剣豪エルフは弟子がほしい!

水母すい

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第二章 セルロ村の幽霊

11.月夜と幽霊

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「眠い」
 俺と先輩がセルロ村に来たその日夜。
 俺たちは依頼通りアンデッド退治のために墓地の近くで待機することにしたのだった。長時間の張り込みを想定して、アンパンとコーヒーを添えて。
 そんな中、緊張感ゼロの彼女は盛大な欠伸をする。
「今日は徹夜かもねー」
「まあ、そのためのコーヒーですからね」
「なるべく手短に頼んだよ⋯⋯」
 まったく、引き受けた本人がこれとは無責任にも程がある。それがゆくゆくは俺の成長の糧になるとしてもだ。
 木の裏に隠れていた俺たちだったが、しばらくして睡魔に負けたのかハイル先輩が俺の肩に頭を預けてきた。どうやら、コーヒーのカフェインの効力も彼女の前では塵に等しいようだ。
「ちょっ、せんぱ⋯⋯⋯⋯はぁ、この人は⋯⋯」
 無意識にも溜息が口から漏れていた。
 すうすうと寝息を立てる彼女から目を離し、ふいに夜空に浮かぶ三日月を見上げた。この世界の月は今日も紅い。
 そして、昼間彼女が言った言葉が脳を何周かして戻ってくるのだった。なにかと距離感がおかしいはずの彼女には似つかない、どこか俺と距離を置くようなあの言葉が。でもそれは見方によっては、越えてはいけない一線に近づきかけた俺を突き放すようにも思えた。
 もし彼女が本当に、俺とある種の壁を作ろうとしているのならば。
 俺のすべきことは、その壁越しに彼女と関わり続けることか、それとも壁を壊して彼女に真意を語らせることか。もちろん、俺は前者を肯定する。
「知らない方がいい、か⋯⋯」
 今こうして呑気に俺に頭を預けて眠りの世界に浸っている彼女も、彼女に振り回されて一喜一憂している俺も、互いの知らない所で何かを抱えて生きている。「関わり」というのはそういうものなのかもしれない。
 そうして俺まで睡魔に押し負けようとしていた深夜のこと。俺の意識を覚醒させたのは足音でも草木の揺れる音でもなく、『気配』だった。
 だがそれは妙だった。これまでの通り魔力が絶望的な俺は、高等魔術である魔力探知も当然のことながら使えるはずがない。では今感じた気配は一体何だ?
 恐る恐る木の陰から墓地の方を振り返ってみると、そこにそれは居た。
 墓地の辺りを彷徨っていたのは、半透明な騎士の姿をした影だった。その身体はやはり透けているが、その大きなシルエットにはしっかりとマントのような布がはためいているのが確認できた。月明かりに照らされて浮かび上がったその姿は、どこか夜を泳ぐ死神を連想させた。
「(あれが、アンデッド⋯⋯?)」
 俺の知るアンデッドとは一線を画すその影を目で追いつつ、背後をとるように草木の陰を移動する。獲物と対峙して速まる鼓動を抑えながら、剣に手をかけて踏み込む。目の前まで迫っても、敵の影は動く素振りは見せない。
 鞘から抜き去った剣がその身体を捉え、虚空を斬り払った。
「――!?」あまりに予想外の事態におののく。
 躱されたはずもない。敵は今も棒立ちだ。
 二撃目に移る前に一歩退き、体勢を整える。
 やはりこいつは、操り死体であるアンデッドとは違う。これは魔法あるいは魔術による幻影だ。実体がない。
「くっそ、話と違う⋯⋯!」
「弟子くーん」ぴょこんと彼女は木の陰から顔を出す。
「なんですか!」
「そいつ、物理攻撃は効かないよ。君の不得意分野を活かしてなんとかしてみて」
「なんとかって⋯⋯」
 俺の不得意分野――魔法?
 敵が魔法による幻影なら⋯⋯
 などと考えている間に、目の前には高く振りかざされた剣が迫っていた。敵はいつの間に俺の間合いに入っていた。瞬時に回避したものの、不規則なその斬撃は読み切ることができない。
 剣で相手の攻撃をいなす意外に、最早取るべき行動が思いつかない。冷静さを失った俺は、敵の弱点である魔法を使うことすら頭から切り捨てていた。
 目の焦点も合わず狂ったように無言で攻撃を続ける影に、次第に追い詰められ始めた。
「⋯⋯あ」
 回避のし過ぎで体力を削られ、体勢を崩した俺の横腹に剣がめり込む――直前。
退け、少年!!」
 その剣先を一本の矢が弾いた。
 どこからか聞こえたその声に従い、身を引く。
「⋯⋯ロイ、ファー⋯⋯⋯⋯」
 絶え間なく続く矢の連撃に怯んだのか、影はそんな言葉を遺して消えていった。塵の一つも残さず、跡形もなく。
 呆然と立ち尽くしていた俺だったが、背後から近づく足音に振り返った。
「お前、怪我はないか?」
 俺の窮地を救って颯爽と現れたその人影に、どこか既視感を覚えてしまう。基本的に俺は助けられてばっかりなのだ。
 それはそうと、濃い赤色の髪をした精悍な顔つきの無精髭の男は、残りの矢を筒に入れて立っていた。
「あ、ありがとうございます⋯⋯」
「礼はいい。それよりお前その格好⋯⋯例の冒険者か?」
「はい」
 値踏みでもするように、無遠慮な視線を注いでくるその男は、弓矢を使っているのが不思議に思えるくらいきちんと鍛え上げられた肉体を保持していた。弓が小さく見えないのは、弓も同じくデカいからか。
「⋯⋯ところで、貴方は?」
「俺か? 別に大した者じゃないさ」
 自嘲の意を含めつつ彼は鼻で笑った。
 そして、背中に携えた弓を摩ってこう付け足す。
「俺はロイファー。本業は物書きだ」


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