フォーチュンリング

饕餮

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過去篇

われてもすゑに 後篇

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 さらに翌朝。
 奈都姫の輿入れが城の内外に発表された。それを青天の霹靂とばかりに聞いていたいた者がいた。
 ――奈都姫である。

「父上!」

 スターン! と襖が勢いよく開く。姫としてはあり得ないその行動に、奈都姫の父親は頭を痛めていた。

「何事じゃ? 朝から騒々しいのう」
「妾は輿入れなど聞いておらぬ!」

 挨拶もせずそう言って来た奈都姫に、父親は溜息をつく。幾つになっても落ち着かぬ、じゃじゃ馬な娘だと思いながらも、先日話した内容をもう一度言って聞かせる。

「七日前に、明石とそなたに伝えたが?」
「妾は知らぬ!」
「そなたも色好いろよい返事をしたではないか」
「それは、妾ではない!」
「それはおかしいではないか。奈都は一人しかおらぬ。そなた以外の誰が返事をしたというのじゃ?」
「そ、それは」

 事実を突きつけると、しどろもどろになっている奈都姫を観察しながら、こうも違うのかと内心がっかりする父親。

(こやつが我が娘とはいえ……前の姫のほうがよかったのう……)

 そう思ったとて、口には出さぬ父親。そして「儂に言ったのは嘘か?」と、よよよ、と泣き真似をすると、奈都姫が焦ったように話す。

「そ、そんなことは……(じいめ、覚えておれ!)」
「口にでておるぞ、奈都。明石とそなたに・・・・に口止めをしたのは儂だからのう、明石を責めるなよ? 聞いていないそなたも同罪じゃ」
「父上~! (見透かされてるおる!)」
「儂の話を聞いておるか? 思ったことが口にでておるぞ? 出立は明日。嫁入り道具は既にそろっておる。あとは人選のみじゃ」

 父親にそう追い討ちをかけられ、奈都姫は項垂れる。

「うう……」
「何か問題でもあるのか?」
「いいえ……ありませぬ(この、狸親父がっ!)」
「だから、口に出ておると言うに」
「……はっ! しまった」

 口元を掌で押さえたものの、出た言葉は戻らない。項垂れたまま来た道を戻るように部屋へ向かうと、宗重が談笑していた。
 嬉々として話しかけることにした奈都姫。

「宗重!」

 呼ばれて振り向くと、奈都姫がいた。その顔は嬉しそうに微笑んでいるが、談笑していた二人は冷ややかな目を向け、冷たい表情とは裏腹に言祝ぎの言葉をかける。

「姫様、お輿入れおめでとうござりまする」
「おめでとうござりまする」

 談笑していた政親も、一緒に言祝ぎ、また宗重に向き直る。

「じゃあ宗重、後でまた」
「ああ」

 そう言ってどこかへ行ってしまった。それを呆然と見ている奈都姫にお構いなしに、宗重も礼をする。

「では、拙者もこれにて失礼いたす」

 無表情で冷たく言われ、去ろうとする。それを慌てて止めたのは奈都姫だった。
 まさか二人にそんな対応をされるとは思ってもいなかったのだから。

「む、宗重! 輿入れ先に一緒に来てくれぬか?! 向こうでもわらわの護衛を……」

 そこまで言いかけた奈都姫ではあったが、宗重の冷たい、いつもとは違う鋭い視線に言葉尻が小さくなる。

御免被ごめんこうむりますな」
「な、何故なにゆえじゃ! ずっと護衛してくれたではないか!」
「それは拙者のお役目だからでござるし、この城にいる間だけのこと。輿入れ先にまでついていく男の護衛など、聞いたことがありませぬ」
「それでも、宗重に来てほしいのじゃ!」
「お断り申す」
「じゃが、妾は……!」

 尚も言い募る奈都姫に、更に冷たい視線を向ける。

「なるほど……よくわかり申した」
「一緒に来てくれるのか?!」
「拙者が言ったのは、姫と金輪際、縁を切らねばならぬということでござる」
「な……何を言っておるのじゃ、むねし……っ!」

 宗重の冷たい言葉とその顔をみて見て息を呑む。
 先ほどよりも、更に無表情。
 そして、身も心も凍るような冷たい目。
 見知らぬ者を見るような……そんな目だったことで、奈都姫は身体を震わせた。

