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其は天帝の宝珠なり
盟約と幼い頃の約束と揺れる思い
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七日に一度と言っていた淙漣様は、その言葉通りわたしに会いに来た。七日に一度と言いながら三日しかたたずに来ることもあれば、二日連続で来ることもあった。
最初の数日はわたしの部屋でお茶やお菓子を食べながら、何が好きなのか、普段どんなことをしているのか聞かれた。城の庭ですら碌に外に出たことがないと言えば淙漣様はわたしと手を繋ぎ、護衛を伴って庭に連れ出してくれた。
花の名前、樹木の名前。樹木に実が生っていればどういった使い方をするか、食べられるものなのかということを教えてくれた。
時には淙漣様が出向いたことがある、他の龍王様たちのお城のことやその地にまつわる話を聞かせてくれたり、失敗談を話してくれた。お祖父様のお城では見たことがない、珍しい果物をくれた。
帰る時には「また来る」と額に口付けを落として帰って行く……そんな日々を過ごした。
そして三月がたつ頃、わたしは淙漣様に対する気持ちの変化に戸惑っていた。その気持ちを、わたしに会いに来た母に告げると
「淙漣様が好きなのね」
と、どこか辛そうにしながらも微笑んでくれた。
(好き? 好きってなんだろう……? お母様たちやお祖父様たちとどう違うんだろう?)
普段のお祖父様はお仕事もあるせいか、どこか怖い感じかする。でも、お仕事がない時は全然そんなことはなく、お城に勤めている人たちの話に聞く祖父と孫のような感じだと聞いた。
淙漣様と一緒にいる時もお祖父様たちと話してる感じに似ていたけど、どこか違う気もするし、お母様たちが帰る時に感じる寂しさも感じるけれど、寂しさの他に悲しさもあるような気がする。
もっと側にいてほしい、淙漣様の側にいたい。
そんな気持ちが強い気がする。
それに首を傾げながらも三月がたち、お祖父様や両親、兄弟姉妹には「淙漣様と一緒に行く」と告げた。
「……よいのだな? 苦労することになるやも知れんぞ?」
「わたしを望んだのは淙漣様なのですよね? ならば、長の命に従います」
そう言ったわたしに、お祖父様はわたしをそっと抱き締めてくれた。
「淙漣様に会わせる前に、あの方に会わせておけばよかったな。あの方ならば、違う方法があったやも知れぬが」
「あの方?」
「神のお一人であられる二郎神様――顕聖二郎真君様だ。淙漣様があのように仰らなければ、琳の夫になる方だったのだよ」
「そんな方がなぜわたしの夫に……?」
「定められた夫婦だと聞いてはいるが、実際はどうなのか我らにはわからぬ」
小さく溜息をついたお祖父様は、トントンと軽く背中を叩くとわたしを離した。
神のお一人である顕聖二郎真君様は、額に縦長の第三の目を持つ武人だと聞いた。その側には神犬と鷹が付き従っているとも。
姿絵を拝見したことがあるが、皆が言うほど怖いとは思わなかった。
「二郎神様はともかく……本当に淙漣様と盟約を交わすのだな?」
念を押したお祖父様に、わたしは素直に頷くと、お祖父様は「そうか」と部屋から出た。その翌日、お祖父様は淙漣様を伴ってわたしの部屋を訪れたあと、淙漣様をその場に残し「のちほどまた来る」と部屋から出て行った。
「ありがとう、琳」
「いいえ」
「では、盟約を交わそう」
淙漣様はわたしに寝台に横になるように言うと、懐から赤子の掌の大きさの紙を取りだし、左の掌に乗せて握る。それを見ながら寝台に横になると、右手をわたしの額に乗せて歌うように言葉を紡いだ。
『※£$xC%*――……』
