あかりを追う警察官 ―希望が丘駅前商店街―

饕餮

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父親の懸念

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 下手な尾行をしていた奴らが風邪を引いたと聞いた日の昼過ぎ。受付から「面会希望の方がいらっしゃっています」と連絡があった。誰が来たのかと聞けば、白崎という名の男性だと言われた。『白崎』の名で思い付く男性は二人だけだが――。

(さて、どっちかねぇ)

 そんなことを考えながら会うことを伝えて受付へと向かえば、そこにいたのは依頼人本人だった。

「こんにちは、白崎さん」
「こんにちは、篠原くん。突然すまない」
「それは構いませんが、どうされました? 何か問題でもありましたか?」
「問題はないんだ。ただ、話があってね」
「それでしたらこちらへどうぞ」
「いや、すぐに済むから」

 長い話になるのかと思って隅にある椅子にでも案内しようとしたのだが、白崎に断られた。が、立ち話もなんだからと結局は椅子があるほうへと案内する。

「息子が迷惑をかけてしまい、申し訳ない」
「ああ、お気になさらず。逆の立場なら同じことをしましたし、実際にやりましたからね」

 俺の告白に、白崎はおやというように器用に片眉を上げる。

「フランスに行く前の話になりますしもう十年も前のことなんで、詳しくは省きますが……商店街の中にある【居酒屋とうてつ】の女将は自分の妹なんですよ。妹の旦那がそこの板前で、旦那が大学生の時にストーカー被害にあいまして。その時既に結婚し妊娠していた妹を、階段から突き落として流産させました。しかも二度もです」
「とうてつの女将が君の妹というのも驚きだが、二度もというのはさすがに……」
「妹は母親似なんでよく言われますよ。……ええ、さすがに両家の両親も、二人のことをよく知っている商店街の住人も怒りましたし、頼まれてもいないのに自分は相手の家を探したりもしました」

 徹也が卒業と同時に結婚をする予定だったのを前倒しにし、その女の対策のために学生結婚をした妹夫婦。妹は大学や短大に行くことなく、高校卒業と同時にあっさりととうてつで働き始めた。但し、当時はまだ【とうてつ】という名前ではなかったし徹也の両親が切り盛りしていたが。

「ストーカー被害にあっていると聞いた段階で言えばよかったと後悔しましたよ……『一人で出かけるな』と、本人にも周りにもきつく言えばよかったと」
「……」
「それはともかく、彼の気持ちはわからなくもない。ですが、普段ならともかく相手は日本だろうと平気で銃を撃つような輩です。彼が巻き込まれるのはかなりマズイですし、護衛対象ではないので正直庇いきれません」

 そこまで言えば、白崎もわかっているのか「そうだな……」と呟いて溜息をつく。

「息子さんが心配であれば、彼が日本から離れるまで密かに護衛をつけましょうか?」
「いや、それには及ばない。一度は痛い目に合わないと、息子は……璃人は分を弁えないからね。それよりも、身動きができない妻のほうが心配だ」

 白崎がそこまで言うとなれば、璃人は家でも何かやらかしたのだろうと察するも、口にも態度にも出すことなく話を続けることにする。

「奥様のことに関しては、自衛手段も含めて密かに護衛も就けていますので、白崎さんのご心配には及びません」
「自衛手段? ……ああ、そう言えば昨日妻を見舞いに行った時にもそんなことを言っていたな。それが何かは教えてもらえなかったが」
「どんな形かはお教えできませんが、端的に言えば痴漢撃退スプレーですね」

 ニヤリとしながらそう言えば、白崎も安堵したように笑った。その雰囲気に首を傾げる。

「……白崎さん、何かありましたか?」
「いや、済まない。この話をするためにここに来たんだがね。……実は海上に戻ることになったから、その知らせだね」
「ああ……緊急事態ですか?」
「ある意味緊急事態で、ある意味予定通り、とだけ言っておこう」
「そうですか。……そこに行くまでに護衛は必要ですか?」

 子供二人と母親だけではなく、白崎自身も暁里の人質として狙われる可能性がある。護衛をつけたほうがいいとは思うが、正直、そこまでしていいのかはわからないが。

「このまま戻るからそれには及ばないよ」
「そうですか……わかりました。お気をつけて」
「ありがとう。……家族を、娘を頼む」
「わかりました」

 話は終わったとばかりに席を立った白崎のあとに続き、俺も席を立つと白崎を見送って仕事に戻る。その日の夕方、上司が密かに白崎に護衛をつけていたらしく、組織の連中に見つかることなく海上に行ったと知らされた。