「それでは、失礼つかまつる」

 奈都姫を一瞥もせず、足早に去る宗重に声をかけることもできず、へなへなとその場にへたりこむ。

「嫌……われ……た……?」
「それは自業自得でしょ? 宗重の気持ちも奈都姫かのじょの気持ちも、踏みにじったんだから。というか、もともと嫌われるでしょ、姫は。それがもっと嫌われただけでしょ、宗重が絶縁を申し出るほどに」

 そう言われて横を向くと、いつの間にか政親が立っていた。

「え……?」
「おや。まさか、普段から悪戯をしかけて宗重をさんざん怒らせていらっしゃったくせに、本気で宗重に好かれていると思っておいでだったのですか?」
「……っ!」

 そこまで言われ、奈都姫は普段の言動を振り返る。その内容に、そして先日自分が仕出かしたことを思い出し、顔を青ざめさせていく。

「私も呆れましたよ。ここまで我儘で自分勝手とは」
「あ……」
「それから、我がお庭番衆も護衛には誰もついて行きませんので、あしからず」
「な、なんっ……」

 政親の思わぬ言葉に絶句する奈都姫。

「私は抜けられませんし、部下には任務だとか命令だとか言ったんですがね……『姫について行くくらいなら自害する!』なんて言われてしまいまして」
「……っ」
「すみませんねぇ」

 全然すまなそうに聞こえない声で言うと「それでは、私もこれで」と、その場から消えた。

 二人の言葉にポタポタと涙が落ちる。

(そこまでとは思わなかったのじゃ! すまぬ、宗重……)

 懐から手ぬぐいを出して、目にあて、声を殺して泣いた。泣いたところでどうにもならないし、輿入れのことを考えると、ここにいるのは妾でよかったのかも知れぬと、奈都姫は思う。
 そして今更ながら、自分勝手に火乃香に助けを求めて救ってもらったにも拘わらず、お礼さえ言わずに火乃香を罠に嵌めたことに気づく。

(すまぬ……火乃香。ありがとう。妾が間違っておった……。どうか、無事に二人が会えるよう、神仏に祈ろう)

 後悔先に立たずとはこういうことをいうのじゃな、と奈都姫は一人ごちると、沈んだ気持ちのまま、おとなしく輿入れすることにしたのだった。


 そして姫が輿入れした、その三日後。
 明石から手形をもらった宗重は旅支度を整え、城を出た。
 驚くべきことに、東海道へ向かう途中の茶店で、政親が待っていたのだ。
 その隣には僧侶がいる。

「よう!」
「政親」
「忘れ物だ」

 そう言って渡されたのは、かなりの額の路金だった。

「お、おい、政親! いくらなんでも多すぎ……」
「そりゃ、二人分だもん」
「はぁ?」

 政親の言葉に首を傾げると、紹介してくれたのは隣にいた僧侶だった。

「この方はな、高野山に帰るんだって」
「……え?」
「お前を待っている間、この方に宗重の話をしたら、一緒に連れて行ってくれるって言ってくれたんだよ」

 ニコニコ笑う政親の横には、穏やかな顔をした、年めいた僧侶。そしてそのままお互いに名前を名乗る。

宗庵そうあんと申します」
「中邑 宗重と申す」

 二人して頭を下げ、こういう字だとお互いに知らせると、二人そろって使われている字に驚く。

「おや、同じ字を書くのですね。これも何かの縁。仏の導きなのでしょう」
「仏の……」
「はい。出会いも別れも意味がある。運命と呼ばれる者の中には、未来永劫いつの間にかえにしを結んでしまう者がおります」
「……その縁は、どんなに離れていても……今、この時代ときにいなくても……でござるか?」
「はい。良くも悪くも因果はめぐると申します。必ずどこかでお会いできるでしょう」

 宗庵の言葉に宗重はぐっと手を握りしめたあと、こうべを垂れる。

「ならば、拙者も僧となり、修行致しましょう。よろしくお頼み申す、師匠」
「……はい」

 穏やかに答える宗庵を見たあと、政親のほうへ向くとその手を差し出す。

「すまん、政親。また会おう」
「ああ……また、な」

 政親はその手を握り返し、そう約束をした。


 そして、二人は別れ、別の時代でも幾度となく親友となる。


 因果は廻る、糸車。
 廻って紡ぐ、紅き糸。


 その紅き糸を紡いで手繰り寄せ、再び火乃香に出会った時――


 ――運命の輪フォーチュンリングが廻り出すことを、この時の宗重は知らない。

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