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Chapter5
5-2
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「あの日康平は大分酔っていまして。貴女に偶然会って貴女が飲酒したのかと勘違いをしてしまい、カッとなって今まで溜め込んでいたものが爆発してしまったんだと言っていました」
「……そう、ですか」
「詳しい話は聞いていません。彼もあまり多くは話したがらないので。ですが貴女と康平が幼馴染で昔からお互いを知っていたということと、昔、貴女達に何かがあったんだろうということはわかっています。
そしてそれが今もなお二人を苦しめていることも」
「……」
陽毬の心の中ではここ数ヶ月、物凄い葛藤があったのだろう。
自分の恋人が知らぬ内に昔の知人と再会して乗り越えたはずの過去を掘り返されたようなもの。
挙句それが原因で不安定になり八つ当たりされるなんてたまったもんじゃない。
「──それでも。私は康平があんなに悩んだり荒れたり不安定になるのは嫌だし見たくない。もちろんどんな康平も好きだし支えたいとは思うけど。それでも元気に笑ってくれる康平が一番好きなんです。穏やかな康平に戻ってほしいんです」
「……はい」
「だからっ、これ以上、康平の心をかき回さないでほしいんですっ……」
……ああ。そうか。
「貴女の所為、なんて言いたくはないけれど」
彼女の本心が、わかってしまった。
「仕事を辞めろなんて言いません。でもやっぱり。いくら偶然でも、あくまでも仕事で仕方なくだとしても、顔を合わせて欲しくないんです。もうあんな康平、見たくないから……」
きっとただ、彼のことが心配でたまらなくて。
「……貴女は、彼のことが大好きなんですね」
彼のことを、心の底から愛しているだけ。
だから、違う女性が出てきたことで悩んでいる姿なんて、見たくないのだ。当たり前だ。
ハッと顔を上げた陽毬は、和葉の表情を見て息をすることを忘れそうになった。
とても穏やかに、綺麗に笑っていた。
「貴女のような素敵な方が、彼の隣にいてくれて安心しました」
「それはっ、どういう……」
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
ゆっくりと頭を下げた和葉に、陽毬は何も言えなかった。
和葉の言葉がどういう意味なのか。二人の過去の出来事を全く知らない陽毬には、想像もつかなかった。
ジッと和葉の下げた頭を見つめ、考えるのを辞めて深く息を吐く。
それに反応したのか、和葉はゆっくりと頭を上げた。
「……私は、今の仕事が好きです。だから辞めることはできないし異動も考えていません。それに御社との共同開発も、もうすぐ終わります。そうすれば彼と私が顔を合わせることはほぼ無くなります。ご安心ください。駅付近や街中でも遭遇しないように最大限気を付けます。絶対とは言い切れないかもしれませんが、できるだけ彼の前に姿を現しません」
それが今の和葉が約束できる、最大限のことだった。
「……ごめんなさいっ。本当にごめんなさい」
「どうして貴女が謝るのですか?」
「本当は、どんな康平でも私が支えてやるって、そう思いたいんです。それくらい器量のある彼女でいたいんです。……でもダメですね。どうしても不安になってしまう。荒れてる康平を見てるとどうしても怖くなってしまって。私が押して押してやっと付き合ってくれるようになったから、捨てられるんじゃないかって怖くなっちゃって。私にはこんな方法しか思いつかなくて。後藤さんにもご迷惑をかけて……私、私の我儘なのに……」
どんどん下を向いて両手を僅かに震わせる陽毬に、和葉は窓の外、どこか遠くへ目をやった。
「彼は、好きでもない人と付き合うような人ではありません」
「……え?」
「少なくとも私の知っている彼は、そんな人じゃありませんよ」
「……」
「好きな人にはとことん優しくするし、大事にする。何か辛いことがあっても無理していつも明るく笑って、周りを楽しませてくれる。小さい頃の彼は、そういう人でした。」
何かを思い出すように切なく笑った和葉に、陽毬は
「はいっ……私の知っている康平も、そういう人です」
と眉を下げて笑った。
