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Chapter5
5-3
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ゆらゆらと歩く夜の街。足早にカフェを後にした和葉は、当てもなくゆっくりと足を動かしていた。
頭がぼーっとして、何も考えられなかった。
どれくらい時間が経ったか、時間も遅いためちょっと涼しくなってきた。
……さて、どうやって帰ろうか。
そう思っているとふと鞄の中から音がして手で探る。
スマホを取り出して画面を見ると、"中西 哲平"の文字。
そう言えば話が終わったら連絡くれって言われてたっけ。
と通話ボタンを押して、そっと耳に当てた。
「後藤?大丈夫か?」
「……大丈夫ですよ。連絡忘れてました。すみません」
「いや、大丈夫ならそれでいいけど……」
「……ん?どうしました?」
急に言葉が途切れたため声をかけると、スピーカーから少し低くなった哲平の声が聞こえた。
「後藤。今どこ?」
「……家です」
「嘘吐くな。車の音聞こえるから外だろ」
「……わかってるなら聞かないでくださいよ」
なんて質の悪い。
「んで、今どこ?」
「……いや……ここはどこでしょうかね」
「は?」
「当てもなく歩いてたんですけど……こういうのを迷子って言うんでしょうか」
「……ちょっと待ってろ」
呆れた哲平は和葉にスピーカーにするように指示をし、マップのアプリで現在地を確認。場所を聞き出してようやくほっと一息ついた。
近くに公園があるからそこにいろと言われ、それに従いベンチに座って待っていた。
十五分後、タクシーでやってきた哲平は中々のご立腹だった。
「……後藤」
「……すみませんでした」
素直に謝った和葉に、哲平も怒るに怒れなくなり行き場の失った手で頭をガシガシ掻いた。気が付けば時刻は既に夜遅く。
ベンチに座っていた和葉は、いつにも増して、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。
その和葉の纏う雰囲気にどうにも哲平は怖くなり、声もかけられずにそこに立ち竦む。
それを知ってか知らずか、和葉はにこやかに手を差し出した。
「中西さんも座ってください。これどうぞ」
思わず受け取った缶コーヒーを手に、哲平もベンチに座る。自分の着ていたスーツのジャケットを和葉の肩にかけた。
「これじゃ中西さんが寒いじゃないですか」
「いいから気にすんな」
「……ありがとうございます」
「おぉ」
お互い前を向いて空を見上げる。
満月に近い大きさの月が、2人を僅かに照らしていた。
和葉はもう一度空を見上げながら陽毬の言葉を思い出す。
「……ねぇ中西さん」
「……ん?」
「……私、優しいって言われました」
「…………ん?」
「優しい人だって、言われたんです」
突然の言葉に、哲平は困惑した。
「話が見えないんだけども」
「私は優しくないんです」
「……」
「優しいわけ、ないんです」
自分に言い聞かせるように、和葉は何度もそう呟く。
そして目線は月のままに一度ふわりと笑ったと思ったら、次の瞬間にはその目には月明かりにキラキラと光る涙が溜まっていて。
不謹慎だろうか。哲平はそれを見て、"綺麗だ"と思った。
「優しかったら、私はあの時死んでいたはずだった。……私が優しければっ、"あの子"は!死ぬはずじゃなかったっ」
「……何言って……っ!」
和葉が人に弱みを見せたのは、もしかしたらこれが初めてだったかもしれない。
それくらい、今まで人前で涙を流すことは無かったのに。
大粒の涙が、静かに和葉の目から絶え間なく零れ落ちた。
【そんな笑い方するくらいなら一層のこと泣け】
確かに以前そう言った。そう言ったけれど。
こんなに痛々しい泣き方を、哲平は知らなかった。
沢山の後悔、絶望、悲しみ、怒り、苛立ち。負の感情が剥き出しで、拭うこともせずただ涙を零す和葉の姿に、抱きしめることすら躊躇した。それでも。
「私がっ、あの時死ぬはずだったのにっ……。そしたら、今ここにいるのは私じゃなくて"あの子"だったのにっ」
それは、何年もの間和葉が1人胸の内に溜め込んでいた、隠された思い。
「……後藤」
「私はっ、ここにいるべき人間じゃなかったっ。なのに……」
一度溢れた思いは、もう誰にも止められない。
「後藤っ」
このまま止めなければ、まずいと思った。
「ねぇ中西さん。何で、何で"あの子"は死ななければいけなかったんでしょうか」
「ーーっ、後藤っ!!」
和葉の肩を掴んで自分の方を向かせた哲平に和葉は一瞬止まってから、ゆっくりと問う。
「……ねぇ中西さん。何でなんでしょう」
その目は涙で濡れ、揺らめいていた。
そこから感じ取れるものは、恐怖。
「後藤に何があったのか、俺は知らない。"あの子"ってのが誰なのかも、後藤が死ぬはずだったってのも。何もわからない。でも」
「……後藤が優しいことなんて、ずっと前から皆知ってる」
「……」
「後藤が今何を思って、何に悩んでるのかはわからないけどさ」
伝われ。伝わってくれ。
「後藤が生きててくれて、今ここにいてくれて、俺は嬉しい」
「っ、」
「後藤がもし死ぬはずだったって言うのなら。
……生きててくれてありがとうって、そう言うだけだ」
哲平はクサい台詞を言ってしまった、と恥ずかしさのあまり照れ臭そうに笑った。
その笑顔は、さっきの言葉は上辺だけじゃなく本心からの言葉だと言っているようなもので。
