オカマ上司の恋人【R18】

饕餮

文字の大きさ
20 / 155
圭視点

Aggravation

しおりを挟む
「ちょっと待ってください!」

 大股で歩く穂積に引っ張られているので、ほとんど小走り状態だ。足が悲鳴を上げているのがわかるので、もう一度抗議をする。

「穂積さん、待ってください! 私、走れな……痛っ!」

 無理に走らされたせいでとうとう足に痛みが走り、がくんと力が抜ける。それがわかったのだろう……「どうした?」と言って一旦立ち止まってくれた。

「ですから待ってくださいって言っているではありませんか!」
「……すまない。で、どうした?」
「私、足が悪くて……ゆっくりとしか歩けないんです」

 痛さで座り込み、足をさすっていると足をまじまじと見られてしまった。

(しまった! 今日はいつものパンツスーツじゃないんだった!)

 完全ではないけれど病み上がりなので、心配した父と一緒に在沢家から出勤し、会社手前にあるコンビニで下ろしてもらって買い物をしてから来たのだ。服は真琴と翼、母が買ってくれたもので、「こっちに来た時用だよ」と用意してくれた服で、自室においてある服だった。
 今日は事故の傷を隠すためにマキシ丈のフレアスカート、ボトルネックのセーターにジャケット、首にストールという装いだったのをすっかり忘れていたのだ。
 隠すためにストッキングを履けばいいのだけれど、傷に引っかかってすぐに伝線してしまうので履けない。今日はマキシ丈だからとスパッツやレギンスすら履かなかった。傷をさっと隠すけれど、今更遅い。

「それ……」
「……気持ち悪いですよね? 申し訳あり……」
「そうじゃなくて……! ああ、もう! どうして気付かなかったのかしら?! アタシってば最低!!」

 いきなりおネエ言葉になった穂積に驚き固まっていると、いきなり「荷物を持って」と私の荷物を差し出されたので、素直に持つ。するといきなり浮遊感に襲われ、それが怖くて彼のジャケットを掴むとニコリと微笑まれた。どうやら彼に抱き上げられたらしい。
 その時私物のスマホから昔懐かしい黒電話の音が鳴ったけれど、一回で切れたので放っておく。「懐かしいわね」と笑った彼は、私を横抱きにしたまま、また大股で歩き出した。

「ちょっ……! 重いですから下ろしてください!」
「アンタのどこが重いの?」
「だって……太っていますし……」
「ああ、確かに重そうよね。――胸が」
「む……っ?!」
「アタシ好みのサイズで嬉しいわ♪」

 そう言うとスッと手を動かし、撫でるように胸に触った穂積に固まる。

「セっ、セっ……」
「あらん♪ アタシとシたいの?」
「セクハラーーっ!!」

 そう叫んでクスクス笑っている彼を睨み付けると、後ろのほうから「圭!」と呼ばれた。そちらを向くと葎が立っていた。穂積の顔がオカマの泪から、穂積の専務になる。

「誰かな?」
「……今は言えません」
「あとで全部説明するように」

 葎には聞こえないくらいの低い声でそうやりとりをし、「はい」と返事をした。

「羽多野君、名前で呼ぶ許可を出した覚えはありませんが」

 言外に名前で呼ぶなと言うと、「申し訳ありません」と謝った。最初のころは言葉遣いがなってなかったのに、今はそんなことは微塵も感じられない葎に感心する。

「用があるならこのまま歩きながらにしてください。時間がありませんので」

 そう穂積に言われた葎は、「在沢さんが呼んでいるとお聞きしたので」と一緒に付いて来る。

「先日の出張のことで、お聞きしたいことがあります」
「……なんでしょうか?」
「あのホテルの予約は貴方ですか?」
「今回は違います」
「今回は? では、いつもあのタイプの部屋で予約しているのですか?」
「違います! 確かに何回か間違ってしまったことはあります! でも、在沢さんに教えていただいた通り、きちんと分けています!」

 その言葉に、葎が嘘を言っているようには見えなかった。確かに葎は、仕事に私情を挟まない。挟むのはたったひとつ――私のことでのみ、だけだ。

「そうですか。わかりました。今回の予約は誰に頼んだのですか?」
「私が勝手に電話しました! すみません!」

 追いかけて来たのか、日比野が何かを持って小走りでこちらに来た。ちょうど話が聞こえてしまったらしい。
 歩きながら日比野から小さな紙袋を渡される。中には私物のマグカップと、引いてあるコーヒー豆が入っている袋、『受付済、頼む a』とだけ書かれたメモが入っていた。

(なるほど……ターゲットは葎じゃなく、こっちか)

 そのメモを見て、そう納得する。

「羽多野君は具合悪そうだったし、忙しそうだったから電話してあげたよ、って……」
「日比野さん……どうして他の秘書の手伝いを勝手にしてはいけないのか、貴女はまだわかっていないのですか?」
「え?」

 私の言葉の意味を葎はわかっているらしく眉間に皺を寄せているけれど、日比野は全くわかっていないようで、首を傾げたままだった。

「その様子では、準一級など夢のまた夢ですね。まぁ、在沢室長はわかっているようですが」
「それでも頑張ります!」

 との見当違いの言葉を吐いた日比野には、最後のセリフは聞こえなかったらしい。

「羽多野君、今後は気を付けてください」
「はい」
「……今でも……」
「え?」

 一旦区切り、葎の顔を真っ直ぐ見つめる。

「以前食堂で話したあの話を、今でも聞きたいと思っていますか?」

 葎から「話がある」と言われるたびに、はぐらかし続けた過去。けれどいつしか葎は何も言わなくなった。それをまだ聞きたいのか――。
 そう静かに問うと一瞬驚いた顔になったけれど、すぐに「はい」という答えが帰って来た。

「では、これを」

 持っていた荷物から私物のUSBを出すと、葎に渡す。

「あの話の全てが書いてあります。必ず自宅で勉強するように。在沢室長に話しておきますので、わからない場合は室長に聞いてください」

 穂積や日比野がいる手前、あえて勉強と言うと、葎は笑顔を浮かべた。

「……っ! ありがとうございます!」

 大事そうにそれを握りしめ、頭を下げた。それを見ていた日比野が横から口を挟む。

「羽多野君、ずるーい! 在沢さん! あたしにも同じのをください!」
「貴女に何かを頼まれた覚えも、教えてほしいと言われた覚えもありませんが」
「うっ! そっ、それは……」
「それに言葉遣い。羽多野君はかなり改善されたのに、貴女はまだですよね。いつになったら改善するのですか?」
「……甘えん坊は、良くはなってもだけです。何度言っても直りません」
「「――っ!」」

 今まで口を挟むことをしなかった穂積に冷たく言われ、二人は息を呑む。

「時間切れです。それでは」

 ちょうどエントランスに着いたため、穂積にそう言われた二人はその場で止まり見送る。葎はきちんとお辞儀をしているが日比野は不貞腐れた顔で碌にお辞儀もせずに戻って行ってしまった。

(あー……駄目だ、あれは。どこに飛ばされるのやら……)

 私が心配することではないけれど、もう新人の時期は終わっている。そんなことを考えていると同期の受付嬢と目が合い、お互いにニヤリと笑った。荷物からスマホを出し、それを持って手を振ると、心得たと謂わんばかりにどこかに電話し始めた。


しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

ワンナイトLOVE男を退治せよ

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVE男を退治せよ

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

処理中です...