その言葉は龍が使う言葉だったため、わたしには何を言っているのかわからない。けれど言葉を紡ぎ終わった淙漣様に「返事を」と言われて「その盟約に従います」と言えば、淙漣様は握っていた左の掌をわたしのお腹に乗せたあと、掌を広げてお腹を押した途端にお腹から何かが流れ込んで来る感覚がした。
それが終わると額とお腹から手が離され、身体が起こされる。
「これにより盟約はなされた。かの地でそなたを抱けば、盟約は完全なものとなる。……私がその盟約を別の者に渡さぬ限り」
「……はい」
お祖父様たちに会えなくなる寂しさと、淙漣様と一緒にいられる嬉しさがない交ぜになり、心はどこか複雑だった。でも、それを決めたのはわたしだ。
「では、彼の地へ参ろうか」
「ですが、わたしはこの城から出ると……」
「私と盟約を交わしたのだから心配はない」
行こう、と差し出されたその手に、寝台から降りて手を重ねると、わたしの手を引いて部屋から出た。連れて行かれた先は城門の外。
そこにはお祖父様と両親と兄弟姉妹、そしてわたしのお世話をしてくれた女性と医師と護衛をしてくれた男性、淙漣様の護衛らしき人が数人いた。
「達者でな、琳」
「淙漣様のお許しが出たら必ず会いに行くわ」
それぞれがわたしに声をかけながら、抱き締めてくれる。頻繁に会えなくなることはわかっているから寂しくはあるものの、全く会えなくなるとは思っていないので、抱き締め返すことで返事とした。
それが終わると、黙って見ていた淙漣様がヒトガタから龍へと変化する。
鱗に覆われた長い体躯と鋭い目、五本指の手足。
長い口には鋭く白い牙と、鼻先から伸びる長い髭。
麒麟のような立派な角と、柔らかそうな長い鬣……そのどれもが黄金色。
「綺麗……」
陽の光に照らされて輝く体躯にそう呟けば、淙漣様は『そうか』と言って笑った。淙漣様の変化が終わる頃には護衛の兵士たちも其々変化し、わたしも黒虎の姿に変化しようとして止められた。
どうして止められたのかわからず戸惑っていたら、淙漣様に呼ばれた。
『おいで』
長い顔の前に行くと全身が泡のようなものに包まれ、ふわりと空に浮く。
「きゃっ!」
『危ないから座っておれ』
倒れそうだったのを見かねたのか、淙漣様がそう言ってくれたので素直に座ると、丸いものが一回り小さくなって淙漣様の目の前に浮かぶ。
『我が掴み空を飛んで行くが、彼の地へ着くまで半刻ほどかかる。怖ければしばし眠っているといい』
掴むってなんですか、と聞く暇もなく淙漣様の手が伸びて来て、わたしが入っている丸いものを掴む。
『場所はのちほど知らせるが、これから一年先まで会わせることはできぬ。一年たったあと、琳と会わせることを誓う。その後は半月に一度となるが構わぬか?』
「御心のままに」
一年も家族たちに会えないのは寂しいけれど、これから行く場所はきっと特殊な場所なのだろう……そう思って何も言わなかった。
『出立する』
そう言った淙漣様に、家族たちは再拝稽首をする。それを見送ると、わたしは初めて飛ぶ空へと意識を向けた。
そして空の旅は快適だった。……最初の数分くらいは。
見上げれば黄金色の鱗に覆われた淙漣様のお腹、下を見れば黄金色の淙漣様の掌の上。座っている向きを変えてその方向を見れば、淙漣様の指か指の間から見える護衛の兵士たちの姿か、白い雲しか見えなかった。
話しかけていいのかどうかもわからず、話しかけたとして淙漣様に声が聞こえるかどうかもわからず……結局退屈でいつの間にか眠ってしまった。
――その時に夢を見た。お祖父様のお城に行く前の頃の、人族で言うなら五歳くらいの頃の夢を。
その日、珍しく体調がよかったわたしは、上の兄と一緒に川に遊びに来ていた。初めて見る川、初めて見る花にはしゃいでいた。
「ここから動くなよ」と言った兄の言い付けを守り、兄が用意した焚き火の前で座っていた。「火が小さくなったらくべろ」と言われた薪を右に置き、ちょうど小さくなった火に薪をくべた時だった。
