〜空蝉〜高校最後の夏。空っぽになってしまった僕に、力尽くで寄り添ってくれた君

鱗。

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第三話 蝉の抜け殻って、見てるとゾクゾクしませんか?

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黄色いペンキが所々剥がれた古びた遊具と、簡易的な砂場と、申し訳程度に置かれているベンチしかない、ひっそりとした公園には、僕達以外の来訪者は誰一人として存在しなかった。この場所も、曲がりなりにも公金を頼りに存続している以上は、もっと存在感を発揮していいものだろうけど。それだと悪目立ちが過ぎて、ご近所のお母様方やご老人の憩いの場として、この公園が本来兼ね備えているキャパシティを超えた利用方法をされてしまい、こんな風に穏やかな景観を保つ事が難しくなってしまうのかもしれない。時間の流れがゆっくりなこの場所を好いている人達もいるだろうから、それはとても難しい問題だと思う。


僕はどちらかというと、人々がひっきりなしに訪れる様な活気のある公園より、この公園みたいに穏やかに時間を過ごせる場所の方が好みだから、現状維持という道を推ざるを得ないのだけれど。隣に、半分こにしたクリームパンを片手に持ち、ひっきりなしに僕に話しかけてくる、この子が居なければ、尚良いなとも思ってしまった。


「そういえば、燈さんは、蝉の抜け殻集めるの趣味でしたよね。あれ、何でだったんですか?」


何でって聞かれましても。子供の頃の他人の趣味にそれは、禁句なんじゃないですかね。理由なんて無いよ、集めたいから集めたかったんだよ、とか言ったら、思い出補正が掛かりにかかって、無駄に僕に対する期待値が高いこの子をがっかりさせてしまうかしら。でも、事実は事実ですからね……仕方ないよなぁ。


「特に理由なんて無いよ。強いて言うなら、無心になれるからしてただけかも」

「へぇ、やっぱり、燈さんって昔から人と違ってたんですね。流石です」


……帰りたい。さっきから、いちいちこれだ。適当な話題や思い出話を振っては、凄いだの、流石だのと褒めちぎり、ヨイショヨイショの連続。高校も住んでいる地域も違うのだから、直接の後輩でもなくなってしまったのに、この会話によって、君に得る物はあるの?と聞きたい。この子なりに、多少なりともそれがあるからしてるんだろうけど、他人から褒められた経験が遥か昔にしかない僕にとっては、太古の記憶過ぎて不毛でしかない。羨望を形にした様な、キラキラした瞳が眩しくて、暑苦しくて、鬱陶しい。けど、僕の方から話を切り上げてこの場から去るのは難しかった。何故なら、クリームパンを半分こして貰った恩があるから。変に義理堅いのは、僕の美徳であり欠点でもある。高須 人志談。


「蝉の抜け殻って、見てるとゾクゾクしませんか?」


何が君の琴線に触れたのか分からないけど、そこを広げるの?不思議な感性の持ち主というか、僕の周りにはあまり居ないタイプだなぁ。彼なりに共感してくれてるのか、何なのか。ただ、本当に、集めていたのにも、特別な理由も何も無いので、曖昧に笑っておいた。どんな感情からくる笑いなのかは、僕にも分からない。もしかしたら、共感の内に入るのかも知れないけれど、だとしたら、僕はあまりにも、この会話自体にも、自分自身にも、無頓着が過ぎている。


「何年も自分の身体を守ってきた硬い殻を、たった八日間の為に躊躇いもなく脱ぎ捨てる潔さなんて、人間には早々真似出来ないと思うんですよ」


だけど、この会話の着地点だけは、僕の目にも明らかで。


「人間って、過去の栄光とか、人間関係のしがらみから、なかなか逃れられないじゃないですか。俺は、少なくともそうした人間なので……そうじゃない生き方をする人に、どうしても憧れてしまうんです」


チラッと僕の顔を伺いながら、『これ以上は言わなくても分かりますよね?』と言わんばかりの期待の篭った視線を投げ掛けてくる誠也に、溜息しか出ない。分かった、分かったから、もう僕を解放してくれ。これ以上は、耐えられない。僕が一体何をしたっていうんだ。地方大会以外には、特に目立った成績を残してこなかった何処にでもいる剣道少年が、ひょんな事から再会した剣道の神様に愛される稀代の天才剣士に一方的に憧れられる……なんてシチュエーションって、何の拷問なんだ一体。自分自身の矮小感を余計に感じるだけで、何の得にもなりゃしない。


