剣豪エルフは弟子がほしい!

水母すい

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番外編

#1 彼無き後の

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「ナハト! 遅いわよ!!」
 俺たち以外人気のないダンジョンで、少女の叫び声が響いた。
 迫りくる魔物を前に、前衛である俺は剣を握り、それらを片付けていく。だがなにより敵の数が多い。一級冒険者の資格を持っている俺でも、一人でこの数は捌ききれない。
 後ろで遠距離支援を行っているリアにも、俺が止められなかった敵が流れていっている。戦線が崩壊の危機だ。
「ッ、数が多すぎる! 一旦退いて体制を――」
 俺がそこまで言いかけたそのとき。
 背後から、何者かの影が飛びかかってきた。
 そしてすぐ、振り向きざまに振りかざした左腕にそいつは噛み付いた。ホーンルプス――額に大きな一本の角を生やしたその狼は、俺の左腕にその鋭い牙を突き立てていた。
「くっ、こいつ⋯⋯離せ!!」
 腕に牙が食い込む。じわじわとその傷は深くなっていき、俺は歯を食いしばりつつもホーンルプスに斬撃を加える。だが、逆に腕ごと振り回されて体勢が崩れる。
 焦る。殺せない。殺される。腕が喰われる。
「ナハト、避けなさい!!」
 状況を理解したのか、リアがようやく俺の危機に気づき、遠くから彼女は詠唱した。
「――緋弓の矢クリムゾン!!」
 遠くに見える彼女の杖から、赤く煌めく光の矢が放たれた。彼女の持つ最大威力の矢は、周囲の魔物たちを一掃して向かってくる。
 俺がその矢をすんでのところで回避すると、矢はホーンルプスの胴体に突き刺さった。激しく暴れ回っていた狼の動きが一瞬止まる。
 ――今だ。
「くたばれ!!」
 俺の剣による一撃が、ホーンルプスの頸を両断した。
 頭部を失った身体が崩れ落ちた。依然左腕に噛み付いたままの頭を引き剥がし、放り投げた。未だその噛み傷からは、鮮血がどくどくと流れ出ている。
「チッ⋯⋯こんな傷は久しぶりだな」
「ナハトさん、動かないでください」
 俺たちのパーティの残り一人、僧侶のエウロが駆け寄り、俺の左腕の治療を始める。彼はこのパーティ唯一の回復役であるため、何気に最優先で守るべき存在だったりする。まあ、今回はそんな余裕も無かったのだが。
「ひどい傷ですね⋯⋯」
「ああ。早く頼む」
上級回復魔法ヒール!」
 みるみるうちに傷が治っていく。痛みもだいぶまじになってきたようだ。
「ありがとう。助かった」
「いえいえ。主力に死なれては困りますから」
 エウロは柔らかに微笑み、装備である宝具の本を閉じた。いつの間にか、あれだけいた魔物は全滅していた。
 リアが不機嫌そうに足音を立てて近づいてくる。
「リアも、おかげで助かったよ」
「ふん、前衛のアンタがそんなんでどうするのよ。ていうか、今ここ何階層?」
「確か……丁度三十五階層くらいだった気が」
「うげ……まだそんななの?」
 うなだれるリアに、俺は苦笑いが溢れる。
 冒険者協会の管轄するダンジョンは、基本的にいくつかの階層に分かれている。ここは比較的難易度の高い五十階層式ダンジョン。上に行くにつれて当然魔物たちも強力になってくる。もっと上を目指す俺たちは、こんなところで止まっていられない。
 だが、今の戦力では流石にカツカツだ。
「襲ってくる魔物の数が急に増えましたね……」エウロが呟いた。
「そうだな。今の前衛の戦力だと、この先進むのは厳しいかもしれない」
 俺がそう言った途端、ただでさえお嬢様気質なリアの目つきがより鋭くなって俺を射貫いた。
「無理だっていうの? ルフトが居なくなったから?」
「いや、そこまでは言ってないが……」
「あんな役立たずの力添えなんていらないとか言ってたくせに、居なくなってすぐ弱音吐くわけ?」
「あいつは関係ない! ただおれはチームの戦力について――」
「まあまあ二人とも!」
 口論に発展しそうになったところで、エウロが仲裁に入った。気難しい性格のリアとは、ルフトがいた頃から対立しそうになることは多々あったが、その度彼の仲裁によって場が上手く収まるのだ。天然の金髪碧眼に柔和な表情、朗らかな人柄。
 そう、彼は聖人中の聖人……といいたいところなのだが。
「過去の人のことなんか早く忘れましょう! あんなの居ても居なくても変わりやしませんから!」
 たまに、ニコニコしながらだいぶ暴言を吐いてくるのだ。
「エウロ、アンタの暴言が一番怖いのよ……」
「えー、そーですか?」
 現状、一番怒ると恐そうなのはエウロだ。そのポテンシャルはリアすらも凌駕するだろう。
 ……と、そんな話はさておき。
「とりあえず、一旦退却しないか? 今のところ、まだ他に先を越されることはなさそうだ」
「そうしましょう。僕もお腹が空きましたし、頑張りすぎも良くないですからね!」
「ふん、仕方ないわね……」
 リアもそれに賛同したところで、俺たちは一旦ダンジョンからぬけることにした。
 ダンジョンを抜けても、俺たち冒険者のもつステータスプレートには階層の突破記録が自動入力される仕組みとなっている。だから、目当ての報酬のために何度でも挑戦できるのだ。他のパーティに先を越されないかぎりは。
「ナハト、」その道中、リアが俺に話しかけてきた。
「なんだ?」
「アンタ、いまさらまたあいつが必要だなんて言わないわよね?」
 言い淀んだ。
 果たして俺は今、そう言い切れるのか。
 けれどそんな弱音で、パーティの前衛が務まるはずがない。彼らの行く先を切り開くのは、最前線で戦う俺の役目なのだ。
「……言わないさ」
 そう、口走った。
 それが見え透いた嘘だなんてことは、俺が一番わかってるはずだった。でも、それでも虚勢を張ったのは単なる俺のくだらないプライドなんだろう。まったく我ながら、くだらないものを持ち合わせてしまったものだ。
 
 確かに、ルフトは目に見えた成果を上げるタイプではなかった。戦闘では常に俺の後ろにつき、俺の取り逃した魔物を一匹ずつ倒していくような、戦闘に消極的な剣士だった。それにどこか、自分の力量をわきまえているような立ち回りをしているようにも感じられた。
 だが、蛇足ではなかった。
 実際、彼がパーティから抜けて俺は前線の敵の数に圧倒されてしまっている。いつもあいつが処理してくれていた敵が、自分の死角から迫ってくる。そして俺は小さな綻びからつまずく。
 それで気付かされたのだ。俺はきっと、自分の役割を全うしようとしているあいつに背中を任せ、尚且つ心のどこかで必要としていたのだと。
 あいつは俺よりも弱かったし、リアと衝突することも多かった。俺だってあいつの実力を認めたことは一度だってなかった。あいつに信頼を置いて戦ったことだってなかった。
 だがあいつは人一倍、自分のやるべきことが見えていた奴だったのかもしれない。
 だとすれば俺は、あいつにお膳立てされた主人公気取りな男にすぎないのか。報酬泥棒だ、と嘆いたリアに反対せず彼を追い出した俺は、結局自分の欠陥に気づけなかった雑魚なのか。
 そうかもしれない。
 そう思っているのかもしれない。
 この劣等感だって、本物なのだから。
 
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