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「好き」の距離 ~ifバルザックの場合
プロローグ
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『ホルクロフト家の花』――。
いつしか彼女はそう呼ばれていた。
なぜか男も女も関係なく、自身の庇護欲を駆り立てられる存在――
それが彼女だった。
俺自身もまた庇護欲を駆り立てられた一人だが、それ以上に、彼女の洞察力という名の助言にに感服した。
『自分を守れ』と謂わんばかりに、俺を強く、そしてしなやかにしていく。
だから俺は、どんなことからも……彼女を悲しませ、苦しめる存在からも守ってやりたかった。
彼女は俺を、清廉で高貴な騎士たらしめる存在。
儚いくせに強い女。
俺の理想そのもの。
俺だけのお姫様を――
***
マーシネリア大陸。
この世界に於いて三番目に大きな大陸であり、海に囲まれたこの大陸は、他の大陸へ貿易に行くための中継地点でもあったがために、独特な気風と文化が築きあげられ、それぞれの港や街は活気に満ち溢れていた。
それ故にお宝を狙う海賊も多く出没し、出入国する船を守るために、他国にはない、海を守る軍隊――海軍が存在していた。
それを束ねるのはマーシネリア大陸唯一の国であり、大陸名をそのまま国名に冠した、マーシネリア帝国である。
その首都・シネリアでは、若き皇帝の成婚式で賑わっていた。
それぞれの街や村などには屋台が立ち並び、行商人やキャラバンが行き交い、そこかしこから、そして老若男女問わず、お祭りムードが溢れていた。
***
「エル兄様はまだかしら……」
薬屋の前にあるベンチに腰掛け、薬を取りに行っている兄を待っておりました。
夏が近いとはいえ春の温かい陽射は熱がある身では少々つらいので、帽子を目深に被って陽の光を遮ります。
そんなわたくしですが、体が怠くて仕方がありません。
二日前から微熱があったのですが、『いつものこと』と放置して侍女と一緒に出かける支度をしておりましたら、どうやら風邪をひいていたらしく、頭痛と共に熱が上がってしまいました。父にも止められておりましたのに。
薬を切らしていたのを忘れていたため、主治医に診ていただくついでに薬を買いに行こうとして、それを見咎めたエル兄様――二番目の兄である、エルンスト兄様に止められてしまい、一緒に行くことになってしまったのです。
『可愛い妹のためだから遠慮はなしだよ』
優しいエル兄様はそう仰ってくださいました。けれど、わたくしはお仕事がお忙しいのに、悪いことをしてしまったと深く落ち込んでいたのです。
はぁ、と溜息をついたところでで、低い声音で声をかけられました。
「ルナマリア嬢?」
「あ……」
その声に顔を上げると、見知った相手でした。ですが、相手の顔の眉間に皺が寄ったのを見てしまい、胸が痛みます。
それを隠し、慌ててよろよろと立ち上がり、挨拶をいたします。
「ごきげんよう、ジュリアス様。お久しぶりでございます」
「ああ、久しぶりだね、ルナマリア嬢」
彼も挨拶を返してくださったことに安堵いたします。
彼はジュリアス・ホワイト・ライオール様と仰います。この国の公爵家の嫡子でいらっしゃいます。銀灰色の髪と緑の瞳、背中まである髪は、首の後ろで緩やかに飾り紐でひとつに束ねられております。
ライオール家は帝国の筆頭公爵であり、若き皇帝陛下の懐刀と言われ、次期宰相と噂される将来有望な方でもあるのです。
身分に拘らない方で、ご友人はそれこそたくさんいらっしゃいます。わたくしの一番上の兄である、レオンハルト兄様とも友人なのです。
「ルナマリア嬢、その声……」
わたくしの声を聞き、ますます眉間に皺が寄ったジュリアス様を見て、わたくしことルナマリア・ウル・ホルクロフトは、喋らなければよかったと後悔してしまいました。かと言って、知り合いで公爵家の方でもあるジュリアス様を無視するわけにも参りません。
「あ……申し訳ございません。風邪を引いてしまいまして……。お耳汚しでしたよね……」
「違う! そんなことを言ってるわけじゃ……っ?! 危ない!」
