フォーチュンリング

饕餮

文字の大きさ
13 / 29
過去篇

われてもすゑに 中篇

しおりを挟む
 三日後、またもや奈都姫様に騙されたその日の昼。怒りに震えながらもある決意をし、明石殿の所へ向かう。

「明石殿、相談があるのでござるが」

 明石殿はおや、という顔をして拙者のほうを向くと、拙者の顔を見てギョッとした。怒りに顔を赤黒く染めているのはわかっている。

「今度は一体……。姫様はお主に何をして怒らせたのじゃ」
「言ってはならぬ嘘をいい、やってはならぬ行動をしただけです」
「いつものことじゃろうて」

 明石殿は苦笑していたが、今回は今まで以上のことだ。到底許せるはずがない。

「今回はちょっと度が過ぎました故」
「何をしたのかは……」
「……」
「言わぬよな、お主は。して、相談とは」
「姫様にお教えすることはもうありませぬ。できれば任を解いていただきとうござる」

 聞かれたとて、今回のことはどうにも説明ができない。既に火乃香はここにはいないのだから。
 そして拙者の任を解いてほしいと願い出れば、明石殿ははあ~、と息を吐き出すと拙者に問うた。

「お主のことだ、それだけではあるまい。いとまを告げて、なんとする」

 そう聞かれ、一瞬火乃香を思い出す。最後に見た、傷ついた目を。

「旅に、出たいのです」
「ふむ……行き先は」
「決めておりませぬ」
「出奔すると申すか」
「殿と……明石殿にお許しいただけるのならば」

 そう答えると、明石殿の目が細められる。

「旅に出てなんとする」
「人を探しに」
「人?」
「拙者が、好いたおなごを」

 そう。どこにいってしまったのかわからないが、火乃香を探したかった。
 探して、謝って、好いているのは火乃香だけだと言いたかったのだ。

「探して、なんとする」
「傷つけてしまいましたから、謝りたいのです」
「心当たりは」
「ありませぬ」
「それでも行くと申すか」
「御意」

 決意は変わらない。そんな拙者を、明石殿はじっと見つめる。
 どんなことを言われようとも、その意志を曲げるつもりはない。

 見詰め合うこと、しばし。明石殿は溜息をつくと、口を開いた。

「殿と相談するゆえ、明日までまってはくれぬか」
「……わかり申した」

 その言葉に感謝の意を込め、頭を下げて部屋を出て行く。

「さて、どうしたものかのう……」

 そんな言葉が背後から聞こえたものの、恐らくすぐにでも殿のところへ行くだろうと予想していた。そして案の定、自室に向かっているところで背後の障子が開き、急ぎ殿の所へ向かう姿が見えた。
 どんなお言葉を賜るのかわからない。だが、奈都姫様にお仕えするのはもう無理だった。

 そして翌朝。
 とある部屋に来いと明石殿に呼ばれたので、その部屋で神妙な面持ちで待っていた。

「すまんな、宗重」
「いえ」

 少しだけ遅れて来た明石殿は拙者の前に座ると、神妙な面持ちでまずは確認だと、言った。

「どうしても行くのか? 殿はここに残ってほしいと言っておったがの」
「できれば娘の面倒も、ともおっしゃっていたのではござらんか?」
「うむむ……何故なにゆえそれを……」
「殿の考えそうなことでございますれば」

 殿は姫に甘い。だからこそ、殿が言いそうなことを言ったのに、明石殿に唸られてしまった。
 忘れていた。明石殿も姫に甘いということを。

「『相当怒っておったから、例え殿でも、恐らくは無理でございましょう』と進言してみたがの」
「さすがですな。殿がなんと言おうと拙者は」

 そこで言葉を一旦切り、すぅと息を吸うと「ぜーったいに御免でござる!」と、襖がビリビリ震えるほどの大音量で声を張りあげた。

「よ、よくわかった……では、殿のお言葉を伝える」

 引きつった顔をしながらも一度咳払いをした明石殿にそう言われ、居住いを正し、改めて伏せる。

「はっ」
「お山に行くか、切腹、だそうじゃ」

 そう言われて頭を上げてしまったというのに、明石殿は怒るでもなく苦笑していた。まあ、切腹と言われるであろうと覚悟はしていたのだが。

「切腹はわかりますが……お山、とは?」
「熊野か、あるいは高野か、かの」
「出家しろ、というのでござるか?」

 そう聞くと、明石殿は頷いた。そして意外なことも教えられた。

「殿は、姫の変化を知っておったよ」
「は?」
「『姫であって姫でない者を探しに行くのであれば、切腹か坊主しかあるまい?』と仰っておいでだった」
「明石殿……」
「坊主となり修行をすれば、なにか分かるかもしれぬからの」

 あまり笑わぬ明石殿が優しげな微笑みを浮かべている。そのことにギュッと目を瞑り、優しい殿と、そして明石殿に感謝する。

「申し訳ござらん」
「よいよい。確かに今までの姫は悪戯が過ぎましたからのう……。そなたはよく頑張っておったよ。ともかく、取り急ぎ手形を作らせておる。二、三日かかるじゃろうて」
「わかり申した。ありがとうござりまする。それでは、御免」

 もう一度明石殿に頭を下げ、その部屋を出た。

(火乃香……必ずそなたを見つける)

 そう決意を新たに、旅の準備を始めた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...