白馬の王子様を探していたら現れたハイスペストーカー男に尽くされてる

チャトラン

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第29話 出来損ないのラブストーリー

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バタン、
ポチポチ触っていたスマホから顔をあげ、荒々しく開けられた扉の先を見て、俺はニンマリ笑った。
後ろに控えていた部下がヒ……と小さく息を漏らしソソクサ部屋を出ていく。こういう笑い方をすると俺は祖父に似ているらしい。

「久しぶり」

「シーナ……」

走ってきたのかなんなのか、息が乱れて肩が上下している。漆のようなしっとりとした黒色の髪が乱れて形の良い額に数束張り付いていた。ああ、絵になる男だな。

「……なんで」

絞り出すみたいな声が震えていて、ふと笑った。
俺が近づくと何故か後ずさる。
その震えって、悪い震え? 良い震え?
まあどちらでもいいか。もうこの人の全部、俺の物になるんだし。
そう思って頭に手を伸ばして髪を整えてやった。
伸びてくる指先を男は避けなかった。完璧なアーモンド形の両目を大きく見開いて、すぐ間近に近づいた俺の顔を信じられないという風に見つめている。

「シーナって呼んじゃダメだよ。その名前、ここじゃ禁句みたいだから」

よく見たら、どこぞの王子様みたいに整った綺麗な顔には、小さな傷がいくつもついていた。昔も傷は多かったけど、ここまでじゃなかったはず。
頬には薄くなった切り傷が幾つもついている。下唇は近くで見たら右の端が少しだけ歪んでいて、右耳は野良猫みたいに端の方にパチンと切り込みが入っていた。こいつ今までどんな無茶をしてきたんだろう。

「なんか結構偉いらしいじゃん。死にかけてたのに、随分出世したね」

呼んだらダメだと言ったのに、また「シーナ」と呼ぼうとする男を睨んで諌める。

「こんな怪我してまで出世したかったの?」

「………う、うん」

「なんで?」

もう絶対逃がさないしはぐらかされない。
そんな気持ちで、男の首の裏に掌を添えてグッと顔を引き寄せた。額がゴツンとぶつかる。
動揺した、長くて濃いまつ毛が瞬いて、俺の顔にパサパサ当たった。
答えが別に、俺が望んでいたものじゃなくてもいい。
うそ。俺で遊んでたとか出世したかったからとか言われたらちょっとは意地悪するかもしれない。
ただ、コイツを自分のものにする前に一応聞いておこう。

「シ、…ナギサの味方になりたくて」

そのたった一言で。期待しない、コイツの感情なんて今更なんだっていい。
そんな強がりを言っていた自分が一気にぜーーんぶ吹き飛んだ。
嬉しいと人間の髪って本当に逆立つんだな。ブワッと鳩尾の方から湧き上がった何かが、俺の身体の中から頭の先までをものすごい勢いで走り抜けていった。
何。それじゃあこの怪我も全部俺のためってこと?

「見てるだけ、ナギサが幸せなら良かった」

呟くみたいに言って、くしゃと顔を歪ませる。

「ナギサがここにいるのって俺のせい?」

「ううん。俺のせい。全部、アンタのこと欲しくなっちゃって、我慢できなくなった俺のせい。ごめん」

コイツ、俺の力になるために普通の人生ぜんぶ捨てたんだって。
言われた言葉の意味が重すぎて、普通なら気持ちが引いてしまうような言葉が、俺には震えるくらい嬉しかった。
髪を撫でても、頬を包んでも、嫌がるどころか嬉しそうに笑う。嬉しそうだけど、嬉しがってしまうのが悲しいみたいに泣きそうな顔で笑う。
コイツが今考えていることを想像したら、血が沸き上がるくらい身体が熱くなって切なくなって、そんでめちゃくちゃに嬉しくなった。
頬にある小さな傷をそっと指でなぞると、眉を下げて何かを我慢するみたいに唇をきゅっと噛む。

