〜それよりも、もっとずっと。〜天才山岳写真家の愛息子は、俺に初恋を運んでくれました。

鱗。

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第一章『天才写真家の愛息子』

第二話『天才写真家の愛息子』

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個展に足を運ぶ機会は、貧乏学生だった俺にとって、まだまだ敷居が高いものだった。勉強の為にも、他の成功者達の作品に触れる機会を積極的に設けていく事は大切だとは分かっていたけれど、いかんせん、先立つ物がないのでは仕方がない。それでも、どうしてもここだけは押さえておきたい、とリストアップしていた写真家の中でも、不動の一位を退かなかった人物がいる。それが、いまこうして訪れている個展の撮影者である、尾身おみ のぼる先生だった。


短期のアルバイトを無理矢理予定に詰めてお金を工面し、ずっと観に行ける日を楽しみにしていた尾身先生の個展が、まさか遺作展として開催されてしまうとは思いもよらず。前売りチケットを購入し、それを枕元に置きながら、なけなしの懐を叩いて購入し続けてきた作品集を、個展が開かれる迄の間、時には涙しながら、来る日も来る日も、穴が空くほど眺める日々を送ってきた。


精巧に計算され尽くされたアングル、そして、天に愛されし者にしか許されない運をこれ以上なく味方につけ、天候や気候にも恵まれた先生の作品は、世界中の山岳写真ファンを惹きつけてやまなかった。中でも、先生の生まれ故郷である岐阜県にあって、日本第5位の標高を誇り、その形から『日本のマッターホルン』とも呼ばれる槍ヶ岳の四季を撮影し続けた槍ヶ岳シリーズは、俺自身が山岳写真家を志すに至った決定打となる程の強い衝撃を俺に与えてくれた。


父と母に頭を下げて東京にある芸術大学に進学したいと告げた夜、その傍にあったのも、その槍ヶ岳シリーズが収められた尾身先生の写真集だ。決して安くはない写真集を、進学に向けた学業の合間を縫って短期のアルバイトをし購入した経緯を知る両親にとって、その写真集は、これから先の未来を、絶対に山岳写真家として生きていってみせるという俺の覚悟が集約されたアイテムに見えたに違いない。そんな、自分の人生のターニングポイントともなった先生の作品との出会いは、まごう事なき人生の道標となり、俺の記憶に燦然と輝く記憶となって、今でも輝きを放ち続けている。


いつか絶対に、尾身先生の写真展が開かれたら、その場所に足を運ぼうと思っていた。けれど、俺の様な写真家の端くれにもならない存在が、先生の様なプロ中のプロが撮影した作品に、空気であっても触れてしまったら。なんだか、天に愛されてきた先生の運気を下げてしまう様な、その場に流れる清涼な空気にケチが付いてしまいそうな、ある筈もない可能性ばかりが頭を占めてしまって。


だから、山岳写真家だとして、胸を張って自己紹介出来るだけの自信と実力と功績を積み重ねてからでないと、どうあっても先生の個展に足を向けるだけの踏ん切りが付けられなかった。そして、万全の体制を自分の中で整えられたその暁には、先生の作品展に赴き、これまでの感謝を胸にして、その作品のある光景に身を委ねたいと思っていた。けれど、そんな熱い想いを抱き、尊敬の念を一心に抱き続けてきた相手である先生は、作品を通じた交流を含めて、一度たりとも邂逅する事なく、この世から旅立ってしまった。


もしも尾身先生にお会いできる機会があったなら、これまで一方的に抱き続けてきた尊敬や感謝を、言葉としてだけでなく、作品を通じても表現してみたかった。そんじょそこらのもぐりではないプロの写真家であれば、撮影者が誰に師事を仰ぎ、どの年代の誰の影響を強く受けているのかまで、一目で分かってしまう。だから、これまで写真家を志してこれたのは、貴方の存在があってこそなのだという目に見えたリスペクトが示せるだけで、これまでの努力は全て報われるとまで考えていたのに。その尊敬の対象を失ってしまった今ではもう、この先何を人生の指針として行けばいいのか、俺にはまるで見当もつかなかった。


