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後日談:ハッピーブランニューデイ
しおりを挟む〈お祝いしてもらいました〉
『炎上怖いから公演中の振り返り以外あんまり投稿しないようにしてるんだよね』
と言っていた百樹のアカウントに載ったケーキの写真を、龍介は見つめていた。
クレヨンで書いたような字で「HAPPY BIRTH DAY」と書かれた画面。ふんわりソフトフォーカスをかけた画面を横切るガーランド。うまいこと加工するもんだと思う。
いやそんなことはどうでもいい。
いったい誰の誕生日だ?
躰から始まった関係だったから、お互いの情報を交換したのは付き合い始めたあとのことだった。自己申告によると百樹の誕生日は三月三日。今日とはまったく関係ない。
『なにがどう特定されちゃうかわかんないから、フォローはしないほうがいいと思う。……直接LINEできるし?』
という百樹の申し出によって、龍介はアカウントを作っていない。見たいときは逐一検索して登録なしで見るスタイルだ。
自身も高校球児だった頃には、知らない間に写真を撮られたり、家の場所まで特定されたり、メディアの恐ろしさには身に覚えがある。
幸い、野球をやめてからはじょじょに人々の記憶から薄れていったようだが、それでも一度ネットの海に放たれた情報は消せはしない。
そもそも「できるし?」と頬を染めて照れくさそうにねだられれば、こちらに拒否権などないも同然だ。
だからうっかりそのツイートを見てしまったのは、まったくの偶然だった。
朝、出がけの情報番組で〈大人気! 2.5次元の魅力〉なんてタイトルコールが耳に入ったから。そういえばももは今どんな仕事をしているんだろうと。
で、これだ。
誕生日を祝ってもらう。それをSNSに載せる。
ずいぶん親しげじゃないか?
大変面白くないことこの上ないが、このとき龍介の脳裏には、こういうことを相談するに相応しい男は、ひとりしかいなかった。
というわけで昼休憩、市役所に向かった龍介である。
職員以外も利用できる食堂に向かい、目指す姿を見つけ出した。
「おい、恋愛マスター」
「……はい、恋愛マスターです」
定食の焼き魚を美しい手つきでほぐしていたその男の表情に驚きが乗ったのはほんの一瞬で、すぐさまそんな返答をしてくる。
龍介は思わず舌打ちした。こういう男だ。早坂晴臣は。
「岡さんが言うから乗ったのに」
言いながら晴臣はお茶をすすると、一旦箸を置く。
「なにかお話です?」
――こういう察しの良さ。本来なら美徳であるはずのそんな点が、未だに苦々しく思えてしまうのは、己の器の小ささだろうか。
しかし晴臣にはもうそんなことは存分に知られているだろうし、百樹と付き合っていることを知っている数少ない知人だ。
その上ゲイの婚活コンサルタント。
ここはつまらぬプライドなどかなぐり捨てて、話を聞いてもらうのが得策だ。
そう俺は、勝つためなら三打席連続敬遠だって厭わない。
いささか大げさに覚悟を決めて、龍介はことのあらましを説明した。
「付き合う相手に全然違う誕生日を教えるってどういうことなんだ……?」
「宗教上の理由とかじゃないですか? 本当の誕生日を知られると呪われてしまう、とか」
「……」
「すみません、岡さんの顔があんまり思い詰めてるから、ちょっと解そうと思ったんですけど、逆効果でしたね」
そんな甲子園決勝でニ塁刺すときみたいな顔しないでください、などと早坂は言う。
中途半端に野球知識を出してくるのがムカつく。そもそも決勝まで行けなかったことを思い出してはまたムカつく。
「もういい。メシどきに邪魔して悪かったな」
「いや本当にすみません。その画面って、見せてもらってもいいですか?」
椅子を蹴って立ち去ろうとしたところで「ね?」と重ねてなだめすかされて、龍介はしぶしぶ再び席についた。スマホでくだんのツイートを開き、早坂のほうへ押しやる。
早坂は慣れた手つきで画面をつるつる動かしていたかと思うと、
「ああ、やっぱり」
と微笑んだ。
「これ、今舞台で演じてるキャラの誕生日ですよ」
「ーーは?」
キャラの。
誕生日。
とは。
盛大に「???」を飛ばす龍介に、早坂はスマホをこちらに見せてくる。
「リプまで見るとわかりますよ、ほら」
画面をタップすると、百樹がアップしたケーキの写真に対し、いくつもの返信がつけられていた。
『リクくんおめ!』
『リクくん良かったね』
『リクくんがみんなに愛されてる……尊い……』
『このカンパニーのほんとに中良さそうなとこが好きなんだよ~!』
リクくんって誰だ。
それから龍介は改めて百樹のアカウントのホームをのぞいてみた。
ヘッダーではなにやらデコラティブな衣装に身を包んだ百樹が決めポーズをとっている。〈××幻想戦記 リク役 ××事務所所属 SENです〉というプロフィールを見て、やっと察した。
リクくんって、おまえか。
「こういうアピールすると、ファンはキャラを大事にしてくれてる~! って喜ぶんだそうですよ」
「おまえはなんでそんなことまで知ってるんだよ」
「母のとこの会員さんに舞台好きの方がいらしたんですよね。舞台通いに文句言わない人を探してるって。最悪旦那は取り替えられても、生き甲斐は取り替えられませんから、そこは念入りにヒアリングします」
「さらっと恐ろしいことを言うなよ……」
別に自分が世の旦那の代弁者というわけでもないが、肝が冷える。
それはともかく。
龍介は深くふかーーーーくため息をつき、落ちかかる前髪をかきあげた。
「……まあ、なんだ、そんなことなら良かった」
不安の去った胸の中からこぼれた言葉。良かった。百樹が俺に嘘をついているのじゃなくて良かった。つまらない勘違いで、問い詰めたりせずに済んで良かった。
晴臣と目が合った。なんだか、口許にうっすらと噛み締めるような笑みを刷いている。
「……らしくないとでも言いたいんだろ」
苦々しく吐き出せば「いいえ」とかぶりを振る。再び箸を手にして食事を再開しながら、晴臣は言った。
「なにもかもぶっ壊されて、新しい自分に出会う。それこそが恋ってものですよ」
真っ昼間から酒もなしに何を言っているのだこいつは、という気持ちは、もちろんある。
あるのに、どうしてか、一笑して終わりにする気にもなれなかった。
「……そんなもんか」
「そんなもんです」
たしかにあの夜、それまで一度も接したことのなかった世界に一歩足を踏み出さなければ、自分は百樹に出会うこともなかったのだろう。
たった一晩だけの関係だったはずなのに、連絡をとった。
出会ってたった数日で、なにもかも晒け出した。お互いの一番深いところの傷に触れ合ったのだ。確かに正気の沙汰じゃない。
「……ぶっ壊れても、いいんだな」
これこそ恋だというのなら、たしかに悪くない気分だ。そう思った。
〈了〉
20210506
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