この空の下、君とともに光ある明日へ。

青花美来

文字の大きさ
15 / 23
***

四年越しの問い

しおりを挟む

「ただいまー」

「優恵、おかえり」


エレベーターを降りて自宅に入ると、母親が顔を覗かせて


「何かあったの?」

「ううん、なんでもない」

「そう。テストが終わったからってあんまり遅くまで出歩いちゃだめよ?」


と優恵を嗜める。


「うん、ごめんなさい」

「まぁ、連絡くれてたから良しとするけど。晩ご飯は?」

「食べたい。お昼遅かったからちょっとしか食べてないんだ」

「わかったわ。じゃあ用意してるからまず手洗ってらっしゃい」

「はーい」


荷物を部屋に置きに行き、毛だらけの服にコロコロをしてから部屋着に着替えて手を洗ってからリビングに戻る。

すると父親も帰ってきて、二人で食卓を囲むことに。


「ちょっと少なめにしておいたけど、これくらいでいい?」

「うん。ありがとお母さん」

「お父さんはいつも通りね」

「あぁ。ありがとう」


用意してもらった夕食を食べながら、母親が見ているテレビに顔を向ける。


「優恵、手止まってるぞ」

「……うん」


それは数年前の医療ドラマの再放送を録画していたものらしく、偶然なのかなんなのか、ちょうど臓器移植の話をしていた。

ドラマのセリフはもちろん医療用語ばかりで難しくてよくわからない。

だけど、その緊迫した空気と高度な技術、そしてたくさんの人の手によってドナーから患者さんへと命が繋がれていっているのが見える。

今直哉くんが生きているのは、こうやってたくさんの人が必死に直哉くんを救おうとしてくれたからなのだと思った。


(……オミもこうやって、臓器を提供したんだよね……)


あくまでも今見ているものは医療ドラマであり、おそらく実際の手術とは似て非なるものがあるのだろう。

だけど、おそらく直哉が今生きていることは奇跡に近い。

それが、龍臣の心臓によって生み出された奇跡だという事実、そこで記憶が転移したという嘘みたいな事実。そしてその直哉が優恵を探しに優恵の前に姿を現したこと。

出会えて、信じて、そして今も繋がっている。

その全てが奇跡なんだ。

龍臣がドナーになる意志を持っていたのか、龍臣の両親がそうしたのかは直哉もわからないと言っていた。

龍臣からそんな話を聞いたこともない。

だけど、臓器を提供してそれを移植するということは、並大抵の覚悟ではできないことだということはわかる。

きっと、龍臣の両親は怖くてたまらなかったはずだ。

ただでさえ、突然最愛の息子を失ってしまった。それだけでも苦しくてたまらないのに、加えて臓器提供まで。

一体どんな想いで決意をしたのかと考えると、とても平常心ではいられない。

確かに優恵の記憶の中にいる龍臣は、昔から人に優しかった。頼られるのが好きで、人の助けになることが好きだった。

だからと言って、今龍臣が自分の心臓が提供されたことを知ったらどう思うのか、それは誰にもわからないのだ。


(龍臣は多分、それでも怒りはしない。むしろ自分の心臓が人の命を救ったと知ったら、誇らしげな顔をする気がする)


