国を滅ぼされた生き残り王女は、男装して運命を切り拓く。

青花美来

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夜明け

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 長い夜が、ようやく明けようとしていた。

 静まり返った砦の医務室には、薬草の匂いと焚き火の煙が漂っている。

 星詠の力を使いレオンを助けたものの、レオンの体力はすでに限界に近かった。

 早く治療しなければ、今度こそ本当に手遅れになってしまいそうなほどに、わずかな息しかなかった。

 急いでレオンを馬に乗せ、三人で向かったのは北の砦。退団願を出しておいて図々しいのは承知の上だったものの、二人がこういう時に頼れるのは、やはり団長しかいなかった。


「団長!」

「……カイ、どうした」

「医務室借ります!」


 その言葉に、まさかリシェルが!?と慌てた団長。

 急いで医務室までカイを追いかけた先に、泣き崩れるリシェルと彼女によく似た男の姿を見て、困惑の色が隠せなかった。

 そして無事にレオンは治療を受けることができ、絶対安静の中リシェルが看病することに。その間、カイがここ数日の全貌を団長に報告していた。


「退団願を出したのに、こんなに早く頼ってしまい申し訳ないです……」

「なんだ。俺はただ預かってるだけだと言ったはずだろう。それにお前はしっかり俺との約束を果たしてくれた。それだけで十分だ」


 二人で、生きて帰ってきた。

 それができただけで、団長は他に何も言うことなど無かった。

 カイは、執務室をあとにしてリシェルの元へ行く。レオンはぐっすりと眠っているようで、リシェルはその傍で寝顔をじっと見つめていた。


「リシュ。……いや、リシェルか」

「……隊長」


 立ちあがろうとするリシェルを制し、カイも隣に座る。改めてリシェルとレオンを見ると、二人が似ているからこそリシェルが女だというのがよくわかる。

 骨格なのか、顔立ちなのか。言葉では上手く説明できないものの、誰がどう見ても男ではないと断言できるほどに違った。


「お前が何も話せなかった理由が、ようやくわかった」

「……すみません」

「いや、しつこく聞いた俺が間違いだった。悪かったよ」


 うっすら微笑むカイは、


「リシェルは怪我してないか? 力使って、平気なのか?」


 リシェルの身体を心配する。


「それが、よくわからなくて。体力が減った気もするし、減っていない気もするし。使い方が合っていたのかもわかりません。……お兄様が起きたら、教えてもらわないと」

「そうだな」


 (それにしても。……王女、か)


 カイは、リシェルの本来の身分を知り、とても自分では釣り合わないと実感していた。


「リシェル」

「はい」

「城でどんな風に暮らしてたんだ? 教えてくれよ」

「城で、ですか。そうですね。ずっと、楽しく遊んでいたと思います」

「勉強とかは?」

「してました。人並みに。でも、私は身体を動かしたり遊んだりするのが大好きで、机に長時間向かうことが苦手なタイプだったんです。だから勉強の時間にもよく抜け出して、外で遊んでいました」


 王宮の庭で遊んだ日々を思い出すと、懐かしくて自然と口角が上がる。


「お兄様がよく遊びに来てくれて。一緒にかくれんぼをしたり、追いかけっこをするのが大好きでした」

「子どもらしい子どもだったんだな」

「はい。お兄様とは歳が近いこともあって、幼い頃は喧嘩も多かったんです。でも、なんだかんだ甘やかされて、可愛がってもらっていました」

「そうか」

「そうそう、私がここに来た時、本当に何もできない子どもだったでしょう?」


 カイが思い出したように頷くと、リシェルは笑いながら言う。


「私、城では身の回りのことを全て侍女に任せていたんです。着替えから食事の用意まで全部。だから、本当に何もできなくて」

「そりゃそうだよな」

「それが当たり前だと思って生きてきたから、ここに来て、隊長にたくさん叱られて。わからないんだから仕方ないじゃんって思って反発したり。……本当に生意気だったなって、思います」

「……あぁ。本当に生意気だったな」


 五年前のことを懐かしみながら、二人で笑い合った。


「そういえば、隊長は? 私が来るまではどんな生活を?」

「……俺は、生まれてすぐに親に捨てられたんだ」

「そう、でしたか。すみません」 

「いや、いい。別に気にしてないしな。母親が団長に昔助けてもらったとかで、拠点の場所を知ってたらしい。服に名前だけ書いて入り口で泣いてたんだと。それを団長に拾われた」

「じゃあ、隊長はそれからずっとここに」

「あぁ。小さい頃は団員たちに遊んでもらったりして楽しかったよ。剣を初めて握ったのは三歳くらいだったな。団長に無理矢理持たされて、それから立派な傭兵に育ててやるって言われて、今はこの通りだ」

「……じゃあ、団長は隊長にとって、父親代わりだったんですね」


 笑みを浮かべたリシェルがそう言うと、カイはほんの少しだけ目を見開いて。

 吹き出すように笑った。


「ははっ……そうだな。考えたこともなかった。けど、うん。確かに俺にとって、団長は父親代わりだったのかも。というか、この傭兵団自体が俺にとっては家族だったのかもな。……もちろんリシェル。お前もだ」



 その笑顔が、いつもの冷静沈着なカイの印象とはかけ離れていて。

 どこか、年相応のカイという青年に戻ったみたいに見えて。

 ……リシェルには、とても眩しく見えた。

 
 
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