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過去篇
われてもすゑに 中篇
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三日後、またもや奈都姫様に騙されたその日の昼。怒りに震えながらもある決意をし、明石殿の所へ向かう。
「明石殿、相談があるのでござるが」
明石殿はおや、という顔をして拙者のほうを向くと、拙者の顔を見てギョッとした。怒りに顔を赤黒く染めているのはわかっている。
「今度は一体……。姫様はお主に何をして怒らせたのじゃ」
「言ってはならぬ嘘をいい、やってはならぬ行動をしただけです」
「いつものことじゃろうて」
明石殿は苦笑していたが、今回は今まで以上のことだ。到底許せるはずがない。
「今回はちょっと度が過ぎました故」
「何をしたのかは……」
「……」
「言わぬよな、お主は。して、相談とは」
「姫様にお教えすることはもうありませぬ。できれば任を解いていただきとうござる」
聞かれたとて、今回のことはどうにも説明ができない。既に火乃香はここにはいないのだから。
そして拙者の任を解いてほしいと願い出れば、明石殿ははあ~、と息を吐き出すと拙者に問うた。
「お主のことだ、それだけではあるまい。暇を告げて、なんとする」
そう聞かれ、一瞬火乃香を思い出す。最後に見た、傷ついた目を。
「旅に、出たいのです」
「ふむ……行き先は」
「決めておりませぬ」
「出奔すると申すか」
「殿と……明石殿にお許しいただけるのならば」
そう答えると、明石殿の目が細められる。
「旅に出てなんとする」
「人を探しに」
「人?」
「拙者が、好いたおなごを」
そう。どこにいってしまったのかわからないが、火乃香を探したかった。
探して、謝って、好いているのは火乃香だけだと言いたかったのだ。
「探して、なんとする」
「傷つけてしまいましたから、謝りたいのです」
「心当たりは」
「ありませぬ」
「それでも行くと申すか」
「御意」
決意は変わらない。そんな拙者を、明石殿はじっと見つめる。
どんなことを言われようとも、その意志を曲げるつもりはない。
見詰め合うこと、しばし。明石殿は溜息をつくと、口を開いた。
「殿と相談するゆえ、明日までまってはくれぬか」
「……わかり申した」
その言葉に感謝の意を込め、頭を下げて部屋を出て行く。
「さて、どうしたものかのう……」
そんな言葉が背後から聞こえたものの、恐らくすぐにでも殿のところへ行くだろうと予想していた。そして案の定、自室に向かっているところで背後の障子が開き、急ぎ殿の所へ向かう姿が見えた。
どんなお言葉を賜るのかわからない。だが、奈都姫様にお仕えするのはもう無理だった。
そして翌朝。
とある部屋に来いと明石殿に呼ばれたので、その部屋で神妙な面持ちで待っていた。
「すまんな、宗重」
「いえ」
少しだけ遅れて来た明石殿は拙者の前に座ると、神妙な面持ちでまずは確認だと、言った。
「どうしても行くのか? 殿はここに残ってほしいと言っておったがの」
「できれば娘の面倒も、ともおっしゃっていたのではござらんか?」
「うむむ……何故それを……」
「殿の考えそうなことでございますれば」
殿は姫に甘い。だからこそ、殿が言いそうなことを言ったのに、明石殿に唸られてしまった。
忘れていた。明石殿も姫に甘いということを。
「『相当怒っておったから、例え殿でも、恐らくは無理でございましょう』と進言してみたがの」
「さすがですな。殿がなんと言おうと拙者は」
そこで言葉を一旦切り、すぅと息を吸うと「ぜーったいに御免でござる!」と、襖がビリビリ震えるほどの大音量で声を張りあげた。
「よ、よくわかった……では、殿のお言葉を伝える」
引きつった顔をしながらも一度咳払いをした明石殿にそう言われ、居住いを正し、改めて伏せる。
「はっ」
「お山に行くか、切腹、だそうじゃ」
そう言われて頭を上げてしまったというのに、明石殿は怒るでもなく苦笑していた。まあ、切腹と言われるであろうと覚悟はしていたのだが。
「切腹はわかりますが……お山、とは?」
「熊野か、あるいは高野か、かの」
「出家しろ、というのでござるか?」
そう聞くと、明石殿は頷いた。そして意外なことも教えられた。
「殿は、姫の変化を知っておったよ」
「は?」
「『姫であって姫でない者を探しに行くのであれば、切腹か坊主しかあるまい?』と仰っておいでだった」
「明石殿……」
「坊主となり修行をすれば、なにか分かるかもしれぬからの」
あまり笑わぬ明石殿が優しげな微笑みを浮かべている。そのことにギュッと目を瞑り、優しい殿と、そして明石殿に感謝する。
「申し訳ござらん」
「よいよい。確かに今までの姫は悪戯が過ぎましたからのう……。そなたはよく頑張っておったよ。ともかく、取り急ぎ手形を作らせておる。二、三日かかるじゃろうて」
「わかり申した。ありがとうござりまする。それでは、御免」