途方に暮れた想いを抱えながら、事前に手に入れた前売りチケットを手に、展示開始初日であるその日の、開場一時間前にも関わらず長蛇に作られた人の列に並ぶ。俺の様に真っ黒なスーツや喪服に身を包んだ人もちらほらと散見でき、俺はその中にあっても、あまり浮いた存在にはならずに済んでいた。それでも、そうして喪服に相当する格好をしている他の人達は、生前の尾身先生と親交があった人物ばかりだった様で、そうした人達から送られる『あいつは一体誰なんだ?』という奇異の目を向けられる結果は呼んでいた。そんな四方八方から浴びせられる視線に対して、特別思う所は特に無いにしろ、そっとしておいて欲しいという感情は自分の中に芽生えていたから。誰も彼もが遠巻きにして話し掛けてこない環境は有難く、人知れず胸の内で、ほっと息をついていた。


会場前の立看板や、建物の壁に貼られた、尾身先生の遺作展のポスターを見ているだけで、自分の意思とは無関係に、涙腺が勝手に緩んでしまう。開場の時間となり、ゆっくりと列が動き出した頃には既に、予備として用意していたもう一枚のハンカチに手を伸ばしていた。開場前でこれだけの精神的ダメージを負う様では、先が思いやられるな、と内心では自分に呆れてはいるものの、結局の所、この場所を離れでもしない限りどうする事も出来ないというのが正直な感想で。目標にしていた人を失い、自分が山岳写真家として果たして大成するのかどうか、全く先が見通せない状況下にあって。今回の様な目に見えたきっかけがない限り、こんな機会はもう二度と訪れないかもしれないという結論が、難無く自分自身の中に見繕えたのもあり。会場に向けて先を行く人々の列から飛び出して、会場の最寄駅に向かって今にも駆け出したくなる衝動を何とか堪えながら、先を行く人々に追従し、歩を進めた。


遺作展、且つ、それが初日という事もあり、会場はしん、と水を打った様な静寂に包まれていた。時折、俺の様に一つ一つの作品に見入り、故人に想いを馳せるかの様に、その場からなかなか離れない人間もいるにはいたけれど。その誰しもが、いつの間にか俺を置いて、その場から通り過ぎていった。俺は、尾身先生の個展に赴いた経験は、まだ一度として無かった事もあって、食い入る様にして作品を観察し、自分の持ち得る限りの全勢力を結集して、先生の技術をそこから学び取ろうと努力した。


けれど、どれだけ作品に向き合おうとしてみても、尾身先生がここぞというタイミングで切り出した、その自然美と壮大さ、そして、先生が作り上げる世界観に、ただただ圧倒されてしまうばかりで。それでいて尚且つ、その世界観は二度と再び更新される事はないのだという現実にも、その場からピクリとも身動きが取れない程にまで、打ちのめされて。


全盛期真っ只中に死を迎えるという、絶対に越えられない孤高の存在となってしまった尾身先生の遺作を前にして、俺は、自分の限界をまざまざと思い知ってしまった。


真似事なら出来よう。技術なら。それが、経験で培われる範囲のものであれば。けれど、神の微笑みを、その無償の愛を向けられたとしか思えない作品の数々を直にこの目にして、俺の山岳写真家として生きて行きたいという夢や目標は、見るも無惨に打ち砕かれてしまった。


俺は、この才能を、越えられない。この人の隣に並び立つ存在にもなれはしない。今後、どれだけの時間と、血の滲むような努力を積み重ねたとしても。


「失礼致します、お客様」


『初雪』という題名の、今後一切更新される事のない槍ヶ岳シリーズの最新作を前にして立ち尽くしていた俺の背後に、そっと語り掛けてくる柔らかな声を受けて、ここ東京から遥か北西にある北アルプスへと解き放っていた意識を袂に引き寄せた。そして、その声がした方向をゆっくりと振り返ると、そこには、絹の様に柔らかな声の主人としてのイメージにぴたりと一致する人物が佇んでいた。