前方にあった繁みがガサガサと動いた。
兄は川に潜り、魚を獲りに行っていていない。
(どうしよう……)
怖い。怖くて仕方がない。
そう思って泣き出すと更にガサガサと繁みが揺れ、青年が二人飛び出して来た。
一人は黄金色の髪でもう一人は黒髪の人だった。泣いているわたしに二人は焦ったようにどうしたのか聞き、聞いた本人たちが原因で泣いていたとわかると、二人して慰めてくれた。
黒髪の青年は変化が得意なのか、森に棲む兎や鳥になってくれた。
そこにたくさんの魚を獲って来た兄が登場し、二人を知っているのか驚いた顔をしていた。
二人がこそこそと何かを話し合い、「私のところに嫁いで来るかい?」と言った黄金色の髪の青年に、黒髪の青年に何となく目を向ければ驚いた顔をしていた。
どうして黒髪の青年が驚いていたのかがわからなかったし、この時は「嫁ぐ」という意味もわからなかったけれど、何となく二人の言う通りにしたほうがいい気がして頷いた。
その後二人に会うことはなかったし、今はもう顔も覚えていない、名前も知らない青年の二人。その二人と兄と一緒に遊んだのは、楽しかった思い出の一つだった。
***
ふと目が覚めると朧気な記憶にある、小さな頃に住んでいた庵に似ている場所で、寝台に寝かされていた。懐かしい夢を見たせいか、何となく心が温まる。
身体を起こして外を見れば遠くに森が見え、空は茜色に染まっていた。随分長く眠ってしまったようだと溜息をついたところで、背後で衣擦れの音がした。振り向けば淙漣様がわたしを見ていた。
「淙漣様……?」
「……」
無言で近付いて来た淙漣様はわたしを寝台に押し倒すと、唇を塞ぐように口付けをする。淙漣様の舌が、唇を、口腔を、歯や舌でさえも擽るようになぞって行く。
「ん……っ、ふ、んぅ……っ」
口付けをされながら着ていたものを剥ぎ取られ、あらわになった胸に掌があてられ、緩やかに掴まれ、揉まれて行く。
「あ……っ、ん……っ」
耳を舐められ、首筋に唇と舌が這わされ、身体中を手が撫でる。胸全体を舐められ、秘された場所を指先で撫でられ、胸の先端を吸われる。
背中にゾクリとしたものが這い上がり、思わず淙漣様の腕を掴んでしまう。
「いや……っ、怖い……っ」
「大丈夫だ、琳……優しくするから……私に委ねよ」
わたしの目を見ながらそう言った淙漣様の目には獲物を捉えたような獰猛な光に混じり、愛おしさと切なさと、よくわからない感情がない交ぜになっていた。
本当は身体中を這い上がる感覚も淙漣様の目も怖かったけれど、「怖ければそのまましがみついていればいい」と言った淙漣様の言葉に甘えた。
なすがまま、されるがままに淙漣様の手と口が身体中を這う毎に、意図せずして漏れるわたしの声は甘く室内に響く。
秘された場所に這わされる指先が胎内に入り込んで来ては蠢き、それと同時に胸の先端を吸われ、先端を弄られながら揉まれて行く。視界が白く弾けたような気がした途端に、指先など目じゃない圧迫感が押し寄せ、そのまま胎内へと入り込んで来た。
「あああああっ!」
「くっ、ふっ、ああ、琳……私の宝珠……今だけは私の……」
「ああっ、あっ、はぅっ!」
熱く太い塊に緩く胎内を擦られながら、胸の先端を舐めては吸われる。この行為が抱かれることだと、閨事だと……快楽という感覚なのだと知ったのは、その日の二度目の行為の最中だった。全ての行為が終わり、疲れてぐったりしていたわたしの頭を撫でた淙漣様は、いつの間に着たのか「また明日の夜に来る」と言って出て言ってしまった。
ふと窓から外を見れば、昼間見た淙漣様が龍となって浮かんでいた。まるで名残惜しそうにしばらくその場に佇んでいたが、空を泳ぐようにそのまま行ってしまった。
翌日、庵の中を歩いてみた。着るものが置いてある部屋に、料理をする部屋。
