憑依型2.5次元俳優のおれが、ビッチの役を降ろしたまま見知らぬイケメンと寝てしまった話

あまみや慈雨

文字の大きさ
3 / 37

3.突然の電話

しおりを挟む
 

「ん?」
 エゴサはし始めるとどんどん深部まで潜ってしまうから恐ろしい。
 どこをどうたどったのかももはやわからないが「2.5次元の台頭と演劇の衰退について」という記事にたどりついてしまった。見る前からろくでもないことになるのはわかっているのに、タップせずにはいられない。
 表示されたのは、無記名のブログだ。簡単なプロフィールには「年間百回劇場に行く演劇マニア」とだけ記されていた。
〈近年盛んに上演される若手イケメン俳優を集めた舞台、所謂2.5次元というものが、私は嫌いだ〉
「……おっとお」
 百樹は思わず呟いた。初手から強めに焼かれている。
 記事はブログ主がどのように演劇に出会ったかから始まり、どのように救われ、どのように愛するように至ったかを連綿と書き綴り、やがて冒頭の「嫌いだ」に帰結した。

〈……借り物の設定をなぞるだけの作品が、ただでさえ不足気味な都内のハコを押さえてしまい、優れた作品の上演機会を奪っている〉
〈美しく着飾った若い男たちが見たいのなら、ホストクラブにでも行ってもらいたい〉
〈あまりにリアリティのない、漫画チックなキャラをそっくりに演じるだけでは、役者もキャリアに繋がらないだろう〉

 などなど、親でも殺されたか、はたまた村でも焼かれたのかという勢いだ。

 そしてこう結ばれていた。
〈役者とは名ばかりの、同じような顔をした彼らが、数年後一体何人生き残っているのか見物だ〉

 ハコの問題は、演じる側に言われたって困る。「そっくりに演じるだけ」って、それにどんなにみんな苦労していることか。

 みんなそれを求めてる。

 俺はその求めに応えるし、応えられる。それが得意で楽しいんだ。自分なんか出したら愛されない。
 まだやっと喜んでもらえるようになったばっかりで、数年後なんてそんな誰にもわからないこと心配してる余裕、ないよ。
 ネットの片隅の、しかも無記名の記事だ。真に受ける必要はない。そう思うのに、百樹はその一文からしばらく目が離せなかった。

 そのとき、見つめていたスマホ画面が、思考を断ち切るようにふっと暗くなった。

 次の瞬間、ぶるぶると震える。不意を突かれて取り落とすと、その拍子に応答ボタンに触れてしまっていたらしく、ローブの胸の上に落ちたスマホから『もしもし?』とくぐもった声が漏れた。
 まだなにか連絡漏れでもあっただろうか。

「轍っちゃん?」
『……』

 応じると、聞こえてきたのは、かすかに息を呑んだような気配だけだった。なにかがおかしい、と思ったとき、やや気まずげな声が空気を震わせる。

『……俺、だけど。昨夜の』

 俺? 昨夜? ゆうべ――昨夜?? 

 頭が姿かたちを思い受かべるより先、体の奥が熱を帯びた。思い出した。あの交わりを。
 心臓が過剰なほどに存在を主張する。あまりにも大きくどくっと波打つから、一瞬、息が詰まった。
「え、あ、な、なんで? 番号――」
 なにから訊ねたらいいのかわからず、かろうじてそれだけ絞り出す。もう二度と会うことのないと思っていた行きずりの男から電話がかかってきたら、みんなそうなると思う。
 一瞬の戸惑いのあと、電話の相手は言った。
『……昨夜、おまえが登録しただろう』

 あほビッチ~~~~~~~~~~!!!!!!!!(俺だけど)

 そうだ。確かバーで、俺だけど俺じゃないチャラ男は、この男のスマホを勝手に奪って番号を入れた。……舞台でも、ヒロイン相手にやったように。

 あほビッチ~~~~~~~~~~!!!!!!!!(数秒ぶり二度目)

 しかしそれで本当に電話してくるとは。
 もしかして、俺のことが忘れられなく……? 
心臓が、さっきとは違って今度は小さく波打った。漣がちいさくこそばゆく囁いてくる。
一夜限りの火遊びから始まる本物の恋もあるんじゃない? と。

 が。

『おまえ、俺の財布を持っていっていないか』

 心地よい凪を漂っていた感情の小舟は、突如ざばっと大波に襲われた。
なんということでしょう。
 少なからず好印象だったアバンチュールの相手から、窃盗を疑われています。

 もちろん盗ってなどいないが、状況を考えれば疑いも妥当と言える。
 どうしよう。SEXスキャンダルに、犯罪の疑いも加わってしまった。事務所に迷惑をかけてしまう。
俺をいい商品だって言ってくれた事務所に。
 こういうとき、自分で対応するのは厳禁だと轍人にはよくよく言い含められている。まずはなんとか一旦電話を切って、代理人からあらためて連絡を――で引き下がってくれるかどうか。
 寝起きの頭をぐるぐるさせているうちに、男の声が再び鼓膜を震わせた。
『いや、そうじゃなくて』
 どういうわけか慌てた様子だ。

『おまえの財布が俺の手元にあるんだ。だから、そっちも確認してみて欲しい』

「……へ?」
 大波に翻弄していた小舟が、今度は見知らぬ浜に打ち寄せられたような心持ちだった。助かった。だが、どういうことだ?

 ベッドから降り、脱ぎ散らかしたままだった革ジャンのポケットを探る。百樹が愛用しているのは、ごくシンプルななめし革の黒い二つ折り財布で――
「あれ?」
 なんだか革の質感が違う気がする。使い込んで手になじむところは同じでも、こんな地紋は自分のものには入っていなかったはず。ぱかっと開くと、明らかに見覚えのないカードに運転免許証――百樹は免許など持っていない。
 カードのポケットからそこだけ見えていた免許証の名前欄を、半ば反射で読み上げていた。
「岡 龍介。おか……りゅうすけ?」
『ああ』
 電話の向こうから、安堵の気配が伝わってくる。
『ぱっと見似てるから、取り違えたんだな。持っててくれて良かった。ありがとう』
 ありがとう。
 百樹は拍子抜けする。
 行きずりの男にいきなり乗っかられた上財布を持ち去られたのだ。もっと憤ってもいいくらいだと思うのだが。
『俺今日これから仕事だから、悪いけど昼に職場までとりに来てもらえるか』
 悪いも何も、自分の財布を他人に握られているなんて状況、さっさと解消したいに決まってる。もちろん行くと答えて、指定された場所のメモを取ると電話を切った。
 良かった、という気持ちと、どうしようという気持ちがせめぎ合う。
 二度と会うこともないだろうと思ったのに。

 ――あっという間に再会だよぉ!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...