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不安
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「どうしたらいいんだろう……」
数日後、優恵は一人、部屋にこもってベッドに横たわっていた。
『……俺、優恵のことが好き。大好き』
花火大会の日、直哉からそう告白された。
人生で初めて受けた告白に動揺し、何も返事なんてできなかった。
同じ学校の話したこともない男の子からの告白だったなら、おそらく優恵は即お断りをしていただろう。
何も言えずに帰ってきたのは、少なくとも優恵の中で直哉が大切な存在になっているからだった。
(告白は、嬉しかった。まさかあんな風に想ってくれていたなんて、全然気づかなかった)
夏休み前に直哉から送られてきてすぐに消されたメッセージを思い出す。
"もしかして、優恵も俺の気持ち知ってんの!?"
(あれは、そういう意味だったのか……)
ようやく腑に落ちて、少し笑う。
あれ以来直哉から連絡は頻繁に来ているものの、会ってはいない。どうやら夏期講習もあり忙しいらしい。
もしかしたらそれはただの後付けで、本当は優恵に遠慮しているのかもしれない。それか、考える時間を与えてくれているのかもしれない。
そう思うと、優恵はありがたい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(誰かを好きになるとか、誰かと付き合うとか、そういうの考えたこともなかった)
そもそも優恵は龍臣への気持ちも亡くなった後に気がついたくらいだ。
自分の気持ちにも、相手の気持ちにも鈍感な自覚はあった。
(直哉くんのこと、私はどう思っているんだろう)
この数日、ずっとそれを考えては答えが出ずに困惑していた。
愛子や栞に相談してみたい気持ちもある。
あの二人なら親身になって聞いてくれるだろう。
だけど、そうなると直哉との関係も龍臣のことも、どうしてここまで悩んでいるのかも話さなければいけないかもしれない。
そう思うと、怖くて相談することすらできない。
(いっそお母さんに相談してみる?いや、そんなの恥ずかしすぎる)
自問自答を繰り返しているうちに、あっという間に時間が過ぎていく。
そんな時に、スマホの通知音が鳴り身体を起こした。
机の上にあったスマホを取ると、愛子からの連絡。それも、最近設定してもらった栞とのグループメッセージの機能だった。
"栞、優恵ちゃん、今日午後から私の家で一緒に宿題やらない? お菓子もいっぱいあるよ!"
時計を見ると、あと一時間ほどでお昼になる。
今からご飯を食べたり準備をしたりで、十三時過ぎには出られるだろうと考えて
"いいよ"
と送る。
すぐに栞も
"行きまーす!"
と送っており、優恵はなんだか胸の辺りがポカポカした。
「お母さん」
「ん? どうかした?」
「午後から……友達と一緒に宿題してくることになった」
「友達? 直哉くん?」
「ううん、この間言った、同じクラスの愛子ちゃんと栞ちゃん」
そう告げると、母親は心底嬉しそうに笑って
「わかったわ。手土産代わりにお菓子持って行きなさいね」
と袋にどっさりとお菓子を入れてくれた。
(こんなに食べられないと思うけど……でも、喜んでくれてるのは嬉しい)
ありがたく受け取り、お昼ご飯を食べてから着替えて待ち合わせ場所に向かう。
今日は愛子の家に向かうらしく、場所がわからない優恵のために迎えにきてくれていた。
「優恵ちゃん!」
「ゆえちー!」
「愛子ちゃん、栞ちゃん、おまたせしました」
「ううん。急に誘ってごめんね? きてくれて嬉しい」
「愛子の家、めちゃくちゃ豪邸だからきっとゆえちびっくりするよ」
「え、そうなの?」
「やめてよー。優恵ちゃん、普通の家だから!」
そんな会話をしながら歩くこと五分ほど。
見えてきたのは確かに栞の言う通り、かなり大きな一軒家だった。
「すごい、大きい」
「でしょー?」
「そんなことないよ、普通の家だよ。ほら、上がって?」
「お邪魔します……」
「お邪魔しまーす!」
ブラウンの可愛らしい扉をくぐると、中も白を基調とした明るいお家が広がっていた。
愛子に手土産のお菓子を渡し、部屋に通される。
ピンクと白がメインの落ち着いたお部屋は、キラキラとしていてとても可愛らしい。
そこでお茶とお菓子をもらいながら、夏休みの宿題を始めた。
「ゆえち~、ごめんここ教えて~」
「ん? どこ?」
「この問題全然わかんないー……」
「あぁ、これはこの公式を使うといいよ。ここに代入して……」