染色を一切施していない、柔らかな濡羽色の髪。まろく、ふっくらとした紅い唇。透き通る程に白く透明な肌膚。黒曜石の様に艶やかで穏やかな瞳に忍ばせた申し訳なさと、その眼差しに、ほんの一雫だけ落とされた、興味関心。


「そろそろ閉場のお時間になりますので、失礼ながら、お声掛けさせていただきました。熱心にご鑑賞いただいていたのに、申し訳御座いません」


俺と同じく、喪服として通用する黒いスーツに身を包んだその男性は、言葉選びに相応する殊勝な態度でもって、俺と相対した。その柔らかな物腰や佇まいは、このイベントに合わせて会場側が配置したスタッフの義務的な其れとはまるで接する温度や肌触りが異なり、そこから、この人物が主催者側に立つ人物であるとの推察が用意に得られた。


「いえ、此方こそ。長々と大変失礼致しました」


尾身先生や先生の作品に対して、俺個人がどれだけの熱量を持ち及んでいたとしても、それは、この人には関係の無い話だ。だから、どれほど自分がこの場所から離れ難いと感じていても、それを口にして駄々を捏ねて、この人を困らせる訳にはいかない。恐らく、先生にとって身近な存在であったであろう人物なのだとしたら、尚の事、開場初日から憂いを感じさせる様な行いは慎むべきだと思った。


俺は、その人に向けて一礼すると、その場から直ぐに去ろうとした。そして、出口に向けて進行方向を指し示す立札を見つけると、それに従って進行方向を定め、一歩を踏み出した。


「あの、すみません。もう少しだけ、お時間よろしいですか?」


すると、出口に向けて歩を進め様としていた俺の背中に、再びその人が声を掛けてきた。振り返ると、そこには次に続く台詞を言おうか言わぬか、少しだけ逡巡した様な間を設けた人間の表情を浮かべたその人が、さっきと同じ場所でひっそりと佇んでいた。


「もしかして、生前の父と、どこかで親交があった方でしたか?……あの、僕が把握している父と親交があった方の中に、貴方様ほどの若い方は殆どいらっしゃらなかったので。差し出がましくなければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


この遺作展の全ての作品の父である尾身先生を、肉親の意味を込めて父と呼ぶその人に、思わず目を見開く。先生に近しい人物だとは、何処となく態度や物腰から察してはいたものの、まさか、完全なる身内である肉親だとは思ってもみなかった。憧れてやまなかった先生の存在が、より一層リアルに感じられる状況下に突然陥り、一気に慌てふためく。すると、俺の慌てた様子の気配を感じたのか、その人は小首を傾げて不思議そうな顔をした。


「どうかされましたか?」

「い、いえ……その、すみません。変な誤解を与える様な格好をしたり、こんな時間まで長々と。俺は、尾身先生とは何の関係もありません。ただ、勝手にずっとファンでいただけで、親交なんて、全く」


そう、尾身先生は、俺の人生において多大なる影響を与えた人物であるのは間違いない。けれど、先生と俺とを結び付ける接点は、俺自身がいま口に出して説明した通り、無いに等しいどころか、0以下と言っても過言ではなかった。だからこそ、この場にいて、肉親である先生を突然失ってしまった悲しみに暮れているその人の、故人に想いを馳せるべき時間を消耗し続ける存在でしかない自分が、どうしても許せなかった。


