4 / 37
4.再会
しおりを挟む
今回百樹が役落とし――轍人との間でそう呼んでいる――に選んだのは、東京から新幹線でその地方のハブ駅に着き、さらに在来線を乗り継がないとたどり着けない日本海側の小都市だ。
街のほぼ中央に鎮座する国宝指定の城が観光のメイン。その周りにぐるっともうけられた堀に沿って、歴史的な建物やそれを利用したカフェ、資料館などが点在する。
江戸時代の領主様が茶道で有名だった名残で、今も和菓子屋が多く、城では折に触れ茶と花に纏わる催しが行われるそうだ。
そう言われて注意を払ってみると、道路脇の植え込みなどもよく手入れされている気がした。市の花は椿だそうで、行く先々で形の違ったものを見かける。
「場所わかるかな」という心配は杞憂に終わった。
黒塀に柳が揺れる、堀沿いの遊歩道を歩いて行ったら、すぐに〈お堀巡り・観光船乗り場〉の看板を掲げた建物が見えてくる。
ハイシーズンでもない平日の昼だが、華やかな色合いの小袖をまとった少女が数人いるのを見て、百樹はキャップを目深に被り直した。この世のすべての女子が若手俳優に詳しいとはもちろん思わないが、用心に越したことはない。
街のあちこちに貼ってある観光ポスターで知ったのだが、この辺りには縁結びで有名な神社があり、それらを目当てに来る女性客に着物を貸し出したりしているらしい。そこの利用客だろう。
なるべく彼女たちの視界に入らないよう、待合室を通り越し、桟橋の手前で龍介を待つ。
爽やかな風が堀の水面を撫で、こちらまで水と花の匂いを運んで来るのが心地よかった。
百樹には種類のよくわからない鳥が、餌をとろうとしているのか、もこっとした尻だけ水面に浮かんでいるのも可愛らしい。
のどかな風景だ。〈役落とし〉のため、ゆったり数日過ごすには最適の。
――まあ、初日から最適でないことしでかしちゃったわけですけど……
無事財布を交換したら、さっさと東京に帰らないと。仕事に関して、轍人がなにか言いたげだったのも気になるし。
ところで龍介はどっちからやってくるのかな、と思った。
待ち合わせをこんなところに指定したのは、オフィスに訪ねてこられては困るからだろう。
当然だよね。
そう思うのに、なぜか少し胸が痛む。
待合所の外にもしつらえられたベンチがあって、老夫婦が座っていた。
お互い白髪、服装もお互い似通っていて、いかにも長年連れ添ってきました、という感じだ。心なしか顔立ちも似通っている。
長年連れ添うと似てくるというのは本当なんだな、と微笑ましく思うと同時に、なにかもやもやとしたものが胃の底辺りに湧き出るのも感じる。
どうやったらそんなに深い関係が築けるんだろう。
心の底から不思議に思う。
元々は他人だった人間が出会って、好きだと思ったら相手も好きだと思ってくれて、そしてずっとずっと一緒にいる。
それなんて奇蹟?
少なくとも俺には永遠に訪れなさそう。
血の繋がった家族にだって必要とされなかったんだから。
あまりじろじろ見てはいけない。老夫婦から目をそらすと、ちょうどお堀巡りの小舟が戻ってくるところだった。
桟橋の手前でエンジンを切り、作務衣姿に笠を被った船頭が舳先に立って竿を操ると、すーっとまるで吸い寄せられるようにぴったり舟は桟橋に着く。
おお、職人技。
目を奪われていると、船頭は身軽に桟橋側に移動して、乗客に手を貸し始めた。
「ありがとうございました。足下にお気をつけて」
よく通り、それでいてほどよい低さで耳に残るその声に、聞き覚えがある気がする。
なんで? と訝しんでいる間に最後の乗客を見送った船頭が面を上げた。
長めの髪を後ろでひとつにくくった船頭は、百樹の姿を見つけ、破顔した。――龍介だ。
――え、職場、ここ?
