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十七話目 その後の店内
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このお話は、鏡野 ゆう様の作品、『桃と料理人 ~ 希望が丘駅前商店街 ~』内『元カノが現れた』の桃香が店を出たあとの店内の話です。
*******
「ちょっ、桃、待て!」
常連客達が囃し立てる中、嗣治の恋人である桃香が席を立ち、食事したぶんのお金を置いて店を出て行った。その金額は少々多い。あとで返してやるかと思いながら、徹也は嗣治をチラリと見る。
その徹也の隣で作業をしていた嗣治は、作業をしつつも焦ったように桃香を呼び止めたのだが桃香はそれに気づくことなく店を出てしまい、徹也は籐子と二人で視線を交わして内心溜息をついた。
問題行動を起こした嗣治の元恋人にも呆れたが、常連客の態度にも呆れた徹也はそれを隠して作業をしながら嗣治に話しかる。
「嗣、刺し盛三つ作って包丁を研いだらあがっていい」
「え、徹也さん、でも」
「いいから。注文はもうほとんどないし、あとは俺一人でやれるし籐子もいるから」
焼鳥の様子を見つつ、アジの活け作りをしていた徹也に小さな声でそう言われた嗣治は、「ありがとうございます」と答える。言われたことを全てやり終えると、嗣治は眉間に皺を寄せながら着替えて店を出て行った。その後ろでも常連客たちは呑気に「頑張れよー!」と言いながら笑っている。
それを見送った徹也と籐子は、未だに嗣治を囃し立てる常連客に視線を向ける。
中には自分の奥さんや恋人を呼んだ人までいるのか、桃香がいたころよりも人数が若干増えていて、そのことに再び内心で溜息をつくと、籐子が常連客達に視線を向けてニッコリ微笑んだ。
だが、その目は笑っていない。
(あー……籐子のやつ、かなり怒ってんなあ……)
籐子も徹也も目出度いことは嫌いではない。だが、籐子は冗談半分の冷やかしが……特に、今回みたいなことが嫌いだった。
焼きあがったホッケを皿に移しながら籐子の様子を見ていた徹也は、雷が落ちるなと思っていたら、すぐにそれがやって来た。
「皆さんにお話があるんだけれど」
案の定常連客に向かって話はじめていた。その声には若干冷ややかさが混じっている。
「さっき桃香さんたちを囃し立てていたわね」
そう聞いてきた籐子に、常連客たちは先ほどのことを思い出したのかあちこちから声があがる。
「面白かったな。続きが気になる」
「だよな。プロポーズの言葉を聞きたかったのに」
「修羅場も見たかったよなー」
無責任なことを言っている常連客たちに、籐子はさらに微笑む。
「なら、皆さんのプロポーズの言葉を、今ここで他の皆さんに披露してくださいな」
私も知りたいのと言った籐子に、常連客達はピタリと口をつぐむ。それを見た籐子が不思議そうに首を傾げていた。
「あら、急に黙ってどうしたの? 嗣治さんと桃香さんを囃し立てたんだもの、それくらいできるわよね? 皆さんで同じように囃し立ててあげるから、是非この場で披露してちょうだい」
遠慮なくどうぞと話しかけた籐子に、常連客たちは青ざめた。ここに来てやっと籐子を怒らせたことと、酒の席とはいえ悪のりし過ぎたことに思い至ったからだ。
「ほら、時間に限りがあるんだし、大勢いるんだから早く言ってね? ついでに修羅場も教えてくれると嬉しいわ。それを聞きながら、この場にいない二人と同じように囃し立ててあげる」
うふふと笑った籐子は、空いた皿やグラスを下げつつ常連客たちの言葉を待っている。
シーンとした店内ではBGMだけが流れているが、誰一人話そうとはしない。しばらくその状態が続いたのだが、そこに響いたのは籐子の重い溜息だった。
「わかった? 皆さんがやったのはそういうことよ? わかってるの? 酒の席とはいえ静かに見守ることもできたのに、皆さんは一体何をやったの?」
子供じゃないのよと言った籐子の言葉尻はきつい。
「今度桃香さんが来たら謝るのよ? もちろん、嗣治さんにもね」
冷たい声で話す籐子に、常連客たちは必死に頷いている。
「お願いね。さて、今ごろあの二人は……と言うか、嗣治さんのことだからちゃんとプロポーズしてると思うから、前祝いしましょうか」
どうかしら、と首を傾げた籐子に、常連客たちは慌てて飲み物や料理を次々に頼んで行く。
普段はそんなことを絶対にしない籐子が各テーブルの注文を聞きながら、伝票にこっそり飲み物の注文数の数を増やしたり料理の数を増やしたりしている。それを知りながらも、徹也は何も言わずに料理を作った。
未だに籐子が怒っていると知っているから。