寝台が置いてある部屋はたくさんあった。
他にも沐浴だけでなく湯船に浸かることができる部屋に、木簡や書物が置いてある部屋……書庫もあった。
わたしがいた部屋に戻ってみればいつの間にかご飯が置かれていて、寝台も綺麗に整えられていた。
(不思議……)
ご飯を食べながら首を傾げる。確かに何者かがいる気配はする。なのに、わたしには全く見えない。
(もしかしたら淙漣様に言われてお手伝いしているのかも)
そうは思うものの、淙漣様に聞いていないからわからない。
「今夜お会いしたら聞いてみよう」
そうポツリと漏らして食事を終えると書庫へと移動し、書物を読み始めた。
けれど、淙漣様にお会いしても聞くことはできなかった。話をする暇もなく、淙漣様はわたしを貪るように口付けを交わし、抱き始めるから。
庵に来て最初の七日は毎日二度抱かれた。その後は毎日、或いは一日おきに、いろんな体位というものも教わった。
どこが気持ちいいのか、どうされるとわたしが乱れるのかを淙漣様に暴かれた。日々そんなことをされていれば、心ここにあらずともわたしの身体は胸を揉まれただけでも反応してしまう。
特に一日、或いは二日も間が開くと余計に。
淙漣様はその反応が嬉しかったらしく、達する前に淙漣様の肉竿が胎内に入り込んで来ることもあれば、いきなり肉竿が入り込んで来ることもあった。
そんな日々を続けて三年もたった頃、淙漣様が正妃と側妃を数人迎えたらしいと、わたしに会いに来たお祖父様に聞いた。正妃は南海龍王様の娘で、側妃には上の姉が収まっているらしいとも。
それを聞いたわたしの胸がズキリと傷んだ。そして母が言っていた「好き」という言葉の意味を理解した。
『いずれは子を成さねばならぬ』と言った淙漣様に、とうとうその時期が来たのだろうと思うと諦めにも似た溜息が出た。
そして、その日からわたしは『淙漣様』ではなく『応龍様』と呼ぶようになった。そのことに淙漣様は顔を顰めていたけれど、結局は何も言わなくなり、正妃を含め数人の妃を娶とったこともあり、わたしに会いに来るのは数日に一度になった。
わたしの具合が悪くなりそうになる前を狙うように。
淙漣様との間に子を成していたならば、わたしの気持ちは穏やかでいられたのだろう。けれど二人の間に子ができることはなく、子ができるのは定められた人物と番うことでできると知ったのは、今は会うことができなくなった……淙漣様の側妃となり子を成した上の姉からの書簡であった。
それ故に、子を成すことは諦めた。
あれから千年。わたしは淙漣様が好きだし、それとなく言ったこともある。けれど、淙漣様からは一度もそんなことを言われたことはなかったから、余計に苦しかった。
だからこそ、代替わりをする今になって『我愛你』と言われても、それを信じることができなかった。
最初の数日はわたしの部屋でお茶やお菓子を食べながら、何が好きなのか、普段どんなことをしているのか聞かれた。城の庭ですら碌に外に出たことがないと言えば淙漣様はわたしと手を繋ぎ、護衛を伴って庭に連れ出してくれた。
花の名前、樹木の名前。樹木に実が生っていればどういった使い方をするか、食べられるものなのかということを教えてくれた。
時には淙漣様が出向いたことがある、他の龍王様たちのお城のことやその地にまつわる話を聞かせてくれたり、失敗談を話してくれた。お祖父様のお城では見たことがない、珍しい果物をくれた。
帰る時には「また来る」と額に口付けを落として帰って行く……そんな日々を過ごした。
そして三月がたつ頃、わたしは淙漣様に対する気持ちの変化に戸惑っていた。その気持ちを、わたしに会いに来た母に告げると
「淙漣様が好きなのね」
と、どこか辛そうにしながらも微笑んでくれた。
(好き? 好きってなんだろう……? お母様たちやお祖父様たちとどう違うんだろう?)
