【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第88話

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リーエが旦那様のトマシュさんのおばあ様を紹介してくれないので、私は焦れていました。

自分ひとりではもう、死人還りの儀式に必要な物も、正しい手順もわからなくて、この方なら知っているかもと、リーエが教えてくれたのに。

『早くご紹介して』と、頼んでも。
『今は都合が悪いらしいの』と、はぐらかされ。
『いつになったら、ご都合が良くなるの?』と、聞いて貰おうとしても。
『お年寄りの体調は、よくわからないのよね』と、それこそよくわからない返事を返されて逃げられるのです。

その上、高等部に進学してからは、全員何かのクラブに所属するように規則で決められていて、週末のどちらかはクラブ活動に充てられるようになってしまって、以前よりリーエに会いに行く時間も取れなくなって。

殿下からは
『君が呪いだと思い込んでいるのは違っていて、アンナリーエ夫人が教えたあれは恋のおまじないだった。
 だからその呪いで、母上も姉上も亡くなったのではない』と、教えていただきましたが、私はそれをリーエには伝えませんでした。

まさか教えて貰った呪いが、実は恋のおまじないだったとは知りませんでしたが、当時の幼い私でさえ、呪いなどは存在しないとわかっていたのです。
だって、教えたリーエが直ぐに笑っていたのですから。

私が恐れたものは……
呪いそのものではなく、それを行ってしまった自分の心なのです。


だから、嘘を教えたと、リーエを責めるつもりもなかったのですが……
リーエは何も言いませんが、おそらくアーグネシュ様から何かお話があったのかも知れません。

もう二度とアグネスには、そういう類いのものを教えてはなりません、と。
だから、トマシュさんのおばあ様に会わせないようにしているのだと思ったのでした。




何の手立てもないまま、秋を迎えて。
私はバロウズへ一時帰国致しました。
兄は帰国しなかったのですが、母と姉の命日を、父や祖母、叔父の家族と静かに過ごし……。

そして姉クラリスの誕生日が。
例の死人還りを行えない今年もまた、クラリスには会えないのだと、半ば諦めていました。
ですから、前回の2年前のように、1日に何度も姉の部屋を訪れるのもやめようと思っていました。

父は今年も登城して留守だったのですが、何だか家令を始め、使用人の皆からずっと見られているような気がしたからです。
彼等から見ても、前の私の行動はおかしかったのだと気付きました。

それでも父には報告をしないでくれていたから助かりました。
もしされていたのなら、今日父は仕事を休んでいたと思われたからでした。

かつて母と姉が居た頃は、父の生活は仕事を中心に回っていて、親子でそれ程深い話をした記憶はありませんでした。
決して冷たく扱われる事などありませんでしたが、何か頼み事があったり、報告があれば、夕食の席や執務室に訪ねてそれを伝える、そんな感じでした。
私と父とは主に母を通しての関係とも言えたのです。
ところが、最近は私と交流を持とうとされるようになって、父の方から会話をする機会が増えていました。


「大切なものにもっと早くに気付けていたら、私の人生は遥かに豊かになっていたと、思う」

「……」

「過去の話しか出来なかったが、これからは先の、将来の話もしてみたいと思えるようになったのだ」


一体、どなたと過去の話をなさったのでしょうか……
一時は仕事も何もかも手放したいと、思い詰められているご様子だった父が、少しずつでも前向きになられていたので、私は安心致しました。

殿下から逃げるように、この家を出た私が言える立場ではありませんが、兄も帝国へ留学して。
このスローンの邸は本当に寂しくなっていて……

1年以内に皆が、父を置いて家から居なくなったのです。
ひとり残された父の孤独は、如何ばかりだったでしょう。
そんな父に私の行動が知られたら。
理由を尋ねられたら、私は打ち明けるしかありません。


クラリスが現れるのを待っている。
私がそう答えたら、父はどうするのでしょうか?
バカな事を言うなと叱られて、私は部屋へ追いやられ……
最悪の場合、姉の部屋に入れぬ様に鍵をかけられてしまうかもしれません。


家令のゲイル、メイドのレニーとロレッタ……
皆が危なっかしい私を静かに見守ってくれている事にも、気付けていない私でした。


今年も姉の部屋で、椅子に座り、心の声で呼び掛けて。

お願い。お願いします、お姉様。
一度でいい、少しだけでもいい。
お顔を見せて。
貴女に謝りたいのです。


『許さなくてもいい、謝らせて欲しい』
殿下はあの催眠術の後、私にそう言った。
許さなくてもいいなら、許さない。
跪いて頭を下げられたのに、私はそう思った。

そんな私の謝罪の言葉など、クラリスには届かないのでしょうか。


 ◇◇◇


リーエには誤魔化され、ストロノーヴァ先生にも聞く事も出来なくて。
救いの手は、思わぬところから差しのべられました。

高等部で入ったクラブの部長、ミクローシュ・イロナ先輩でした。


私は……伝承民俗学クラブに所属したのでした。
トルラキアでは、民俗学は想像していたより人々に浸透している学問だったのです。
それは3学年で30名に満たない人数のクラブでしたが、学院内の学術系クラブでは所属人数は多い方でした。


「来月はアグネス様がテーマを決めてくださる?
 何か、ご希望はありますか?」

クラブでは毎月ひとつのテーマを決めて、各自の課題を持ち寄って、皆でそれについて討論するのです。
課題はレポートだったり、自力で集めた参考資料の提出だったりします。
毎月の希望は大体1年生に聞いてくださって、とうとう来月は私の番だと言われたのです。


「……死人還りを、お願いします」


リーエ以外では、初めてそれを口にしました。
それも20人以上の人を前にして、です。
後ろめたい気持ちを隠して、ごく普通の顔をして。
私は堂々と、何でもないように、さりげなく。
それを口にしたのです。


覚悟していましたが、死人還りについての資料は少なくて、皆様持ち寄る課題も少なかったのですが、さすがにミクローシュ部長です。
必要なものや、手順、そして注意点までも調べていらっしゃったのでした。
皆様からのすごいすごいの絶賛の声に、部長は頬を紅潮されていました。


人形を使う『形代』
人を使う『依り童』


私はそれらをメモに取っていきました。
ミクローシュ部長は熱心にメモを取る私の側に来て、詳しく説明をしてくださいました。


「形代を使うより、依り童を使う方が術の成功率は高いの。
 還ってきて欲しい対象者に、近い年齢の。
 家族や友人……特に見た目が似ている人が依り童に選ばれていたらしいわ」

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