栞は数学が苦手なよう。
だけど、優恵が教えるとすぐに
「そっか! なるほど!」
とパッと笑顔になってどんどん解いていく。
「優恵ちゃんもうそんなに進んでるの? 早い!」
「家にいてもあんまりやることなくて……」
「私なんてすぐ漫画読んじゃうから全く進まないよー」
「ははっ、私も。部屋でやるとすぐ漫画読んじゃうからリビングでやろうと思うと今度はテレビに気とられる」
「わかるー!」
そんな会話をしながら黙々とテキストに向き合うこと一時間と少し。
「終わったー……!」
「って言ってもまだ数学が終わっただけだよ栞」
「いや、でも数学さえ終わっちゃえばあとはどうにかなると思うから」
栞がテーブルに突っ伏したのを合図に、勉強会は終了。
そこからは休憩という名の女子会がスタートし、勉強の話から学校の話、そしてよくある恋バナにうつる。
「実は、報告があるんだけど……」
「なになに?」
「実は私! 彼氏ができましたあー!」
「えぇ!?」
「すごい……! おめでとう!」
「へへ、ありがとう」
栞のそんなサプライズ報告から始まった恋バナ。
栞の彼氏はどうやら南高に通う同い年の男の子らしく、夏休みに入ってから始めたバイトで知り合ったらしい。
「そこで一目惚れしちゃって。それで、私から告ったの!」
「えぇ! 栞、積極的!」
「相手はなんて?」
「実は向こうも気になってたって言ってくれて、それで付き合うことになったんだあ!」
栞は幸せが爆発しているようにとろけた表情をしていて、見ている方まで幸せになれそう。
「私、結構好きになったらすぐ言っちゃうタイプだから引かれちゃうこともあるんだけど、今回はうまくいってよかったと思って!」
「すごいなあ、私は自分からとか言えないなあ」
「私も最初はそう思ってたんだけどね。小学生の時からずっと好きだった初恋の人が、中学入ったらすぐに告白してきた女の子と付き合うようになっちゃって。それ見て悔しくてさ。玉砕覚悟でも言っちゃった方がすっきりするし後悔しないって気が付いたんだよね」
栞の言葉が、胸にささる。
(言わないまま後悔なんてしたくなかった。直哉くんもそう言ってた)
栞は、長年の想いを伝えることなく失恋してしまったから。
直哉は、明日が皆に平等にやってくるわけじゃないと、知っているから。
自分の気持ちは言葉にしないと伝わらないし、それが一生の後悔につながるかもしれないことを、二人とも知っているからだ。
(……それは、私も知っている。私も、同じだ)
そして優恵もまた、痛いほど知っている。
「それでね! 明日デートなんだ! どんな服着ていけばいいか一緒に考えてくれない?」
栞の声に優恵は正気に戻り、愛子と一緒に頷く。
と言ってもここは栞の家ではないため、栞のスマホに入っている過去の写真を見てああでもないこうでもないと、三人で服装を話し合った。
気が付けばあっという間に時間が過ぎており、外はもう夕焼け空。
「じゃあゆえち、私たちはそろそろ帰ろうか。愛子、長居しちゃってごめんね」
「ううん、また来てね」
「ありがとう」
愛子に手を振ってから玄関を出て、栞と一緒に途中まで歩く。
「ゆえちも今日はありがとう! おかげで明日がもっと楽しみになった!」
「うん、楽しんできてね」
「うん! 勉強も教えてくれてすごく助かったよ、あがとう! じゃあまた連絡するねー!」
「うん。ばいばい」
栞と別れると、どうしようもない虚無感に襲われた。
(……友達もいらなかったはずなのに。すごい、楽しかったなあ)
当たり前のように自分を受け入れてくれているのは、あの二人が事故のことを知らないから。
あの事故のこと、龍臣のこと、直哉のこと。
全部を知ったら、あの二人はきっと優恵の元から離れていってしまう。
(怖い。怖いよ。だけど、このまま黙っていていいわけなんてない。二人を騙してるみたいだし、こんなんじゃ本当の友達だなんて言えないよ……)
優恵が何かを抱えていることを知った上で、何も聞かずに寄り添ってくれる愛子と栞。
今はその優しさに甘えて一緒にいるけれど、実はそれはすごくずるいことなんじゃないか。
友達だからって、全てを打ち明ける必要も全てを知る必要もない。
だけど、優恵は隠し事をしているという罪悪感に押しつぶされてしまいそうだった。
直哉からの告白のこともまだ何も答えが出ていないのに、悩みは尽きない。
「……本当、どうしたらいいんだろう……」
帰り道、いつもより遠回りをしてみても答えなんて出なかった。
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