呆気にとられているうちに、龍介は桟橋からこちらへ上がってきた。笠を取り、髪も解いて掻き上げる。
「来てくれたんだな、ありがとう」
昨夜の記憶はもはや曖昧。今朝は寝顔しか見られなかったわけだが、こうして陽の光の下であらためて見ると、龍介はまごうことなき男前だった。
身長はやはり百樹が軽く見上げるほど。観光地の雰囲気を出すためか、身につけているのは作務衣だ。
作務衣って、こんなにかっこよかったっけ?
思わずまじまじと見てしまうほど様になっている。
こういうのって、下手したらちょっと間抜けな感じになっちゃったりするのに――
そしてそういう印象を抱かせるのは、顔の造作だけによるものではなかった。
ごく自然に立っているだけでも立ち姿が美しのだ。
正しく筋肉がつき、正しく使えている。そういう人間の居住まいだ。舞台に立つための筋トレ講座を受けた百樹にはわかる。
ぱちぱちと目を瞬いていると、龍介はふっと苦笑した。
「まあ、そっちのをこっちが持ってるんだから、そりゃ来るか」
ちょっと待ってな、と告げて龍介は船着き場の事務所らしき部屋に向かい、財布を手に戻った。促されるまま自分の持ってきた龍介の財布を出し、無事交換する。
これでミッションコンプリート。 ほっとすると同時に、なんだか名残惜しい気もした。できればこの男の姿をもう少し見ていたいと思ってしまったから。
「一応、ちゃんと中身確認して」
「あ、ああ、うん」
そうだった。それは大事なことだ。財布を開け、カードや保険証の類がちゃんとあることを確認する。現金は元々そんなに入れていないが、元通りにあると思う。
確認する間、ずっと視線を感じていた。生真面目なたちなんだろうか。落ち着かない気持ちでチェックし終え「ちゃんと、ある」とだけ告げる。
「そっちは?」
「もう見た。問題ない」
ずっと見つめられていたというのはこちらの勘違いだったらしい。百樹はキャップをさらに目深に被り直した。
恥ずかしい。期待したみたいだ。
期待。――なんの?
そのとき、待合所で見かけた女の子たちがこちらに駆け寄ってきた。慣れない草履でちょこまかとかけてくる姿は、危なっかしく、だからこそ可愛らしく非常に華がある。
「あの、すみません、写真いいですか?」
街のほぼ中央に鎮座する国宝指定の城が観光のメイン。その周りにぐるっともうけられた堀に沿って、歴史的な建物やそれを利用したカフェ、資料館などが点在する。
江戸時代の領主様が茶道で有名だった名残で、今も和菓子屋が多く、城では折に触れ茶と花に纏わる催しが行われるそうだ。
そう言われて注意を払ってみると、道路脇の植え込みなどもよく手入れされている気がした。市の花は椿だそうで、行く先々で形の違ったものを見かける。
「場所わかるかな」という心配は杞憂に終わった。
黒塀に柳が揺れる、堀沿いの遊歩道を歩いて行ったら、すぐに〈お堀巡り・観光船乗り場〉の看板を掲げた建物が見えてくる。
ハイシーズンでもない平日の昼だが、華やかな色合いの小袖をまとった少女が数人いるのを見て、百樹はキャップを目深に被り直した。この世のすべての女子が若手俳優に詳しいとはもちろん思わないが、用心に越したことはない。
街のあちこちに貼ってある観光ポスターで知ったのだが、この辺りには縁結びで有名な神社があり、それらを目当てに来る女性客に着物を貸し出したりしているらしい。そこの利用客だろう。
なるべく彼女たちの視界に入らないよう、待合室を通り越し、桟橋の手前で龍介を待つ。
爽やかな風が堀の水面を撫で、こちらまで水と花の匂いを運んで来るのが心地よかった。
百樹には種類のよくわからない鳥が、餌をとろうとしているのか、もこっとした尻だけ水面に浮かんでいるのも可愛らしい。
のどかな風景だ。〈役落とし〉のため、ゆったり数日過ごすには最適の。
――まあ、初日から最適でないことしでかしちゃったわけですけど……
無事財布を交換したら、さっさと東京に帰らないと。仕事に関して、轍人がなにか言いたげだったのも気になるし。
ところで龍介はどっちからやってくるのかな、と思った。
待ち合わせをこんなところに指定したのは、オフィスに訪ねてこられては困るからだろう。
当然だよね。
そう思うのに、なぜか少し胸が痛む。
待合所の外にもしつらえられたベンチがあって、老夫婦が座っていた。
お互い白髪、服装もお互い似通っていて、いかにも長年連れ添ってきました、という感じだ。心なしか顔立ちも似通っている。
長年連れ添うと似てくるというのは本当なんだな、と微笑ましく思うと同時に、なにかもやもやとしたものが胃の底辺りに湧き出るのも感じる。
どうやったらそんなに深い関係が築けるんだろう。
心の底から不思議に思う。
元々は他人だった人間が出会って、好きだと思ったら相手も好きだと思ってくれて、そしてずっとずっと一緒にいる。
それなんて奇蹟?