 さすがは上司、抜かりはなかった。


 ***


「親父さん、仕事に戻ったって?」
「あら? よく知ってるわね」
「昼過ぎに会いに来てそう言ったからな」

 病院の見舞いの帰り道。駅ビルにある所謂デパ地下で買い物をしたいと言った暁里に付き合いながら、そんなことを話す。

「しばらく会えないけど、仕事柄仕方ないわね。ただ、そろそろ兄も休み明けになるはずなんだけど、何も言わないのがね……」
「長期休暇じゃないのか?」
「長期と言っても、長くてせいぜい一週間くらいだったかな。だからそろそろ兄も仕事に戻るはずなんだけど……」

 はあ、と溜息をついた暁里はどこか不安そうだ。

「不安か?」
「うーん……私がというよりも、兄がまた何かやらかさないかが不安というか……」
「そっちかよ。まあ、なるようにしかならないし、やらかしたら父親と俺の組織と上司からの説教コース突入になるから、安心はできないが何とかなるだろうさ」
「……何か、一度痛い目に合えばいいと思う私は、薄情なのかしらね」

 そう言った暁里に、思わず吹き出す。

「ちょっとそれはひどくない?!」
「くくく、すまん。親父さんと同じことを言ったから、思わず吹いた!」
「ああ……普段ならともかく、今の状態の兄を見てるから、父だったら言いそう」

 どこか遠い目をしながらも、暁里は楽しそうに笑う。

 強い女だと、暁里を見て思う。
 本当ならば、狙われていると聞けば不安にもなるだろう。ましてや、母親は入院中で父親も兄も長期間留守にする職業だ。一人になることが不安で仕方がないはずなのに、暁里はそういった姿を見せない。

「まあ、親父さんや璃人がいなくとも、親父さんのことだから周囲には何かしらの注意喚起がなされてるだろうし、二人がいなくとも、俺たちで何かしらの注意はしてるから」
「うん、ありがとう」
「よし。さっさと買い物しちまえよ」
「そうする。ちょっと待ってて」

 パックに詰められた惣菜を数種類手に取り、レジで精算したあとで戻って来ると、そのまま暁里の自宅方面へと向かうバス停に並ぶ。そこで何か思い出したのか、珍しく暁里から話を振って来た。

「そうだ。明日友人二人と映画やショッピングに行く約束をしてるんだけど、出かけても大丈夫?」
「おお、いいぞ。どこに行くんだ?」
「え、行っていいの?!」

 駄目だと言われると思っていたのか、暁里が驚いた顔をした。

「一人で出かけるなら駄目出しするか俺が付き合うが、複数で行くなら別に反対はしないな」
「え、だって今はいろいろあるんじゃ……」
「確かにいろいろあるが、普段張り詰めているぶん、息抜きもしたいんじゃないのか?」

 お互いに言葉にはしなかったが、確かに今は俺が暁里の護衛をしている。が、当然のことながら外出時の交代要員がいるし、それを暁里に言うつもりはない。

「そうだけど……」
「さっさも言ったが、一人で出かけるなら俺が付き合ってもいい。だが、複数人で出かけるなら、危険がないわけじゃないが確率は下がる。暁里の生活スタイルを変える必要はない。ただ、何かあっては困るから、どこに行くのかだけは必ず連絡をくれ」
「わかったわ。ありがとう」
「おう。楽しんで来い」
「はーい!」

 どこか不安そうにしながらも、明日出かけられることが嬉しいのか、珍しく饒舌にあれこれ話す暁里。
 自宅まで送り、すれ違った同僚に視線だけ交わしてそのまま自宅へと戻る途中。

『明日はアニメ好きの友人に付き合って池袋に行ってきます。待ち合わせは十時に希望が丘駅の改札です。池袋で他にオススメはありますか?』

 というメールが来た。
 ここまで詳しく書かなくとも、とは思うものの、アニメ好きな友人が行くのが池袋となると、行く場所は限定される。というより、ほぼ一ヶ所しかない。だったらオススメはサンシャイン内がいい。劇場もあるし公演もやっているが、当日のチケットがあるかわからないうえに、好みの公演かどうかもわからないから外すことにする。

『時間があるなら、目の前にあるサンシャイン内の水族館かアトラクションでも楽しんで来い。水族館の規模は小さいが息抜きにはなるし、ショッピングもできる』

 そうメールを返す。友人たちと相談でもしたのか、五分後には『水族館大好きだから行っていろいろ見てくる。ありがとう!』というメールが来た。『楽しんで来い、病院に行くなら連絡をよこせ』とメールを送り、上司にも暁里の行き先をメールすると、ちょうど駅に着いたのでそのまま妹がやっている居酒屋へと足を向けた。

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