熱があるのに立ち上がって礼をしたせいなのか、ふらついて倒れそうになったところを、ジュリアス様に抱き止められました。そのまま額にジュリアス様の手が添えられ、思わず鼓動が跳ねます。
「熱があるのか……随分高いな。すまない、無理をさせた。ルナマリア嬢、座って」
「……申し訳ございません」
促され、ジュリアス様に支えられながら座ると、ジュリアス様がスッと離れました。そのお顔を見上げますと、ジュリアス様が視線を横に逸らします。
(やはり、嫌われているのですね……)
そのことで胸が痛くなってしまい、俯きます。
レオン兄様のご友人であるジュリアス様はすごく気さくな方で、煌びやかな兄妹と違い、平凡なわたくしにも話かけてくださった男性でした。
話題がとても豊富で、家族以外の前では滅多に笑わないわたくしを、よく笑わせてくださいました。
そんな彼に、いつの間にか恋をしていました。
けれど……。
「一人で来たのか?」
「いいえ、お兄様と護衛と……」
「ルナ、お待たせ。って、ルナ?! だいじょ……あ、ジュリアス様! 本日は申し訳ありませんでした」
ジュリアス様とお話をしていると、エル兄様が近寄ってまいりました。わたくしの傍にいるジュリアス様を見て、丁寧に挨拶をするエル兄様。
そんなエル兄様を見て、ジュリアス様は幾分か表情を和らげました。それを見て、やはりわたくしだけが嫌われているのだと、また胸が痛くなってしまいます。
「急用で休むなんて珍しかったんだが、こういう理由だったんだな、エル。エルが一緒ならルナマリア嬢も大丈夫か。そういえば最近城でレオンに会わないが……」
「ああ、実は……」
わたくしに背を向けて二人で話し始めようとしたので、失礼かしらと思いつつもそれを遮ります。
「お話をするところ申し訳ありません。エル兄様、お薬をくださいますか? ギルと先に馬車に戻っておりますから」
二人の話の邪魔はいたしませんと意思表示するけれど、兄は難色を示します。
「熱があるのに一人で馬車に帰すのは……」
「熱があるのか?」
その時、ジュリアス様よりも少し高めの声が割り込みました。白を基調に赤や青をあしらった騎士団の制服が二つ、わたくしの側に寄ってきて、被っていた帽子を跳ね上げられたのです。
驚いて顔をあげると、騎士団所属で元騎士団団長であり、現皇宮近衛騎士の大隊長、バルザック・リーヴス様とその部下で小隊長のネイサン・ドーン様が立っておられました。
熱でぼーっとしている額に、バルザック様のごつごつした……けれど、温かく優しい手が当てられます。
けれど、わたくしの熱はバルザック様が思っていたよりも高かったのか、眉間に皺が寄ったのです。
「うわぁ、ホントにルナマリア様だ~。さすが隊長ですね!」
「俺のお姫様だぞ? 当たり前だろうが! かなり熱いな……ルナ、大丈夫か?」
「『俺の』じゃなくて『俺たちの』でしょ!? しかも呼び捨て!? もう~、他の騎士に示しがつきませんよ! ルナ様、大丈夫ですか~?」
「お・れ・の・だ!! ルナ、辛いなら寝てろ」
「……はい」
「もう、隊長ってばずるい~!」
バルザック様がひょいとわたくしを軽々と抱き上げてから、わたくしが座っていた場所に座り直し、膝の上に乗せると、頭を撫でてくださいました。相当辛かったですし、お知り合いの騎士がいて安心してしまったのか、わたくしはあっという間に寝息を立て寝てしまいました。
***
あっという間に寝てしまったルナマリアに、呆気にとられていたエルンストは苦笑し、ジュリアスはなぜか不機嫌な顔をしていた。ネイサンはルナマリアを起こさないよう小さな声で、「ずるいずるい」と言い続けている。
「何やら揉めてたようだが……」
「ああ、実は……」
俺の質問にエルンストがざっと説明してくれたので、その内容に頷く。
「ちょうどホルクロフト家に行くところだし、ついでに連れてく。エルンストは忙しいだろ?」
一瞬、ジュリアスのほうに目を向けて、エルンストに問いかけると、安堵したように頷いた。
「すみません、バルザック様。お願いできますか?」
「ああ、構わん」
返事をしてルナマリアを抱いたまま立ち上がる。