「そうなんですね……でも、それだけの想いを、父や父の作品に向けて下さって、ありがとうございます。父に代わって、御礼をさせて下さい」


早くこの場から去りたい。そして、今日一日の大反省会を、ワンルームの寝室スペースを陣取って粛々と取り行ないたい……という面倒臭いファン心理が働いている俺の心境など知らずに、その人は俺に向けて、深々と頭を下げた。元より慌てふためいていた俺は、より一層自分の手に負えない状況に陥っていく現状を、どう打開すればいいのか分からず、一気に頭の中が真っ白になってしまった。それでもどうにか寄せ集めた理性と、世間一般にある常識的な判断とを撚り合わせ、俺は、俺に向けて頭を下げ続けるその人に、この場にある静謐な空気を壊さない様に、静かな口調を出来るだけ意識しながら、どうか頭を上げてくれる様にと促した。


「どうか、頭を上げて下さい。尾身先生にお世話になったのは、俺の方なんです。ずっとずっと、先生は俺の憧れで、こんな写真が撮りたくて、写真家を目指す様になって。先生がいなかったら、今の俺はいないんです。だから、先生の最も近い身内である貴方様に、俺の方こそ感謝をさせて下さい。お辛い中、こうして個展を開いて下さって、ありがとうございました。先生の作品に、こうして触れ合える機会を頂けて、本当に……」


頭を上げる様に促していた筈なのに、聞かれてもいない話を口にして。その内容に自分自身で精神的ダメージを食らい、再び涙腺の蓋を開けてしまうというダメダメな結果を呼んだ俺は、先生の肉親であるその人を前にして、一番悲しむべき人が泣くのを我慢しているのを余所にして、それ以上の感謝を口にする事も出来ずに、その場でぼろぼろと泣き出してしまった。だから、その涙の勢いによって驚きの表情を微かに浮かべたその人が頭を上げてくれた事だけが、せめてもの救いだった。


「……父も浮かばれます。こんな風に泣いて下さる素敵なファンの方に恵まれて。あの、よろしければ、これを」


予備に用意したハンカチも、これだけあれば大丈夫だろうと大量に準備していたポケットティッシュも使い切り、最早拭くものすら無くなった俺を見て、その人は懐から取り出した自分の黒いハンカチを差し出し、にこり、と穏やかで柔和な笑みを浮かべてくれた。情けないにも程がある状態にある俺は、どの角度から見てもどうしようもない奴だったけれど。そんな俺を見ても、その人は本当の意味で俺を笑ったりはしなかった。


優しい人だ。気遣いに溢れて、芯があって、真っ直ぐで。見た目から受ける柔らかな印象は変わりがないのに、揺るぎない精神的な力強さや安心感がある。尾身先生には会ったことがないけれど、インタビューの記事や雑誌のコラムはずっと追い続けてきたから、その人となりにはファンの目線で触れてきた。だからこそ、そこから受ける印象と、目の前にいるその人との印象に全くブレがない様に思えて。手前勝手にも、この人の穏やかな性質は、父親譲りなのかもしれないな、と感じた。


「すみません、何から何まで。あの、このハンカチ、必ず洗ってお返しします」

「そんな、お気になさらず。父のファンである人にそんな事をされたら、僕が父に叱られてしまいます」

「ですが……」


だからといって、このままこのハンカチをおいそれと受け取ったままではいられない。ただ、これからお互いの気持ちの落とし所を探るには、圧倒的に時間が足らないのも分かっている。どちらか一方が折れるしかない状況にあって、白旗を上げるのは、この場合俺の役目だろうと分かっているのに。そこで折れたら、これまで尾身先生のファンとして陰日向から応援し続けてきた俺の中にある、大切にしてきた何かや距離感が崩れてしまいそうな気がして、後にも前にも進めなかった。


「……分かりました。そのハンカチは一旦お預けします。ただ、僕は初日である今日以外にお店の休みを頂いていないので、今日にもお店がある山梨に帰らなければいけません。ですから、申し訳ありませんが、そのハンカチは、この住所に着払いで送って下さい」