普段のお祖父様はお仕事もあるせいか、どこか怖い感じかする。でも、お仕事がない時は全然そんなことはなく、お城に勤めている人たちの話に聞く祖父と孫のような感じだと聞いた。
淙漣様と一緒にいる時もお祖父様たちと話してる感じに似ていたけど、どこか違う気もするし、お母様たちが帰る時に感じる寂しさも感じるけれど、寂しさの他に悲しさもあるような気がする。
もっと側にいてほしい、淙漣様の側にいたい。
そんな気持ちが強い気がする。
それに首を傾げながらも三月がたち、お祖父様や両親、兄弟姉妹には「淙漣様と一緒に行く」と告げた。
「……よいのだな? 苦労することになるやも知れんぞ?」
「わたしを望んだのは淙漣様なのですよね? ならば、長の命に従います」
そう言ったわたしに、お祖父様はわたしをそっと抱き締めてくれた。
「淙漣様に会わせる前に、あの方に会わせておけばよかったな。あの方ならば、違う方法があったやも知れぬが」
「あの方?」
「神のお一人であられる二郎神様――顕聖二郎真君様だ。淙漣様があのように仰らなければ、琳の夫になる方だったのだよ」
「そんな方がなぜわたしの夫に……?」
「定められた夫婦だと聞いてはいるが、実際はどうなのか我らにはわからぬ」
小さく溜息をついたお祖父様は、トントンと軽く背中を叩くとわたしを離した。
神のお一人である顕聖二郎真君様は、額に縦長の第三の目を持つ武人だと聞いた。その側には神犬と鷹が付き従っているとも。
姿絵を拝見したことがあるが、皆が言うほど怖いとは思わなかった。
「二郎神様はともかく……本当に淙漣様と盟約を交わすのだな?」
念を押したお祖父様に、わたしは素直に頷くと、お祖父様は「そうか」と部屋から出た。その翌日、お祖父様は淙漣様を伴ってわたしの部屋を訪れたあと、淙漣様をその場に残し「のちほどまた来る」と部屋から出て行った。
「ありがとう、琳」
「いいえ」
「では、盟約を交わそう」
淙漣様はわたしに寝台に横になるように言うと、懐から赤子の掌の大きさの紙を取りだし、左の掌に乗せて握る。それを見ながら寝台に横になると、右手をわたしの額に乗せて歌うように言葉を紡いだ。
『※£$xC%*――……』
その言葉は龍が使う言葉だったため、わたしには何を言っているのかわからない。けれど言葉を紡ぎ終わった淙漣様に「返事を」と言われて「その盟約に従います」と言えば、淙漣様は握っていた左の掌をわたしのお腹に乗せたあと、掌を広げてお腹を押した途端にお腹から何かが流れ込んで来る感覚がした。
それが終わると額とお腹から手が離され、身体が起こされる。
「これにより盟約はなされた。かの地でそなたを抱けば、盟約は完全なものとなる。……私がその盟約を別の者に渡さぬ限り」
「……はい」
お祖父様たちに会えなくなる寂しさと、淙漣様と一緒にいられる嬉しさがない交ぜになり、心はどこか複雑だった。でも、それを決めたのはわたしだ。
「では、彼の地へ参ろうか」
「ですが、わたしはこの城から出ると……」
「私と盟約を交わしたのだから心配はない」
行こう、と差し出されたその手に、寝台から降りて手を重ねると、わたしの手を引いて部屋から出た。連れて行かれた先は城門の外。
そこにはお祖父様と両親と兄弟姉妹、そしてわたしのお世話をしてくれた女性と医師と護衛をしてくれた男性、淙漣様の護衛らしき人が数人いた。
「達者でな、琳」
「淙漣様のお許しが出たら必ず会いに行くわ」
それぞれがわたしに声をかけながら、抱き締めてくれる。頻繁に会えなくなることはわかっているから寂しくはあるものの、全く会えなくなるとは思っていないので、抱き締め返すことで返事とした。
それが終わると、黙って見ていた淙漣様がヒトガタから龍へと変化する。
鱗に覆われた長い体躯と鋭い目、五本指の手足。
長い口には鋭く白い牙と、鼻先から伸びる長い髭。
麒麟のような立派な角と、柔らかそうな長い鬣……そのどれもが黄金色。
「綺麗……」
陽の光に照らされて輝く体躯にそう呟けば、淙漣様は『そうか』と言って笑った。淙漣様の変化が終わる頃には護衛の兵士たちも其々変化し、わたしも黒虎の姿に変化しようとして止められた。