あー、そうだ。
俺今になって分かった。
俺、多分恋愛がわからなかったわけじゃない。俺の求める愛のハードルが高すぎて、誰に愛されても愛されてると理解できなかったんだ。
俺のために何もかも捨ててほしい。だって俺も愛してる人のそばにいるためならそのくらいできるから。普通の生活全部投げ捨てた今みたいに。
ああ、俺コイツのことが好きだわ。
そんでこの人も俺のことを愛してくれてる。
俺の愛し方と同じように。

「ねえ、俺アンタのことめちゃくちゃ好き」

は、と息を呑んだ唇を下から掬うみたいに口付けた。
熱。かさついた唇が熱を持っていることにまた心臓がドンドン走り出す。

「好き……、大好き……愛して………んむ、」

男の頬を両手で包むみたいに持って、好き好き呟きながら何回もチュッチュッて甘えるみたいにキスしていたら、突然体をかき抱かれて奪われる。

「っ……シーナ、ごめん、俺めちゃくちゃ嬉しい」

だからシーナって呼んじゃダメなんだって。
そう笑うのも許されないくらいに、体から唇までぴったり合わさって、一つの生き物みたいに二人で抱き合って。
キスをされながらそっと瞼を開けて、近すぎてぼやけている男の顔をじっと見つめた。あー、綺麗。カッコいい。俺誰かにこんなこと思うのこの人が初めてだわ。ほっそりとした頬にかかる長い睫毛を見つめながらそんなことを思う。
男もすぐに視線に気づいて、その長い睫毛を上げた。

「……シーナ?」

「……もう俺の寝てる間に逃げないで」

ぐ、と男の喉から変な音が鳴って、力一杯抱きしめられた俺から「う」と変な声が漏れた。

「行かない。行かない。ごめんシーナ」

謝ってばっかじゃん。
首筋に擦り付けられる鼻先にほ、と息をつきながら仕方なく笑って頭を撫でる。コイツにもコイツの思うことがあったことが分かったから今なら笑って許してあげられる。だってもうコイツ俺のものだし。もう絶対逃がさないし。逃げても地の果てまで追いかけて首輪でもなんでもつけるし。

ふにゃふにゃ緩む顔でそんなことを考えながら、サラサラした男の髪を撫でる。
てか俺コイツの髪の毛さっきからぐちゃぐちゃかき回しちゃってるな。

そう思って、はたとして。俺はベリっと男の体を引き剥がした。……いや、引き剥がそうとした。力が強すぎて全然離れられなかったので、腕でぎゅぎゅぎゅーっと締め付けられたウエストの辺りから、体を逸らすみたいにして男の顔を見る。

「結婚式!!」

「………結婚式??」

黒い目が丸くなる。
やべ、間違えた。

「違う違う。間違えた。盃、あと1時間もない! 来るの遅いから!」

大事な行事なのに、こんな時間に来るとは何事だ。やる気足りてないんじゃないか。

「やる気足りてない! 3時間前には来いよ! リハもできないじゃん!」

「………いや、だって待ってるのがシーナだと思ってなかったし。てか、なんて? リハ? 俺たち結婚すんの?」

「……は? なに文句あんの?? 俺のこと好きなんじゃないの??」

「ない。ないけど。え? 今日するのって盃事って聞いて俺来たんだけど」

「他人がお酒飲ませあって家族になる行事とかそんなもん結婚式だろ」

何のために俺がこの家戻ってきたと思ってんだ。
男の髪を整えながら吐き捨てる。
ヤクザになんかならなくても、この男の居場所を弟くんに聞き出して、後ろ頭ポカンと一発殴って気絶させて、ズルズル誘拐すれば済む話なのに。俺が半年かけて、どこぞのファミレスの間違い探しみたいなオジサンたちの顔を一つ一つ覚えて、面倒なしきたりとか全部従って、頑張ったのは何のためだと思ってんだふざけんなよ。

