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第三話 『全ては、ただ君一人の為に』

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職場恋愛から発展しての結婚だった為に、乾杯の音頭は拓人の職場の直属の上司が執り行った。そこから先は、ごく一般的な披露宴と変わり映えの無い経緯を辿り、滞り無く時間が流れて行った。そして、宴もたけなわと言った雰囲気の中、アルコールが程良く回り始めた俺の元に、ひっそりとそいつが現れた。


「弥生、ごめんね、待った?」


そいつが身に纏っているのは、招待客が身に纏っているスーツではなく、男性の式場スタッフが着用しているタキシードだった。職場での正装にビシッと身を包んで、かっちりと前髪を撫で上げている幼馴染は、凛とした佇まいの中に一雫の申し訳なさを含ませて、俺に尋ねた。


「いや、大丈夫。お前こそ、随分と忙しそうにしてるじゃん。お疲れさん」


俺の幼馴染であり、今回の結婚式の企画から、挙式披露宴に至るまでの取り仕切りを任されている黛 世良は、俺の労りにフッと口元を和ませると、首を微かに横に振った。疲れは滲ませていないものの、百人規模に渡る一日掛のイベントの総指揮を任されている責任感はその肩に重くのし掛かっている様で、幼馴染の俺を前にして、漸くほんの少しだけ肩の力を抜けた、という様子を垣間見せた。


「ありがとう。でも、泣いても笑っても今日が本番だから、僕の泣き言は後で聞いて」


時代の流れもあり、式自体が規模縮小を遂げる中、二十代半ば程の世良がこれだけの規模の式の総指揮に抜擢され、当日に至るまでを取り計らう機会は、より一層少なくなりつつある。だからこそ、今この場では決して口に出して言えない裏事情などもあるのだろう。それを果たして、二人きりになってから、居酒屋か何処かに繰り出した所で、世良の性質上、口にするかは定かではないけれど。幼馴染として、親友として、酒を酌み交わしながら慰労してやりたいという気持ちは間違いなくあった。


「おー、終わるの何時くらい?」

「ごめん、多分、今日は……」

「なら、また連絡して。予定合わせるから」

「うん、ありがとう……じゃあ、そろそろ準備の方、宜しく」


漸くお鉢が回ってきた、という感覚を覚えて、背もたれに寄り掛かっていた上体を起こすと、俺は、懐で温め続けた友人代表スピーチ用に書き起こした手紙入りの封筒を取り出した。その、何の装飾も施されていない封筒には、封すらもされておらず、その手紙の筆者である自分自身の想いの幾分かが、そこから、そこはかとなく垣間見える状態となっていた。


それもそうだろう。俺にはこの結婚によって約束された未来を知る、当事者の一人なのだから。


この結婚式は、茶番である。何故なら、壇上にあってこの世の幸せを全て『お腹』に抱えている新婦の心の中にある人間は、彼女の隣に座り、穏やかな微笑みを浮かべている新郎ではないからだ。彼女の気持ちは、今現在、一心に、壇上の下でお祝いの手紙を読んでいる、この俺に向けられている。そしてそれは、新郎である拓人と俺という、二人の男による醜くも歪んだ謀の一部分でしかない。


彼女の人生の絶頂期は、今この一瞬のひと時に集約されている。異なる美貌を兼ね備え、社会的地位も確かにある二人の男に同時に愛されるという、現実にはあり得ない御伽噺に酔いしれ、その幸せが恒久の物であると疑いもなく信じきっている。


新郎の気持ちも、間男である俺の気持ちですら自分自身にはまるで向けられていないのだと知った彼女が、極楽から奈落へと突き落とされるのは、そう遠い未来ではない。



何の為に、誰が為に。



「えー……結婚おめでとう、拓人」



全ては、ただ君一人の為に。

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