結局、折れたのは迷惑を掛けまくっただけでなく駄々まで捏ねてしまった俺ではなく、その人の方だった。着払いという落とし所を決めてくれた部分までも含めて、本当に人が出来ている。申し訳なさが募るばかりだけれど、それ以上の具体的打開策は見当たらないので、俺はその人が差し出した名刺を両手で受け取り、何から何まで、すみませんと陳謝した。そして、そこに書かれた文字から、その人物の名前を知るに至ったのだった。


尾身おみ 深雪みゆき。確か、先生には妻であるパートナーとの間に、息子さんが二人居たはず。弟さんの方は、俺と同い年くらいだったから、恐らくこの人は……


「失礼ですが、もしかして、尾身……深雪さんは、お二方いらっしゃる先生の息子さんの、お兄様の方でいらっしゃいますか?」

「ふふ、はい。よくご存知ですね。今は母の生まれ故郷の山梨で、喫茶店を経営しています。父の愛した仙丈ヶ岳の麓にも程近い場所にあるので、近くを訪れる機会があれば、是非お越し下さい」

「仙丈ヶ岳……」


偶然にも、深雪さんが、俺の地元である山梨で喫茶店を経営していたと知り、驚きを隠せなかった。仙丈ヶ岳と言えば、高校の時まで、父と共に毎週末足繁く通った、俺にとっては自分の庭とも呼べる様な場所だ。南アルプスの女王と称され、四季折々の自然の豊かさに触れられる仙丈ヶ岳は、いつか帰るべき場所、所謂、ホームといっても過言ではない。だから、そんな場所で憧れの先生の家族が喫茶店を経営していたと知り、純粋な驚きを胸に抱いてしまったのも、仕方がない事だった。


「俺の地元も、山梨なんです。それに、仙丈ヶ岳は父と一緒に、大学に進むまで週末には必ず通っていました。その頃には、先生のご家族が経営している喫茶店の話なんて聞いた事が無かったんですが……」

「はい、開業したのは、ここ二、三年くらいの間の話でして。料理自慢の母と、フランスで修行してパティシエになった弟とで、家族仲良くやっています。父の作品も、未発表の物を含めて二階にあるギャラリーで展示していますから、もしご興味があれば、いつでもどうぞ。うちは基本、火曜日以外はやっていますから」


家族経営の喫茶店を経営しているだけでも凄いのに、尾身先生の作品を展示するギャラリーとしても店を解放しているだなんて。それだけで、俺の中で、次に地元に帰ったら行きたい場所ランキング第一位になってしまった。遺作展とはいえ、先生の作品を直にこの目で拝見させていただけた経験は、ゆっくりとではあるけれど、きちんと消化しつつあるみたいだ。これまでに自分にかせてきた縛りを取り払い、未発表作品である先生の作品の世界に触れたいという知識欲が、むくむくと湧き上がってくる。また再び、今回の様に、自分自身の才能の無さや、天候すらも見方につける様な写真家としての運の無さに打ちのめされてしまうかも知れなくても、遺作展ではなく、常設展として公開されているその場所であれば、作品から受ける印象や受け止め方にも、大きな違いが生まれるかも知れない。そんな、淡い期待が自分の中にあるのは、隠しようのない事実ではあった。


「……あの、実は俺、来週末に、父方の親戚の集まりがあるので、それに合わせて帰省する予定でいるんですが。もし宜しければ、その時お伺いしても?」

「そうなんですね。はい、僕はいつでも構いませんよ。ギャラリーは営業時間内中、無料で解放していますから、差し出がましくなければ、僕がご案内しますね。あ、でしたら、ハンカチの方は、その時にでも」

「本当ですか?……なんだか、何から何まで、すみません」


気遣いに溢れた言葉選びの数々に恐縮しながら、何度も頭を下げると、深雪さんは、老若男女見る者全てを安堵させる優しい笑みを浮かべてから、俺に向けて首を微かに横に振った。


「いえ、此方こそ、ご面倒をお掛けしてしまって、すみません。それでは来週末、楽しみにお待ちしていますね」

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