カンパニュラに想いを乗せて。

青花美来

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Chapter7

7-1

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「私はその後、中学に通って卒業して。施設を出た後は奨学金を使って高校を卒業して、今の会社に入社しました。ここにある傷は、私の生きている証であり、若葉が生きていた証であり、私の罪の証でもあります。若葉が生きていたら今年で十八歳でした。心臓はまだ十八歳なんです。普通の生活は送れるようになりましたが、心臓に余計な負担はかけたくないので運動どころか滅多に走ることもしませんし、転びたくないので仕事以外ではヒールも殆ど履きません。お酒やタバコなんて以ての外だしアイスクリームはあれ以来ずっとトラウマです」


全ての話を聞いた哲平は、言葉を失っていた。

最愛の妹のことを思い出しているのか、切なげに苦しそうに言葉を紡ぎ出しているその顔を見て、何と言葉をかけていいのか、そもそも言葉をかけるべきなのかすら見当もつかなかった。

逆に、初めて人に話した和葉は、少し肩の荷が下りたような気がしていた。


「(勝手に話して勝手にスッキリして……本当、私は最低だ)」


自分に呆れながらも哲平を見ると、案の定悲痛に歪んで何かを迷っているようなそんな表情をしていた。


「……俺は、後藤の気持ちも、山口さんの気持ちも、妹さんの気持ちも、後藤のご両親の気持ちも、何一つわかることはできない。わかってはいけないと思うくらい、大きなことだと思う。でもさ、何度考えても思うんだけど。後藤は何も悪くないだろ……?」


哲平の主張は尤もだった。しかし、和葉は苦笑いをする。


「……わかってるんですよ。皆、本当は多分、わかってるんです。悪いのは事故を起こした運転手の男だって」

「だったら」

「それでも。その男は死にました。誰も何も言えないまま。若葉が死んだことすら知らないんですよその男は。目の前に恨むべき人がいないのって、つらいんですよ。何も言えないんです。文句の一つも、言えやしないんです。そうなったらもう。残された側の人間は誰か別の人間を恨むしかないんです。そうしないと……つらすぎて生きていけないんです。皆言うんですよ。"和葉ちゃんは何も悪くないんだよ"って。"自分を責める必要はないんだよ"って。看護師さんや病院の先生も、皆言いました」

「ならっ」

「それでも。少なからずそのきっかけを作ってしまったのは私だった」

「……っ」

「死なずに済んだことに。生きていることに。喜んでしまった。そんな自分が、許せなかった」

「それはっ」

「私を恨んで罵倒して憎んで。それを原動力に皆が生きていけるなら、それで良いと思った」


力強くそう呟いた和葉に、哲平はもう何も言えなかった。


「ねぇ、中西さん。心臓移植を待つのって、凄くつらいんですよ」


眉を下げて微笑んだ顔は、とてもつらそうなもので。


「いつ順番が来るかわからない。もしかしたらそれまでに死ぬかもしれない。
その気持ちを抱えて待つのもつらかった。
でも、1番つらくてしんどいのは」


その顔を見ている方も、たまらなく苦しくなった。


「──自分が生きるために、誰かの死を待つのって、本当にしんどいです。本当につらいです」


当たり前のことを、突き付けられた気がした。

和葉は、つらかった。しんどかった。キツかった。

心臓移植は、生きている人からは移植されない。

自分が生きるためには、誰かが死ななければいけない。

心臓移植のドナーを待つということは、誰かが死ぬのを願い、ひたすら待っているということ。

それも、同じくらいの子どもが亡くなることを。

和葉はそれが正しいのかをずっと自問自答していた。

だから若葉に、


"……最近、たまにわからなくなるんだ"


と零していた。

自分が死ぬのはもちろん怖い。

でも、誰かが死ぬのを待っている自分は、もっと怖いと思ってしまった。

誰かが死んだ先にある自分の命に、価値なんてあるのだろうかと。自分が生きるために人の死を願うなんてあっていいものなのだろうかと。ずっと疑問に思っていた。

それなのに。


「誰が思います?赤の他人の心臓ですら待つのを迷っていた私に、ある日突然。大好きで、何よりも大切で。ちょっと前まで一緒にアイス食べようって言ってた妹の心臓が来るなんて。自分が生きるために、たった1人の妹のお焼香にも行けなかった。そんなの、一体誰が思います?」


和葉は笑って言う。

その笑顔は側から見ればとても綺麗なものだった。

しかし、哲平にはその笑顔が恐ろしく見えた。

心が泣いている。大号泣している。このまま放っておいたら、壊れてしまう。そうとしか思えないくらいの痛々しいものだった。


「……私は、中西さんが思っているような優しい人間じゃありません。それでも、私を好きだと言ってくれますか?」


この聞き方はずるいと、自分でもわかっていた。それでもそう聞きたかった。

哲平は真っ直ぐ和葉の方を見据えて口を開く。


「──それでも、好き」


その静かな声は、和葉の心の中にストンと落ちた。

和葉の両手をテーブルの上に乗せて自分の両手を重ねる。

和葉は予想もしていなかった展開に驚いて固まった。


「後藤はやっぱり優しいな」

「ひ、人の話聞いてました!?」


クスッと笑った哲平は和葉の両手をキュッと握る。


「お前は優しいよ。自分の事より周りの事を考えてそうやって悩んで、それでも皆のためにって理不尽なことも全部受け入れて。もっとわがままでいいんだよ。もっと貪欲でいいんだよ。泣いてもいい。怒ってもいい。俺が、ちゃんと受け止めるから」

「……」

「後藤は、生きてる事に喜んでいいんだよ。これから幸せになっていいんだよ」

「……!」

「過去を忘れろなんて言わない。むしろ忘れちゃいけない。乗り越えろとも簡単には言えない。でもそれと後藤がこれから幸せになることとは関係無い。今まで沢山つらい思いしたろ?沢山後悔して、悩んで苦しんだんだろ?それでもう十分。もう自分を許してやれよ」


和葉の目から、涙が溢れた。

とめどなく流れるその雫を、哲平は笑って持っていたハンカチで抑えた。


「そうそう。そうやって感情に素直になっていいんだよ」


受け取ったハンカチをギュッと握った和葉は、それに顔を埋めるように静かに泣く。

哲平はそんな和葉の頭をポンポンと優しく撫でる。


「俺が全部受け止めてやるから」


誰かに、ずっと言って欲しかった。


「よく、頑張ったなあ」


ずっと、認めてほしかった。

本当は、両親に自分が生きている事を喜んでほしかった。

若葉もここに生きてるんだと、そう思ってほしかった。

胸に手を当てる度に、自分の心がわからなくなった。

若葉の心臓に、責め立てられてるような錯覚を覚えて。罪悪感に押しつぶされそうになって。

両親や康平の気持ちを利用したんだ。

自分が責められて、少しでも楽になるように。

和葉が静かに泣いていることに気が付いたホテルマンが、そっと無言でコップに入ったお水と濡らした小さめのタオルをテーブルに置いてくれて。

哲平は慌てて小さくお礼を言い、会釈した。

和葉が落ち着いたのを見計らって哲平がタオルを差し出す。


「ふふっ、前にもこんなこと、ありましたね」


なんて言いながら、和葉は目元を冷やした。


「中西さん」

「ん?」

「一つ、お願いしたいことがあるのですが」


哲平は和葉の話を聞き、快く頷いた。

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