――後日、常連客たちが自主的に集めた二人の結婚祝いの御祝儀袋の中には、常連客たちからむしり取った……いや、たくさん注文してくれた差額分が入っていることを、常連客たちも件の二人も知ることはなかった。
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「ちょっ、桃、待て!」
常連客達が囃し立てる中、嗣治の恋人である桃香が席を立ち、食事したぶんのお金を置いて店を出て行った。その金額は少々多い。あとで返してやるかと思いながら、徹也は嗣治をチラリと見る。
その徹也の隣で作業をしていた嗣治は、作業をしつつも焦ったように桃香を呼び止めたのだが桃香はそれに気づくことなく店を出てしまい、徹也は籐子と二人で視線を交わして内心溜息をついた。
問題行動を起こした嗣治の元恋人にも呆れたが、常連客の態度にも呆れた徹也はそれを隠して作業をしながら嗣治に話しかる。
「嗣、刺し盛三つ作って包丁を研いだらあがっていい」
「え、徹也さん、でも」
「いいから。注文はもうほとんどないし、あとは俺一人でやれるし籐子もいるから」
焼鳥の様子を見つつ、アジの活け作りをしていた徹也に小さな声でそう言われた嗣治は、「ありがとうございます」と答える。言われたことを全てやり終えると、嗣治は眉間に皺を寄せながら着替えて店を出て行った。その後ろでも常連客たちは呑気に「頑張れよー!」と言いながら笑っている。
それを見送った徹也と籐子は、未だに嗣治を囃し立てる常連客に視線を向ける。
中には自分の奥さんや恋人を呼んだ人までいるのか、桃香がいたころよりも人数が若干増えていて、そのことに再び内心で溜息をつくと、籐子が常連客達に視線を向けてニッコリ微笑んだ。
だが、その目は笑っていない。
(あー……籐子のやつ、かなり怒ってんなあ……)
籐子も徹也も目出度いことは嫌いではない。だが、籐子は冗談半分の冷やかしが……特に、今回みたいなことが嫌いだった。
焼きあがったホッケを皿に移しながら籐子の様子を見ていた徹也は、雷が落ちるなと思っていたら、すぐにそれがやって来た。
「皆さんにお話があるんだけれど」
案の定常連客に向かって話はじめていた。その声には若干冷ややかさが混じっている。
「さっき桃香さんたちを囃し立てていたわね」
そう聞いてきた籐子に、常連客たちは先ほどのことを思い出したのかあちこちから声があがる。
「面白かったな。続きが気になる」
「だよな。プロポーズの言葉を聞きたかったのに」
「修羅場も見たかったよなー」
無責任なことを言っている常連客たちに、籐子はさらに微笑む。
「なら、皆さんのプロポーズの言葉を、今ここで他の皆さんに披露してくださいな」
私も知りたいのと言った籐子に、常連客達はピタリと口をつぐむ。それを見た籐子が不思議そうに首を傾げていた。
「あら、急に黙ってどうしたの? 嗣治さんと桃香さんを囃し立てたんだもの、それくらいできるわよね? 皆さんで同じように囃し立ててあげるから、是非この場で披露してちょうだい」
遠慮なくどうぞと話しかけた籐子に、常連客たちは青ざめた。ここに来てやっと籐子を怒らせたことと、酒の席とはいえ悪のりし過ぎたことに思い至ったからだ。
「ほら、時間に限りがあるんだし、大勢いるんだから早く言ってね? ついでに修羅場も教えてくれると嬉しいわ。それを聞きながら、この場にいない二人と同じように囃し立ててあげる」
うふふと笑った籐子は、空いた皿やグラスを下げつつ常連客たちの言葉を待っている。
シーンとした店内ではBGMだけが流れているが、誰一人話そうとはしない。しばらくその状態が続いたのだが、そこに響いたのは籐子の重い溜息だった。
「わかった? 皆さんがやったのはそういうことよ? わかってるの? 酒の席とはいえ静かに見守ることもできたのに、皆さんは一体何をやったの?」
子供じゃないのよと言った籐子の言葉尻はきつい。
「今度桃香さんが来たら謝るのよ? もちろん、嗣治さんにもね」
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「お願いね。さて、今ごろあの二人は……と言うか、嗣治さんのことだからちゃんとプロポーズしてると思うから、前祝いしましょうか」
どうかしら、と首を傾げた籐子に、常連客たちは慌てて飲み物や料理を次々に頼んで行く。
普段はそんなことを絶対にしない籐子が各テーブルの注文を聞きながら、伝票にこっそり飲み物の注文数の数を増やしたり料理の数を増やしたりしている。それを知りながらも、徹也は何も言わずに料理を作った。
未だに籐子が怒っていると知っているから。
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