少なくとも俺には永遠に訪れなさそう。
血の繋がった家族にだって必要とされなかったんだから。
あまりじろじろ見てはいけない。老夫婦から目をそらすと、ちょうどお堀巡りの小舟が戻ってくるところだった。
桟橋の手前でエンジンを切り、作務衣姿に笠を被った船頭が舳先に立って竿を操ると、すーっとまるで吸い寄せられるようにぴったり舟は桟橋に着く。
おお、職人技。
目を奪われていると、船頭は身軽に桟橋側に移動して、乗客に手を貸し始めた。
「ありがとうございました。足下にお気をつけて」
よく通り、それでいてほどよい低さで耳に残るその声に、聞き覚えがある気がする。
なんで? と訝しんでいる間に最後の乗客を見送った船頭が面を上げた。
長めの髪を後ろでひとつにくくった船頭は、百樹の姿を見つけ、破顔した。――龍介だ。
――え、職場、ここ?
呆気にとられているうちに、龍介は桟橋からこちらへ上がってきた。笠を取り、髪も解いて掻き上げる。
「来てくれたんだな、ありがとう」
昨夜の記憶はもはや曖昧。今朝は寝顔しか見られなかったわけだが、こうして陽の光の下であらためて見ると、龍介はまごうことなき男前だった。
身長はやはり百樹が軽く見上げるほど。観光地の雰囲気を出すためか、身につけているのは作務衣だ。
作務衣って、こんなにかっこよかったっけ?
思わずまじまじと見てしまうほど様になっている。
こういうのって、下手したらちょっと間抜けな感じになっちゃったりするのに――
そしてそういう印象を抱かせるのは、顔の造作だけによるものではなかった。
ごく自然に立っているだけでも立ち姿が美しのだ。
正しく筋肉がつき、正しく使えている。そういう人間の居住まいだ。舞台に立つための筋トレ講座を受けた百樹にはわかる。
ぱちぱちと目を瞬いていると、龍介はふっと苦笑した。
「まあ、そっちのをこっちが持ってるんだから、そりゃ来るか」
ちょっと待ってな、と告げて龍介は船着き場の事務所らしき部屋に向かい、財布を手に戻った。促されるまま自分の持ってきた龍介の財布を出し、無事交換する。
これでミッションコンプリート。 ほっとすると同時に、なんだか名残惜しい気もした。できればこの男の姿をもう少し見ていたいと思ってしまったから。
「一応、ちゃんと中身確認して」
「あ、ああ、うん」
そうだった。それは大事なことだ。財布を開け、カードや保険証の類がちゃんとあることを確認する。現金は元々そんなに入れていないが、元通りにあると思う。
確認する間、ずっと視線を感じていた。生真面目なたちなんだろうか。落ち着かない気持ちでチェックし終え「ちゃんと、ある」とだけ告げる。
「そっちは?」
「もう見た。問題ない」
ずっと見つめられていたというのはこちらの勘違いだったらしい。百樹はキャップをさらに目深に被り直した。
恥ずかしい。期待したみたいだ。
期待。――なんの?
そのとき、待合所で見かけた女の子たちがこちらに駆け寄ってきた。慣れない草履でちょこまかとかけてくる姿は、危なっかしく、だからこそ可愛らしく非常に華がある。
「あの、すみません、写真いいですか?」
0
あなたにおすすめの小説
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる