憑依型2.5次元俳優のおれが、ビッチの役を降ろしたまま見知らぬイケメンと寝てしまった話

あまみや慈雨

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後日談:季木百樹のアイドル力

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 まさか人生で二度もこの辱めを受けることになるとは。

 暗闇の中、月森椿はそんなことをくり返し考えていた。くり返しすぎて、そろそろ暗黒面に堕ちそうだ。

「はーい、記念撮影しますので、ゆるキャラのみなさん集まってくださーい」

 ここは東京・有楽町駅の国際フォーラム。ただいま「大きな湖を持つ市町村」が集まって行われる「湖フェス」の真っ最中。

「湖フェス」
 それは、観光資源としてのアピールは元より、渡り鳥や水質汚染の問題、希少種の淡水魚研究など、アカデミックなシンポジウムも多数催される、湖の祭典だ。

 アカデミックなだけでも堅苦しくていけないというので、各市町村にゆるキャラの出演も依頼された。梓は今年初参加ということもあり、是非とも行って目立ってこいというのが上からのお達しだ。ちなみに晴臣は別の仕事が入っていて、今日ここにはいない。

 フェス関係者が手配してくれた介添人の手を借りて、よちよちと椿は移動する。
 お互いにあっちにぶつかりこっちにぶつかりしながら広場に出た。なんとか記念撮影を終え、さてあとは再び集合を要求される閉会式まで休憩だと思ったそのときだ。

「轍ちゃん、ちょっとだけ待って! ちょっとだけだから……!」

  各市町村自慢の B級グルメ屋台が並ぶ広場を突っ切って、誰かが一目散に駆け寄ってくる。椿に見えるのはほぼ足元だけなので、気配でそう感じるだけなのだがーー気のせいでなければ、真っ直ぐ自分に向かってきているような。

「やっぱり……! しっちん……!」

 ーー気のせいじゃなかった。 

 突然のご指名に、椿は内心うろたえる。
いつぞやの東京駅の一件で、しっちんがごくごく一部のマニアにウケていることは知っている。だがしかしそれはあくまで知らぬ間に拡散されていたもの。
 こうして目の前で熱く名前を呼ばれるなんて、どうして想像できただろう。
 
 声は男性のものだった。といっても、柔らかく高めの声音は、未だ少年と青年の境目にいるように思える。走ってきたからだろう。少し息が上がっているようだ。

「しっちん~!!! 生しっちん!!!」

 しっちんごときにそんなに興奮を?

「あっ、足ほんとに海老なんだ。動画だと細部までよくわかんなくて……」
 椿が戸惑っているうちに、声はいつの間にか下から聞こえてくるようになっていた。
 どうやら声の主は椿のーーいやしっちんの足元にしゃがみ込んで、モロゲエビを取り入れた足の造形を堪能しているようだ。

 足元にしゃがんだせいで、椿の、いやしっちんの狭い視界からその姿を目にすることができた。
 ゆるく癖のある髪、脂肪の少ない薄い肩。サングラスをかけていて表情はよく見て取れないが、やっぱり少年と青年の境目という予想に間違いはなかった。

 ーーあれ?

 されるがままにエビの足をもみもみされながら、椿はかすかな違和感を覚えた。なんだかこのほわほわ柔らかそうな髪に見覚えがあるような気がするのだ。

「しっちん触っちゃった。嬉しいな。あの、写真、いいですか? うちの妹がしっちんの大ファンで……」

 なんとご兄妹でこの謎の生命体のファンですか。ありがとうございます、と椿は心の中で頭を下げる。
 できればそれが高じて梓に観光に来て欲しい。さらに言うならたくさんお金を落としていって欲しい。

 少年の言葉は、隣にいるであろう、今日の介添人に向けられたものだったようだ。
「ごめんなさい。今日は写真はご遠慮いただいてるんですよー」
 介添人が詫びる。そう、今日のメインは飽くまで湖に関するあれやこれや。別にもったいつけるほどのキャラでもないが、撮影用のスポットも用意されていないし、イレギュラー対応は事故の元だ。
「そうですか……」
 少年の声が、こっちが切なくなるほど沈む。

 いや待って少年。しっちんだぞ。

 頭は湖で獲れるしじみ。常に片目をつぶるいわゆるウィンクで、出水管を舌のように出している、てへぺろスタイル。
 胴体はしじみの殻を表す縞模様。
スズキの奉書焼きをイメージした白いベスト。
 首元にはマフラー代わりにうなぎの「うなちゃん」が巻き付いている。
 足はモロゲエビ。
 左手は白魚、右手はアマサギ。
 口癖は鯉に引っかけた「梓に来い来い!」

 っていう、謎の生命体だぞ!?