「では。お言葉に甘えて。これが薬です。薬と一緒に飴が入ってます。声のことを説明したらそれをくださいました。本当は蜂蜜のほうがいいんですが……。途中、辛そうにしてたらあげてください。薬屋のおばさんが「それを舐めて」と言っておりました。ルナにそう伝えてください。バルザック様、すみませんがお願いいたします」
差し出された薬はネイサンが持ってくれたので、その場を移動し始める。
「じゃあな」
「失礼します。あ、隊長、待ってくださいよ~!」
二人で並んで歩き始め、しばらくして二人が見えなくなるとネイサンが苦笑をもらす。
「ジュリアス様の嫉妬の視線、痛いですね。背中に刺さるようです」
「そんなの今更だろ? それに、どんなにアイツがこいつに恋焦がれたところで、こいつはもうアイツを諦めてる」
「そうでしたね」
「レオンが言ってたんだが、最初は普通に、時には笑顔混じりで話していたらしい」
だが段々それがなくなり、次第には話しかけられれば眉間に皺がよる、顔を向けられれば視線を逸らす。端から見れば嫌いな女を前にしてるように見えていた、と。
社交界もそのように認識しているはずだ、と。
それを聞いて、何度溜息をついたことか。
「ちょっと前まで、本当に辛そうでしたもんね。やっと笑ってくれるようになったのに……」
「あいつが照れ屋だろうが、笑顔一つで他の女が寄ってこようが、しっかりとルナを見るべきだったんだよ。それをしなかったのはあいつの落ち度だ」
俺のの腕の中で、辛そうな顔をして眠っている彼女を見ながら、吐き捨てるように言う。
「そうですね……。あ、そろそろさくらんぼの季節ですね! ルナ様お手製のチェリーパイ食べたいなあ~」
「おい……お前なあ……。まあ、確かに久しぶりに食べたいな」
「でしょ!?」
ホルクロフト家についたらルナマリアに打診してみるか――。
ネイサンと二人で話ながら、自分の腕の中で眠る彼女を愛おしげに見る。
「……ここで襲わないでくださいね?」
ボソッと漏れた言葉を綺麗に無視すると、「さっさと行くぞ」と少し早めに歩き出す。
(もう遠慮はしねぇよ、公爵サマ。こいつは渡さない)
そう考えながら諸々の話をするべく、俺はホルクロフト家に足を向けた。
いつしか彼女はそう呼ばれていた。
なぜか男も女も関係なく、自身の庇護欲を駆り立てられる存在――
それが彼女だった。
俺自身もまた庇護欲を駆り立てられた一人だが、それ以上に、彼女の洞察力という名の助言にに感服した。
『自分を守れ』と謂わんばかりに、俺を強く、そしてしなやかにしていく。
だから俺は、どんなことからも……彼女を悲しませ、苦しめる存在からも守ってやりたかった。
彼女は俺を、清廉で高貴な騎士たらしめる存在。
儚いくせに強い女。
俺の理想そのもの。
俺だけのお姫様を――
***
マーシネリア大陸。
この世界に於いて三番目に大きな大陸であり、海に囲まれたこの大陸は、他の大陸へ貿易に行くための中継地点でもあったがために、独特な気風と文化が築きあげられ、それぞれの港や街は活気に満ち溢れていた。
それ故にお宝を狙う海賊も多く出没し、出入国する船を守るために、他国にはない、海を守る軍隊――海軍が存在していた。
それを束ねるのはマーシネリア大陸唯一の国であり、大陸名をそのまま国名に冠した、マーシネリア帝国である。
その首都・シネリアでは、若き皇帝の成婚式で賑わっていた。
それぞれの街や村などには屋台が立ち並び、行商人やキャラバンが行き交い、そこかしこから、そして老若男女問わず、お祭りムードが溢れていた。
***
「エル兄様はまだかしら……」
薬屋の前にあるベンチに腰掛け、薬を取りに行っている兄を待っておりました。
夏が近いとはいえ春の温かい陽射は熱がある身では少々つらいので、帽子を目深に被って陽の光を遮ります。
そんなわたくしですが、体が怠くて仕方がありません。
二日前から微熱があったのですが、『いつものこと』と放置して侍女と一緒に出かける支度をしておりましたら、どうやら風邪をひいていたらしく、頭痛と共に熱が上がってしまいました。父にも止められておりましたのに。
