国を滅ぼされた生き残り王女は、男装して運命を切り拓く。

青花美来

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それぞれの愛

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「リシェル」

「はい」


 昔話を終えた後、しばらくの沈黙があった。それを破るのは、カイの低い声。


「……これから、どうするつもりだ」

「……」


 リシェルはレオンの顔を見ながら、しばし黙った。


「まだ、考えているところです」

「……そうか」

「お兄様が回復するまでゆっくりしていっていいって、団長が言ってくれました。だから、そのお言葉に甘えようかと」

「……そうだな」

「とりあえずお兄様が目覚めたら、一度話をしてみます。……お兄様と、ゆっくり話したいんです」


 五年間の、空白の時間を埋めるために。
 これからのことを、話すために。

 リシェルとレオンには、時間が必要だった。


「隊長は? 団に戻るんでしょう?」

「……俺は……」


 (お前と一緒に行きたいって言ったら、どんな顔をするだろう)


 そう思ったら、なぜか言い出せなくて。


「俺も、まだわからないな」


 それしか言えなかった。





 ──それから数日後。

 レオンは無事に目を覚まし、二人は久しぶりに穏やかな兄妹の時間を過ごしていた。

 カイはその間、傭兵団の雑用をこなしながらも、気が付けば無意識にリシェルを見つめてしまう日々。

 もう、自分ではこの気持ちを抑えられなかった。


「隊長」

「リシェル、どうした」


 そんなある日、リシェルが改まった様子でカイに話しかける。

 その目を見て、カイは全てを悟った。


「……今まで、お世話になりました」

「……出ていくのか」

「はい」


 頷くリシェルに、カイは今後のことを聞く。


「これからどうするつもりだ」

「まずは……お兄様と一緒に、ルミナリアに戻ろうと思っています」

「ルミナリアに?」

「はい。お兄様に聞いたら、生き残ったルミナリアの国民もいるそうなんです。様々な国に散らばってるらしいので、戻るのも大変だとは思うんですけど。……でも、お兄様と一緒に、国を再建させたいんです」


 その目には、力が宿っていた。

 ついこの間まで、黒炎のことで崩れてしまいそうだったリシェルは、もういない。

 目の前にいるのは、ルミナリア王国の王女、リシェルだった。 


「……隊長とは、ここでお別れです」


 そう呟くリシェルの目に、涙が滲む。


「たくさん、助けてもらいました。たくさん、教えてもらいました。たくさん守ってもらって、本当に嬉しかった」 

「……」

「私は、あの日の真実を知るために、ここまで生きてきました。王女として何不自由なく暮らしていた生活から一変し、右も左もわからなかった私が自分の力で立ち上がれるようになったのは、全て隊長のおかげです。心から感謝してます」

「……やめろ。俺は感謝されたくてやったわけじゃない」

「それでも、私は感謝したいんです」


 決して涙は溢さず柔らかく笑う姿は、堂々とした王女そのもの。紛れもなく、人の上に立つ王族だった。


「……リシェル」

「はい」

「……俺も一緒に行くって言ったら、どうする」


 その低い声に、リシェルの目が大きく揺れた。


「俺は、お前に誓った。何があってもそばにいると。それは、お前が庶民だろうが元王女だろうが、関係な──」

「なりません!」


 強いリシェルの声が、鋭く空気を裂いてカイの言葉を遮った。


「なりません、隊長」

「何故だ」 

「……隊長が一緒に来るということは、隊長がこの国を捨てるということです。隊長はこの国の出自でしょう。それはなりません。それに、皆隊長のことを必要としています。どうか、傭兵団にお戻りください」

「でも俺は」

「私のわがままに! ……あなたを巻き込みたくないのです」


 カイは沈黙し、じっと彼女を見つめた。
 その瞳には、怒りとも哀しみともつかない光が宿っている。


「国を興すのは、容易いことではありません。よくわかっています。私は覚悟もできています。私たちは、失われた祖国を取り戻したい。そこに、あなたを巻き込むわけにはいかないのです」


 リシェルは深く息を吸い、続けた。


「……だから、隊長と共には行けません。今まで長い間お世話になっておきながら、このようなことになり、申し訳なく思っております。お許しください」


 カイが低く唸るように言った。


「俺、は……」

「はい」

「俺が、それでもお前と一緒にいたいと言ったら、どうなる?」


 また、リシェルの瞳が揺れた。


「……なりません。なりません、隊長」

「でも、俺は決めたんだ。お前と共に行くと」

「だめです。絶対に。だめなんです」

「どうしてだ。俺は邪魔者か?」

「そんなわけ……!」

「じゃあ、どうして」


 聞かれて、言葉に詰まる。けれど、誤魔化しなどきかないほどの圧を感じた。


「……ただ、私が怖いだけなのです」

「怖い?」

「はい。……隊長が一緒にいてくだされば、どれだけ心強いことでしょう。しかし私は王族です。国を再建するのです。王族としての矜持もあります」

「あぁ」

「つまり……隊長が一緒にいてくださるということは、"私の手となり足となる"ということを意味します。私の命令を聞かなければなりません。私が死ねと言えば死ななければなりません。私が生きろと言えば、どんなに死にたくなっても生きねばなりません。私と兄を守るために、常にそばにいてもらわないといけないのです。隊長の自由を、奪うことになります。それを受け入れることなんて、私にはできません!」


 リシェルはそう叫んで、居た堪れずにその場を去ろうとした。

 その瞬間、カイが彼女の腕を引く。


「っ……離して、ください」

「そんな顔でそんなこと言われて、離すわけねーだろ」


 腕の中に閉じ込められたリシェルの目から、我慢していた涙がこぼれた。 


「俺は一緒に行く。何があっても、たとえそれが国を捨てることになっても、お前の手となり足となろうとも。それでも、一緒に行く」

「どうしてっ!」

「俺がそう決めたからだ。そもそも、もっと俺に甘えていいんだ。もっと頼れと言っただろ。……今までは、俺が上司でお前が部下だった。それが逆転するだけだ。今までだって俺がお前をずっと守ってきた。何も変わらないじゃないか。仮に俺がお前の手となり足となり、命を落としたとしよう。それもまた本望だ。お前のために死ねるなら、それもまたいい」

「そんな……ご自分が何をおっしゃってるか、わかってますか!?」

「わかってる! ……そうなったとしても、俺はお前と一緒にいたいんだ! お前と離れるなんて、その方が耐えられない!」


 リシェルの胸が張り裂けそうだった。

 カイの声が、腕の温もりが、痛いほど真っ直ぐで。

 それでも、彼女は何も答えられなかった。
 
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