 そのとき、少年が「あ……っ」と小さく声を上げた。
 どうやら都会のビル風が突然吹きつけて、埃が目に入ってしまってらしい。
 どこか不似合いだったサングラスをはずし、目をこする。
 ああ、そんなにしたら傷がついてしまうのに。
 初対面なのに不思議とそんな心配をさせる雰囲気を持つ少年だ。

 ーー初対面?

「いった……」
 目を瞬かせながらこちらを見上げるその顔。漠然と感じていただけだった違和感が、はっきりした形を得て、腹に落ちた。

 ーーあのとき、龍介と一緒にいた子だ。

 それはつまり、龍介と付き合っているという相手。

 あの日とはずいぶん印象が変わっていて、とっさには気づけなかった。だが間違いない。彼だ。

『ももを心配してくれてありがとう』

 そう口にしたときの、龍介の眼差し。いくら色恋に鈍い自分でもわかる。龍介は、心底この少年を大事にしている。
 晴臣も「岡さん、いい恋してるみたいですね」と語っていた。「いつか岡さんが紹介してくれるといいですね」なんて。
 そして椿もまた考えていた。
 漢気あふれる龍介のことだ。龍介にとって自分が今でも信頼に値する人間だったなら、きっとそのうちちゃんと紹介してくれるだろうと。
 なのに。

 ーー紹介される前に会ってしまった。こんな出会い頭の事故みたいに。

 いや、俺は今しっちんだ。だいたい向こうは俺が誰かなんてわかってないんだから。これはノーカンだ。無になれ。虚無になれ。しっちんになりきれーー

 かつてないくらい真剣にしっちんと一体化することに専念する。無我の境地を開いて宇宙の真理にたどり着きそうになった頃、目をこすっていた少年ーー百樹はしゃがんだままこちらを見上げた。 

 大きな瞳を潤ませて。
「あの、写真、ほんとに一枚だけ……だめ、ですか?」
  

 ずっきゅん。


 体のどこかわからない箇所から、生まれて初めて聴く音がした。

 な、なんだこの子……なんだこの子……っ!!

 もちろん恋情などではない。ないのだが、どうにもこうにも放っておけない。放っておくほうが罪悪感を抱かせる、そんな雰囲気を持っているのだった。
 まるでアイドルのような顔立ちの、こすったせいですこし赤くなった目元が、なんだかとても憐れを催させる。
 
「すみません。また今度」
 介添人が再度やんわり断る。また今度、なんてしっちんにはあるかどうかもわからない。
 しゅん、と洗われた仔猫のように萎む少年の姿がいたたまれなくて、椿はアマサギと白魚の両手をぱたぱたさせた。
「し、しっちん?」
 介添人が戸惑いの声を上げる。ゆるキャラの絶対原則として声を出すことはできない。
 だから椿はぱたぱたと腕を動かす。懸命に、百樹のほうを指差して(いるつもりで)。
幸い、介添人は察しのいい人だったようだ。
「あの、撮ってもいいみたいです。特別に」
 ですよね?と訊ねられ、ほとんど動かないしじみの頭でこくこくと頷いた。
「ほんとですか?」
 百樹の顔が、雲間から差し込む光に照らされたかのように、ぱっと明るくなった。 
 と思った次の瞬間、狭い視界からその姿が消える。
 

「ありがとうございます!! しっちん大好き!!」


 声と共に、着ぐるみが大きく揺れる。どうやら百樹が飛び上がって抱きついてきたらしい。

「あ、ご、ごめんなさい」

 すぐに我に返って離れたものの、これはあまりに無邪気。あまりに天真爛漫だ。

 しかも……なんだかちょっといい匂いがした……

 これは龍介に言っていいやつなのか、ダメなやつなのか。
 それからしばらくの間、椿は頭を悩ませた。
 
 






              〈了〉
             20210506




 
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