雨さえやさしく

あまみや慈雨

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語り終えると、晴臣は真顔で呟いた。
「いやー、この人突然呪文唱え始めた! って思って驚きましたよね、あのときは」
「……頻繁になると結構負担だろ、田舎のガソリン代は!」
「ええまあ、それはもちろん有難かったんですけど、この人、今俺のこと意識したのごまかそうとしたなー、って。そんでごまかすの下手すぎだなーって」
 真夏の雨上がりみたいに、頬がかあっと熱を持つ。そりゃ、この世慣れた男に動揺を悟られていないとは思わなかったけど、そんなふうに思われていたなんて。
「……可愛すぎて好きになっちゃうでしょ、あんなの」
 晴臣の手が伸びてきて、じんじん沸騰しているような気さえする耳元の髪に触れた。「まだちょっと湿ってる」という呟きには慈しむような響きがあって、うっかり緊張をほどいてしまいそうになる。
「知るか、」
 馴れ合いを好まない猫のように首を振って逃れると、特に機嫌を損ねたふうもなく、晴臣は「そういえば、眼鏡なくて大丈夫です? 寝るのに痛そうだから俺外して、そのままですけど」と言った。
 見れば、眼鏡は座卓の上に置いてあった。
「さっき、あいつも眼鏡にしたんだなとか言ってたけど、昔はかけてなかったんですか? 今も俺のことちゃんと見えてるみたいだし、実はそんなに悪くない?」
 勘が鋭い奴はほんとうに面倒だ。ああ、とか、うん、とか、どちらとも取れるような言葉で適当にお茶を濁していると、
「もしかして、ちょっとでも顔隠したいとか思ってます?」
 と訊ねられた。
 それには答えず、正座を崩して座卓の上に手を伸ばす――と、その手を阻むように掴まれた。
「椿さん、こんなこと言ったら怒るかもしれないけど、色々とらわれすぎ」
「おまえになにがわかるんだ」
 口にしながら、なんて陳腐な言葉だと我ながら思う。他人が気持ちをわかってくれないなんて、そんなこと、大人になったらわざわざ口にすることじゃない。
「わかんないですよ。椿さんが東京とかここでの暮らしで、どんだけ傷ついてるかっていうのは、俺にはわかんないけど、でもほっとけないんだから、しょうがないでしょ。わかんないけど、誰に対しても壁作りすぎっていうのは思うし。俺が邪険に扱われて哀しいってだけの話じゃなくて、椿さんがこの先ずっと損するでしょ、そんなの。あんな男のために。それがやだ」
 やだ、って、そんな、子供みたいに。
 無防備で、だから本気で案じているのだと思わせるような口調で、心を波立たせないで欲しい。
「椿さん。今の椿さんは、未だに嫌な男に言動全部握られてるってことなんですよ。さっきの態度からするに、あいつのほうはもうとっくに過去のことになってて、悪いとも思ってないのに」
『一瞬わかんなかった』――そう。佐久間は
確かにそう言った。
 きっと本当にさっき顔を見るまで、椿のことなど忘れていたのだろう。
 悪気などまったくないのだ。
 俺にとってはたったひとり初めて信用した相手。けれどあいつにとっては一〇〇人の、端っこのほうの、たまたまちょっと利用価値がある奴だっただけだ。
 目を逸らしていた事実を突きつけられると、怒りのような感情がこみ上げる。
「うるさい……!」
「うるさいって、もう! あんただってわかれよ! 目の前にいて、ちゃんと好きだって言ってんのに、昔の男の話ばっかされる俺の気持ち!」
 掴んだ腕を揺さぶられ、母親が子供をしかり飛ばすときのように目を合わす。違うのは、眼差しが強い怒りにも似た恋情を孕んでいること。
 まっすぐに射抜かれて、その熱で焼き切れてしまいそうだ。
 佐久間のことがあって、こっちに帰ってきて、ずっと心の水面に波風を立てないように生きてきた。
だけど晴臣があっさり看破したように、自分は本当はひとりとじっと向かい合いたい人間で――失ったら、心はこの世の終わりのように荒れ狂う。何日も泣き暮らしてしまうほど。
 その波に、また飲み込まれてしまうのが、やっぱり怖い。
 だから今、晴臣の言葉をまっすぐ受け止めることは出来なかった。
「……た」
「はい?」
「……あんたとか、言う」
「あーそれはすみません、でも、今気になるとこそこですか? もー……」
 晴臣は脱力したていでぐったりと体重を預けてくる。囁きが、すぐ耳元にあった。
「……俺だって必死なんですよ」
 少し哀愁めいたものを帯びたため息と一緒に紡がれた無防備な呟きは、椿の胸をぎゅっと締め付けた。
 だから油断した。
「椿さん」
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