「それなら、彼は本当に貴女を信頼しているんでしょうね」
「……え?」
「悩んで、落ち込んで、イライラして。それって、貴女にしか見せてない顔でしょう?」
目を見開いた陽毬に、和葉は微笑んだ。
「……私が言うのも変ですけど、貴女は十分彼の心の支えになっていると思いますよ」
少なくとも、和葉はそんな康平を見たことがなかった。
あるのは、泣いて泣いて泣いて、散々泣き腫らして真っ赤に充血した目で、思い切り憎悪の視線を受けたことだけだ。
「……ありがとう」
陽毬の目から一筋の涙が頬を伝った。
慌てて和葉がハンカチを差し出すと「大丈夫ですっ。ごめんなさい」と自分のハンカチを出して顔を抑えた。
「後藤さんって、私が想像してたより大分良い人なんですね」
鼻をすすりながら笑って言った陽毬に、和葉は首を傾げた。
「……はぁ」
「康平を悩ませる酷い人だって思ってました。でもそれは、やっぱり間違いだったのかも」
「"やっぱり"?」
どういう意味かと尋ねると、陽毬はクスッと笑って言った。
「康平が言ってたんです。
"できることなら俺はもうアイツを恨みたくない"って」
ヒュッと、息が何処かから抜けた。
胸に右手を当ててギュッと服を掴む。
その右手は小刻みに震えた。
陽毬は下を向いているためそんな和葉に気付かずに言葉を続ける。
「"あの時はそうするしかなかった。アイツが許すなって言ったから、それに甘えた。俺が現実を受け止められなくて弱かっただけなんだ"って。
"でも今更どうしようもできないんだ"って。
"俺はアイツに最低な事をした"って。
そう言ってました。
最初聞いた時は何言ってるんだって思いました。今だってその言葉の意味は全くわかりません。それでも、康平はそう言ってました」
思わず下を向いた和葉に、逆に顔を上げた陽毬はそっと呟く。
「後藤さん。貴女はきっと、とても優しい方なんですね」
「……それは違う。それは違うんですよ」
陽毬のその笑顔を和葉は顔を上げて見ることができず。
首を横に振る和葉。その様子がおかしいことに陽毬が気が付いた時には、和葉は既にテーブルにお札を置いて荷物を持って立ち上がっていて。
「……私が優しかったら、こんなことにはなっていなかったはずなんです」
失礼します、と小さく言ったかと思うと足早にその場を去って行ってしまい、陽毬は為すすべもなくただ和葉の去った先を目で追うことしかできなかった。
「……そう、ですか」
「詳しい話は聞いていません。彼もあまり多くは話したがらないので。ですが貴女と康平が幼馴染で昔からお互いを知っていたということと、昔、貴女達に何かがあったんだろうということはわかっています。
そしてそれが今もなお二人を苦しめていることも」
「……」
陽毬の心の中ではここ数ヶ月、物凄い葛藤があったのだろう。
自分の恋人が知らぬ内に昔の知人と再会して乗り越えたはずの過去を掘り返されたようなもの。
挙句それが原因で不安定になり八つ当たりされるなんてたまったもんじゃない。
「──それでも。私は康平があんなに悩んだり荒れたり不安定になるのは嫌だし見たくない。もちろんどんな康平も好きだし支えたいとは思うけど。それでも元気に笑ってくれる康平が一番好きなんです。穏やかな康平に戻ってほしいんです」
「……はい」
「だからっ、これ以上、康平の心をかき回さないでほしいんですっ……」
……ああ。そうか。
「貴女の所為、なんて言いたくはないけれど」
彼女の本心が、わかってしまった。
「仕事を辞めろなんて言いません。でもやっぱり。いくら偶然でも、あくまでも仕事で仕方なくだとしても、顔を合わせて欲しくないんです。もうあんな康平、見たくないから……」
きっとただ、彼のことが心配でたまらなくて。
「……貴女は、彼のことが大好きなんですね」
彼のことを、心の底から愛しているだけ。
だから、違う女性が出てきたことで悩んでいる姿なんて、見たくないのだ。当たり前だ。
ハッと顔を上げた陽毬は、和葉の表情を見て息をすることを忘れそうになった。
とても穏やかに、綺麗に笑っていた。
「貴女のような素敵な方が、彼の隣にいてくれて安心しました」
「それはっ、どういう……」
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