「好きな男と合法的に家族になるために決まってんじゃん」

「………合法的な要素一つもなくないか? んぶ」

うるせえ。
高い鼻をむぎっと摘んでやる。

「てか、シーナなんで盃事とか知ってんの」

「俺の好きな映画のジャンルは何でしょう」

「…………」

ふ、と目の前の瞳が俺を呆れたみたいに見る。

「任侠映画……」

「うん。閃いたんだよね」

祖父の人形にでも駒にでも何にでもなって役に立ったあたりで、駄々こねたらさせてもらえないかなって。

「俺優秀だったから半年で願い叶ったわ」

「………やっぱシーナぶっ飛んでるわ」

「アンタに言われたくないんだけど。……ねえちょっとどうしよ。髪ワックスつけてた? なんか変な形ついちゃって戻んなくなっちゃった」

「や、ちょ、待って。シーナとの結婚式なら俺一週間前からエステとか美容院とか詰めまくって綺麗になってきてたのに。ついさっき起きたばっかだわ。どうしよ顔浮腫んでない?」

こんな顔でひさしぶりにシーナに会ったとか今更死にたくなってきた。
女の子みたいなことを言ってソワソワし始めた男(ヤクザ)と、そいつの身なりを必死で整え、たまに我慢できなくなってキスしたりしながら「いや、相変わらず嫌味なくらいイケメンだから大丈夫……この髪型でも無造作ヘアってことでいける?」とか言ってわちゃわちゃしている俺(次期組長予定)。

「塩谷ー! 今すぐ俺の家からスーツ見繕ってきて! 大急ぎ! シーナのスーツに色合わせたやつ!」

「や、ちょ、その前にシャワー。俺の部屋のシャワー浴びてリセットしてきて。猫耳生えてるみたいになっちゃった。可愛いけどちょっとオジサンたちに怒られちゃうから」

わーぎゃー言いながら廊下に溢れ出してきた俺たちに隣室からヒョコリと顔を出した弟くんが、「ああ、ようやくくっついたコイツら」とでも言いたげな目でコクリと頷いてどこかに走っていった。この状況に、何も動揺することなく走り去っていく後ろ姿にちょっと感心する。さすが、半年板挟みにされた男は違うや。彼には今度お礼をしようと思う。

「てか、俺指輪準備してない!」

混乱のあまりそんなことを言って振り返る男の背中をぐいぐい押しながら笑う。

「なに、指輪もらえんの俺」

「俺と結婚してくれるんじゃなかったの??」

アンタは俺と本当に結婚してくれる気なんだ。
なぜか逆に「俺のこと弄んだ?」と怒り始めた男の背中をバシバシ叩く。

「俺シルバーのシンプルなやつがいい」

リングの交換はまた今度ね。
自分の口がさっきから緩んでいるのが分かる。
やんややんやと騒ぎながら、広い廊下を二人で進んだ。今日は本邸に幹部しか来ていないおかげで、噂のホープと後継ぎの、威厳のかけらもない姿は誰にも見られずに済んだ。
この男を手に入れるために、数ヶ月苦しみに苦しんだ自室へ男を連れ込む。浴室に入る直前、男が「シーナ!」と俺の名前を呼んで立ち止まった。

「なに、時間が……」

唇が塞がれて文句が止まる。
パチリ。目があって初めて、それまでギャーギャー騒いでいた男の目がとろけるみたいに緩んでいるのが分かった。

「俺、すごい幸せ。今、このまま人生終わってもいいってくらい」

心臓がえぐられた。喉の奥がぎゅーーっと絞られるみたいに苦しくなる。
ああ、かわいい。かわいいなあ。こんなにかわいい人が俺のものになるんだ。俺、こんなに幸運でいいんだろうか。
急がなくちゃならないのに、もう一度降ってくる唇に今度こそちゃんと瞼を下ろして、応えた。
ああ、と思う。
母さんの言っていた意味がわかった。

彼について行くことにしたの。ごめんなさい。運命なの。彼と離れるなんて考えられない。愛してるの。

俺、この道が行き着く先が地獄でも、アンタと一緒なら全然良いよ。
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