どうして止められたのかわからず戸惑っていたら、淙漣様に呼ばれた。
『おいで』
長い顔の前に行くと全身が泡のようなものに包まれ、ふわりと空に浮く。
「きゃっ!」
『危ないから座っておれ』
倒れそうだったのを見かねたのか、淙漣様がそう言ってくれたので素直に座ると、丸いものが一回り小さくなって淙漣様の目の前に浮かぶ。
『我が掴み空を飛んで行くが、彼の地へ着くまで半刻ほどかかる。怖ければしばし眠っているといい』
掴むってなんですか、と聞く暇もなく淙漣様の手が伸びて来て、わたしが入っている丸いものを掴む。
『場所はのちほど知らせるが、これから一年先まで会わせることはできぬ。一年たったあと、琳と会わせることを誓う。その後は半月に一度となるが構わぬか?』
「御心のままに」
一年も家族たちに会えないのは寂しいけれど、これから行く場所はきっと特殊な場所なのだろう……そう思って何も言わなかった。
『出立する』
そう言った淙漣様に、家族たちは再拝稽首をする。それを見送ると、わたしは初めて飛ぶ空へと意識を向けた。
そして空の旅は快適だった。……最初の数分くらいは。
見上げれば黄金色の鱗に覆われた淙漣様のお腹、下を見れば黄金色の淙漣様の掌の上。座っている向きを変えてその方向を見れば、淙漣様の指か指の間から見える護衛の兵士たちの姿か、白い雲しか見えなかった。
話しかけていいのかどうかもわからず、話しかけたとして淙漣様に声が聞こえるかどうかもわからず……結局退屈でいつの間にか眠ってしまった。
――その時に夢を見た。お祖父様のお城に行く前の頃の、人族で言うなら五歳くらいの頃の夢を。
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「ここから動くなよ」と言った兄の言い付けを守り、兄が用意した焚き火の前で座っていた。「火が小さくなったらくべろ」と言われた薪を右に置き、ちょうど小さくなった火に薪をくべた時だった。
前方にあった繁みがガサガサと動いた。
兄は川に潜り、魚を獲りに行っていていない。
(どうしよう……)
怖い。怖くて仕方がない。
そう思って泣き出すと更にガサガサと繁みが揺れ、青年が二人飛び出して来た。
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黒髪の青年は変化が得意なのか、森に棲む兎や鳥になってくれた。
そこにたくさんの魚を獲って来た兄が登場し、二人を知っているのか驚いた顔をしていた。
二人がこそこそと何かを話し合い、「私のところに嫁いで来るかい?」と言った黄金色の髪の青年に、黒髪の青年に何となく目を向ければ驚いた顔をしていた。
どうして黒髪の青年が驚いていたのかがわからなかったし、この時は「嫁ぐ」という意味もわからなかったけれど、何となく二人の言う通りにしたほうがいい気がして頷いた。
その後二人に会うことはなかったし、今はもう顔も覚えていない、名前も知らない青年の二人。その二人と兄と一緒に遊んだのは、楽しかった思い出の一つだった。
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「淙漣様……?」
「……」
無言で近付いて来た淙漣様はわたしを寝台に押し倒すと、唇を塞ぐように口付けをする。淙漣様の舌が、唇を、口腔を、歯や舌でさえも擽るようになぞって行く。
「ん……っ、ふ、んぅ……っ」
口付けをされながら着ていたものを剥ぎ取られ、あらわになった胸に掌があてられ、緩やかに掴まれ、揉まれて行く。
「あ……っ、ん……っ」
耳を舐められ、首筋に唇と舌が這わされ、身体中を手が撫でる。胸全体を舐められ、秘された場所を指先で撫でられ、胸の先端を吸われる。
背中にゾクリとしたものが這い上がり、思わず淙漣様の腕を掴んでしまう。
「いや……っ、怖い……っ」
「大丈夫だ、琳……優しくするから……私に委ねよ」
わたしの目を見ながらそう言った淙漣様の目には獲物を捉えたような獰猛な光に混じり、愛おしさと切なさと、よくわからない感情がない交ぜになっていた。