ゆっくりと頭を下げた和葉に、陽毬は何も言えなかった。
和葉の言葉がどういう意味なのか。二人の過去の出来事を全く知らない陽毬には、想像もつかなかった。
ジッと和葉の下げた頭を見つめ、考えるのを辞めて深く息を吐く。
それに反応したのか、和葉はゆっくりと頭を上げた。
「……私は、今の仕事が好きです。だから辞めることはできないし異動も考えていません。それに御社との共同開発も、もうすぐ終わります。そうすれば彼と私が顔を合わせることはほぼ無くなります。ご安心ください。駅付近や街中でも遭遇しないように最大限気を付けます。絶対とは言い切れないかもしれませんが、できるだけ彼の前に姿を現しません」
それが今の和葉が約束できる、最大限のことだった。
「……ごめんなさいっ。本当にごめんなさい」
「どうして貴女が謝るのですか?」
「本当は、どんな康平でも私が支えてやるって、そう思いたいんです。それくらい器量のある彼女でいたいんです。……でもダメですね。どうしても不安になってしまう。荒れてる康平を見てるとどうしても怖くなってしまって。私が押して押してやっと付き合ってくれるようになったから、捨てられるんじゃないかって怖くなっちゃって。私にはこんな方法しか思いつかなくて。後藤さんにもご迷惑をかけて……私、私の我儘なのに……」
どんどん下を向いて両手を僅かに震わせる陽毬に、和葉は窓の外、どこか遠くへ目をやった。
「彼は、好きでもない人と付き合うような人ではありません」
「……え?」
「少なくとも私の知っている彼は、そんな人じゃありませんよ」
「……」
「好きな人にはとことん優しくするし、大事にする。何か辛いことがあっても無理していつも明るく笑って、周りを楽しませてくれる。小さい頃の彼は、そういう人でした。」
何かを思い出すように切なく笑った和葉に、陽毬は
「はいっ……私の知っている康平も、そういう人です」
と眉を下げて笑った。
「それなら、彼は本当に貴女を信頼しているんでしょうね」
「……え?」
「悩んで、落ち込んで、イライラして。それって、貴女にしか見せてない顔でしょう?」
目を見開いた陽毬に、和葉は微笑んだ。
「……私が言うのも変ですけど、貴女は十分彼の心の支えになっていると思いますよ」
少なくとも、和葉はそんな康平を見たことがなかった。
あるのは、泣いて泣いて泣いて、散々泣き腫らして真っ赤に充血した目で、思い切り憎悪の視線を受けたことだけだ。
「……ありがとう」
陽毬の目から一筋の涙が頬を伝った。
慌てて和葉がハンカチを差し出すと「大丈夫ですっ。ごめんなさい」と自分のハンカチを出して顔を抑えた。
「後藤さんって、私が想像してたより大分良い人なんですね」
鼻をすすりながら笑って言った陽毬に、和葉は首を傾げた。
「……はぁ」
「康平を悩ませる酷い人だって思ってました。でもそれは、やっぱり間違いだったのかも」
「"やっぱり"?」
どういう意味かと尋ねると、陽毬はクスッと笑って言った。
「康平が言ってたんです。
"できることなら俺はもうアイツを恨みたくない"って」
ヒュッと、息が何処かから抜けた。
胸に右手を当ててギュッと服を掴む。
その右手は小刻みに震えた。
陽毬は下を向いているためそんな和葉に気付かずに言葉を続ける。
「"あの時はそうするしかなかった。アイツが許すなって言ったから、それに甘えた。俺が現実を受け止められなくて弱かっただけなんだ"って。
"でも今更どうしようもできないんだ"って。
"俺はアイツに最低な事をした"って。
そう言ってました。
最初聞いた時は何言ってるんだって思いました。今だってその言葉の意味は全くわかりません。それでも、康平はそう言ってました」
思わず下を向いた和葉に、逆に顔を上げた陽毬はそっと呟く。
「後藤さん。貴女はきっと、とても優しい方なんですね」
「……それは違う。それは違うんですよ」
陽毬のその笑顔を和葉は顔を上げて見ることができず。
首を横に振る和葉。その様子がおかしいことに陽毬が気が付いた時には、和葉は既にテーブルにお札を置いて荷物を持って立ち上がっていて。
「……私が優しかったら、こんなことにはなっていなかったはずなんです」
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