もう一度明石殿に頭を下げ、その部屋を出た。
(火乃香……必ずそなたを見つける)
そう決意を新たに、旅の準備を始めた。
「明石殿、相談があるのでござるが」
明石殿はおや、という顔をして拙者のほうを向くと、拙者の顔を見てギョッとした。怒りに顔を赤黒く染めているのはわかっている。
「今度は一体……。姫様はお主に何をして怒らせたのじゃ」
「言ってはならぬ嘘をいい、やってはならぬ行動をしただけです」
「いつものことじゃろうて」
明石殿は苦笑していたが、今回は今まで以上のことだ。到底許せるはずがない。
「今回はちょっと度が過ぎました故」
「何をしたのかは……」
「……」
「言わぬよな、お主は。して、相談とは」
「姫様にお教えすることはもうありませぬ。できれば任を解いていただきとうござる」
聞かれたとて、今回のことはどうにも説明ができない。既に火乃香はここにはいないのだから。
そして拙者の任を解いてほしいと願い出れば、明石殿ははあ~、と息を吐き出すと拙者に問うた。
「お主のことだ、それだけではあるまい。暇を告げて、なんとする」
そう聞かれ、一瞬火乃香を思い出す。最後に見た、傷ついた目を。
「旅に、出たいのです」
「ふむ……行き先は」
「決めておりませぬ」
「出奔すると申すか」
「殿と……明石殿にお許しいただけるのならば」
そう答えると、明石殿の目が細められる。
「旅に出てなんとする」
「人を探しに」
「人?」
「拙者が、好いたおなごを」
そう。どこにいってしまったのかわからないが、火乃香を探したかった。
探して、謝って、好いているのは火乃香だけだと言いたかったのだ。
「探して、なんとする」
「傷つけてしまいましたから、謝りたいのです」
「心当たりは」
「ありませぬ」
「それでも行くと申すか」
「御意」
決意は変わらない。そんな拙者を、明石殿はじっと見つめる。
どんなことを言われようとも、その意志を曲げるつもりはない。
見詰め合うこと、しばし。明石殿は溜息をつくと、口を開いた。
「殿と相談するゆえ、明日までまってはくれぬか」
「……わかり申した」
その言葉に感謝の意を込め、頭を下げて部屋を出て行く。
「さて、どうしたものかのう……」
そんな言葉が背後から聞こえたものの、恐らくすぐにでも殿のところへ行くだろうと予想していた。そして案の定、自室に向かっているところで背後の障子が開き、急ぎ殿の所へ向かう姿が見えた。
どんなお言葉を賜るのかわからない。だが、奈都姫様にお仕えするのはもう無理だった。
そして翌朝。
とある部屋に来いと明石殿に呼ばれたので、その部屋で神妙な面持ちで待っていた。
「すまんな、宗重」
「いえ」
少しだけ遅れて来た明石殿は拙者の前に座ると、神妙な面持ちでまずは確認だと、言った。
「どうしても行くのか? 殿はここに残ってほしいと言っておったがの」
「できれば娘の面倒も、ともおっしゃっていたのではござらんか?」
「うむむ……何故それを……」
「殿の考えそうなことでございますれば」
殿は姫に甘い。だからこそ、殿が言いそうなことを言ったのに、明石殿に唸られてしまった。
忘れていた。明石殿も姫に甘いということを。
「『相当怒っておったから、例え殿でも、恐らくは無理でございましょう』と進言してみたがの」
「さすがですな。殿がなんと言おうと拙者は」
そこで言葉を一旦切り、すぅと息を吸うと「ぜーったいに御免でござる!」と、襖がビリビリ震えるほどの大音量で声を張りあげた。
「よ、よくわかった……では、殿のお言葉を伝える」
引きつった顔をしながらも一度咳払いをした明石殿にそう言われ、居住いを正し、改めて伏せる。
「はっ」
「お山に行くか、切腹、だそうじゃ」
そう言われて頭を上げてしまったというのに、明石殿は怒るでもなく苦笑していた。まあ、切腹と言われるであろうと覚悟はしていたのだが。
「切腹はわかりますが……お山、とは?」
「熊野か、あるいは高野か、かの」
「出家しろ、というのでござるか?」
そう聞くと、明石殿は頷いた。そして意外なことも教えられた。
「殿は、姫の変化を知っておったよ」
「は?」
「『姫であって姫でない者を探しに行くのであれば、切腹か坊主しかあるまい?』と仰っておいでだった」
「明石殿……」
「坊主となり修行をすれば、なにか分かるかもしれぬからの」
あまり笑わぬ明石殿が優しげな微笑みを浮かべている。そのことにギュッと目を瞑り、優しい殿と、そして明石殿に感謝する。
「申し訳ござらん」
「よいよい。確かに今までの姫は悪戯が過ぎましたからのう……。そなたはよく頑張っておったよ。ともかく、取り急ぎ手形を作らせておる。二、三日かかるじゃろうて」
「わかり申した。ありがとうござりまする。それでは、御免」
もう一度明石殿に頭を下げ、その部屋を出た。
(火乃香……必ずそなたを見つける)
そう決意を新たに、旅の準備を始めた。
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