本当は身体中を這い上がる感覚も淙漣様の目も怖かったけれど、「怖ければそのまましがみついていればいい」と言った淙漣様の言葉に甘えた。
なすがまま、されるがままに淙漣様の手と口が身体中を這う毎に、意図せずして漏れるわたしの声は甘く室内に響く。
秘された場所に這わされる指先が胎内に入り込んで来ては蠢き、それと同時に胸の先端を吸われ、先端を弄られながら揉まれて行く。視界が白く弾けたような気がした途端に、指先など目じゃない圧迫感が押し寄せ、そのまま胎内へと入り込んで来た。
「あああああっ!」
「くっ、ふっ、ああ、琳……私の宝珠……今だけは私の……」
「ああっ、あっ、はぅっ!」
熱く太い塊に緩く胎内を擦られながら、胸の先端を舐めては吸われる。この行為が抱かれることだと、閨事だと……快楽という感覚なのだと知ったのは、その日の二度目の行為の最中だった。全ての行為が終わり、疲れてぐったりしていたわたしの頭を撫でた淙漣様は、いつの間に着たのか「また明日の夜に来る」と言って出て言ってしまった。
ふと窓から外を見れば、昼間見た淙漣様が龍となって浮かんでいた。まるで名残惜しそうにしばらくその場に佇んでいたが、空を泳ぐようにそのまま行ってしまった。
翌日、庵の中を歩いてみた。着るものが置いてある部屋に、料理をする部屋。
寝台が置いてある部屋はたくさんあった。
他にも沐浴だけでなく湯船に浸かることができる部屋に、木簡や書物が置いてある部屋……書庫もあった。
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(不思議……)
ご飯を食べながら首を傾げる。確かに何者かがいる気配はする。なのに、わたしには全く見えない。
(もしかしたら淙漣様に言われてお手伝いしているのかも)
そうは思うものの、淙漣様に聞いていないからわからない。
「今夜お会いしたら聞いてみよう」
そうポツリと漏らして食事を終えると書庫へと移動し、書物を読み始めた。
けれど、淙漣様にお会いしても聞くことはできなかった。話をする暇もなく、淙漣様はわたしを貪るように口付けを交わし、抱き始めるから。
庵に来て最初の七日は毎日二度抱かれた。その後は毎日、或いは一日おきに、いろんな体位というものも教わった。
どこが気持ちいいのか、どうされるとわたしが乱れるのかを淙漣様に暴かれた。日々そんなことをされていれば、心ここにあらずともわたしの身体は胸を揉まれただけでも反応してしまう。
特に一日、或いは二日も間が開くと余計に。
淙漣様はその反応が嬉しかったらしく、達する前に淙漣様の肉竿が胎内に入り込んで来ることもあれば、いきなり肉竿が入り込んで来ることもあった。
そんな日々を続けて三年もたった頃、淙漣様が正妃と側妃を数人迎えたらしいと、わたしに会いに来たお祖父様に聞いた。正妃は南海龍王様の娘で、側妃には上の姉が収まっているらしいとも。
それを聞いたわたしの胸がズキリと傷んだ。そして母が言っていた「好き」という言葉の意味を理解した。
『いずれは子を成さねばならぬ』と言った淙漣様に、とうとうその時期が来たのだろうと思うと諦めにも似た溜息が出た。
そして、その日からわたしは『淙漣様』ではなく『応龍様』と呼ぶようになった。そのことに淙漣様は顔を顰めていたけれど、結局は何も言わなくなり、正妃を含め数人の妃を娶とったこともあり、わたしに会いに来るのは数日に一度になった。
わたしの具合が悪くなりそうになる前を狙うように。
淙漣様との間に子を成していたならば、わたしの気持ちは穏やかでいられたのだろう。けれど二人の間に子ができることはなく、子ができるのは定められた人物と番うことでできると知ったのは、今は会うことができなくなった……淙漣様の側妃となり子を成した上の姉からの書簡であった。
それ故に、子を成すことは諦めた。
あれから千年。わたしは淙漣様が好きだし、それとなく言ったこともある。けれど、淙漣様からは一度もそんなことを言われたことはなかったから、余計に苦しかった。
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