「……ほら、おいで。泣いていいよ」
大きく両手を広げた哲平に、和葉は一度顔を歪めたかと思うとそのまま体を倒すように頭を哲平の肩に押し付け、声を押し殺して静かに涙を流すのだった。
頭がぼーっとして、何も考えられなかった。
どれくらい時間が経ったか、時間も遅いためちょっと涼しくなってきた。
……さて、どうやって帰ろうか。
そう思っているとふと鞄の中から音がして手で探る。
スマホを取り出して画面を見ると、"中西 哲平"の文字。
そう言えば話が終わったら連絡くれって言われてたっけ。
と通話ボタンを押して、そっと耳に当てた。
「後藤?大丈夫か?」
「……大丈夫ですよ。連絡忘れてました。すみません」
「いや、大丈夫ならそれでいいけど……」
「……ん?どうしました?」
急に言葉が途切れたため声をかけると、スピーカーから少し低くなった哲平の声が聞こえた。
「後藤。今どこ?」
「……家です」
「嘘吐くな。車の音聞こえるから外だろ」
「……わかってるなら聞かないでくださいよ」
なんて質の悪い。
「んで、今どこ?」
「……いや……ここはどこでしょうかね」
「は?」
「当てもなく歩いてたんですけど……こういうのを迷子って言うんでしょうか」
「……ちょっと待ってろ」
呆れた哲平は和葉にスピーカーにするように指示をし、マップのアプリで現在地を確認。場所を聞き出してようやくほっと一息ついた。
近くに公園があるからそこにいろと言われ、それに従いベンチに座って待っていた。
十五分後、タクシーでやってきた哲平は中々のご立腹だった。
「……後藤」
「……すみませんでした」
素直に謝った和葉に、哲平も怒るに怒れなくなり行き場の失った手で頭をガシガシ掻いた。気が付けば時刻は既に夜遅く。
ベンチに座っていた和葉は、いつにも増して、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。
その和葉の纏う雰囲気にどうにも哲平は怖くなり、声もかけられずにそこに立ち竦む。
それを知ってか知らずか、和葉はにこやかに手を差し出した。
「中西さんも座ってください。これどうぞ」
思わず受け取った缶コーヒーを手に、哲平もベンチに座る。自分の着ていたスーツのジャケットを和葉の肩にかけた。
「これじゃ中西さんが寒いじゃないですか」
「いいから気にすんな」
「……ありがとうございます」
「おぉ」
お互い前を向いて空を見上げる。
満月に近い大きさの月が、2人を僅かに照らしていた。
和葉はもう一度空を見上げながら陽毬の言葉を思い出す。
「……ねぇ中西さん」
「……ん?」
「……私、優しいって言われました」
「…………ん?」
「優しい人だって、言われたんです」
突然の言葉に、哲平は困惑した。
「話が見えないんだけども」
「私は優しくないんです」
「……」
「優しいわけ、ないんです」
自分に言い聞かせるように、和葉は何度もそう呟く。
そして目線は月のままに一度ふわりと笑ったと思ったら、次の瞬間にはその目には月明かりにキラキラと光る涙が溜まっていて。
不謹慎だろうか。哲平はそれを見て、"綺麗だ"と思った。
「優しかったら、私はあの時死んでいたはずだった。……私が優しければっ、"あの子"は!死ぬはずじゃなかったっ」
「……何言って……っ!」
和葉が人に弱みを見せたのは、もしかしたらこれが初めてだったかもしれない。
それくらい、今まで人前で涙を流すことは無かったのに。
大粒の涙が、静かに和葉の目から絶え間なく零れ落ちた。
【そんな笑い方するくらいなら一層のこと泣け】
確かに以前そう言った。そう言ったけれど。
こんなに痛々しい泣き方を、哲平は知らなかった。
沢山の後悔、絶望、悲しみ、怒り、苛立ち。負の感情が剥き出しで、拭うこともせずただ涙を零す和葉の姿に、抱きしめることすら躊躇した。それでも。
「私がっ、あの時死ぬはずだったのにっ……。そしたら、今ここにいるのは私じゃなくて"あの子"だったのにっ」
それは、何年もの間和葉が1人胸の内に溜め込んでいた、隠された思い。
「……後藤」
「私はっ、ここにいるべき人間じゃなかったっ。なのに……」
一度溢れた思いは、もう誰にも止められない。
「後藤っ」
このまま止めなければ、まずいと思った。
「ねぇ中西さん。何で、何で"あの子"は死ななければいけなかったんでしょうか」
「ーーっ、後藤っ!!」
和葉の肩を掴んで自分の方を向かせた哲平に和葉は一瞬止まってから、ゆっくりと問う。
「……ねぇ中西さん。何でなんでしょう」
その目は涙で濡れ、揺らめいていた。
そこから感じ取れるものは、恐怖。
「後藤に何があったのか、俺は知らない。"あの子"ってのが誰なのかも、後藤が死ぬはずだったってのも。何もわからない。でも」
「……後藤が優しいことなんて、ずっと前から皆知ってる」
「……」
「後藤が今何を思って、何に悩んでるのかはわからないけどさ」
伝われ。伝わってくれ。
「後藤が生きててくれて、今ここにいてくれて、俺は嬉しい」
「っ、」
「後藤がもし死ぬはずだったって言うのなら。
……生きててくれてありがとうって、そう言うだけだ」
哲平はクサい台詞を言ってしまった、と恥ずかしさのあまり照れ臭そうに笑った。
その笑顔は、さっきの言葉は上辺だけじゃなく本心からの言葉だと言っているようなもので。
「……ほら、おいで。泣いていいよ」
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