薬を切らしていたのを忘れていたため、主治医に診ていただくついでに薬を買いに行こうとして、それを見咎めたエル兄様――二番目の兄である、エルンスト兄様に止められてしまい、一緒に行くことになってしまったのです。
『可愛い妹のためだから遠慮はなしだよ』
優しいエル兄様はそう仰ってくださいました。けれど、わたくしはお仕事がお忙しいのに、悪いことをしてしまったと深く落ち込んでいたのです。
はぁ、と溜息をついたところでで、低い声音で声をかけられました。
「ルナマリア嬢?」
「あ……」
その声に顔を上げると、見知った相手でした。ですが、相手の顔の眉間に皺が寄ったのを見てしまい、胸が痛みます。
それを隠し、慌ててよろよろと立ち上がり、挨拶をいたします。
「ごきげんよう、ジュリアス様。お久しぶりでございます」
「ああ、久しぶりだね、ルナマリア嬢」
彼も挨拶を返してくださったことに安堵いたします。
彼はジュリアス・ホワイト・ライオール様と仰います。この国の公爵家の嫡子でいらっしゃいます。銀灰色の髪と緑の瞳、背中まである髪は、首の後ろで緩やかに飾り紐でひとつに束ねられております。
ライオール家は帝国の筆頭公爵であり、若き皇帝陛下の懐刀と言われ、次期宰相と噂される将来有望な方でもあるのです。
身分に拘らない方で、ご友人はそれこそたくさんいらっしゃいます。わたくしの一番上の兄である、レオンハルト兄様とも友人なのです。
「ルナマリア嬢、その声……」
わたくしの声を聞き、ますます眉間に皺が寄ったジュリアス様を見て、わたくしことルナマリア・ウル・ホルクロフトは、喋らなければよかったと後悔してしまいました。かと言って、知り合いで公爵家の方でもあるジュリアス様を無視するわけにも参りません。
「あ……申し訳ございません。風邪を引いてしまいまして……。お耳汚しでしたよね……」
「違う! そんなことを言ってるわけじゃ……っ?! 危ない!」
熱があるのに立ち上がって礼をしたせいなのか、ふらついて倒れそうになったところを、ジュリアス様に抱き止められました。そのまま額にジュリアス様の手が添えられ、思わず鼓動が跳ねます。
「熱があるのか……随分高いな。すまない、無理をさせた。ルナマリア嬢、座って」
「……申し訳ございません」
促され、ジュリアス様に支えられながら座ると、ジュリアス様がスッと離れました。そのお顔を見上げますと、ジュリアス様が視線を横に逸らします。
(やはり、嫌われているのですね……)
そのことで胸が痛くなってしまい、俯きます。
レオン兄様のご友人であるジュリアス様はすごく気さくな方で、煌びやかな兄妹と違い、平凡なわたくしにも話かけてくださった男性でした。
話題がとても豊富で、家族以外の前では滅多に笑わないわたくしを、よく笑わせてくださいました。
そんな彼に、いつの間にか恋をしていました。
けれど……。
「一人で来たのか?」
「いいえ、お兄様と護衛と……」
「ルナ、お待たせ。って、ルナ?! だいじょ……あ、ジュリアス様! 本日は申し訳ありませんでした」
ジュリアス様とお話をしていると、エル兄様が近寄ってまいりました。わたくしの傍にいるジュリアス様を見て、丁寧に挨拶をするエル兄様。
そんなエル兄様を見て、ジュリアス様は幾分か表情を和らげました。それを見て、やはりわたくしだけが嫌われているのだと、また胸が痛くなってしまいます。
「急用で休むなんて珍しかったんだが、こういう理由だったんだな、エル。エルが一緒ならルナマリア嬢も大丈夫か。そういえば最近城でレオンに会わないが……」
「ああ、実は……」
わたくしに背を向けて二人で話し始めようとしたので、失礼かしらと思いつつもそれを遮ります。
「お話をするところ申し訳ありません。エル兄様、お薬をくださいますか? ギルと先に馬車に戻っておりますから」
二人の話の邪魔はいたしませんと意思表示するけれど、兄は難色を示します。
「熱があるのに一人で馬車に帰すのは……」
「熱があるのか?」
その時、ジュリアス様よりも少し高めの声が割り込みました。白を基調に赤や青をあしらった騎士団の制服が二つ、わたくしの側に寄ってきて、被っていた帽子を跳ね上げられたのです。