それも優恵の想像にすぎないものの、優恵はそう信じたかった。

そうじゃないと、龍臣と同じように優しい直哉が、酷く気にしてしまいそうだから。


「……ねぇ、お父さん、お母さん」

「んー?」

「どうした?」


これを聞いたら、どうなってしまうのだろう。

そんな思いはあった。

だけど、もうこれ以上何も知らないふりなんてできないとも思った。


「……オミの臓器が移植されたって話、知ってた……?」


テレビに視線を向けながら震える声でそう呟くと、母親は一瞬にして身体を硬直させた。そしてロボットのようにゆっくり、ぎこちなく優恵の方を振り向く。

目の前では父親が食べていた煮物をぽろりとお皿に落とした。

その表情には驚愕という文字が浮かび上がっているかのようで、優恵はそれらを見て


「……知ってたんだね」


と苦笑いをしながらテレビに視線を戻す。


「優恵、それ、一体どこで……」


直哉と出会ってすぐの頃は聞けなかったこと。

それは、直哉の話を完全には信じられなかったということもあるし、優恵自身が信じたくなかった気持ちもあったのだろう。

今は直哉の話を全て信じているから、聞くことができた。

しかし、四年もの間黙っていられたのかと思うとそのショックは大きい。


「優恵、その話誰から聞いたの……?」


母親がテレビを止めて、慌てて走ってくる。

そして優恵の手をぎゅっと掴み、問いただした。


「……オミの、心臓を移植してもらったって人」

「……え……!?」

「移植してもらった人、って……そんなの」


告知もされていないんだから誰のものかなんてわかるはずない。

父親はそう言いたかったのだろう。

しかし、優恵の表情を見たら嘘をついているとは思えなかった。


「本当、なのか?」

「うん。私も最初は信じられなかったけどね。記憶転移って言って、どうもオミの記憶が心臓と一緒に移っちゃったんだって。それで、私のことも知ってて、探しにきた」

「記憶が、心臓と一緒に転移したって……?」

「そう。不思議だよね。でも海外とかでもそういう事例はあるらしいし、日本でもドラマとかで扱われたこともあるんだって」


全て直哉からの受け売りだが、優恵はちゃんと直哉の話を聞いておいて良かったと思った。

しかし、頷く父親とは対称的に母親は優恵の手を握り直す。


「優恵、それはどこの誰なの? お母さんとお父さんの知ってる人? 歳は? 性別は? 何してる人?」

「……お母さん、そんな急にたくさん聞かれたら怖いよ」

「っ、ごめんなさい。つい……」


母親が前のめりになってしまうのも無理はない。

自分の知らないところで、もしかしたら龍臣の心臓の持ち主だと語って誰かが娘に悪さをしようとしているかもしれない。そう思ったら平常心でいろと言われる方が無理だ。

この四年間、優恵の気持ちを一番に考えてきた二人にとって、直哉の存在は予想外のこと。

娘のために知っておかなければと思うのは当然のことだった。

優恵もそれをわかっているため、直哉のことを正直に伝えることにしたのだ。


「名前は佐倉 直哉くん。南高に通ってる同い年の男の子だよ。そこらの女の子より線が細い人」


(そういえば、さっき撮った写真があるんだった)


そう思って


「この人。この人がその直哉くん」


とスマホに表示した写真を見せると、二人はそれを食い入るように凝視した。


「この写真は? 動物園に行ったの?」

「あ……うん。今日直哉くんに誘われてテスト終わりに行ってきたんだ」


その言葉に二人は一瞬肩を跳ねさせたものの、その写真は直哉が見るからに嬉しそうにうさぎを抱っこしている写真。

その弾けるような笑顔を見たら、とても嘘をついて優恵に悪さをしようとしているなんて思えなかった。


「……そう。そうだったの」


それしかかける言葉が見つからず黙り込む母親に、優恵は写真を見ながら呟いた。


「最初はそんなはずないって思ってた。心臓に記憶が残るなんて聞いたこともなかった。そもそもオミの臓器か提供されたなんて話も知らないし、オミが脳死だったって知ったのもその時が初めて。だけど、直哉くんは私とオミしか知らないような会話まで知ってた」

「それで、信じることにしたのか」

「うん。直哉くんにとってはオミはもう身体の一部で、オミの記憶と一緒に生きてる。今日もさっきここまで送ってもらったんだけど、この辺初めてなのに覚えてるって言ってた。このマンション見て、泣きそうになってた」

「そうか……」

「……二人は、知ってたの?」


二人の沈黙を、優恵は肯定と捉えた。

知っていたなら言って欲しかった。正直そんな思いは消えないけれど、優恵は両親が自分のことを心から心配して大切に思ってくれているのも知っているから何も言えない。

優恵のために黙っていたのだろうと、わかるから。

それでも。


(……知らなかったの、やっぱり私だけだったんだなあ……)


龍臣の幼なじみで、好きな人で、お隣さんで。

小さい頃からずっと一緒にいて、お互いのことで知らないことなんてほとんどなかった。

それくらい仲が良かったはずなのに、自分だけが知らされていなかったことが悔しかった。


(私が原因だもん。言えるわけないってわかるのに。わかってるのに、こんなに悔しいなんて)


思わず笑ってしまう優恵を、母親はそっと抱きしめた。


「優恵。ずっと黙っててごめんね。でも、お父さんもお母さんも優恵を騙そうと思って黙ってたわけじゃないの」

「……うん。知ってるよ。ちゃんとわかってるから」

「優恵……」


その目には諦めのような切なさが混じっていて、それを見て母親は胸が痛む。

しかし上手い言葉が出てこなくて、ただもう一度抱きしめることしかできなかった。

そんな中、父親が


「優恵」


と口を開く。


「……優恵、今まで黙っててごめん。だけど、優恵もわかってると思うけど、これは優恵の心を守るためだった」

「……うん」

「でも、もう全部知ったんだな」

「うん。直哉くんがほとんど教えてくれたよ」

「そうか。じゃあ、その直哉くんにもお礼をしないと」

「え?」


優恵が聞き返すと、父親は小さく微笑んでから母親ごと優恵を抱きしめる。


「……優恵、今度都合がいい時、直哉くんをうちに連れてきてくれないか?」

「……直哉くんを?」

「あぁ。お父さんとお母さんが知っていることを、全部話そうと思う。優恵にはもちろん、龍臣くんの心臓を持っている直哉くんにも」

「お父さん……」

「そうだな、今度の日曜なんてどうかな。うちで昼ごはんを一緒に食べながら、ゆっくり話そう」

「そうね。お母さん、ご馳走作るわ」


身体を離して優恵に微笑みかける二人。

優恵はそれを見て、目を涙を滲ませながら頷く。


「ありがとう。お父さん、お母さん」


そう笑って、今度は優恵から二人の胸に飛び込んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...