「色んな事情があるだろうし、そうした人が一概に褒められる様な人間かどうかは、外からは分からないものじゃないかな」

「でも俺は、例えどんな理由があったとしても、そんな生き方を選んできた人を……燈さんの事を、本当に格好良いと思ってます」

「……君に、そうするしかなかった人間の、何が分かるの?」


嗚呼、とうとう声に出てしまった。僕の内面にある、醜さが。これまで他人には決して見せる事が無かった、毒が。


「知ったかぶりとか、本当にやめて。それに、僕は君が思うほど、大層な人間じゃないんだ。だから、必要以上に僕を買い被るのも、よして」


なのに、無理矢理に、僕の汚い内面を、きらきらと眩いばかりの、茜色に染まったお天道様の元に引き摺り出した君は。


「じゃあ、貴方が本当はどんな人なのか、俺に教えて下さい」


その、たった一言を言う為だけに、僕をこの場に招き寄せたのだ、とばかりの真剣な眼差しを向けた。


夕焼けが、君の頬を、耳を、茜色に濡らす。その、あまりにも耽美な、この世の物とは思えない美しい造形に、ついうっかりと見入ってしまった僕は、『どうしてそんな必要が?』と言う当たり前の反応を返そうという意識を、あっさりと失念した。


「どうやって?」

「……え?」


意趣返しを食らったかの様に、素っ頓狂な声を上げる誠也の表情は、先程まであった威風堂々とした雰囲気を一切排除した、年相応のそれとして僕の目に映った。口を開いたり閉じたり、目線を其処此処に彷徨わせて、あの、その、と歯切れの悪い様子を垣間見せたり。さっきまであった勢いは、一体何処に行ってしまったのか、誠也は、誰の目にも明らかに慌てふためき、激しく動揺していた。


「……連絡先、交換してくれません、か?」


途切れ途切れにつっかえながら、その一言を漸く絞り出した誠也は、夕暮れだけが理由としてある訳ではない真っ赤になった顔を、けれど、真っ直ぐに僕に向けた。その、生き方そのものが、態度にも表情にも言動にも現れている誠也を見て、僕は、自分自身の性質に、これまでにないくらいに向き合う事が出来た。


「いいよ」


だから、やっと気が付いたんだ。僕は人から何かを頼まれた時、自分の気持ちを蔑ろにする癖があるんだなと。きっと僕には、主体性というものが、あまり存在しないんだろうなと。


夢、目標、努力、プラスマイナス、感情。
意図不明。


「すみませんでした、長々と引き留めてしまって。あと、これからは、貴方の事に関して変に知ったかぶりしない様に気を付けます。その代わり、連絡したら、ちゃんと返事下さいね」

「……どうして、僕が返事しないと思うの?」

「なんとなく。貴方は、俺に興味がないみたいだから」


僕の連絡先が登録されたスマホを、大切に胸元に引き寄せながら、邪気なく、屈託なく、なんで、そんな風に笑えるのか。僕には出来ない。絶対に出来ない。この生まれ持った性質の違いを、明と暗とを、人としての価値や差だと感じてしまう僕には。


確かに、僕からは態々連絡はしないだろうし、こうして釘を刺されなければ、きちんと返事も返さなかっただろう。だから、誠也の取った先手を前にして、僕は身じろぎ一つとして出来なかった。きっと、何百何千と試合をしたとしても、僕は誠也から一本を取る事は難しいだろう。というか、相手がもしも目隠しをした状態で試合に臨んだとしても、絶対に無理だと思う。


「受験勉強で忙しいでしょうから、連絡する時間には気を付けます。ただ、眠気覚まし役が欲しい時なら、いつでも連絡して下さい」


ねぇ、君にとって、僕に関わるメリットって、本当にあるの?どうして、こんな何者でもない僕に、関わろうとするの?昔はあんなに先輩風を吹かしていた奴が、うだつが上がらない結果しか残せない凡人に成り下がってるのを見て、面白半分で揶揄ってる?こんな風に親切にして、舞い上がったところで、結局全く連絡してこないとか、そんな悲しくも惨めなオチには、ならないよね?


あいつ、本気にしたのかよって。


「分かった」


とか、聞けたら良いのになぁ。

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