驚いて顔をあげると、騎士団所属で元騎士団団長であり、現皇宮近衛騎士の大隊長、バルザック・リーヴス様とその部下で小隊長のネイサン・ドーン様が立っておられました。
熱でぼーっとしている額に、バルザック様のごつごつした……けれど、温かく優しい手が当てられます。
けれど、わたくしの熱はバルザック様が思っていたよりも高かったのか、眉間に皺が寄ったのです。
「うわぁ、ホントにルナマリア様だ~。さすが隊長ですね!」
「俺のお姫様だぞ? 当たり前だろうが! かなり熱いな……ルナ、大丈夫か?」
「『俺の』じゃなくて『俺たちの』でしょ!? しかも呼び捨て!? もう~、他の騎士に示しがつきませんよ! ルナ様、大丈夫ですか~?」
「お・れ・の・だ!! ルナ、辛いなら寝てろ」
「……はい」
「もう、隊長ってばずるい~!」
バルザック様がひょいとわたくしを軽々と抱き上げてから、わたくしが座っていた場所に座り直し、膝の上に乗せると、頭を撫でてくださいました。相当辛かったですし、お知り合いの騎士がいて安心してしまったのか、わたくしはあっという間に寝息を立て寝てしまいました。
***
あっという間に寝てしまったルナマリアに、呆気にとられていたエルンストは苦笑し、ジュリアスはなぜか不機嫌な顔をしていた。ネイサンはルナマリアを起こさないよう小さな声で、「ずるいずるい」と言い続けている。
「何やら揉めてたようだが……」
「ああ、実は……」
俺の質問にエルンストがざっと説明してくれたので、その内容に頷く。
「ちょうどホルクロフト家に行くところだし、ついでに連れてく。エルンストは忙しいだろ?」
一瞬、ジュリアスのほうに目を向けて、エルンストに問いかけると、安堵したように頷いた。
「すみません、バルザック様。お願いできますか?」
「ああ、構わん」
返事をしてルナマリアを抱いたまま立ち上がる。
「では。お言葉に甘えて。これが薬です。薬と一緒に飴が入ってます。声のことを説明したらそれをくださいました。本当は蜂蜜のほうがいいんですが……。途中、辛そうにしてたらあげてください。薬屋のおばさんが「それを舐めて」と言っておりました。ルナにそう伝えてください。バルザック様、すみませんがお願いいたします」
差し出された薬はネイサンが持ってくれたので、その場を移動し始める。
「じゃあな」
「失礼します。あ、隊長、待ってくださいよ~!」
二人で並んで歩き始め、しばらくして二人が見えなくなるとネイサンが苦笑をもらす。
「ジュリアス様の嫉妬の視線、痛いですね。背中に刺さるようです」
「そんなの今更だろ? それに、どんなにアイツがこいつに恋焦がれたところで、こいつはもうアイツを諦めてる」
「そうでしたね」
「レオンが言ってたんだが、最初は普通に、時には笑顔混じりで話していたらしい」
だが段々それがなくなり、次第には話しかけられれば眉間に皺がよる、顔を向けられれば視線を逸らす。端から見れば嫌いな女を前にしてるように見えていた、と。
社交界もそのように認識しているはずだ、と。
それを聞いて、何度溜息をついたことか。
「ちょっと前まで、本当に辛そうでしたもんね。やっと笑ってくれるようになったのに……」
「あいつが照れ屋だろうが、笑顔一つで他の女が寄ってこようが、しっかりとルナを見るべきだったんだよ。それをしなかったのはあいつの落ち度だ」
俺のの腕の中で、辛そうな顔をして眠っている彼女を見ながら、吐き捨てるように言う。
「そうですね……。あ、そろそろさくらんぼの季節ですね! ルナ様お手製のチェリーパイ食べたいなあ~」
「おい……お前なあ……。まあ、確かに久しぶりに食べたいな」
「でしょ!?」
ホルクロフト家についたらルナマリアに打診してみるか――。
ネイサンと二人で話ながら、自分の腕の中で眠る彼女を愛おしげに見る。
「……ここで襲わないでくださいね?」
ボソッと漏れた言葉を綺麗に無視すると、「さっさと行くぞ」と少し早めに歩き出す。
(もう遠慮はしねぇよ、公爵サマ。こいつは渡さない)
そう考えながら諸々の話をするべく、俺はホルクロフト家に足を向けた。
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