哉と出会ってすぐの頃は聞けなかったこと。

それは、直哉の話を完全には信じられなかったということもあるし、優恵自身が信じたくなかった気持ちもあったのだろう。

今は直哉の話を全て信じているから、聞くことができた。

しかし、四年もの間黙っていられたのかと思うとそのショックは大きい。


「優恵、その話誰から聞いたの……?」


母親がテレビを止めて、慌てて走ってくる。

そして優恵の手をぎゅっと掴み、問いただした。


「……オミの、心臓を移植してもらったって人」

「……え……!?」

「移植してもらった人、って……そんなの」


告知もされていないんだから誰のものかなんてわかるはずない。

父親はそう言いたかったのだろう。

しかし、優恵の表情を見たら嘘をついているとは思えなかった。


「本当、なのか?」

「うん。私も最初は信じられなかったけどね。記憶転移って言って、どうもオミの記憶が心臓と一緒に移っちゃったんだって。それで、私のことも知ってて、探しにきた」

「記憶が、心臓と一緒に転移したって……?」

「そう。不思議だよね。でも海外とかでもそういう事例はあるらしいし、日本でもドラマとかで扱われたこともあるんだって」


全て直哉からの受け売りだが、優恵はちゃんと直哉の話を聞いておいて良かったと思った。

しかし、頷く父親とは対称的に母親は優恵の手を握り直す。


「優恵、それはどこの誰なの? お母さんとお父さんの知ってる人? 歳は? 性別は? 何してる人?」

「……お母さん、そんな急にたくさん聞かれたら怖いよ」

「っ、ごめんなさい。つい……」


母親が前のめりになってしまうのも無理はない。

自分の知らないところで、もしかしたら龍臣の心臓の持ち主だと語って誰かが娘に悪さをしようとしているかもしれない。そう思ったら平常心でいろと言われる方が無理だ。

この四年間、優恵の気持ちを一番に考えてきた二人にとって、直哉の存在は予想外のこと。

娘のために知っておかなければと思うのは当然のことだった。

優恵もそれをわかっているため、直哉のことを正直に伝えることにしたのだ。


「名前は佐倉 直哉くん。南高に通ってる同い年の男の子だよ。そこらの女の子より線が細い人」


(そういえば、さっき撮った写真があるんだった)


そう思って


「この人。この人がその直哉くん」


とスマホに表示した写真を見せると、二人はそれを食い入るように凝視した。


「この写真は? 動物園に行ったの?」

「あ……うん。今日直哉くんに誘われてテスト終わりに行ってきたんだ」


その言葉に二人は一瞬肩を跳ねさせたものの、その写真は直哉が見るからに嬉しそうにうさぎを抱っこしている写真。

その弾けるような笑顔を見たら、とても嘘をついて優恵に悪さをしようとしているなんて思えなかった。


「……そう。そうだったの」


それしかかける言葉が見つからず黙り込む母親に、優恵は写真を見ながら呟いた。


「最初はそんなはずないって思ってた。心臓に記憶が残るなんて聞いたこともなかった。そもそもオミの臓器か提供されたなんて話も知らないし、オミが脳死だったって知ったのもその時が初めて。だけど、直哉くんは私とオミしか知らないような会話まで知ってた」

「それで、信じることにしたのか」

「うん。直哉くんにとってはオミはもう身体の一部で、オミの記憶と一緒に生きてる。今日もさっきここまで送ってもらったんだけど、この辺初めてなのに覚えてるって言ってた。このマンション見て、泣きそうになってた」

「そうか……」

「……二人は、知ってたの?」


二人の沈黙を、優恵は肯定と捉えた。

知っていたなら言って欲しかった。正直そんな思いは消えないけれど、優恵は両親が自分のことを心から心配して大切に思ってくれているのも知っているから何も言えない。

優恵のために黙っていたのだろうと、わかるから。

それでも。


(……知らなかったの、やっぱり私だけだったんだなあ……)


龍臣の幼なじみで、好きな人で、お隣さんで。

小さい頃からずっと一緒にいて、お互いのことで知らないことなんてほとんどなかった。

それくらい仲が良かったはずなのに、自分だけが知らされていなかったことが悔しかった。


(私が原因だもん。言えるわけないってわかるのに。わかってるのに、こんなに悔しいなんて)


思わず笑ってしまう優恵を、母親はそっと抱きしめた。


「優恵。ずっと黙っててごめんね。でも、お父さんもお母さんも優恵を騙そうと思って黙ってたわけじゃないの」

「……うん。知ってるよ。ちゃんとわかってるから」

「優恵……」


その目には諦めのような切なさが混じっていて、それを見て母親は胸が痛む。

しかし上手い言葉が出てこなくて、ただもう一度抱きしめることしかできなかった。

そんな中、父親が


「優恵」


と口を開く。


「……優恵、今まで黙っててごめん。だけど、優恵もわかってると思うけど、これは優恵の心を守るためだった」

「……うん」

「でも、もう全部知ったんだな」

「うん。直哉くんがほとんど教えてくれたよ」

「そうか。じゃあ、その直哉くんにもお礼をしないと」

「え?」


優恵が聞き返すと、父親は小さく微笑んでから母親ごと優恵を抱きしめる。


「……優恵、今度都合がいい時、直哉くんをうちに連れてきてくれないか?」

「……直哉くんを?」

「あぁ。お父さんとお母さんが知っていることを、全部話そうと思う。優恵にはもちろん、龍臣くんの心臓を持っている直哉くんにも」

「お父さん……」

「そうだな、今度の日曜なんてどうかな。うちで昼ごはんを一緒に食べながら、ゆっくり話そう」

「そうね。お母さん、ご馳走作るわ」


身体を離して優恵に微笑みかける二人。

優恵はそれを見て、目を涙を滲ませながら頷く。


「ありがとう。お父さん、お母さん」


そう笑って、今度は優恵から二人の胸に飛び込んだ。

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